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第1章〜パーティ結成! 第2話


 ヴァユは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見まわしながら大通りを歩いていた。
 あんまりあからさまに珍しそうな態度を見せるものだから、すれ違った通行人にクスクスと笑われたりもしているが、ヴァユはそれらをまったく気に留めずにずんずん歩く。
「んーーー・・・この辺、だと思うんだけどなぁ」
 この辺だなんてまったく思っていないくせに、誰に対してなのかもわからない強がりで呟いた。
 念の為にと地図も貰ったのだが、どうも上手く感覚が掴めなくて、自分がどこにいるのか見当もつかない。
 太陽の方向、星の位置、飛ぶ鳥や海面下に泳ぐ魚・・・・そういったものから居場所を割り出すのは得意だが、街の中で建物なんかから現在地を把握するのは苦手――というか、やったことがなかったのだ。
 せめて地図に東西南北でも書いてあれば少しは違ったのだろうが、貰った地図には建物や通りの名称しか書かれていなかった。
「ああもうっ、わっかんないっ!!」
 イラついて、地図を丸めて道の向こうに放り投げた。
 ぷぅっと頬を膨らませて、役立たずの地図を睨みつける。と、丸められた地図の前で誰かが足を止めた。
「何がわからないんですか?」
 放り投げられた地図を拾いながら、一人の少女――といってもヴァユより三つか四つは上だが――が声をかけてくれた。
 ヴァユはイラついたそのままに、不機嫌な口調でぶっきらぼうに答える。
「その地図の場所」
 少女は何も言わずに、クシャクシャになった地図を広げてそれを見つめた。そしておっとりとした表情で、きょとんっとした声で言った。
「・・・・・・・・・これ、すぐそこですよ?」
「え?」
 慌てて地図を覗き込むが、やっぱりどこがどうなってるのかさっぱりわからない。
 ヴァユの様子を見てか、少女は穏やかに微笑んで、丁寧に説明してくれた。
 地図上の建物を指してから、実際の建物を指差して教えてくれる。
 店はここから歩いて五分くらいの場所にあり、向こうの大通りのほうだと教えてくれた。だが、少女が教えてくれる道順がヴァユにはどうもイメージしづらい。
 教えてもらった道順をブツブツと口の中で繰り返すヴァユを見て、少女はクスクスと笑った。
「よかったら一緒にいきませんか? 私もここに向かうところですから」
「いいの? ありがとう、助かるよ」
 ぱっと表情を明るくして言ったヴァユに、少女は楽しそうな笑みを崩さなかった。
(なんか・・・面白がられてるような気がするンだけど・・・・)
 ロクに地図も見れないでこれからの旅は大丈夫なんだろうかと一抹の不安を覚えつつも、少女の申し出に甘えることにしたのであった。



「へぇー、船乗りさんなんですか?」
 ヴァユの自己紹介を聞いた少女は感心したふうに言った。
 船乗りといえばたいていの人は屈強な男を想像するのだろう、まじまじとヴァユを見つめて意外そうな目をしていた。
「キミも冒険者なの?」
 冒険者支援所に向かうと言うことはそういうことなのだろうが、どうも彼女と冒険者という単語が繋がらなかった。
 彼女は、一言で言えばお嬢様。実際はともかく、そんな雰囲気を持つ少女だった。
 彼女はにっこりと笑って頷く。
「ええ、新米ですけどね」
 それからハッと口に手を当てて、慌てた様子でヴァユの正面で立ち止まる。ヴァユもつられて立ち止まると、少女は深々とお辞儀をした。
「申し遅れました。私はリセルと言います」
「いや、そんな改まって言わなくても」
 あんまりにも丁寧に言われてどう返せばいいのか困惑するヴァユに構わず、彼女――リセルはにっこりと微笑んだ。
「すみません、今までのクセでつい」
「だから、謝ることじゃないってば」
 慌てて言うヴァユの様子が可笑しかったのか、リセルはまたクスクスと楽しげに笑う。
「もうっ。そんなに笑わなくたっていいじゃないか」
 頬を膨らませて拗ねて見せると、リセルはまたクスリと小さく笑い、正面に視線を向けた。
「あそこです」
 リセルの指の先を追ってそちらを見ると、そこにはでんっと大きな看板を掲げた店があった。
 確かに、教えてもらったのと同じ名前の店だ。
(こんなに目立つ店なのに辿り着けなかったなんて・・・・・・・・・)
 思わず落ち込むヴァユであったが、そこにリセルはすかさずフォローを入れてくれた。
「街は初めてなんでしょう? 仕方ないですよ。それに外に出たらきっとヴァユさんの知識の方が役に立ちます」
「そうかなぁ」
 ヴァユは気恥ずかしそうに頭を掻いて、それから二人一緒に店の中へと入っていった。



