二人はおじさんが出してくれた人相書きを覗き込んで互いに顔を見合わせた。
「これって、手配書?」
「こんな可愛らしいお嬢さんが賞金首なんですか?」
二人ほぼ同時に疑問を口にする。
「なんで賞金かけられてんのかは知らないが、無傷で捕らえた時に限り百万支払うそうだ」
「無傷・・ですか」
「百万かぁ。そんだけあればしばらく路銀気しなくてもいいよな♪」
二人はまったく違う箇所に反応して声をあげた。
そんな二人の様子を見てか、おじさんは小さく笑ってカウンターの上にこの町の周辺地図を広げた。
「この街の南東の崖のところに、昔海賊がアジトにしてた小さな洞窟があるんだがな――」
言いながら指で道順を示してくれる。
二人はその指を追って地図上の洞窟がある点を見つめた。
「海賊は捕まったものの罠がたくさん残っていて、集めた宝はまだこの洞窟のどっかに隠されてると言われている」
説明が一旦切れた所でリセルがぱっと顔をあげた。
「その賞金首のお嬢さんがここに?」
「そういう情報が入ってきてる。真偽は行ってみないとわからんが」
二人の会話をよそに、ヴァユの瞳はいまだに地図ばかりに向いていた。
「それじゃ行ってみましょうか」
リセルは、ぽんっと胸の前で両手を合わせて微笑んだ。
「オレも?」
「ええ。お金が入ったら取り分は半々でいいですよね?」
「構わないけど・・・・・・」
いつのまにか一緒に行くと決めているリセルを、唖然とした表情で見つめて頷いた。
「ヴァユさんのおかげで助かりました。なんてったってタダですもんね♪ 百万の賞金首なんて、普通は情報料だけでも千は取られますよ」
呆然としているヴァユの様子に気付いているのかいないのか、リセルは一人嬉々として地図を確認している。
「オレ、仕事を探すつもりだったんだけど・・・・・・・」
「”仕事”がいいなら私が雇いましょうか? 私はもともとここで賞金首を捕まえるのに協力してくださる方を探すつもりでいましたし」
「・・・・・・・・・・・もしかして、お姉ちゃん、賞金稼ぎ・・・・・・・・・・・・・・?」
冒険者というだけでも驚きなのに、賞金首なんてその中でもさらに荒くれ者がやっているようなイメージしかない。
リセルは物腰柔らかだし口調も丁寧。
「ええ♪ 新米で、しかも女である私が短期間で大金を稼ぐにはこれが一番良いと思いまして」
こんな俗っぽいことを言っている時でさえ、おっとりとした、まるでいいところのお嬢様みたいな雰囲気を醸し出している。
さすがにこれにはおじさんも驚いたようだ。
呆れた視線で・・・けれどどこか呆然とした様子で、浮かれるリセルを眺めていた。
店をあとにした二人は、改めて地図と手配書を確認した。
手配されている少女の名はエリス。年齢は十四歳。
髪は薄茶のショートカットで、ちょっとつり目のオッドアイ。
ヴァユは相場をよく知らないから気付かなかったが、リセルの話によると百万というのはかなり高額らしい。
「無傷で・・・ってところを考えるとお金持ちの家出娘って可能性もありますね」
情報を整理しながらリセルが呟く。
「ふーん。でさ、行かないの?」
二人の現在地は市場のど真ん中。市の喧騒から少し外れたところにある小さな広場である。
「準備をしなければいけないでしょう? 洞窟に行くならランプは必須です。あと・・・・――」
ぶつぶつ呟き始めると同時、いきなりスッと立ちあがった。
話の途中で歩き出されると思っていなかったヴァユは出遅れて、慌ててリセルの後を追う。
だが、もちろん市場も初めてのヴァユはついつい辺りの店に気を取られて遅れがちになっていた。
止まっては追いかけ、見失いかけてはなんとか見つけて・・・・・・・・。
(なんで何も買わないんだろ。このままじゃ市場を出ちゃうよ)
追いかけつつも、ヴァユの頭にはそんな疑問が浮かんでいた。
リセルは左右の店を眺めながら歩いているだけで、一向に止まる気配がないのだ。
