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第1章〜パーティ結成! 第1話


 ドガシャっ!!

 とある港町の宿屋の一室(大部屋)。
 晴天に恵まれた、清々しい朝の一幕。
 寝ぼけ眼で起きて来たヴァユは、立ち上がるなりバランスを崩して盛大にコケた。
 ヴァユは慌てて起きあがり、顔を真っ赤にして俯いている。
 一瞬、部屋がシンと静まり返る。
 同じ部屋に泊まっていた男たちは――この宿の気質のせいか、冒険者と船乗りが多い――呆気にとられたようにぽかんと目の前の少年を見つめ、それから一斉に笑い出した。
「大丈夫かぁ、ニィちゃん」
 からかい混じりの声で言われ、ヴァユは恥ずかしさに赤く染まった顔で、ヘラっとどこか頼りなさげな笑みを見せた。
「あははは。揺れない地面ってなんかまだ慣れなくてさ」
 片手を頭の後ろにやって、明るく笑う。
 周りは屈強の男たちばかりだというのに、まだ十二歳になったばかりでしかないヴァユは、男たちにたいしてまったく気後れなどせず、対等に接している。
 そんなヴァユの態度に気づいた男たちは皆一様に驚きと感心の色を瞳に映し出していた。
「ってーことは今までは揺れる地面にいたわけか。船乗りかい?」
 感心したふうな口調で、誰かが聞いてきた。部屋にいる人数の多さと、全体的な騒がしさのせいで誰が聞いてきたのかは判断がつかなかったが。
 ヴァユは実際の年齢より一つか二つは幼く見えそうな無邪気な笑みで頷いた。
「うんっ。今は冒険者だけど」
 ドッと部屋に笑い声が響き渡った。
 ただし、笑っているのは冒険者と思われる男たちばかりだ。
「そのちっこいナリでか? 止めとけ止めとけ。魔物に食われるのがオチだ」
 船乗りたちは冒険者の男たちの態度にムッとした顔を見せた。
 冒険者はどうだか知らないが、少なくともここにいる船乗りたちはすでにヴァユを認めてくれていたらしい。
 確かに冒険者には危険が多いが、船乗りだって同じくらいに危険はあるのだ。
「悪かったね、どぉせオレはチビだよ。でも背なんてすぐに伸びるさ」
 腕を組んで斜に構えた態度と口調で言い返す。ヴァユは、何か言いかける男たちの言葉を遮ってさらに言い募った。
「そ・れ・に。人を外見で判断してるとそのうち痛い目みることになるよ」
 わざわざ挑発するようなことを言う。まあ本人にその気はなく、たんにチビと言われてムカついただけだが、男たちを怒らせるには充分だった。
「ほぉ、なら見せてもらおうじゃねぇか。痛い目とやらをよ」
 一人が立ち上がる。さすがに子供相手に多人数で・・・なんて考えたりはしないらしく、他の男たちは座ったまま、立ち上がった男に声援を送っていた。
 だが船乗り陣営も負けてはいない。彼らも手を出そうとはしないものの、しっかりヴァユの応援に回ってくれていた。
 観客と化した男たちはささっと部屋の両脇に寄り、部屋の中央に立ちまわりをするのに十分なスペースができた。
 男は右手に拳を握って駆けて来る。
「遅い」
 半眼で、呆れたように男を見つめて、ヴァユは直前まで待ってから男のパンチを避けてやった。まさかギリギリで避けられるとは思っていなかったらしく、男は勢い余って前につんのめる。
 すかさず、後ろから蹴り飛ばしてやった。
 バランスを崩していた男は、たいして威力のないヴァユの蹴りを堪えきれずに前のめりに倒れこんだ。
 ワッと歓声があがった。もちろん、船乗りの男たちからだ。
 逆に冒険者の男どもからは罵声とブーイングが飛び交っている。
 両者の間に熱い火花が飛び散る。
(まずっ。やりすぎたかな・・・)
 ヴァユの身長は年齢から考えれば標準値。ただ、やっぱりチビと言われて良い気はしないし、ムカツク。
 思わずいつもと同じような対応をしてしまったのだが、ここは自分の家ではないのだ。いつもならあんなふうに喧嘩腰に言ったって、なにも問題は起こらない。ヴァユのことをよく知っている、父の船――自分の家――の船員ならば笑って「そうだなー」なんて同意してくれて、それで終わる。
 だが、今回はそうはいかなかった。
 ヴァユは心なしか青ざめた顔で左右に目をやった。船乗りと冒険者が、睨み合って火花を散らしている。
 ちょうど火花の真中にいたヴァユはそそくさと窓際に下がったが、険悪な空気は消えそうにない。
 丁度その時だった。
「ヴァユちゃーんっ! 起きてるんだろ、朝飯出来てるから降りてきなーっ!」
 階下から宿の女将の声がして、険悪な空気は一瞬にして霧散した。
 そんな部屋の空気など完全に無視して、ヴァユは慌てて身支度を整えた。
 さわらぬ神に祟りナシ。
 自分が騒ぎの原因の一端を担っている事などすっかり忘れて、この空気から逃げられる事を心から歓迎したのであった。
 身支度と言っても極簡単で、今着ているシャツの上から寝る時に脱いでいた上着を羽織り、赤茶の髪――と言っているのは本人だけで、周りに言わせると彼の髪の色はほぼオレンジである――に青い紐飾りを結ぶ。と、これだけである。
 一分で身支度を終えたヴァユは、男たち――いつのまにやら険悪な空気とはオサラバしている――ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべてこちらを見ていることに気づくと、気恥ずかしそうに笑いかけて大部屋の布団の間をすり抜けて扉を開けた。


