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第2話〜春日雄哉(1)


 気持ち良い眠りを邪魔する、煩いベルの音。
 どこから聞こえてくるのかわからないまま、ごそごそと頭ごと布団の中に潜りこむ。
 けど、音はいつまで経っても止む様子がない。寝ぼけた頭が少しずつ覚醒してきて、気付いた。
 なんか……目覚し時計が鳴ってる。
 おっかしいなあ。オレ、昨日目覚ましセットしたっけ?
 ここんとこずっと仕事で外に出てて、昨日は久しぶりに家に帰ってきて。んで、今日は惰眠を貪ってやるぞと思って目覚ましはかけなかったはず……なんだけどなあ。
 そうは思っても、現実に目覚まし時計は煩く鳴り続けている。
 しゃーない。このまま鳴られたら寝てなんていらんないし、止めるか。でもやっぱり起きるのは面倒で、布団の中から手だけを出して目覚ましを止めることにした……って、あれ?
 いつもの場所に目覚まし時計がない。
 いっつもベッドの脇のサイドテーブルに置いてたんだけど……。いくら手で探っても、目覚し時計どころかサイドテーブルの感触もない。
「ええっと……」
 寝ぼけた頭で、とりあえず耳を澄ませてみる。
 音は、頭の方から聞こえてくる。
 ……オレのベッド、頭の方には物を置くスペースなんてなかったと思うし、もちろんそんなとこに目覚ましなんて置いてないはずなんだけど。
 仕方がないから、とりあえずのそのそと布団から頭だけを出した、瞬間。
 オレは驚きに目を丸くした。
 そこは、まったく見覚えのない部屋だった。
 淡いクリーム色の壁には、いくつものポスターが貼ってあって、目線を上にやると音の出所――目覚し時計があった。ベッドの頭の方に、小さな棚みたいなスペースがあったんだ。
 ……確実に、オレの部屋じゃない。
 むくりと起き上がって再度ぐるりと部屋を見まわす。
 見れば見るほどわからない。自分の部屋はこんな小奇麗な部屋じゃない。本や発掘品なんかが乱雑に置いてあって、木の板剥き出しの壁と床で。
 ……待て待て待て。
 よーく思い出せよ、オレ。
 昨日……オレ、ちゃんと自分の部屋で寝たよな?
 そう、オレは昨日まで仕事で外に出かけてた。んで、仕事に一区切りつけて、家に帰って来たのが昨日の夕方。持って帰って来た発掘品を片付けるのは明日にしようって、その辺に適当に置いて、さっさと寝たんだ。
 うん、覚えてる。
 オレは確かに昨日は自分の部屋のベッドで寝た。
 ……なんでオレ、こんなとこにいるんだ?
「雄哉!」
「へっ?」
 突然、バタンっと勢いよくドアが開いて、知らない中年のおばさんが遠慮もなにもなしに入ってきた。
 彼女の視線からすると雄哉とはオレのことらしいが、その名前に聞き覚えはない。
 っていうか、それ以前に、オレの名前は雄哉じゃないし。
「……誰?」
 二つの意味を込めて呟くと、彼女は早々とブチ切れた。
 座っていたベッドのシーツを引っ張られ、オレの体はベッドの下に転がり落ちる。
「ってぇ……」
「寝ぼけてんじゃないっ! もう八時半だよ!」
「八時半…?」
 言われてとりあえず時計を見つめ、ついでにその隣にあった写真立てが目に入る。
 そこには知らない人間の姿が写ってた。黒髪に黒い瞳の、オレと同じくらいの年齢の……なんかタンクトップな服装とかボール持ってるところを見ると、スポーツでもやってんのかな?
 と、その時。
 ――え?
 ふっと、世界が遠くなった。
 現実感が薄れ、意識が自分の奥へと引っ張られる感覚――オレにとっては、慣れた感覚だ。
 次の瞬間。
「ああああぁぁぁぁっーーーーーーーーーーっ!!」
 オレは声を出そうとはしてなかったのに、声が出た。自分の体が、自分の自由にならないって感覚。
 オレはこの感覚をよく知ってる。
 でもなあ……二重人格だったのは昔のことで、今はもう違うんだけど。
 だけどこの感覚って、絶対そうだよなあ。
 オレの中に、誰か別の人格が在るんだ。
 今現在意識の表にいて、体の主導権を握ってるそいつは、バッとその場に立ちあがって乱暴に時計を持ち上げそれを見つめた。
 何度見直しても時計の針が指すのは八時半。携帯電話で確認してみてもやっぱり八時半。いや、それよりもう少し遅いか。
「なんで起こしてくれないんだよ!?」
「起こしたでしょう、あんたが起きなかっただけで。挙句の果てに寝ぼけて母親に『誰?』なんて聞くわ」
「は? おれ、そんな事言ってないぞ?」
「だから、寝ぼけてたんでしょうが」
「ああああもうっ、朝練確実に遅刻じゃないか、これっ!」
「朝御飯はどうする?」
「いらねぇ、すぐに出るっ!」
 親子……かな、この二人。
 オレは二人のやりとりからそう判断した。雄哉ってのはこいつの名前か。
 女性はふうと大袈裟に溜息をついて、階下へと降りていった。
 その後ろ姿を見送って、雄哉は早速着替えを始める――鏡に、自分の姿が映って見えた。
 黒い髪と黒い瞳。さっきの写真で見た顔だ。
 ……オレの体じゃあない。
 つーと、なんでか知らないけどオレの意識だけがこいつの体に入り込んだってことか?
 今、オレの身体ってどうなってるんだろう。
 まだ家で寝てるのか?
 まあ、とりあえず。どーせ動けないんだ、傍観しといて様子を見るのが一番か。
 様子を見るに、ここはこいつの部屋らしい。ってーことは、こいつはここのことに詳しいわけだから、おかしなことにはなんないだろ。
 バタバタと賑やかに階段を駆け降りて、挨拶もそこそこに。雄哉は玄関の外へと飛び出した。
 ……うーん。
 向こうはオレの存在に気付いてないみたいだな。まあ、そうでもなきゃきっとパニックに陥ってるだろ、たぶん。こいつが普通の一般的な人間ならな。
 でもオレもこういう経験は初めてなんだけど……。落ちついてるよなあ、オレ。
 はあ。
 まあ、一応、いろいろと突発的トラブルには慣れてるけどさあ、職業柄。……まあ、それだけってわけでもないけど。
 大急ぎで駆けて行く雄哉の視界に映るものが、オレの目にも見える。
 見たところ街並の風景は、オレが知ってる街とそんなに変わらない。っても、大陸の端っこにあるような小さな村とは違うし、国の中心になってるような大きな都市ほどでもない。まあ、地方都市くらいの感じかな。石の塀があったり、電信柱があったり、ビルとか普通のこじんまりした感じの家屋とか。
 オレの住んでる大陸は、発展してる街と地方の村とでかなり文明に開きがある。中央の都市ではテレビも車も当たり前だけど、地方の村じゃあ写真もなかったりするし。オレの家があるのは地方の村だったけど、旅暮らししてたから、いろいろな街や村を見てる。
 だけど、今見えてる風景の雰囲気はそれなりに見慣れた風景って感じはしても、地理として言えばまったく見覚えがない。
 ……うーん……。
 どこの街なんだろうなあ、ここ。この辺は住宅街みたいだから、もしかしたら街の名前を聞けば知ってるところなのかもしれないけど。オレにとっちゃ街ってのは旅の途中に立ち寄るトコロで、用があるのは店や宿。住宅街になんて入らないからな。
 雄哉の走る道に次第に人通りが増えて行く。雄哉と同じ服を着てる同じ年頃のヤツがたくさん……ああ、雄哉が着てたのは制服だったんだな。
「あれ、春日? 部活はどうしたんだよ」
「寝坊ー!」
 友人らしきヤツに話しかけられて、でも雄哉は走りぬけながら簡潔に答えた。止まって話す時間も惜しいのか。
 ……寝坊っていうか、寝坊ってことになったわけだけど、その原因は多分オレ。
 目覚ましはちゃんと鳴ってて、でもオレが目を覚まして目覚し時計を止めて。わけのわからない状況を整理するために考え込んでたその時間、雄哉はぐっすりと寝てて。母親の声でようやっと目を覚ました時には遅刻決定ってな。
 うーん、ちょっと責任感じるかも。
 雄哉は教室にも行かず、体育館へ駆けこんで行った。
 さっき部屋にあった写真で予想はしてたけど、やっぱ体育系の部活みたいだな。
「ああああああ……やっぱもう誰もいない…」
 時刻は八時四五分。がっくと肩を落とした雄哉は、そのまま教室の方へ移動して行った。

