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第18話〜春日雄哉(6)

 校舎内を駆けるラシェルを見て、思う。
 ……いいのかなあ、あいつら置いてきちまって。
 なんとなく後ろが気になるけど、今、この身体の主導権はラシェルに譲ってる。まあ、本気で入れ替わろうとすればおれの方が有利らしいんだけどさ。
 だけど、怪物と戦闘した直後で、本を奪っていった謎の女生徒を追い掛けている今――それはつまり、いつ戦闘に突入するかわからないってわけで。
 こんな状態で、無理やり身体の主導権奪い返してまで屋上の様子を見に戻りたいとは思わなかった。
『なあ』
「ん?」
『置いてきてよかったのか?』
 それでも一応尋ねると、ラシェルはものすごーく嫌そうな顔をした。
「んじゃ、聞くけど。もしこっちに矛先がきたら雄哉、責任取ってくれるのか?」
『ゔっ……』
 ああ、そーか。それで声をかけなかったのか。
 あの二人、お互い自分の主張をはっきり言うタイプみたいだし、喧嘩の様子を見てても言葉に容赦がない。
 思いっきり罵られたらおれ、しばらく浮上できないかも……。
「な?」
 何故か得意げに言われて、おれは素直に頷いた。
 とりあえず、視界内の見える範囲に、あの女生徒の姿は見えなかった。っていうか、そもそも。
『なあ、あの子の顔、見たのか?』
 おれはそれがものすごく不思議だった。
 だってあの子は飛び降りてすぐに校舎の中に走って行ったんだ。少なくともおれには、あの子の顔を見る暇はなかった。
 ってことはだ。
 おれと同じ身体を共有してる――同じ視点でものを見てるラシェルにも、あの子の顔、見えなかったんじゃないか?
「いや」
『じゃあどうやって探すんだよ』
「この時間に学校に残ってる生徒なんてそう多くはないだろ?」
『まあ、そうだけどさ』
 にしても、ファンタジーの住人のわりに妙にこういうとこ、詳しいよなあ。ラシェルの世界にも学校はあるらしいけどさ、ラシェルは通ったことないみたいだったのに。
 たんにここに来てから学習しただけか?
「おい。なに考えこんでんだよ」
『え?』
 だっておれやることないし――言い掛けた言葉は、ラシェルの声にあっさりと遮られた。
「オレはここの構造ほとんど知らないんだからな」
『そうだけどさー。相手がどこに逃げこんだかなんて、予想つかないぞ?』
 時間から言って、多分、教師がいそうな場所には逃げ込まないだろうけど……おれにわかるのはその程度だ。
 とっくに下校時刻は過ぎてるから、見つかったら怒られること間違いなし。無駄に時間をロスすることにもなるから、向こうだって教師には見つかりたくないはずだ。
 そうすると職員室と事務局の方には行かないと思う。あとはまあ単純に考えて……彼女がなんで『本』を持って行ったのかはわからないけど、目的を達したなら、さっさと学校を出るのが上策だ。
 なら。
『昇降口……くらいしか思いつかないって』
「昇降口、ねえ……」
『なんだよ、不満そうだな』
「だって、向こうもそれっくらいは思うんじゃないか? こっちは複数いるんだし、先回りされて挟み撃ちにされたら逃げようがないじゃないか」
『……じゃあ、どこだよ』
「さあ」
 わからないくせに文句言うなよなーーーっ!!
 くっそう。どーせおれは考えなしですよ。
 ああ、結局、とりあえずで片っ端から当たってみるしかないのか。
 今走ってるのはラシェルだけどさ、これはおれの身体でもあるから、おれだって疲れるんだよ。
 本当はこんなことポイって放り出せればそれが一番良いんだけどさ。魔物はおれたちにしか見えないみたいだし、おれたちが口にしなきゃあ魔物が現実にいるなんて誰も気付かない。
 魔物がこっちの世界に被害出せるんでなければ、勝手に徘徊しててくれって言えるのに。
 結局、自分の生活圏を守るために、どうにかできる奴がどうにかするしかないんだよな……はあ。
 かなり怖いんだぞ、間近で戦闘見るって。情けない奴って言われるかもしれないけどさあ、戦いに縁薄い普通の高校生の感覚ってこんなもんだと思う。……ていうか、思いたい。
 強がってるだけかもしれないけどさ……高橋先輩はなんであんなに順応性が高いんだっ!!
 ……あ、なんか虚しくなってきた。これ以上この辺追及するのはやめとこう。
 気持ちの切り換えをしようと溜息をついた時。
 外で、何か大きな音がした。
『なんだあ?』
「なんの音だ、今の?」
 二人して首を傾げて――でも適度に緊張感を保ったまま、おれたちは音の方、校庭の方に目を向ける。
「あいつっ……!!」
 校庭のど真ん中に立つ綺羅。その前に、制服を着た少女が一人。
『なんであっちの方が早いんだ……?』
 ついつい出た問いに、ラシェルは怒鳴り声をあげた。
「あいつは空飛べるんだよっ!」
 昇降口まで行くのももどかしく、近場の窓から外に……って、
『おいいいっ!?』
「なんだ?」
 言いつつも、ラシェルは止まらない。
『ここ、三階っ!!』
「ああ、大丈夫大丈夫。コツさえわかってりゃ結構怪我しないもんだから」
 そりゃおまえはそうだろうけどな。
 こっちはロクに鍛えてもいない平和ボケした人間なんだぞ!?
 いつもの調子で飛び降りられたら絶対怪我するっ!!
