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第1話〜結城(1)

 世界は、たった一人の『女王』によって保たれている。
 あたしが『幻想の国』と呼んでいるこの宇宙は、たった一人の創造者の意思によって創り出され、その後継者によって維持されている。
 世界を造り出した創造者、初代の『女王』は現実に居場所をなくして『幻想の国』を創ったクセに、結局。故郷が――『現実』が恋しくなって帰っていってしまった。
 あたしは思う。
 かつて現実に住んでいた『女王』がこの『幻想の国』で思ったことと同じことを。
 ……カエリタイ。
 あたしは現実に帰りたいの。
 その目的のためにならどんな犠牲でも払ってやろうと思うくらい。

 ふいと、視線を向ける。
 そこには、今現在の『女王』の住処がある。
 『現実』と『幻想の国』を行き来する能力を持つのは『女王』だけ。だけど、あたしはもう一つ、方法を知っていた。
 『女王』に匹敵するほどの力を持つ『魔物』の存在。彼の協力があれば……。

「あああああああ、もうっ。なんでこうなるんだよっ!」
 『女王』の家の前には蒼い髪に金の瞳の少年が一人。
 彼の名は結城。そして彼こそが、あたしの求める力を持つ『魔物』。……行動だけ見てるととっても情けないけど。
「なにやってるの?」
 家の中から赤毛の少女というか少年というか・……中性的な容姿を持つ者――結城の同居人であり、現『女王』に呆れたような半眼で言われて、結城はがっくり頭を垂れた。
「別に、なんでもいいだろ」
「なんでもいいんだけど。そこ、邪魔だよ」
「あうあうっ……。人が落ち込んでるのに冷たいぞ・……」
「なんでボクがユーキちゃんを慰めなきゃいけないの」
「……どいつもこいつも。オレの周囲には人の心情慮って慰めてくれる人間はいないのか」
 ぼそりと。本人は聞こえないように言ったつもりだったらしい言葉に、『女王』はあっさりと答えを返した。
「いないんじゃないの?」
「…………」
 のろのろと、結城がその場に立ちあがり、そのままふわりと宙に浮く。
「くそぉ、家出してやるっ。あとで後悔したって遅いんだからなーーーっ!」
 捨て台詞を残した結城は、そのままどんどんと上昇して宇宙にまで上がる。
 ……結城には悪いけど、あたしは誰も後悔しないと思うんだ。
 だぁって、あの家の住人ってばまず自分と自分の好きな人のこと以外はどうでもいい『女王』でしょ。
 いろんな意味で優しいんだけど、多分結城が家出しても心配はしないだろうと思われる『女王』の想い人。『女王』の想い人は、結城が普通の人間でないことを良く知ってるし、『女王』に対するほど過保護でもないからねえ。一人の人間として信頼してると言えば聞こえはいいんだけど。
 家出のきっかけはごく単純なのよ。
 結城は『女王』に惚れてるんだけど、『女王』は想い人のことしか考えてない。ないがしろにされまくった結城くんはとうとう不満を爆発させてしまったわけ。
 いつかはこう言うことが起こるんじゃんないかなーと思ってあたしはあの家を見張ってたわけだけどね。

