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 終わりと始まりの日〜第1章 1話 

 朝のホームルーム終了直後。
 教室内からは雑談の声が聞こえてくるが、すぐに1時限めが始まるためか廊下に人は少なかった。
 その静かな廊下を爆走してくる人物が一人――遅刻常習犯、今日もしっかり遅刻してきた橘加奈絵だ。
 加奈絵は勢いよく教室のドアを開けると、そのまま窓際の席へと突進した。
「おはよーっ! ねえねえ、聞いてよ。ぼくさぁ、昨日すっごい可愛い子と会っちゃった♪」
 教室の一番後ろ窓際の席の主は皇綺羅。その隣が加奈絵の席だ。
 加奈絵は机に鞄を投げ置いて、綺羅の正面で言葉を続けた。
「キレーな紅い瞳してて、髪が先の方だけふわんって波打ってて。可愛かったのよ〜v」
 綺羅は、何故か冷めた目で聞き返してきた。
「それって髪は黒か?」
 綺羅の問いに、加奈絵は呆れた表情をしてみせた。
 この世界の常識では、瞳の色こそ千差万別であるものの、髪の色は黒しかない。まあ、グレーに近い黒とか、青に近い黒とか・・・個人差はあるがその程度だ。
「黒以外なにがあるってのよ。あんたみたいに染めてれば話は別だけどね」
 言いながら綺羅の前髪に目をやる。学校内では洗えば落ちる簡易髪染めスプレーで黒くしているが、綺羅は前髪のところを思いっきり緑色に染めていた。
「あ、でもあの子の場合黒っていうより漆黒っていうのがピッタシね♪ 濡れたような黒って言うの? 艶やかでもいっか。まあ、とにかく、すっごく綺麗な感じ」
 綺羅はますます冷静な・・・まるで加奈絵の浮かれ具合に水を差すかのような口調で断言した。
「年齢は十六歳、ついでに言うと髪の長さは腰くらいまで」
「あたり。っても年齢は見た目だけど」
 さすがに加奈絵も首を傾げて、だが、綺羅の言葉に素直に頷いてみた。
 綺羅はゆっくりと、教室のある一点を指差した。
 加奈絵の視線もそちらに移る。そして、そこにあったのは・・・・・・・・・・。
「昨日の〜〜〜〜っ!!」
 加奈絵の大声に教室中がシンと静まり返った。
 そして彼女がこちらに気付く。
「あ、昨日の。昨日はどうもありがとう。おかげで助かったよ」
 彼女は、にっこりと――だが、どこか冷めた瞳で――笑った。
「引っ越してきたって言ってたもんね、そういえば。同じクラスだったんだぁ。あ、私、橘加奈絵。よろしくね」
 彼女は加奈絵が差し出した手を見た。だが、彼女の手が差し出される事は無かった。
「ボクは万里絵瑠(ばんりえる)。よろしく」
 彼女――万里絵瑠は、人懐っこい笑みで言う。
「絵瑠ちゃんって言うんだ。ね、家はどの辺――」
「マリエル」
「え?」
 言葉の最中に、穏やかな口調で割って入られ、加奈絵は目を丸くして絵瑠を見つめ返した。
 絵瑠の瞳が、鋭くこちらを睨んでいる。
 殺気さえこめられているような視線に、思わず目を逸らす。もう一度絵瑠に視線を向けた時、彼女はすでに笑っていた。
 絵瑠は、可愛らしい笑顔で言葉を続ける。
「マリエルって呼んで。みんなそうだから」
 穏やかな口調、穏やかな表情。だが、瞳だけは鋭い威圧を持ち続け、確実に”命令”していた。
「う・・・うん、わかった。・・・・マリエルちゃん」
 まるで加奈絵らしくない抑えた口調に、絵瑠の表情の変化に気付かなかった級友たちが首を傾げた。
「・・・・・・それで・・・どの辺に住んでるの?」
 一つ深呼吸してから、もう一度問いかけた。だが、
「いつまで喋ってるんだ。授業始めるぞー」
 折悪しく入ってきた教師のおかげで会話は強制終了。後ろ髪引かれつつも自分の席に戻ったのであった。




 結局、その後の休み時間はことごとく機会に恵まれず、すでに時刻は昼を回っていた。
 今度こそと燃える加奈絵に、綺羅が冷たい視線をよこす。
「何が言いたいのよ」
「べつにー」
 加奈絵がどんなに睨んでみせても、綺羅はどこ吹く風で静かに本を読んでいた。
 綺羅の猫かぶりは休み時間の過ごし方まで徹底している。綺羅は、クラスメイトに話し掛けられた時を除いて、いつでも席で本を読んで過ごしているのだ。
 学校一の優等生、皇綺羅の本性を全校生徒の前で暴いてみたいと思った事は一度や二度ではない。・・・・・・後が怖いから実行には移さないが。
 一息ついて、ぐるりと教室を見渡したが、教室内に絵瑠の姿はなかった。
 生徒が昼休みに過ごす定番の場所はだいたい決っている。どの学校だってその定番にたいした違いはないだろう。
 加奈絵は、とりあえず思いついた場所に足を向けることにした。
 まずは学生食堂から始まり、中庭、図書室、校庭、人がたむろっている廊下・・・・・・そのどこにも絵瑠の姿は無かった。
 あと残る定番は屋上くらいだ。が、実はこの学校、屋上は立ち入り禁止だったりする。とはいえ、立ち入り禁止の札がかかっているわけでもないし、鍵はボロくて何の役にも立っていない。昼休みは先生に見つかる確率が高いせいかあまり人はいないが、放課後は格好の溜まり場となっていた。
 しかし彼女は転校生。屋上は立ち入り禁止だなんて知らないのかもしれない。
 そう考えた加奈絵は、あっさりと校則を無視して屋上へ向かって歩き出した。