 階下の食堂は、まだ開店には少し早い。
「おはよう、ヴァユちゃん」
 にこやかに、けれどどっしりとした存在感を持って笑いかけてきた女将を見て、ヴァユは頬を膨らませた。
「おはよう。呼んでくれるのはいいんだけどさ、”ヴァユちゃん”ってのはやめてよ。オレすっごく恥ずかしかったんだから」
 だが、女将はヴァユの抗議をものともせずに豪快に笑う。
「あっははは。そーりゃ悪かったネェ。こーんな頃から知ってるもんだからついサ」
 言いながら腰の前に手を出して、小さな子供の背丈を示して見せた。
 ヴァユがそんな背丈だったのはもう何年も前だ。実を言えば、ヴァユは女将と初めて会った日の事を覚えてなかった。そのくらい昔からの知り合いなのだ。
 ぶすっと拗ねたような表情で睨むヴァユの視線をまったく無視して、女将は楽しげな笑みを崩さない。
 ひとしきり笑い終えると、用意してあった朝食を出してくれた。
「ほら、冷める前に食っちまいな」
「うん。ありがと」
 優しい声で言ってくれる女将に礼を言って料理に手を伸ばす。
「これからどうするつもりなんだい?」
 料理をいくらも食べ終わらないうちに、女将は世間話の軽さで聞いてきた。
「んーー・・・。とりあえずここでちょっとお金貯める。でないと話にならないから」
「お父さんから路銀はもらわなかったの」
 もごもご食べながら答えたヴァユの言葉に、女将は目を丸くする。
 基本的に、ヴァユの父親はヴァユに甘い。それを知っているからこその驚きなのだろう。
「貰ったけどさぁ、旅をするにはちょっと足りないよ」
 言いながら父に貰った金額を思いだし、頭の中でもう一度計算しなおす。
 ここにいる間はいい。女将の好意――泊まりと朝食をタダにしてくれているのだ――に甘えられるが、他ではそうはいかない。たいして滞在費を心配しなくていい今のうちにもう少しお金を貯めておかねば、他の街に行ったら五日が限度だ。
「だからさ、悪いけどもうちょっと世話になっていい?」
 片目を瞑って、顔の前に片手を上げてお願いする。
「ヴァユちゃんならいつまででも歓迎するよ」
 明るく答えた女将は、開店の準備を始めようとカウンターを離れかけて・・・・その直後、ポンッと手を打ってヴァユに向き直った。
「あ、そうそう。仕事探すんなら冒険者支援所に行ってみな」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 冒険者に支援組織があるなんて初耳だ。
 目を真ん丸くして聞き返すヴァユに、女将は丁寧な説明をしてくれた。
「要は酒場なんだけどね。普通の酒場と違って連絡用の掲示板が置いてあったりするんだよ。
 ま、冒険者が集まるからそうなったってだけで最初は本当にただの酒場だったらしいんだけど・・・。
 いつのまにやらそんな冒険者の溜まり場になってる酒場が組織だって動くようになったのさ。冒険者同士の連絡システムだけじゃなくて、情報を教えてくれたり、仕事の斡旋なんかもしてくれるよ。金はしっかり取られるけどね」
「へぇー・・・」
 感心の声をあげるヴァユを見て、女将はくすくすと楽しげな笑いを漏らす。
 その笑い声に気づいたヴァユはすぐに口を尖らせて言ってやった。
「そんなに笑わないでよ。陸(おか)は初めてなんだから仕方ないだろ!」
 商船の船長を父に持ち、元海賊の母を持つヴァユはずっと船の上で育ってきた。
 女将と会うのも食料品などの仕入れの時。女将は船までやってきて、納品の最終チェックをしてくれていたのだ。ちなみに、女将に言わせると、これは古くからの友人である父親にのみの特別サービスだそうだ。事実はどうだか知らないが。
 まあそんなわけで、ヴァユは昨日の十二歳の誕生日までまったく一度も船から降りたことがなかったのだ。
「ごちそうさまっ」
 いまだクスクスと笑いつづける女将に投げやりな口調で言い、バッと勢いよく立ち上がる。
「いってらっしゃい、気をつけるんだよ」
 外の扉に向かって歩き出したところに声をかけられる。
 ヴァユはにっこりと子供らしい、明るい笑顔で返して元気に店を飛び出していった。


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