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第19話〜佐藤麻美(6)

 まったく。寝てるだのなんだの言いたい放題言ってくれるなあ、もう。
 ……寝てるフリしてる人間に言う権利ないけどね。
 そう。わたし、佐藤麻美は別にずぅっとひたすら寝てたわけじゃあない。
 たんに巻き込まれたくないから口出ししなかっただけ。っていうか、なんであんな怖そうな人がわたしのところに来ちゃうのよぉ〜。
 綺羅はなんだか楽しそうに、諸悪の根源と思われる女生徒を追い掛けている。空を飛ぶスピードは綺羅の方が断然早いみたいで、その差は縮まって行くばかり。
「捕まえたっ!」
 そしてとうとう、綺羅は彼女の腕を掴むことに成功した。
「離してよっ!」
 叫ぶ彼女の声をあっさり無視して、綺羅はそのまま屋上へと向かう。
「〜〜っもう! 離してって言ってるでしょ!」
「なんであんたの言うこと聞かなきゃなんないんだ?」
 うん、まあ確かにそうなんだけど。
 端から見てると丸っきり綺羅の……んーん、外見私だから、私が悪役?
 なんかイヤだなあ、それ。
「おーいっ、捕まえたぞ」
 空に上がるにつれて、だんだん屋上の様子が見やすくなっていく。
 あれ……?
 屋上に残ってるのって、マリエル一人のはずだよね?
 だけど今屋上には人影がもうひとつ……って!
『先生!?』
「ぅわっ?」
 思わず叫んだ言葉に、綺羅が妙な声をあげた。
「なんだよ、起きてたんじゃないか」
 何故か拗ねたような口調で綺羅が言う。
 ああああ、最後まで黙ってるつもりだったのにっ!
「知り合い?」
『……知り合い……って言うか。うちのガッコの司書の先生』
 答えたら、綺羅は呆れた様子でため息をついた。
「あー……予想通りって感じだな」
『え?』
 予想通りって、何が?
「ごくろーさん」
 聞こうとしたけど、その前にマリエルが声をかけてきたせいでタイミングを逃してしまった。
 マリエルは言葉の内容とまったくそぐわない、やる気のない様子で綺羅を迎えた。
「そっち、初代女王? やっぱ『本』の傍にいたんだな」
 綺羅は思いっきり半眼で先生を睨みつけてトゲを含んだ声で告げた。
 薄い茶色の髪に紫の瞳。どこの国の人かは知らないけど、色からして多分外国の人。
 本にとっても詳しい、うちの学校の司書の先生。名前はリリス。ファミリーネームは知らない。
 いっつも図書館に通い詰めてるわたしは結構話したことがあって、まあ、それなりに仲も良い。
「いったーいっ」
 どっさと乱暴に屋上に降ろされて、諸悪の根源と思われる少女が顔を顰めて肌を摩った。
「っもう、女の子になんて扱いするの!」
「女の子らしい扱いされたいなら、女の子らしい態度とっとけよ」
 とりつくしまのない綺羅にぷくっと頬を膨らませて。それから、少女は困ったように回りを見まわした。
「どういうつもりなのか、教えてもらえる?」
 マリエルが、腰に手を当てて偉そうにそう聞いた。
「んー……なんとなく?」
 こくんと首を傾げて、少女は言った。
「そのなんとなくに俺たちは付き合わされたのか?」
 綺羅の声が、一段どころか二段も三段も低くなる。不機嫌をありありとその表情に映し出して、綺羅は少女を睨みつけた。
 その迫力に負けたのか、少女はへらっと誤魔化すように笑いながら片手を頬に当てた。
「最初はねえ……現実に帰りたかったの。それだけだったんだけど」
「だけど?」
 これはマリエル。こっちも綺羅に負けず劣らず不機嫌そう。
「いざ来てみたら、なんか違うって感じがしたのよね」
 もう、突っ込む気もないらしい。綺羅は黙ったまんま、視線で少女の言葉を促した。
「だから、とりあえず現実に来たんだから……そのあとどうしたいか考えてみたの」
「で、初代女王に逢いたいと思ったわけだ、キミは」
 少女の言葉を先回りして告げたマリエルに、少女はきょとんっと目を丸くした。
 それから数秒の沈黙ののち、また頬を膨らませて、マリエルを睨む。
「わかってるなら聞かなくってもいいじゃない」
「一応、確認」
 感情表現豊かな少女とは正反対に、マリエルはどこか淡々とそう返した。
 ちらと、先生のほうに視線を向ける。
「逢って……次は、どうしたい?」
 先生は、綺羅やマリエルほど少女を嫌ってはいないみたい。にこりと優しい笑みで問い掛けた。
「え?」
 いきなり穏やかに言われて戸惑ったのか、少女の動きが止まった。
「……考えてみる」
「別にさ……行きあたりばったりが悪いとは言わないけどさ」
 あんまりと言えばあんまりな少女の答えに、綺羅はわざとらしく溜息をついた。
「もーちょっと周りの迷惑考えて欲しいよね」
 わたし、あんまりマリエルのこと知らないけど……。でも、ここ数時間見ていただけでも充分わかる。
 貴方に言われたくないって、まさにこういう時に使う言葉だと思う。
「んじゃ、あとのことはリリスと勝手に相談して。ボクはもー知らない。とにかく、帰る方法教えてよ」
「帰る方法?」
