■■ IMITATION LIFE〜第4章・二人の…… 最終話 ■■
その日の夕刻になって、ラシェルは自分の家に戻った。誰からどう見てもラシェルは不機嫌だった。
アルテナはなんと言った?
自分が神になる?
冗談じゃない。そんなのはゴメンだ。
勢いよく扉を開けるとすぐに羅魏の姿が目に入った。
「羅魏、ちょっといいか?」
羅魏の返事も確認せずにその手を掴み庭へと向かう。そこには祖父の墓があった。
人がいないところがいいのなら部屋の中の方が良いはずだ。けれど、なんとなく祖父の傍に居たい気分だった。
「ラシェル?」
ラシェルの唐突な行動に羅魏が疑問の声をあげた。
「羅魏に話たいことがある。・・・さっきアルテナに会った」
「アルテナ・・・・って確か、この世界の神様って人だよね?」
「ああ」
そうしてアルテナに聞いたことを残らず話す。そして自分の迷いも。
「なぁ・・・・オレは、どうしたらいいんだろう」
予想はついていた。羅魏はあっさりと答えを出すだろう。
「ラシェルのやりたいようにすれば?」
予想通りの答え。
「わからないんだ・・・・どうしたいのか」
また涙が出てきそうになった。
「別にアルテナさんが提示した答えにする必要も無いでしょ? 本当はどうしたいの? ラシェルは」
「普通に生きて、普通に死んでいきたい・・・・・このまま生きたいきたいとは思ってない。でも・・・・・・消えるのも嫌なんだ」
そう、永遠なんていらない。欲しいのは”普通”であるということ。それは、今生では絶対に手に入らないものだ。
もしも最初から自分のことを知っていればこんなふうには思わなかっただろうか・・・?
けれど、それは今更言ってもどうにもならないことだ。それに、知らないことで幸せな時間を過ごせたのも確かなのだから。
ポツリと呟いたラシェルの言葉に羅魏はにっこりと笑い、誰もいない空間に向かって呼びかけた。
「アルテナさん。答えは決まったよ」
空気が変わる・・・・・そして、アルテナが現れた。
アルテナは不機嫌そうな、ちょっと困ったような顔をしていた。
「・・・・・・羅魏君、すっごく難しいことを言ってるってわかってますの?」
「難しいの? それじゃできないことはないんだ」
アルテナがしまったとでも言うように口元に手を当てる。羅魏はいつのようににこにこと笑っている。何を考えているのか読めない笑み。
「・・・・・・・・・・・・・わかりました!」
あっさりと言うアルテナ。ラシェルは意外そうな表情でアルテナを見つめた。
「本当に・・・?」
「ええ、嘘はつきませんの。面倒ですけど私がちゃんとラシェル君の魂を転生させてあげますの」
アルテナは、面倒という部分をわざとらしく強調して言った。
そして、最後の確認・・・・・本当にそれでいいのか・・・。
「でも・・・・・本当にいいんですか?」
さっきラシェルを殺してもいいと言った時とはまるで違う弱気な口調。アルテナも・・・本当はラシェルに死んでほしくなかったんだろうか?
まっすぐに、アルテナの顔を見て答えた。
「ああ、後悔はしない」
すぐに答えたが、その言葉は嘘だ。
もう決めた、迷いはない。けれど後悔しないかどうかはわからなかった。そんなものは後になってみないとわからないことだ。
アルテナはほんの少し躊躇してから頷いた。
「わかりました」
アルテナがラシェルに触れる。アルテナの手に光が集まり始めた。
「待って」
光が消え、声の主・・・羅魏に視線が行く。
羅魏の次の言葉を待つ。
一度、目を閉じて開ける。そうして羅魏はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「僕じゃ、ダメかな・・・・・・」
アルテナがこちらを見た。自分の答を待っているのだ。
羅魏は寂しげに笑った。ラシェルは真剣な瞳でそれに応える。
言葉は無いままで、しっかりと頷いた。
その答を確認してから、羅魏はゆっくりとラシェルの方に歩いてくる。そうしてラシェルの目の前で立ち止まった。
「僕、ラシェルが一番好きだよ・・・・一緒にいられたら一番嬉しい。でも、ラシェルがそう決めたなら一緒にいなくてもいい・・・・・ここにいるのがラシェルにとって辛いだけなら・・・・・・・」
俯いて話す羅魏の言葉に嗚咽が混じる。
「羅魏・・・・・」
かける言葉は無かった。もともとはラシェルが今の自分を受け入れられなかったからこんなふうになっているのだから。
祖父が死んだ時・・・自分はそれを乗り越えることが出来た。けれど、今の自分が大事な人の死を乗り越えられるとは思えない。
いつかは自分も死ぬ。そう思っていたからこそ、他人の死も受け入れられたのだ。
羅魏がいきなり顔を上げた。笑っていた。
「さよなら・・・・ラシェル・・・・・」
ポツリと言った羅魏の言葉が妙に耳に残った。
そして、そこでラシェルの意識は途切れた。
ラシェルはまっすぐな瞳でこちらを見つめていた。
死に対する恐怖はないのだろうか?
