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 アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 最終話 

「あんたたち、いったいなにやってんのっ!」
 たいして広くもないフィズの自宅の居間に、アクロフィーズの怒号が響き渡った。
 その声にフィズはビクっと身を竦ませたが、シアとセイラはどこ吹く風でアクロフィーズの声を聞き流していた。


 さて、一行の現在地は中央研究所(役所)内にあるアクロフィーズの自宅である。
 一行はまず中央研究所の二階の、セキリュティシステムの中枢機関が置かれている部屋に向かった。
 だが、そこにアクロフィーズはおらず、それならばと同じ建物の三階にある自宅のほうに移動したのだ。


 まったく反省のカケラも見せないシアとセイラに溜息をついて、アクロフィーズは灯と綺羅のほうへと視線を移した。
 そして、もう一度シアの方に視線を戻して、低い声音で言う。
「結論から言うとね・・・無理、よ」
 一斉に落胆と不満の声があがる。
「無理なもんは無理なんだから仕方ないでしょっ!」
 アクロフィーズは両手を腰にあてて一喝し、さっと口調を変えて説明した。
「目的地もわからずに転移なんてできるわけないでしょう。その星の正確な位置がわかればなんとでもなるんだけどね」
 事故で転移してきたのに正確な位置などわかるはずもなく・・・・灯は肩を落として大きく溜息をついた。
 綺羅は何故かあまり困っていないように見えるのは気のせいだろうか。
「お姉ちゃん・・・ホンっトーにどうしようもないの?」
 人間とドール。血は繋がっていないとはいえ、長く共に暮らした姉妹である。フィズは、アクロフィーズの性格をよく知っていた。
 アクロフィーズはこれでもなかなかに責任感が強い。
 半分は綺羅たちの側のミスとはいえ、残り半分は自分の妹とその友人達のミス。まったく気に病まないわけがない。
 そのわりには口調が明るすぎるのだ。
 フィズの予測は見事あたっていたらしく、アクロフィーズはうっ・・・と唸ってみせ、気は進まないんだけど、と付け足してから言った。
「アルテナに会った・・・?」
「はい、会いました」
 実際の態度はともかく、一応、アクロフィーズがリディア都市の長であることに気を使っているセイラは、敬語で言って頷いた。
「でもさ、見た感じフツーの女の子だったぜ」
 アルテナの姿を思い出しているのだろう。腕を組み、視線を上に漂わせて綺羅が言う。
「皇くん・・・ここでは外見はアテにならないと思いますよ」
 灯の意見は的を得ているようで得ていない。
 ここまでで出会った人物が特殊すぎるのだ。
「そんなことないよぉ。普通の人もたくさんいるから」
 シアが苦笑して訂正した。
「そうそう」
 ドールではあるが、多分この中で一番マトモな感性と常識を持っているだろうフィズもシアの言葉に同意する。
「で? アルテナならなんとか出来るのか」
 綺羅の問いかけに、アクロフィーズは何故か神妙な表情で頷いた。
「私からの情報ってことは言わないでね。ついでに、交渉にも協力しないから」
 どこか不貞腐れたような表情を見せるアクロフィーズ。
 不平不満の声があがるなか、フィズだけは姉の煮えきらない態度の理由に見当がついていた。
 ま、ここでそれを言って姉の怒りを買う気はないが。
「そんじゃ、戻ろっか」
 フィズは疲れた表情で言い、一行は再度デパートに戻ることにした・・・・・・が、デパート行きは途中で中止になった。
 中央研究所の二階、セキリュティルームに優雅にお茶をするアルテナの姿があったのだ。
「ラッキー♪ ねえねえ、アルテナにちょっと頼みがあるんだけど・・・いい?」
 さっと駆け寄ったシアが軽い口調で問いかける。
「内容にもよりますけど・・・」
 アルテナはシアに数歩遅れて部屋に入ってきた一行を眺めた。その視線が、灯と綺羅のところで止まる。
「そちらのお二人を元の世界に戻せばいいんでしょう?」
 いきなりズバリ確信をつかれて、シアを除く全員が驚きの声を漏らした。
 何故か、シアだけはまったく驚いていない。
「そうなの。アルテナなら簡単でしょ」
 続くシアの言葉にセイラとフィズが首を傾げる。
 フィズは首を傾げるだけでは収まらず、怒りにも似た表情でシアに詰め寄った。
「ちょっと、どういうことよぉっ。もしかして知ってたわけ!?」
「知ってたっていうか・・・・言われて思い出したの」
「思い出した?」
 セイラが素直に疑問を口にすると、シアはにっこり笑って頷いた。
「うん、先代の時に。確か・・・自称神様だっけ」
「シアちゃん・・・自称だなんてひどいですの・・」
 くるりとアルテナの方へ視線を向け、確認するかのように問うシアの言葉に、アルテナはわざとらしく落ちこんだ口調で言った。
 が、それも一瞬。直後にはにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
「わっかりました。連れて行ってあげますの。でも、条件付です」
 場が静まり返り、皆がアルテナの次の言葉に注目する。アルテナはそんな視線などものともせず、のほほんっとお嬢様らしい笑みを浮かべて言った。
「今日のデートは羅魏くんに逃げられてしまいましたの。だから次の時、羅魏くんに逃げられないよう協力してくださいまし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 フィズは、ほぼ予想通りの条件を突きつけられて硬直した。
 綺羅と灯は他人事だと思っているのか――デートは綺羅たちを送り返した後になるだろうから、実際他人事なのだが――無責任に頷いている。
 セイラとシアに至っては面白そうだと騒ぎ立てる始末。
 が、フィズにとっては冗談じゃない条件である。
 アルテナと羅魏が一緒にいるのを見るだけでも不機嫌を露にする姉。それに自分が協力しようものなら・・・・。
 羅魏はアルテナの長い買い物に付き合うのを何よりの苦手としている。これがばれたらあとで冷ややか〜に恨みごとを言われるに決っているのだ。
 だが、残念なことにフィズに決定権はなかった。
 はっと気付いたときには、すでに承諾したものとして話が進んでいた・・・・・。






 それから数日。
 すでに綺羅と灯はアルテナの手によって送り返されており、本日はアルテナとの約束を実行する日であった。
 セイラとシアは楽しそうに計画を練っているが、後のことを考えるととてもじゃないが浮かれていられない。気は沈むばかりだ。
 それでも約束は約束。妙に律儀な性格をしているフィズは、溜息をつきつつ、二人の計画に協力したのであった。
 ただ、せめてもの抵抗として、絶対に自分では意見を出さなかったが・・・・・・・。



 追記
 アルテナのデートに協力したと言う所業はしっかりと姉、羅魏の両名にバレてしまい、フィズはそれから数日間の間、針のムシロを味わうハメになった。
 そして諸悪の根源であるシアとセイラはさっさと故郷に帰っており、両名の怒りの恨みの被害をまったく受けなかったという・・・・・・。

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