 きょんっと。
 少女はくりんっと目を動かして、それから。
 あははと乾いた笑いを浮かべた。
「わっかんないんだ。もともとあたしとしては女王様たちがこんなに勢ぞろいすると思ってなかったから。だってあたし、初代女王を誘き出すのに魔物を召喚しただけなんだもんっ」
「をい」
 あっ、あっ。
 なんかこー……綺羅の肩、震えてるんですけど。
 怒り爆発直前って感じ。
「リリスは? 何かわかる?」
 諸悪の根源である少女に問い詰めても有益な答えは返って来ないと思ったらしい。
 マリエルはあっさりと矛先を先生に変えた。先生は少し考えてから、困ったように苦笑する。
「こういう前例はないから……よくわからない」
 …………。
 屋上の上に暗い沈黙が流れた。夕闇のせいで余計に空気が暗く感じられる。
「ちょっと、冗談じゃないわよっ!」
 ふいに。マリエル――あ、違った。あの口調は高橋先輩だ。
 高橋先輩が勢い込んで叫び声をあげた。うんうん、私もその気持ちはすっごくわかります。
「これは正真証明、私の身体なの。魔物の心配がなくなったんなら、こっちにいる理由もなくなったわけだし、いつまでも身体貸してらんないってば!」
「って、言われてもなあ……」
 綺羅が困ったように頭を掻いた。高橋先輩の勢いに呑まれて、怒りは一時忘れたらしい。
「ラシェルくんならなんとかなると思うんだけど……」
 片手を頬に当てて、なんだか妙に可愛らしい仕草で先生がつぶやいた。
 ええっ? ラシェルくんだけなの?
 綺羅も帰してやって欲しいんだけどなあ……。
「ラシェルちゃんならって、なんで?」
 先生の言動の意味がわからなかったのか、っていうか、いつの間にまた入れ替わったんだか。
 マリエルが不思議そうに言って首を傾げた。
「ほら、ラシェルくんは自分の身体と意識を切り離せるでしょう。その状態で『道』に放り込めば、たぶん」
「じゃあ他の人もそのパターンでなんとかならない?」
 横からそう口を挟んできたのは、大元の原因を作ったあの子。っていうか……名前、誰も聞かないのね。
 綺羅がギロリと鋭い視線で黙らせた。誰のせいでこんなことになったんだ、って――目が雄弁に語ってる。
「ボク、精神だけ切り離すなんて器用なことできないよ」
「俺もだ」
 ぶすっと二人は不機嫌そのままに淡々と言う。抑揚がないのがなんだか余計に怖いよ、二人とも……。
 っもう、綺羅の体はわたしの体でもあるんだから、あんまりそういう……わたしのイメージ壊しそうなことして欲しくないなあ。
 クラスメイトとか学校の友達に見られてないのがせめてもの救いよね。
「だから、結局どーすんだ?」
 容赦ない切裂くような言葉と視線に射貫かれて、少女は小さく身を縮こませた。
 魔物を呼び出したりなんだりとメチャクチャやってた割には案外素直……。目的を果たせたからか、それとも実は結構小心者だったりするのか。
 できれば見つかりたくなかったけど、見つかったなら観念するしかないって感じかな、様子見てると。
 まあ気持ちはわかんないでもないけどねー。
 だってこの二人、怖いモン。
 覚悟してやったならともかく、予想外のトラブルで怒られるのは……ちょっと勘弁したいよね。自分にも解決方法がわからないなら尚更。
「あ、そーだ」
「ん?」
「ユーキちゃんならなんとかできるかも」
 ぽんっと。たった今思い出したらしいマリエルは、片方の掌にもう片方の拳を軽く当てて言った。
 結城くん、そんな妙な力持ってたっけ?
 わたしが見たのは結界みたいなのを張っただけだったけど。
「ほら、ユーキちゃんってもともと魂を喰べるでしょ。だから、他人の魂……精神だけを引っ張りだしたりできるんだよ。ボク、前に頼んだことあるもん」
 ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ。
 わたしが聞いたのは、結城くんが人の魂を喰べるって話だけだったけど。なんとなくイメージで、死んだ人間の魂を喰べるもんかと思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。
 生きてる人間の魂引っ張り出せるって……うう、ちょっと怖い。
「で。誰が結城を呼びに行くんだ?」
 言いながら、だけど綺羅の視線はしっかり一点に注がれていた。マリエルの視線も同様。
「……あたし?」
 二人の視線の先には、へらっと笑う女の子が一人。
 綺羅とマリエルは無言で頷いて『本』を指差す。
「まあ、もう『道』は開いてるから……行って帰ってくるくらいはできるけどさ」
 それでも、綺羅とマリエルの態度にはちょっと理不尽なものを感じたらしい。
 ちょっとだけぶつくさと文句を言いながら、だけど一応自分に責任があると自覚してるみたいで、反対はしなかった。
 『本』が淡い光を放ち出す。
 そして――屋上から人影がひとつ、姿を消した。


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