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最終話〜結城(3)

 つ、疲れた……。
 絵瑠はなんか勘違いしてたみたいだけどさあ、オレって別に他人の体と精神を引っぺがすってのを得意としてるってわけじゃないんだよ。
 確かにむかーし似たようなことを頼まれたこともあったけどさ。
 でもあれ、かなり苦労したんだよ……。しかも現実世界じゃ魂が見えないせいで、加減の仕方も微妙にわかりずらいし。
 しかも相手は絵瑠にラシェルに綺羅。
 ……ラシェルはいいんだけどさ。残る二人。
 下手なことしたら怒られるだけじゃすまないんだってばっ!
「どしたの、ユーキちゃん?」
「え?」
 宇宙空間の闇の中、すぐ隣にいるのは絵瑠の姿。
 ラシェルと綺羅の精神はさっさと元いたところに戻してやった、絵瑠が。オレじゃあそういうことはできないからさ。
 面倒ごとを片付けて家に帰れるからだろう。絵瑠はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
 その笑みがオレのためのものじゃないのはちょっと残念だけど。
 そーだよなっ。
 いろいろと苦労したけど、今ここで絵瑠と二人きりになれて、しかも笑顔まで見れて。それだけで充分だよな、うん!
「なんでもない」
 言うと、絵瑠はむすっと拗ねたような顔をした。
「ユーキちゃんのくせに、生意気……」
「だってたいしたことじゃないからさ」
「そのせいで今回余計に苦労したんだよね」
 うっ。
 反論できねえ。
 オレを現実世界に誘ったあの子。オレは自分と同類だと勝手に思い込んでいて、絵瑠に話すほどのもんでもないと思って――いや、そもそも。絵瑠に逢えた嬉しさいっぱいで、存在自体をすっかり忘れてた。
 おかげで絵瑠たちはしなくて良い苦労までしたらしい。
 オレはその辺のこと、まだあんまり聞いてないけど。
「ごめんな。その……」
「ま、いーけどね」
 絵瑠がひょいと視線を逸らして肩を竦める。
「ユーキちゃんがマヌケなのは今に始まった事じゃないし」
 うううっ。
 言われ放題だけどやっぱり反論できねえ。
 昔はもうちょっと言い返したりしてたと思うんだけどなあ……。
「なに止まってんの。置いてくよ」
 愛想もなにもないそっけない口調で言われても、声をかけてもらえるだけでも嬉しいオレは、すぐに絵瑠に返事をした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 なんだかいろいろあったけど。結城と女王たちが帰るのを見届けて。
 リリスに、どうするか聞かれてちょっと迷って。
 でもあたしは結局、まだ現実世界にいた。
 あたしは帰らなくて大丈夫なのって尋ねたら、
「貴方は私の分身みたいなものだし、なんとかなるわよ」
 リリスはそんな呑気なことを言って微笑んだ。
 結局最後には、騒ぎの元凶はあたしではなくリリスのほうへと矛先が向かっていた。
 まあ、完全に間違いではないけどね。
 巻き込まれちゃった現実世界の人たちはもとの生活に――
「おっはよーございまーすっ」
 戻ってなかった。
「おはよう、麻美ちゃん」
 そこそこの長さこの学校にいたからそろそろ引っ越すつもりだったというリリスは、何故か、そのままこの地に残っていた。
 まあ、学校の方は辞めちゃってるんだけどね。
「朝っぱらからより道なんてしてていいの? 遅刻するよ?」
 あたしが言うと、麻美はにっこり優等生の笑顔を浮かべる。
「大丈夫。今日は学校休みだから」
「……なんで制服?」
「このあと学校の図書室に用事があるから」
 ああ、納得。
 本当に顔見せだけのつもりだったらしい麻美は本当に挨拶だけしてさっさと出ていった。
 今日は麻美だったけど、あの事件に関わった恵琉も雄哉も、何故だかちょくちょく顔を見せている。
 理由は人によっていろいろ違うみたいだけど、なんにしろ、あたしのことが気になるらしい。
 ……まあ、騒ぎ起こした張本人だしねえ。
 けどあたしはなんだかそれが嬉しかったりする。
 多分、きっと。
 あたしは、ここに、帰りたかったんだと思う。
 リリスが現実世界に――暖かい故郷の人たちがいた場所に帰りたいと願ったように。
 あたしも、帰る場所を探していたんだと思う。
 もちろんここが『帰る場所』だと決まったわけじゃないけれど。
 日々誰かと話して、笑って過ごすのはなんだかとても心地が良い。
「元気そうね」
 にこりと穏やかに、リリスが笑う。
 元気そうって、あたし、初めて会ったときから元気だったと思うけど?
 リリスの言う意味がよくわからなくて黙っていたら、リリスはくすくすと楽しげな声を漏らした。
「やっぱり貴方、私と似てるわ」
 そりゃあ、貴方の想いから発生した人格ですから、私は。似てて当然でしょう。
 そう言おうと思ったけれど、リリスが続きを言うほうが早かった。
「さて。多分今日も雄哉くん、部活帰りに寄るだろうから。おやつでも買ってきましょうか」
 思いっきり唐突に話を逸らされてちょっと不満は残ったけれど。
 でも、リリスの意見にはあたしも大賛成。
「うん」
 笑って頷いたあたしを見て、リリスも嬉しそうに笑う。
 まあ、こんな毎日も良いかと思う。
 まだこれと決まったわけじゃないけど。
 今はとりあえず。
 この時間とこの場所を、帰るところだと思っておこう。


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