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第3章〜夢見るために 最終話


 ・・・・・・誰かの呼ぶ声が聞こえる。
(まだ眠い〜)
 ごろんっと声に背を向けて寝返りを打った。
 瞬間、
 ドカッ!!
「なっ・・・・・なにするんだよっ!」
 背中を蹴られて飛び起きる。
 ちょうど目の前に誰かの足があった。
 そのまま視線を上にあげると、呆れた様子でヴァユを見ているキラと目があった。
「いつまでも起きないからだ」
「ひっでぇ〜。オレ疲れてんのに・・・」
 なんて言いつつも、だいたい回復しているが。
 あの起こし方には抗議してもいいと思う。
「あっそう。じゃあオマエいつまでもここで寝てる? もう着いたんだけど」
「えっ!?」
 言われて慌てて辺りを見ると、船はしっかり港に停泊していた。
 アルカディア本土にある港町だ。
「んじゃ、さっそくアリシアを探しに――」
「行って来た」
「・・・・・は?」
 言葉尻を取られてぽかん、とした顔で、改めてゆっくりと周囲を見る。
 すでに太陽は地平線の向こうに隠れかけていた。
 確か、転移してきたのは昼頃だった。・・・・・・どうやら結構寝ていたらしい。
「言っとくけど、今、翌日の夕方だからな」
「ええぇっ?」
 訂正。かなり、寝ていたらしい。
 どこか困ったような・・・・・・けれど呑気な雰囲気を持った笑みを見せる。
「あははー。オレってばそんなに寝てた?」
 言うと、キラは苦笑してポンっとヴァユの頭に手を置いてきた。
「頑張ったもんな」
 くしゃくしゃと撫でられて髪が乱れてしまったが、誉められて悪い気はしないものだ。
 でもこんなふうに言われるとちょっと照れる。
 照れ隠しに小さく笑って、それから、パッと顔をあげて町の方に目を向けた。
「アリシアは?」
「まだ見つかってない」
「・・・・・・探しに行ったんじゃ・・・・」
 じと目で言ってそう零すと、キラはなんでもないふうにさらっと返してきた。
「探したからって見つかるとは限らないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・期待しちゃったじゃん」
「ほら、行くぞ」
 ヴァユの小さな抗議などまったく無視して、キラは普通に歩き出す。
(ちょっとは反応してくれたって・・・・・・)
 あまりにもあっさりと流されてしまって、ヴァユはぶすっと唇を尖らせた。
 だが、やっぱりキラはそれも無視してさっさと先に行ってしまった。
「あ、ちょっと待ってよ!」
 慌てて追いかけるヴァユであった。



 この町も、やはり動く者はいなかった。
 誰も彼も眠りこけている。
「アリシア、大丈夫かなぁ」
 ヴァユは、アリシアが自分なんかよりもずっとしっかりしていることを知っている。
 だがそれでも、独りきりは心細いのではないだろうかと、心配になってしまうのだ。
「オマエよりは大丈夫だろ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 キラはキョロキョロと辺りを探りながら――別に答えはいらなかったのに――返してきた。
 しかも、即答ではないにしても、断言。
 いや、多分ヴァユの言葉に気付いてすぐに答えたんだろうから即答と言っても差し支えないだろう。
 本当のことだから言い返す言葉もないが・・・・・・・・なにもそんなふうに断言しなくてもいいと思う。
「・・・・・・オレ、上から見てくる」
 動く者が少ない今ならば、家の中にでもいない限りはすぐにわかるはず。
 ささやかな抵抗のつもりで、溜息と共に吐き出した言葉に、
「いってらっしゃーい」
 だがキラは、にっこり――悪い意味でにっこりと・・・だ――笑って送り出してくれた。

 
 スッと宙に飛びあがると、意外にもアリシアはすぐに見つかった。
 城から向かってくる道で揺れている金の髪を見つけたのだ。
 ・・・・・・女性の姿だ。まあ、一般には”皇女”と認識されてるくらいだし、普段は女性の姿でいるのことのほうが多いんだろう。
「なんだ、まだ町に着いてなかったんだ」
 内陸の地理に疎いヴァユには、城からこの町までどのくらいかかるのか知らない。
 とりあえず、ヴァユが――多分アリシアも同じ頃に目覚めただろう――目覚めてから七日ほど。
 夢の中でアリシアたちと一緒に歩いた道のりを思い返して、そんなもんだろうと納得できた。

 空中を滑るように移動して、アリシアの真上辺りまでやってきた。
「アリシアーっ」
 ぶんぶんと手を振って声をかけると、アリシアはひょいっと空の方へと顔を上げた。
「ヴァユくんっ!」
 パッと表情を明るくさせて言ったが、そのすぐ後に、疑問の表情を浮かべて首を傾げた。
「あれ・・・・・・? なんかヘンっつか・・・・・・早くない?」
 その反応がなんだか楽しくて。
 クスクスと笑いながらアリシアの目の前に降りてきたヴァユは、自慢げに胸をはって答えた。
「転移魔法使ってきたんだよ〜」
 アリシアが目を丸くする。
「すっごい、ヴァユくんてばそんなのも使えるんだ」
「アリシアは使えないの?」
 言いながら、二人は町に向けて歩き出す。
 のんびりと歩きながら、アリシアは苦笑して答えた。
「無理無理。転移が使える魔法使いなんて超一流レベルの少数だけだし」
「へぇ、そうなんだ」
 感心の声をあげて頷く。
 それから町につくまでの間、二人は他愛もないお喋りをしながら歩いていった。


