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第3章〜夢見るために 第6話


 鳥の鳴き声がしないのは少しばかり淋しかったが、それも沖に出るまで。
 もともと、陸から離れれば生物の音は極端に減少する。
 せいぜいが時たま出会える大型の魚の群れだとか、そのくらいだ。

「んーーっ」
 明るい陽の光を浴びて、ヴァユは思いっきり背伸びをした。
 その横ではキラが目を丸くして、異常なスピードで進む船を――そこから見える景色を見つめていた。
「どうかした?」
 ニッと、少しばかり意地の悪い笑みを浮かべて尋ねた。
 キラはなかなか言葉が出てこないようだ。唖然とした表情で、流れるように進む光景を眺めている。
「いや、なんつーかさぁ・・・・」
 ちなみに、この船は魔法動力も使用出来るが、あくまでもそれは緊急時――まったく風が吹かない時だとかに使われる物。基本的には帆に風を受けて進む・・・・シリスで一番一般的なタイプの船だった。
 これだけ言うと、魔法動力を使っているのかと勘違いされそうだが、違う。
「こう見えてもオレ、一流の風読みなんでね♪」
 底抜けに明るい笑顔とともに、ヴァユは周囲に視線を巡らせた。
 軽い調子で言っているが、実は一瞬たりとも気が抜けない作業をしている真っ最中なのだ。

 いつもの仕事は風の動きを読み、潮の流れを見ること。だが今はそれに加えて、その二つの操作を行っているのだ。
 理由は簡単。
 どんなにうまく風と潮に乗っても、出るスピードには限度がある。
 本来ならば自分の勝手な都合であるべき自然を乱すような事をするなんてご法度なのだが、今は一刻も早くアルカディアに着きたい。
(ま、緊急事態だし?)
 そんなふうに自分に言い訳をして、また微調整を加えた。
 潮の流れを一時的に少し変化させて、追い風を吹かせる。
「風読みって・・・・・・こんなことも出来るわけ?」
 驚きも通り越した、半ば呆れたようなキラの声に、ヴァユは真顔で首を横に振った。
「まっさかぁ、オレは風使いだからさ。追い風吹かせてるんだ。その方が早いだろ?」
 最初はただただ感心して聞いていたキラだったが、話の途中で瞳の色が変わった。
 見つめているのは船の前方。
 厳しい眼差しでそこを睨みつけている。

 直後――

 ザバァっ! という派手な音とともに、船の手前に数メートルはあろうかという巨体が姿を現した。
 魔物の出現を確認したキラは、船の舳先に向けて駆け出した。
 一方のヴァユは、とりあえず船の速度を落とし、のんびりとした様子でキラのあとを追う。
 キラは一瞬降り返って、責めるような視線を向けてきた。
 とっとと来いということなんだろう。
 だが、
「そぉんな、焦る事ないじゃん」
 お呑気極まりない口調で言い、にっこりと余裕の態度で笑って見せた。
 ヴァユは、良く知っていた。
 海の上での自分が、無敵に近い事を。
「このまま行くと真正面から衝突するだろーがっ」
 魔物は船の十数メートル先で待ち構えていた。
「だから、大丈夫なんだって」
 キラに遅れること数十秒。
 舳先まで辿り着いたヴァユは、静かな表情で目の前の魔物を見つめた。