「大丈夫だって」
 あっけらかんと笑って、ラシェルはおれの静止を無視して三階の窓から飛び降りた。
『うわああああっ!』
 思わずぎゅっと視界を閉じる。
 ダンっと。ドリブルの時、バスケットボールが床に当たるのに似た、勢いの良い音が響いた。
 足に衝撃が来る、けど……思っていたほどではない。
「確かに、ちょっと痺れるな……」
 ……マジですか?
 それだけ?
 改めて自分の身体を意識する。どこにも怪我はしていない。
 曲げていた膝を伸ばして――着地の衝撃を和らげるため、なんだろうな、多分――ラシェルはすぐさま駆け出した。
「おっまえなあ、あんま目立つことすんじゃねーよ!」
「ホントは俺もそのつもりだったんだけどさあ」
 ラシェルの叫びを聞いて、綺羅は丸っきり悪びれない態度で笑う。
 その周囲には、風。
 ごうと耳元で吹き荒れる風のせいで、声が届きにくいこと届きにくいこと。どうやら風の中心は綺羅ではなくあの女生徒の方らしい。風に煽られて、女生徒は動くに動けず四苦八苦している。飛ばされないようにするだけで精一杯みたいだ。
「外から窓の中覗き込んで探してたらあっさり見つかるんだもんよ。捕まえとようとしたら校庭に逃げていったから追いかけてきたわけ」
 そこまで言って、綺羅はにやりと口の端をあげた。……なんつーか、こっちが悪役みたいな気分になってくるんだが。
「外に出れば大丈夫と思ったみたいだけど……残念だな。外のほうがやりやすいんだよ、俺は」
「どういうつもりで『本』を持って行ったんだか知らないけどなあ……」
 低い、真剣な声。
 異世界から来た奴らのなかで一番迫力あるのは綺羅かと思ってたけど……そうでもないんだな。
 おれは思いっきり他人事の態度で観察する。
 話をするためだろう。綺羅が操っているらしい風が、ふいに力を弱めた。
 瞬間、少女の唇が、静かに笑みを形作った。
 何かを呟いてる――けど、何を言っているのかは聞こえなかった。
 少女が持っている『本』が、淡い光を放つ。さっきマリエルが作って見せた光……『道』の光と似ている。
「あれの正体、なんだと思う?」
「偶然初代女王と同じ能力を持ってるか、もしくは関係者か」
「オレ、後者に一票」
 『道』の光に被って、黒い影がいくつか浮かび上がった。それは次第に明確な輪郭を為して、そして。
「魔物だけを選別して引き寄せてるわけね」
 だからおまえら、なんでそんなに呑気なんだよっ!
 現れた魔物は、五体。その中には翼を持っている奴も一体。
 おいおい、大丈夫かよ。こっちの方が不利なんじゃないのか、これ……。
「じゃーね。あたしはこれからちょっと用事があるの」
 魔物を置いて、少女はあっさりと飛び立とうとする。
「ラシェル、こっちまかせた」
「……そうくるだろうと思った」
 綺羅は、ラシェルの返事も聞かずに少女を追って飛び出した。
 空を飛べる綺羅が、同じく空を飛べる少女を追う。妥当な役割分担だと思うよ。
 ただし。
 こっちの戦力少なすぎないか、いくらなんでもっ!
『おいラシェル、大丈夫なのかよ?』
「そうだなあ……なんとかするからどうにかなる」
『信用性ないぞ、それ』
 思いっきり半眼で呟いたおれの言葉に、答えは返ってこなかった。
 魔物が、こっちに向かって来ていたからだ。
 だが、向かってくるのは三体だけ。しかもうち一体は翼持ちだ。
 残りニ体はより近いほう、つまり、綺羅を追っている。
「……妙だな」
『何が?』
「なんであっちを追うんだ?」
『はあ?』
 何言ってるんだか。だってあの子にとっちゃあ綺羅も敵だろうが。足止めさせたいと思うのは当然だろ?
「だって、綺羅は飛べるんだぞ? 実際、あいつはもう飛んで移動してる」
 言いながら、突進してきた魔物を軽やかなステップで避ける。残る二体が少し遅れて腕を振り下ろしてきたけど、これもあっさりと回避。
「飛べる奴だけが、あっちを追えばいいじゃないか」
 なんで、飛べる奴がこっちに残っているのか、ってことか。
『魔物ってあんまり頭良くないんじゃないのか?』
「でもさ、今、魔物たちには頭がある。オレだったら、飛べる奴一体に綺羅を追わせて、残りは下に残す」
 あ、そっか。そうだよな。
 あの子がそう指示すれば……
『あれ?』
「おまえも気付いた?」
 ニヤリと、ラシェルが笑う。魔物に決定的な打撃を与えられてないってのに、なんでそんなに余裕なんだよおまえは。
「あの子……召喚するだけだ。操れない。ま、そーだよな。あの魔物はもともと女王に敵対してるんだ、女王関係者だったら操れるわけないよな」
『でもさ、女王関係者なら……なんで、おまえらに敵対しようとするんだ?』
 その問いには、ラシェルは明確な答えをくれなかった。
「なんとなく、わかった気がする」
 返ってきたのは、ただそれだけ。
『おれには全然わかんないんだけどっ?』
「雄哉。しばらく黙ってろ」
 続けて質問したら、ラシェルは静かに魔物を見据えて、言う。
 ああああ、そうだ! 戦闘中だったんだ。
 ……見てるのも怖いし……おれ、引きこもってよっかな……。


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