 人に――特に先生に見つからないよう、こそっと屋上に繋がる階段へとやってきた加奈絵。
 役立たずの鍵はあっさりと外れ、加奈絵は音を立てないよう、そっと扉を開けた。
 ドアから見える範囲内では誰もいない。
 仕方がないのでぐるりと屋上を一周したが、それでも誰もいなかった。
 すれ違ったのか見逃したのか。どちらにしてももうすぐ昼休みが終わってしまう。
 諦めて教室に戻ろうとした時だった。
 頭の上から声が聞こえてきたのは。
 ドアの横の梯子から屋上のさらに上に上がる。
 ・・・・・・絵瑠と、目が合った。
「やっほ〜♪ やっと見つけたぁっ」
 満面の笑みで言う加奈絵とは対照的に、絵瑠は呆れたようにこちらを眺めた。
「なに、面倒とか言いながら結構仲良くやってるじゃん」
 絵瑠の後ろから覗き込むようにしてもう一人、少年が姿を現した。
 年齢は加奈絵と同じくらい。染めてるんだか地毛なんだか微妙なところだが、黒よりは青に近い・・・というか、蒼そのものの髪。そして、少なくとも加奈絵はこんな色の瞳を初めて見た。――彼の瞳は、綺麗な金色をしていた。
 彼も制服を着ている。クラス章を見るに加奈絵と同い年のようだ。学年は下だが、もしも飛び級していなければ加奈絵も彼と同じ学年だっただろうから。
 彼の言葉に、絵瑠は教室で見せていたのとは大違いの楽しげな声音で答えた。
「そういうわけじゃなくってさあ。ボクはどっちでもいいんだけど、この子の方から近づいて来るんだもん」
「へぇ・・・・・・」
 彼はこちらを眺め、どこかほっとした雰囲気で息をついた。
「俺は結城=茜・・・・・――」
 言いかけたところで絵瑠に睨まれる。彼は慌てて言いなおした。
「茜 結城」
「マリエルちゃんの知り合い?」
 一瞬、弟とかいう単語が口を突いて出そうになったがよく考えれば苗字が違う。
「居候。同居人。それで納得いかなきゃ便利屋さん」
 絵瑠はあっさりとした口調で、当たり前のことを言うかのごとく言い放った。
「えっと・・・なんか茜くんが後ろで泣いてるんだけど・・・」
 正確には泣き真似なのだろうが、この際どっちでもいい。
「ああ、気にしないで。いつものことだし」
 絵瑠はとても楽しそうに笑っていた。――綺羅の悪魔的笑みを思い出させる笑み、だ。
「ね、どの辺に住んでるの?」
 加奈絵は可愛らしく(本人談)笑って問いかけた。
 絵瑠は、少し考えてから住宅区の方を指差した。
「昨日会ったとこから一分かからないよ。あの近くのマンションの十階、最上階のとこ」
 いくら指で示されてもここからではわからないが、あの周辺で十階建てのマンションは一つしかない。
 加奈絵にはすぐに場所がわかった。
「ああ、あそこね。今度遊びに行ってもいい?」
「さあ、ボクに聞かれても」
 絵瑠はたいして困っていない様子で首を傾げて結城を見た。
 結城は本気で困った表情をしている。
「オレに聞かないでよ。裕は喜ぶだろうけど――」
「別に良いよ」
 結城の言葉も終わらないうちに、絵瑠はあっさりと答えてくれた。
「あのさ・・・今の話、最後まで聞いてた?」
 半ば諦めた口調で結城は言った。絵瑠はしっかりと頷く。
「そうだよねー。ボクに友達が出来たって言ったら裕は喜ぶよね、きっと」
「やった。んじゃ早速今日学校終わったら遊びに行くからv」
 絵瑠の了解を得た次の瞬間、彼女の気が変わらないうちにと、加奈絵は早口でまくし立てた。
 結城が何か言いかけていたが、その前に加奈絵が再度口を開いた。
「あ、そうそう。もう昼休み終わるから教室に戻っといたほうがいいと思うよ」
 さっと飛び降り、校舎の中から声をかける。
 なにか・・・・・・結城が騒いでるような声が聞こえたが、加奈絵にはまったく関係のない事だった。

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