「はあい」
 あたしは、昇って来た結城に手を振ってにっこりと笑った。
「あれ、お仲間?」
「うん、そう♪」
 本当は違うんだけどね。ここは頷いておこう。
 結城の言うお仲間ってのは『魔物』仲間のことね。
 むかーしむかし、何度転生しても前世の記憶が消えない人がいてね。そのことに疲れて、宇宙全部が滅びればさすがに転生もできないだろうって物騒なことを考えたの、その人は。
 その時、宇宙を壊す手伝いをさせるために創ったのが『魔物』ってわけ。一言で『魔物』って言っても中間管理職みたいなのと下っ端がいるけど。ちなみに結城は中間管理職のほう。下っ端魔物を創れるの。普段は人間の姿をしてるけど、実は実体のない闇みたいな存在で、結城は『魔物』の中でもイチニを争う実力者。
 このなさけなーい姿を見てるととてもとてもそんな風には見えないけどね。
「なんか……久しぶりに逢った気がするなあ……。長がいなくなって以来なんか魔物も減ってるみたいだし」
「そなの? あんまり気にしてないから気付かなかったわあ」
 あ、結城の言う『長』ってのがその前世の記憶を持ち続けた人ね。今は前世の記憶が甦らないよう封印されてるんだけど。
「まあね。オレもあんまり気にしてないし」
「それはそれとして……。何やってんの?」
 ものすごーく不機嫌と言うかヤツ当たりオーラを纏ってうろちょろしてる奴にこういう発言はおかしくないと思うんだ、たぶん。
 結城はゔっ、と言葉に詰まって、わかりやすーく視線を逸らした。
「いやちょっとうん……いろいろあってね……」
「いろいろって?」
 にっこり笑顔で言ってやると、結城はさらに言葉に詰まって遠く遠くに視線を飛ばす。
 何があったんだかホントは全部知ってるけど、聞き出すところから始めないと相談相手にもなれやしない。
 それにしても結城ってば警戒心ってものはないんだろーか。
 確かにあたしの気配は『女王』や『魔物』に近い――つまり、この世界の人間の気配とは違うわけだけど、こうもあっさり信じてくれるとは思ってなかったわあ。
「……オレはな、ずぅっと、好きだって言い続けてるんだ。それなのにぃ〜〜〜〜っ!」
 ふうとひとつ溜息をついてから落ち込んだ口調で語り始めた結城だけど、最後のほうにはなんか拳を握って熱く語っている。『女王』に惚れたのはいいけど、その『女王』っていろいろと問題ある性格してるからなあ。自分以外は本当にどうでもいい、とんでもない自己チュー性格。先代の『女王』もよくこんな子に後継任せたなあとか思う。
 結城がいくら好きだ好きだと告げても……。にっこり笑って「ありがとう」って返してくれるのは結城に何かとてつもなく面倒なことを押しつけようとしてる時。普段結城を利用しようとする時は、それすらもない。
 惚れた弱みってヤツかしらねえ。結城はとことん『女王』に逆らえないから。そんな自分を情けないと思いつつ容認してる結城にも問題ありまくりだけど。
「フラれたんだ」
 とりあえず、こう返してみる。
「まだフラれてないっ!」
 即答。
「それで?」
「いなくなればちょっとはこー……淋しがったりしてくれるかなあ…なんて?」
 うっわ、淡い希望抱いてるなあ。
 自信なさげに小首を傾げて言う様子を見るに、結城自身も淡すぎる希望だと自覚してるみたい。
「どーせなら、思いっきり焦らせてみない?」
 ニヤリっとあたしは口の端を上げて笑った。
「思いっきり?」
「そ。簡単には見つからないトコに家出するの」
「そんな場所あるかあ?」
 結城がポリポリと頭を掻いた。
 まあ、なにせ相手はこの『幻想の国』全体を支える『女王』サマ。『女王』が本気になれば、広い宇宙のどこにいようと発見は容易なのだ。
「この世界の外に出ちゃえばいいのよ♪」
「……は?」
「結城ならできるでしょ?」
 邪気なくにっこり笑って見せると、結城は困ったように宙を見た。顎に手を当て考える素振りを見せる。
「いやまあ、できなくはないと思うけど……」
 なんと言っても彼はずっと『女王』の傍にいてその力の質をよく見てる。彼本人の力も大きい。確かに『女王』と『魔物』では力の質の根本は違うけれど、無理やり道を作るくらい、結城ならばなんとかなるだろう。
「なんでいきなりそんなこと言うんだ?」
「だぁって、気にならない?」
「なにが」
「初代の『女王』が焦がれた『現実』世界ってやつが」
「別にオレはそういうのは気にならないけど……。でも、絵瑠を本気で慌てさせられるかもな、それは確かに」
 周りにいるのがとことん義理も情も涙もないような性格の人ばっかだから情けないお人好しに見える結城だけれど、彼も彼で案外性格悪いんだよね。
 こーいうイタズラに簡単にノってくる程度には。
 世界を破壊することを使命として生まれた『魔物』の割りに、案外命を重く見てるからなあ、結城は。下手すると今の『女王』よりもよっぽど『女王』向きの性格してるんじゃないかと思う。
 っと、まあそういうコトは置いといて。
 やったね、結城がその気になってくれればこっちのもの!
「よーし、それじゃ現実に行ってみようっ」
「でもオレ、道は開けられると思うけど、方角がわからないんだけど」
 いやまあそうだろうねえ。世界と世界の境界線に穴を開ける自信はあっても、どっちにどう力を加えれば現実への穴が開くのかわからないんじゃあコンパスと地図なしに樹海の中を歩くようなもんだもん。
「それならあたしがわかるからダイジョブ。むかし初代『女王』と逢ったことがあるんだ。あの気配を追ってけば……」
 そう。
 あたしは最初の、初代の『女王』を知っている。
 知っているからこそ、彼女に逢いたい。
 あたしは、彼女を追って『現実』に帰ろうとしているのだから……。
「へぇ。そんな芸当ができるのか」
 結城が感心したふうに声を漏らした。
「…………あっちの方、だね」
 あたしが一点を指差すと、結城はそちらに向けて力を放った。
 黒い闇が暗い宇宙を突き刺す錐となり、闇は黒い空間に光を穿つ。
「よし今のうち。飛ぶぞっ!」
「じゃーね、どーもありがとう。あたしは現実見物を楽しませてもらうわ」
 道に入る直前で別れを告げて、あたしは一人で道の向こうへ飛び込んだ。

 見たことのない『現実』に、カエリタイと思っている。
 その懐かしさはあたしのものであると同時に、初代『女王』のものでもある。
 ずっとずっとカエリタイと思っているけど、でも、あたしは悩んでもいた。
 あたしは、『現実』に帰ったら、いったいなにがしたいんだろう?
 『現実』に帰るという目的を失ったら、あたしはそのあと……――。


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