 町に入ると、すぐにキラと合流できた。
 ヴァユの横にいる少女に目をやってにっこりと――今までヴァユが見たことないくらいに優しい笑顔だった――笑った。
「はじめまして、アリシア=エリス皇女。ファレイシアのルーナから頼まれて来ました。皇綺羅と言います」
 優雅に、宮廷風の礼をして見せた。
「ほえー・・・・・」
 まさかキラがそんな上流階級の挨拶を知っているなんて思わなくて、ヴァユはぽかんと口を開けてその光景を眺めた。
 つと、アリシアに目を向けると、アリシアは一瞬戸惑ったような表情を見せていたが、その表情はすぐに穏やかな笑みに変わった。
 気品漂う、皇女としての笑み。
「はじめまして、綺羅様。突然のお願いでしたのに、快くお引き受け下さってありがとうございました」
 アリシアもまた、優雅に礼を返す。
 一人事態についていけないヴァユは、半ば拗ねた様子でそのやりとりを見ていたのだが・・・・・・。

 一通りの挨拶が終わった瞬間、二人はぱっと表情を変えた。
 ヴァユが見慣れた、いつもの態度。
「あー、びっくりした」
 何故だか不機嫌そうに髪を掻き上げて、ジロリとキラを睨みつける。
 それとは対称的に、キラは楽しそうに笑っている。
「ほら、一応相手は皇女さまだし? 第一印象くらいはしっかりしとかないとな」
「そんなの城の中だけでいいよ」
 どうやらキラは遊んでいただけだったらしい。
 何を言っても無駄だとキラには通じないと悟ったのか、小さく溜息をついた。
「時間、ないんだろ?」
 キラはヴァユとアリシアにぐるりと視線を向けた。
 言われて二人は顔を見合わせる。
「うん、急がないとね。ヴァユくん、すぐに出れる?」
 クスリと笑ったあと、何故かアリシアは少しばかり心配そうに尋ねてきた。
「ああ、そうだな」
 キラもそれに同意する。
「・・・・・・なんでそんなオレにばっか聞くの?」
 別にすぐに出れるが・・・・・・。
 ヴァユ一人の意見で決めるものでもないし、不思議に思っていると、キラがそれに答えてくれた。
「だって、マトモに船動かせるの、ヴァユだけじゃん」
 ヴァユのすぐ横で、アリシアもうんうんと頷いている。
(確かにその通りなんだけどさ。なんていうか・・・・・・)
 転移なんて荒業はもうしたくないが、普通に船を動かす分には問題ない。
 問題ないのだが・・・・・・・・・・。まあ、言ってもしかたないことだが。本当のことだし。
 キラが、まず最初に歩き出した。
 その後ろから、二人が並んで歩き出す。

「今度は、本当に旅が出来るね」
 クスクスと楽しげに笑いながら、アリシアが言った。

 約束――もう一度会うこと。
 今、それは果たされた。

 ヴァユは、底抜けに明るい笑顔で応える。
「うん。これが終わっても、一緒に旅をしようよ。目的なんかない、好きなところを見て回る旅」
「・・・・・・うん。すごく、楽しそう」
 そう言うアリシアの表情は、どこか淋しげだった。
 ヴァユだってわかっている。
 アリシアは、皇女なのだ。
 周囲の反対で旅が出来ないという同じ状況にあっても、その重さはヴァユとは違う。
 国とその民の期待を背負っているのだ。
 
 今だからこそ・・・・・・今しか出来ない事。
 でも、言いたかった。
 叶うかどうかわからない――だからこそ、叶えたいと思う、夢。
 綺羅にはちょっと聞かれたくなかったから、ファレイシアの言語ではなくアルカディアの言語で、告げた。
「――夢を見ようよ。あんな嘘の夢じゃなくてさ、現実の夢。きっと叶えられる・・・・・・叶えて見せるよ。だから、一緒に行こう」
 心からの――真剣な声で告げた言葉に、アリシアは一瞬目を見張った。
 そして彼女もまた、アルカディアの言葉で答えた。
「それじゃあ、そのためにはまず、現実を取り戻さないとね!」


「おーい、オレだけ仲間はずれ?」
 やっぱり予想通り、アルカディアの言葉を知らないらしいキラは、一人カヤの外に置かれて不満そうに口を挟んできた。
「そんなことないですよー♪」
 アリシアが、歌うように言って通りすぎざまにキラの背を叩く。
 先に行ってしまったアリシアを追いかけて、ヴァユも小走りに駆け出した。
「ほら、とっとと行かないと。時間ないんだろ?」





 そして、船は出航した。


 ・・・・・・現実を取り戻すために。
 ――新しい夢を、見るために。


 眠りに落ちた世界を、救うために・・・・・・――。


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