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 終わりと始まりの日〜第1章 0話 

 可愛らしいぬいぐるみの置かれた出窓にチェックのカーテンがかかっている。
 カーテンは閉じられていて、窓から差し込んでくる西陽を遮っており、その分暗くなってしまう室内は白っぽい蛍光灯の光りで照らされていた。
 部屋には、淡い色の女の子らしい家具が置かれている。部屋は多少雑然としているが、それがかえって十代の女の子らしい雰囲気を引き出させていた。
 その、女の子らしい部屋の雰囲気とは少しばかりそぐわない物がいくつか、部屋の片隅に置かれていた。
 ・・・・・まず、パソコン。
 小型化が進み、腕時計サイズが主流となっている現在では珍しい、大型のデスクトップパソコンだ。だからといってそれが古いと言うわけではなく、かさばるがミニサイズのものよりも性能はずっと上だ。
 そのパソコンが置かれている机の横には、何台ものゲーム機が置かれている。
 メジャーなゲーム機はもちろんだが、今では滅多に見かけることのない古い機種までが雑然と床にばら撒かれていた。
 ゲーム機の一つがパソコンに繋がれ、パソコンのモニタには可愛らしい魔女の女の子が主人公のシューティングゲームの様子が映し出されていた。
 さっきまで緊迫した音楽を流していたパソコンが、唐突に明るい賑やかな音楽を奏でだす。
「やったぁーーー♪」
 甲高い歓声をあげて、この部屋の主、橘加奈絵が両手でガッツポーズを作った。
 実はこれは自作のゲームなのだが、今日やっと完成したのだ。
「ふっふふふふふふふふ・・・・・vv」
 ある意味不気味とも言える嬉しそうな笑みを浮かべて、加奈絵はゲーム機からソフトを取り出した。
 これは、明日にでも綺羅に渡すつもりだ。
 綺羅は加奈絵のクラスメート。加奈絵は飛び級しているため、年は綺羅のほうが上である。
 なにかゲームを作るたびに一番仲の良い友人である綺羅にそれを渡している。自分で作ったゲームを自分でプレイしてもつまらないからだ。
「加奈絵ー!」
 そんな浮かれた気持ちを吹き飛ばす、母親の声が下の階から聞こえてきた。
 まだ夕食にはちょっと早いこの時間に呼ばれた時の用事はだいたい決まっている。
「あ〜あ、またかぁ」
 加奈絵はぼやきながらも母の元へと向かった。
 加奈絵の部屋は二階。階段を下りて台所に向かうと、母は財布を持って待っていた。
「やっぱり・・・・・・また買い忘れぇ?」
 加奈絵が呆れた口調でそう言うと、母は苦笑いをして財布の中から何枚かの小銭を出した。
「そうなのよ、注文し忘れちゃったの。卵と鶏肉を買ってきてくれる?」
「はいはい。買ってこないと夕飯にありつけないもんね」
 冗談めかして言いまがら小銭を受け取り、加奈絵はさっと玄関の方へ向かった。
 専業主婦が買い物に出かけるのは別に珍しいことではない。だが、その目的は買い物よりもお喋りである事の方が多い。
 買い物だけならば、通販で済ませてしまえるのだ。注文をした次の日には品物が家に届く。家にいながらにして買い物が可能なこのご時世、買い物だけが目的で出ていく人は少ないだろう。
 加奈絵はげんなりとした表情で小銭を見つめ、そして商店街の方へと駆け出した。
 あのどこかぽけっとしている母親は、しょっちゅう注文し忘れるのだ。素直にレシピ付きのセット食材を買えばいいものを、ちょっと一工夫とか言ってセット食品を買わず、単品で頼む。そうして、料理を作るときになって忘れ物に気付くのだ。
 毎回買い物に行かされるこちらとしてはいい迷惑だ。
「あ〜あ。メンドイ、メンドイ、メンドイなぁ」
 交通網がしっかり張り巡らされているおかげで普段はあまり気にならないのだが、こういう細かな用事の時に店と家が離れているのはツライ。
 公的機関や住宅地などそれぞれの役割ごとに建設地区が決まっているので、どうしても店が遠くなってしまうのだ。
 まあ、この場合・・・・目的地が徒歩一分だとしても、家の真正面だとしても、加奈絵はメンドウだと呟きながら出かけただろう。
 普段ならバスを使っていくところだが、ちょうどゲームを作り終わってハイになっていた加奈絵は鬱陶しい待ち時間を受け入れる気にはとてもならなかった。
 いつも腰に常備しているポシェットの中から、一枚のデータCDを取りだす。
 加奈絵は自分の能力を使い、データCDに収められているプログラムから飛行器具を実体化させて、商店街へと向かうことにした。