 …………とりあえず、だ。
 あああああもうっ、全然状況がわっかんねーっ!
 教室に入った雄哉は遅刻を注意されたけど、そのあとは普通に授業を受けていた。
 これといって変わった様子はない。
 オレの意識がなんで自分の身体を離れてこいつの身体の中にいるのか、まったくその原因が掴めない。
 あーあ、どうやったら帰れるんだろうなあ、オレ。
 今後を考えて溜息をついた時――聞き覚えのある単語が一つ、耳に飛びこんできた。
 ――日本?
 ふっと意識を外に向けて、雄哉の見ている物を見る。
 黒板には地図や地名らしき単語が書かれていた。……そう言えば、なんで読めるんだろ。
 オレが知っているどの文字とも明らかに違う文字なのに、何故か読めてしまう。
 つっても、読めても意味がわかんなきゃしょうがないんだけどさ。
 東京とか京都なんかいろいろ地名が出てるけど、その中でオレが知ってる地名は一つだけ――日本って単語。
 なんか……ものすっごく嫌な予感がするんですけど。
 確かそれってさあ、初代の『女王』の故郷じゃないか?
 オレが生まれて育ち住んでる世界は『女王』が創った幻想の世界。本の中にある空想の国。
 そしてその『女王』が生まれたのが『女王』の言うところの現実世界――って言われても、オレにとっちゃあ幻想の世界の方がリアルな現実世界なんだけど――で、『女王』が生まれた国が、確か、日本。
 …………………………ちょっと待てぇっ!!
 なんでオレが『現実』にいるんだよ。そもそもオレ、そんな異世界に行く方法なんて知らないぞっ。
 ああ、いやでも。オレも知らない間にこういう事態になってたってことは、多分これ、オレのせいじゃあないんだよな。
 オレ以外の誰か……。思い浮かぶのは故郷に帰っていった初代『女王』に替わって幻想世界の維持をしている現『女王』か、その周囲にいる誰か。
 でもさあ、オレにこんなことして得があるヤツってのはいないんだよな……。
 延々と堂々巡りの答えの出ない問いにハマって、オレは大きなため息をついた。
 情報が足りない。考えてもわからないし、とりあえずは……寝よう。
 平和な国みたいだから適当に動いても問題起きなさそうだし……。この身体の主導権は雄哉の方にあるみたいだから、雄哉が寝たあとにでもこの辺の探索してみようっと。


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