 ――・・・・・・この感覚。
 ヴァユは、この感覚がとても好きだった。

 海の上で魔法を使う時。
 その時だけ感じられる、溶けるような感覚。

 蒼一色の海と空に・・・・・・――。
 自分も同じ色に染まっていくような気がした。

 五感が、遠くへ――・・・・・・もっと遠くへと広がっていく・・・・・・。

 ふっ、と。
 離れていた感覚が体の中に戻ってきた瞬間――。

 ヴァユは、閉じていた瞳を開いた。
 目の前には水の壁。
(行け!)
 言葉にする必要もない。
 感覚だけで、命じる。


 すると壁から刺が飛び出して、そのまま魔物へ向かって飛んでいく。
 無数の刺に貫かれて、魔物はあっさりと撃退された。


「・・・・・・風の魔法しか使えないじゃなかったのか?」
 使わなかった武器をしまいながら、キラは目を白黒させて、たった今まで水の壁があった地点を見つめた。
「うん。風しか使えないよ」
 至極あっさりと、どう見ても今の光景と矛盾する答えを返すヴァユ。
 キラは眉間にしわを寄せて聞き返してきた。
「じゃ、今のはなんだ?」
「あれはただの操作」
 人によっては、あれも魔法だと言うかもしれない。
 正確に、学問として言えば、あれも魔法の一種なのかもしれない。
 だが学問としての魔法を知らず、本能と感覚だけで魔法を行使するヴァユにとっては、あれは魔法とは違う物なのだ。
 キラがまだ納得しきれていないのを見て取って、ヴァユは続けて説明してやった。
「魔法ってのは、大きく分けて二つの段階に分けられるんだ。ただし、オレの感覚で言ってってことだけどさ。
 一つは、発生。もう一つは、操作。オレにとって”魔法”ってのは無から有を生み出す、発生っつー作業のことを指してるわけ。水に関しては操作しか出来ないから、水の魔法は使えないの」
「・・・・・・・・・・・ああ、そういう意味」
 しばらく考える様子を見せた後、キラはやけにすっきりとした表情で呟いた。
「だからさー、使うなら水だけのほうが楽なんだよな〜」
 一度落とした速度をまた速めつつ、ヴァユは帆へと視線を向けた。
 すでにそこに存在するものを操るのはたいして疲れる作業でもないが、”生み出す”――発生という作業はその数倍近い労力がいるのだ。
「ならそうすればいいだろ?」
 こっちの気も知らず、キラは真顔でさらりと言ってのけてくれる。
 ヴァユはぷくっと頬を膨らませて反論した。
「そうすると船のスピードが落ちるの! ったく、こっちの苦労も知らないであっさり言ってくれるよ」
「どっちにしたって、ずっとぶっ続けで魔法使うのは無理だろう?」
 子供に言い聞かせるような口調で言われて、ヴァユはムッとキラを睨みつけた。
 だがキラはまったく動じないし、確かにキラの言う通りだ。
「まあ・・・・・そうだけどさ」
 アルカディアまで一月。そこから共同領地までが一ヶ月半。
 だがヴァユは、本来の半分以下の日数でこの航海を終わらせる気でいた。
「んじゃちょっと反則技で行く?」
 かなり疲れることだから出来れば避けたかったのだが、ヴァユはキラに言われるまですっかり失念していたのだ――自分の体力と精神力ってヤツを。
 まさか一日中このスピードで進むつもりはなかったが、それでも、昼間中はこれで進む気でいた。
 だが途中で今みたいな魔物やなんかも出てくるならば・・・・・・。どう考えても半分の時間では着けない。
「反則技ァ?」
「そう。でもさぁ、めっちゃくちゃ、疲れるんだよな」
 上手くやれば一月程度で共同領地まで行ける。だが、問題はその後だ。
「あと、任せても良い? 海図読めなくてもさぁ、陸地が見えてりゃ何とか出来るよな?」
 キラの疑問などまったく無視して、ヴァユはにっこりと無邪気に笑った。
 その笑みはどこか意地悪くも見える。・・・・・・・だが本人はまったくそれを意識していない。
 お子様特有の、無邪気だからこその、無慈悲な笑顔。
「あーー・・・・・・ま、なんとかするわ。何する気かはなんとなくわかった」
 どうやら止める気もないらしい――というか、この投げ遣りさは、止めても無駄だと思ってるっぽい感じだ。
「マジ?」
「マジ。やってみ。あとは俺がどうとでもフォローするから」
 苦笑して、ぽんっとヴァユの頭に手を置いてきた。
 ・・・・・・・・・思いっきり子供扱いされている。
 実際子供なのだし仕方がないと自分に言い聞かせ、一度船の歩みを止めると、ヴァユは遠く――アルカディアの方角を見つめた。




 ――風の、一番強い属性は伝達。
 ――・・・・遠くへ、運ぶこと。

 流れる風に身をまかせて、見えるはずのない遠い地へと視点を飛ばす。
 実際にそれが見えているわけではない。けれど、視えたような気がした・・・・・・。

 その瞬間!
 ゴォッと言う強い風の音が耳に響き、船は、一瞬にしてその場所から姿を消した。





 ――・・・・・・目の前には、アルカディアの島々。
 さっきまでは影もなかったそれらが、今は町の色さえはっきりと見て取れるほど近くにあった。

 後ろを振りかえると、キラが、物珍しげにきょろきょろと辺りを見まわしていた。
「すっげぇな。こんなことも出来るのか」
「へへー、まあな♪」
 自慢げに頷いたが、実はもう眠くて仕方がなかった。
 体力と精神力の使いすぎってやつだ。
「オレ、寝るから・・・・・・あとよろしく」
 睡魔にボケきった頭ですれ違いざまに告げ、船室に入りすらせずに甲板の上で眠りこけた。


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