そうして、とうとう市場のハジまで来てしまってから、やっとリセルは足を止めた。
その少し後で追いついてきたヴァユは、口を尖らせてリセルに抗議をする。
「ねぇ、なんで何も買わないのさ。買い物に来たんじゃないの?」
リセルはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、買いますよ。これからが買い物本番です」
「本番・・・・・・・・・・?」
意味がわからず首を傾げるヴァユをよそに、リセルは楽しげな様子でまた市場の中心に向かって歩き出した。
リセルは迷うことなく一つの店の前で立ち止まった。
「ここで買うの?」
ヴァユの問いに、リセルは穏やかな微笑で頷いた。
(・・・・・・・・なんでここなんだろ)
なんで何も買わずに市場を突っ切ったのか、なんで一直線にこの店に来たのか。
似たような物を売っている店は他にもたくさんあるのに。
そんな疑問を抱きつつ、後ろから覗き込むようにしてリセルの買い物を見物していると、リセルはにっこり笑顔で店主に話しかけた。
(買うもの決まったのかな・・・)
そんなことを考えつつ買い物が終わるのを待って・・・・・・・――
ヴァユは、あまりの展開にぽかんと口を開けた。
「これ、あちらの店ではもう少し安かったと思うんですけど」
「その店よりこっちの商品の方が質がいいってことだ」
「確かに質も大事ですけどそれだけでは売れないでしょう? 少し多めに買いますから安くしてくださいな」
言いながらリセルが提示した金額は、もともと示されていた値段の半額。
(それはいくらなんでもやりすぎだろ・・・・・・)
まさかリセルが値切りなんてすると思っていなくて呆然としてしまったが、リセルの提示額があんまりだったものだから思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
危うく口に出してしまいそうだったが、さすがに今の状況下でそれを言ったらまずいだろうということぐらいはヴァユにも予想がついた。
仕方ないので黙ってその成り行きを見守る。
「お嬢ちゃん、それは言い過ぎだろ。それじゃ赤字になっちまう」
店主の言う事ももっともだ。
するとリセルはあっさりと引いて今度は表示価格の三分の二の値段を提示した。
が、店主もまさかそれでは納得しない。どう考えてもまだ赤字金額だからだろう。
そうすると今度はそれよりももうちょっと上の金額を提示する。ただし、上と言っても一単位。
店主が可哀相になってくるくらいの値切り方である。
「あのさ・・・・ちょっとやりすぎじゃない?」
思わず店主に助け舟を出してしまったが、リセルは振り向きすらせずに
「値切り交渉というのはこういうものです」
しっかりきっぱり言い放った。
「・・・・・・・・・・・・・」
あまりにもはっきりと断言されて言い返せなくなったヴァユを無視して、店主とリセルの値切り合戦が展開される。
そして、約三十分後・・・・・・・。
結局もとの値段よりかなり安く――きっと赤字ギリギリ・・・いや、下手すると赤字額だったかもしれない――目的の品を手に入れた。
まあそれはそれでいいんだが・・・・・・問題はその後である。
その後リセルは一つの品、一つの店ごとに値切り合戦を展開し、結局全ての買い物が終わったのは夕暮れ近く。
普通に買っていたらきっと今日中に洞窟に向けて出発できたのにと肩を落とすヴァユをよそに、リセルはほくほく顔だった。
(・・・・目的・・・賞金首だよね・・・・・・・モタモタしてる間にいなくなってたらどうするんだろ・・・・・・)
ヴァユはそんなふうに思ったが、上機嫌なリセルにそれを言うのはなんだか気が引けて・・・・・・・・・。
結局その日はヴァユが定宿にしていた店に泊まり――リセルは宿代がタダになったことに大はしゃぎしていた――翌日朝早く、二人は海賊のアジトであったというその洞窟に出発した。