 店は、普通の酒場とたいして変わったところは見られなかった。
 まあ冒険者の客が多いってことだろうか。
 よく見ると、店の隅に掲示板を見つけた。
(あれがおばちゃんの言ってたやつかな?)
 街中を歩いていたとき以上にキョロキョロとしながら、リセルに連れられてカウンターへと向かう。
「すみません」
 リセルが、カウンターのおじさんに声をかけた。
 中年のおじさんは怪訝そうに二人を見つめて、眉をひそめた。
「ここは女子供の来るところじゃない。さっさと帰りな」
 ヴァユの表情がたちまちムッと不機嫌なものへと変わっていく。
「なんだよ、ソレ! 女だろうが子供だろうが、きちんと仕事が出来ればそれでいいだろ!」
「あ、あの。ヴァユさん・・・少し落ちついて」
 慌ててリセルが止めに入ったがもう遅かった。
 ヴァユの大声は店中に響き渡り、店内の客という客ほとんど全ての注目を集めていたのだ。
 直後、店は笑い声でいっぱいになった。それも、デカイ態度のお子様――ヴァユをバカにしたような笑い。
 もともと負けず嫌いで、喧嘩を買いやすいタイプでもあるヴァユがこれに大人しくしているはずがない。キッと彼らを睨みつけ、言い返してやろうと口を開いた。
 だが、ヴァユの口から言葉が出る前に、カウンターで一人静かにその成り行きを見守っていたおじさんがヴァユを引き止めた。
「過剰な自信は身を滅ぼすぞ」
 静かに低い声音で、脅すような口調で言われたが、ヴァユはそれを恐れる様子もなくニッと不敵な笑みで返した。
「知ってるよ。自信過剰じゃないから大丈夫」
 一旦カウンターに顔を向けて自信満々に言い、それからもう一度店内の方へと振りかえる。
 いかにもお子様っぽい、たった今悪戯を思いついたような―― 子供特有の、無邪気だからこその残酷な瞳で彼らを見つめて言う。
「なんならあんたら全員一度に相手にしてもいいよ」
 そこまで言ってからまたもやカウンターに向き直り、
「ね、そしたらオレに仕事紹介してくれる?」
 ニッコリと、見事なまでに可愛らしい笑みを見せた。まるで小さな子供が親におねだりでもしているかのような表情だ。
 その頃には客の中でも特に慎重冷静だった数名を除いたほとんどが、ヴァユの挑発にのって立ちあがっていた。
 ヴァユは、横目に彼らを見て確認した。
 ざっと見たところ襲ってきそうな勢いのヤツは二十名弱。いくら子供相手でも、あそこまで言えば一斉に襲いかかってくる可能性だって充分にある。
 それでもヴァユは落ちついた様子で、隣で目を丸くしていたリセルに向けて笑いかけた。これから戦闘をしようなんて思えない、ほのぼのっとした口調で言う。
「お姉ちゃんはちょっとそっちに避けてて、危ないから」
「え、あの、でも・・・」
 リセルの困惑をよそに、ヴァユは軽い調子で一歩前に進み出た。
 動こうとしないリセルにイラつくでもなく、ふいと視線を男達に向ける。
(ま、大丈夫か。どーせあいつらオレしか目に入ってないだろうし)
 男達はすでにこちらに向かってきていた。
 見ていなかったからわからないが、多分ヴァユが一歩前に出た時点で動き出していたのだろう。
 だが、
「なーんで、皆そうトロいかなぁ」
 言うとほぼ同時、ヴァユの体がふわりと宙に舞いあがった。天井スレスレのところから彼らを見下ろして、優越感に浸った視線を向ける。
「多勢に無勢だし、ちょっとくらいハンデ貰ってもいいよね?」
 ニンマリと、良くない印象を与える笑みで――それでいてお姉さん受けのよさそうな可愛らしい笑顔。
 ヴァユがそう口にした直後、店内に風が吹き荒れる。だが不思議なことに店の備品――カップや皿――や、この喧嘩に無関係な人間には風はまったく無害で、風は、ヴァユに襲い掛かってきた男達だけを見事に判別して吹き飛ばした。
 男達が店の外に放り出されたのを確認して、ヴァユはゆっくりと床に着地した。
「怪我させたら可哀想だし、このくらいにしといてやるよ」
 聞こえてないだろうとわかっていて、言う。
 くるりっとカウンターのほうに向き直って、自信満々に笑って見せた。
「ねぇねぇ――」
 だが、
「ダメだ」
 ヴァユの言葉を遮って、ヴァユの願いは容赦なく却下されてしまった。
「え〜、なんでだよ」
 口を尖らすヴァユをまったく意に介せず、おじさんは淡々とした口調で答える。
「依頼主の意向ってのもあるんだ。子供ってだけで信用されない場合もある」
「うそつきーーーっ!」
 思いきり言ってやったが、やっぱりおじさんは平然としていた。
「あのぉ・・・ヴァユさんが勝手に言っていただけで、約束はしてないと思うんですけど・・・・・・」
 申し訳なさそうにリセルが横から口を挟んだ。
 だが、そんな正論がお子様に通じるはずもなく、ヴァユは不機嫌そのままにリセルに向き直った。
「なんでさっ!」
「いえ、なんでって・・・・・・・・」
 まったく理論性を欠いた言動にリセルは苦笑したが、それはおじさんも同じ事だったらしい。
 溜息をついて、一枚の紙を取り出した。
「わかった。そこまで言うならただで情報をやろう」
「ホントっ!?」
 ヴァユは、あっという間に不機嫌に染まった顔を満面の笑みに変えて叫ぶように聞き返した。
「ありがとうございます」
 リセルが深々とお辞儀をする。
 おじさんが取り出した紙――そこに書かれていたのは、一人の少女の人相書きだった。


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