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第3章〜夢見るために 第5話


 簡単な食事を済ませると、キラはおもむろに立ち上がり、あの乗り物――バイクと言うそうだ――に視線を向けた。
 食事の間にキラがどうやってここまで来たのかとか、一通りの話は聞いたがまだ信じきれない。
 あのバイクとやらがそんなに速いもので、しかも動力も無しに動いているように見えるそれは、魔法とは違う力で動いているのだという。
 キラは、こちらとバイクを交互に見やって、うーんと唸った。
「なに?」
「いや、まだ動くのはツライかなーと思って」
 ヴァユの方を見て言った言葉に、ヴァユは背中の傷を思い出した。
 動かなければ痛みもないのですっかり忘れていたのだ。
「でも急がないと。オレなら大丈夫だからさ」
「ホントに〜?」
 疑わしげな目でヴァユを見つめてくる。
「大丈夫さ!」
 ヴァユはその言葉を証明するために立ち上が・・・・・――
「〜〜〜いっ・・・・・たたたたた」
 れなかった。
 キラはホラ見ろと言わんばかりに、呆れたような顔をした。
「無理するから。・・・大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶ・・・・・・・」
 背中に力を入れないようにすれば大丈夫かと思ったんだが・・・・。まあ、立ち上がろうとすればどう頑張っても背中に力が入るのは当たり前で。
「どっちにしろ、町まで行かないとマトモな手当てもできないしなあ」
 あごに手をあててそう言うと、キラはニンマリと、あまり良い印象を与えない笑みを見せた。
「なるたけ安全運転で行くからちょっと我慢してくれるか?」
「・・・・・え?」
 その意味を問う間もなく。
 ヴァユの身体はふわりと抱き上げられた。
「ちょっ・・・・!」
 傷に障らないようにしてくれるのはいいんだが・・・・・。
「大丈夫だってばっ!」
「何言ってんだよ。さっき立てなかったんだろ?」
「そ・・・・・そうだけど・・・・」
 確かにその通り。なんの反論もできない。
 だけど、ヴァユにだって男のプライドというものはあるのだ。何が哀しゅうてお姫様抱っこなんか・・・・・。
 しかも動くと痛いから、暴れることもできないし。
「ほら」
 キラは出来るだけ背中を動かさずに済むように、ゆっくりとヴァユをバイクに乗せてくれた。
「普通は後ろに乗せるんだけど、今のオマエじゃ掴まってられないだろ?」
 言って、キラはヴァユのすぐ後ろに腰掛けた。
 すぐ後ろ――どころか、ちょっと目線を上げるとすぐキラの顔が視界に入る。
「えっとー・・・あのさぁ・・・・」
 だがしかし、キラはヴァユの言葉なんぞ聞いちゃいなかった。