 ――特殊能力者、通称ソーサラー。
 百年ほど前までは変異体とか呼ばれて迫害されていたらしいが、なぜかいきなりその人数が増え始め、現在では全人口の半数がソーサラーである。そうして迫害の時代は遙か昔に過ぎ去り、特殊能力者も普通に生活出来る国になっていた。
 だが、その代わりと言うか・・・・特殊能力の定義がかなり曖昧になっていることも確かだ。本当に凄い能力の者も多数いるが、なんだか使い道のわからない特殊能力というのもかなりあったりする。
 加奈絵もこのソーサラーの一人だ。加奈絵の能力は大きく分けて二つ。
 一つは、設備がなくとも電子機器のデータに接触できる能力。データやネットワークさえあれば、それが収められている物体に触れるだけでその中身を読み取ったり、プログラムを送り込んだりする事が出来る。
 もう一つはデータとプログラムの物質化と、物質とイメージのプログラム化能力。
 この能力は無機物のみにしか使えなかったが、自分に限ってのことならば有機物――自分の生身の体――をプログラム化してネットワーク世界に入りこむことも出来た。
 こんな能力のおかげか、加奈絵は機械知識に滅法強い。
 自分の能力を使いこなせるようにと色々勉強しているうちに能力とは関係ない知識まで蓄えた挙句、飛び級することとなったのだ。





 面倒だと呟きつつ、買い物をこなしたその帰り道でのことだった。
 加奈絵の瞳に一人の少女の姿が映った。
 年は・・・加奈絵と同じか少し上くらい。腰近くまで伸びた長い漆黒の髪は先のほうだけ緩やかにウェーブしている。
 顔はとりたてて美人というわけでもなければ、すごく可愛いというわけでもない。どちらかと言えば可愛い部類に入るだろうけれど。
 ・・・・・・加奈絵が惹かれたのは、彼女の瞳。
 揺らぎない自信を秘めた、強い意思を持つ瞳だ。
 どこか近寄りがたい静かな空気を纏って、彼女はそこに立っていた。
 彼女と目が合う。
 一瞬で、あの強く静かな空気が消え去ってしまった。代わりに彼女を取り巻いたのは、明るくて軽い、なのに何故か近づくことを許さない・・・そんな不思議な気配。
「ねぇ。この辺店ってないのかな。ボク、越してきたばかりでこの辺の地理がわからなくて」
 彼女は、楽しそうに笑いながらそう言った。
「ああ、この辺は住宅地区だから。店は商店街・・・商業地区まで行かないといけないの」
「ええ? 面倒なんだね、この辺は」
 どうやら彼女は地方から越してきたらしい。だって、大都市ならば今はどこだって地区分けがされ、地区を結ぶ交通機関で移動するもんだ。
 その移動を面倒だと評するのは、たいていがそういった交通機関のない田舎から来た人だ。
「そんなことないわよ。電車もバスもたいてい五分と待たず来るから。で、何を買いに行くの?」
 彼女は、思い出した様にぽんっと手を叩き、ああそうだと言って、夕飯の食材を買いに行くのだと答えた。
「ボクは引越し当日くらいお惣菜でも良いと思うんだけどねぇ。裕が出来合いなんてダメだって言うんだよ」
 どこか呆れたような表情で、けれど嬉しそうに彼女は言う。
 それを聞いた加奈絵は、最寄のバス停と、それからどこで降りれば良いかを教えてあげた。
 バス停の名前はとてもわかりやすい、そのまんまな名前なので降りるところは言わずともわかる気もするが、一応念のためだ。
「うん、わかった。ありがとね」
 彼女はにっこりと笑って、バス停の方へと駆けて行った。

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