■■ IMITATION LIFE〜序章・邂逅 ■■
大陸の北にある小さな村。その村から少しはずれた場所に小さな家がある。
その家には幼い子供と、その祖父の二人が暮らしていた。
「・・・・・・早く帰ってこないかなぁ、じーちゃん・・・」
夕闇迫る窓の外を眺めて呟いたのは10歳前後の子供。多少背伸びするような形で外を見つめていた。そして小さくため息をつく。
『すぐに帰ってくるよ。ラシェルってばそんなに寂しいの?』
少年の耳に声が聞こえた。少年にしか聞こえない声。
少年の物心つく前から、その声は少年と共にあった。
名前も姿も知らない・・・声だけしか知らない彼。だが、彼は少年にとって兄のような存在だった。
彼の言葉を聞いた少年――ラシェルは、寂しくなんかないと主張するかのように、くるりと窓に背を向けて台所へと向かった。
ラシェルは料理することには慣れていた。よく祖父と一緒に家事をしていたし、祖父が調べ者などで忙しくなると家事は完全にラシェルの役目となっていたから。
祖父はどこかに出かける時は必ずラシェルを連れていってくれた。しかし今回はかなり危険なところに行くらしく、ラシェルを連れていくことはしなかった。
ラシェルは、留守番というものをするのは今回が初めてだった。
ラシェルは一人で食事をしながら、その日何度めかのため息をついた。
食事が終わるとまた窓にはりついて外を眺める。
祖父がいない寂しさからかラシェルの口からはため息ばかりが出てきていた。
『もう寝る時間でしょ?寝てしまえば明日なんてすぐだよ。ラシェル』
彼はそう言ってラシェルを元気づける。
「うん」
ラシェルは少しだけ笑顔を見せると寝室に行き、ベッドにもぐり込んだ。
――――・・・・・・・・・・・。
四千年の長き眠りから目覚めて、一人になったのはこれが初めてだった。ラシェルのそばにはいつも祖父であるフォレスがいたから。
ラシェルが眠っていることを確認すると彼は久しぶりに”表”に出た。ベッドから出て、外に向かう。
外は良く晴れていた。文明も街や村も、あの頃とはずいぶん違っているが空は変わらない。あの星も、月も、夜空の色も・・・・・・・・・。
「ラシェル?」
突然聞こえてきた声に振り向くとそこにはラシェルの祖父、フォレスがいた。
フォレスはこんな時間にラシェルが表に出ていることに驚きを隠せないようだ。
「帰ってくるのは明日じゃ・・・・・・」
彼は思わず呟いた。フォレスは半ば呆然としつつもその問いに答える。
「ラシェルのことが心配で急いで帰って来たんだが・・・・・・ラシェル、こんな時間にどこへ行こうとしてたんだ?」
「どこへってわけじゃなくって・・・ただ単に外に出たくなっただけ・・・」
彼の口調はラシェルとは違う。
できるだけラシェルと同じようにと思ったのだが、彼とラシェルの性格が違いすぎるせいか、やはりその口調はラシェルとはずいぶん違ったものだった。
そしてそれは、勘の良いフォレスに不信感を持たせるに充分なものだった。
「・・・・・・ラシェル・・・? いや、ラシェルじゃない・・・・・・君は誰だ?」
フォレスは彼を見つめて問いかけた。
だが彼が口を開くその前に、フォレスが何かに思い当たったようだ。
「もしかして君が、リディアの宝・・・なのか?」
フォレスがぽつりと呟く。彼はラシェルは絶対にしないだろう表情。
冷たい、無表情な瞳でそうだ、と答えた。
「僕の名前は羅魏。怪物を生み出してる元凶を破壊するために造り出されたドールだよ」
フォレスはラシェルの出生を推測していたのだろうか・・・そう言われてもあまり驚いた様子は無かった。
「そうか・・・・・ラシェルはそのことを知っているのか?」
羅魏は首を横に振って答えた。
それを見てフォレスは俯く。落ち込んでいるのか、考えこんでいるのか・・・羅魏にはその両方に見えた。
「君はラシェルに全てを話す気はあるのかい?」
「ラシェルの精神がもう少し成長したらすぐにでも話すつもりだよ」
羅魏は淡々とした口調で言った。本当は最初からラシェルに自分の出生のことを知っていてもらうつもりだった。
しかしなぜか羅魏にはそれができなかった。
どうしてなのか自分でもわからない。知っていてもらった方が都合は良いはずなのに・・・・・・。
いつのまにかフォレスの顔が羅魏のすぐ目の前にあった。フォレスはしゃがみこんで羅魏と目線を合わせている。
「できればギリギリまでラシェルには話さないで欲しい」
フォレスはまっすぐに羅魏の瞳を見つめて言った。
「それがラシェルの幸せになるかどうかはわからない。知ったときに余計にショックを受けるかもしれない。だが、ラシェルは少なくとも今のこの生活を幸せだと思ってくれている。・・・・・・ラシェルの笑顔を壊したくない」
しばし二人の間に沈黙が流れる。羅魏は小さく頷いた。
どうして頷いてしまったのだろう・・・・・・それは羅魏自身にもわからない。
知っていてもらったほうが都合は良い。けれど気持ちのどこかに知って欲しくないという想いがあった。
どうしてそんな風に考えてしまったのか・・・羅魏がその理由を知るのはまだまだ先のことになる。