 二人を乗せたバイクは大きな音を立てながら発進し、猛スピードでその場を走り去ったのだった。




 あれからたったの数時間。
 安全運転なんて大嘘吐きなキラの運転により、二人は目的の町までやってきた。
 最初はちょっと揺れるたびに背中が痛くて困りものだったが、慣れてしまえばたいした事もなかった。
 自分一人で座っていようとするからキツイのであって、キラのほうに凭れてしまえばずいぶんと楽だったのだ。
 で、着いたのはいいんだけど・・・・・・・。
「またこれ?」
 ヴァユはもう諦めの境地で呟いた。
「薬屋か病院って場所わかるか?」
 そりゃ確かに立てないが、だからといって歩けないわけでは――まだ試してないので絶対大丈夫とは言いきれないが――ないのだ。
 しかもなんでお姫様抱っこ・・・・・・。
 まあ、たんに横抱きに抱き上げているだけと言えばそれだけなのだが。
 別の運ばれパターンをいくつか思い描いて・・・・これが一番マシかもしれないと思い直す。
 なんとなく気疲れしてしまったような気がして、こっそりと息をついた。
 気分を切り換えてから口を開く。
「オレもここ来たの初めてだもん。わかるわけないって」
 どころか、町中では方向オンチと言ってもいいくらいなのだ、ヴァユは。
「じゃあ適当にうろうろするしかないか」
 言いながらも、キラの足取りはしっかりと一方向を目指していた。
 ほどなく、薬屋は見つかった。
「すっげー」
 まさかこんな簡単に見つかるとは思っていなくて、ヴァユは素直に感嘆の声を上げた。
 キラは冷めた視線でヴァユを見る。
「商店街に行きゃ薬局の一つや二つ、あるだろう?」
「そんなもんなの?」
 キラは、目を丸くしてヴァユを見つめた。
 しばらくの沈黙の後、ようやっとキラが口を開いた。
「そんなもんなの」
 何故か疲れたように答えて、店の中へと移動する。
 ヴァユを下ろしてかた店内をぐるりと巡ってきたキラは、手にいくつかの箱や瓶を持っていた。
 だが、
「あ、それ違う」
「え?」
 軽い調子で言われて、キラは手元の薬に目を向けた。
「これ、傷薬・・・・・だよな?」
 何故か疑問系で言われる。
「まあ、傷薬は傷薬なんだけどさ。ってか、おっきく書いてあるじゃん」
 キラの手にあるのは包帯と、傷薬。何故か今のヴァユの傷の治療には関係ないものもいくつか混じってるが。
「それよりさ、そっちのほう」
 ヴァユが指差したのは普通の薬ではなく、魔法薬が並んでいる方の棚だ。
 魔法道具が流通しているファレイシアでは、魔法の品が他の品と一緒に普通の店にぽんっと並んでいるのだ。
 ただし、やはり値段は高く、一般庶民では滅多に買えないが。
 普段ならヴァユだってそんなもの使おうとはしないが、今は早く治すことが先決だし、なにより無料だ。
「これか?」
 ヴァユの指示を聞いて、キラが持ってきてくれたのは回復薬の中でも特に効果が高い――つまり、値が張るものだった。
「そうそう♪」
 薬を受け取ったヴァユは、普段風の魔法を使っているのと似たような感覚でそれを発動させた。
 魔法薬は大きく分けて二種類ある。誰にでも扱える物と、ある程度魔法を知らないと扱えない物。
 この薬は後者のほうだ。決められた術――この場合はもちろん回復魔法――が込められていて、このアイテムを介して魔法を発動させると、まったく知らない魔法でも発動させることが出来るのだ。

 一瞬だった。
 普通の薬ならば数週間はかかっただろう傷が、回復魔法の力によってほんの一瞬で全快してしまう。
「よっしゃぁっ」
 バッと勢いよく立ち上がったヴァユに、キラは半ば呆然とその光景を眺めていた。
「もしかして、魔法って珍しい?」
 キラの様子を見て、ヴァユはそう問いかけた。
 しばし呆然としていたキラは、ハッと我に返って頷いた。
 ずっと優位に立たれていたが初めて、少しだがヴァユの方が優位に立てた気がした。
 が、それも一瞬のことだった。
「港の方角はわかるか?」
「海ならあっちだけど、道まではわかんない」
「方角がわかれば充分だって」
「えぇ? ちょっと待ってよ!」
 キラはすぐにいつもの余裕を取り戻して、さっと歩き出した。


 今度も、キラはほとんど迷うことなく港への道を辿った。
(なんで初めての町で迷わないんだよ・・・・・・・)
 自分が情けないだけかもしれないが、それを認めるのはちょっと悔しいのでキラが凄いのだと思うことにした。
「で、どの船借りるんだ?」
 ぐるりと辺りを見まわせば、適度な大きさから外洋に出るには小さすぎる船まで、いろいろな船が停泊していた。
「そうだなー」
 とりあえず港を一周して、よさそうな船にアタリをつける。
「これ・・・かな」
 小型船で、なおかつ風と魔法で動くタイプの船だ。
 まさかえっちら漕ぐ気はないし、魔法だけで動くタイプの船だと操りきれる自信がない。
「ここから二ヶ月半・・・・かあ」
 誰に向けたわけでもないキラの呟きに、ヴァユはムッとした表情で反論した。
「んなにかかるわけないじゃん」
 そりゃ確かに小型船だし、大型船より足が遅いのは当たり前のことだ。
 キラの言った期間は、大型連絡船のスピードでここからアルカディアに行って、そこからさらに共同領地にいった場合のものだ。
 だが、ヴァユはそんなに時間をかける気はないし、もっと早く行ける自信がある。
 キラは一瞬ぽかん、と目を丸くして、それから大爆笑した。
「な・・・なんだよ、そんな笑う事ないだろっ?」
「いや、悪い悪い。そっかぁ、まあ、よろしく頼むよ」
 言いながらもキラの笑い声は止まらない。
 ヴァユは思いっきり頬を膨らませて――そんな態度がまた更にキラを楽しませる要因になっているのだが――不機嫌を露にしつつも、手はしっかり出航の準備に動いているのだった。


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