ラシェルの揺らぎない瞳に対して羅魏が出来ることといえば、ラシェル自身が決めた道を見送ることだけ。
羅魏は、笑って見せた。
・・・・・・・それはラシェルのためであり、羅魏自身のためでもあった。
「さよなら・・・・ラシェル・・・・・」
その言葉と共に羅魏は魔力を放出した。
ラシェルの身体は自分と同じだ。核の位置も、その核がどの程度の強度を持っているのかも。
実を言えば、羅魏の能力でもラシェルの核そのものを破壊することはできない。けれど、ラシェルという人格を形作っている記録とプログラムを破壊するくらいならば――。
・・・・・・一瞬、だった。
羅魏は、倒れたラシェルの身体を抱えて、もう動くことのない自分の片割れの顔を見つめていた。
「ラシェル君の魂は宿る身体を見つけて、また新しい命として生まれ変わってきますの」
アルテナが穏やかな笑みを見せた。けれど、それが羅魏を気遣っての笑みであることは羅魏にもわかった。
「大丈夫。ありがとう」
落ち込んでる様に見えただろうか・・・・・・。羅魏はゆっくりとアルテナの方に振りかえった。
アルテナは、穏やかに、こちらを見つめていた。
羅魏は、静かな口調でアルテナに尋ねた。
「ねぇ、どうしてあんなに簡単に許してくれたの? 世界の法則を曲げるようなことなんでしょ?」
羅魏の問いにアルテナは哀しげに笑う。
「羨ましかったから・・・・・・私はラシェル君みたいな考え方は出来ませんの。私は今、こんなふうに生きてますけど・・・・本当は人間として生きたかったんですの」
アルテナの答えに親近感を感じた。アルテナも、自分と同じなんだと思った。
ずっと、ラシェルが羨ましかった。自分はラシェルみたいな考え方は出来ない。
感情を持つようになって・・・・でも、いつもどこか冷めていた。兵器としての考え方がどうしても抜けないのだ。
それは造られ、刷り込みのように決められた羅魏の人格。もう、変えられないことだ。
「私、もう行きますわ。彼の転生を見届けに行かなければいけませんの」
「僕も一緒に行っていいかな?」
にっこりと笑う。なんだかこの神様が妙に近く感じて・・・・・彼女の側にいたいと思った。
「いいえ・・・貴方は貴方の場所に・・・・。私、必ず戻ってきますわ。そうしたら、ずっと一緒にいましょう・・・」
アルテナは、寂しげな笑みを見せ、虚空へと消えていった。
・・・・・・・多分、初めてだった。ラシェル以外で気になる人というのは。
一瞬彼女を追いかけようかとも思った。けれど、アルテナが見せた寂しげな笑みが、ここに居ろと言っていた。
羅魏を心配してくれる人がいる、この場所に。
―――今は、ここに居よう。
時間はいくらでもある。アルテナの命も、自分の命も、永遠に等しい時間を持っている。
彼女は必ず戻って来ると言った。
いつまででも、ここで待ち続けようと思った。
***終章〜それから〜***
アルテナが去り、そこには羅魏と、すでに動かぬラシェルの体だけが残った。
目の前にはフォレスの墓。後ろには自分達の・・・・・・いや、フォレスが遺してくれたラシェルの家があった。
食べる必要も、寝る必要もないというのはこういうときに便利かもしれない。
羅魏は、数日間もの間ずっとそこから動かずにいたのだ。
自分で決めたはずだった。・・・・・・ラシェルがそう望むならと。
けれど動かなくなったラシェルを見たとき、どこかに穴が開いたような気がした。
そうして羅魏は、そこから動けずにいた。
ラシェルの体を抱いたまま、何をするでもなく羅魏はそこに居た。
「羅魏ー」
羅魏の耳に誰かの呼ぶ声が聞こえた。
答えずにいると更にもう一度。同じ声で同じ言葉が聞こえてきた。
聞き慣れた女性の声。アクロフィーズだ。
多分彼女はそのうちここを見つけてくるだろう。
動く気にも、答える気にもなれなかった羅魏は、そのままアクロフィーズを待った。
その予想は間違っていなかったらしく、しばらくすると彼女は裏にまわってきた。
「ラーギっ。何してるの?」
アクロフィーズは明るい口調で問いかける。
その声のほうを見ると、その後ろにはマコトも居た。
(フィズ・・・――コピーのほうは良いのかな?)
そう思ったが、あそこにはキリトも居るし、一段落したのだろう。よく見るとマコトの後ろにもう一人、ルチカもいた。
彼女らがこの事態を理解するのにどのくらいかかっただろうか。
少なくとも、羅魏には数分を要したように感じられた。
最初に口を開いたのは、マコト。
「ラシェル・・・さん・・・? 羅魏、どういうことなの?」
動かないラシェルを見て、近づいてきた。そしてそれに気付き愕然とする。
逆にアクロフィーズはどこかでその可能性も考えていたらしかった。
小さく溜息をついて、ラシェルを見つめる。
穏やかな・・・けれどどこか切なげな表情で、眠り続けるラシェルを見つめていた。
ルチカだけがこの雰囲気に馴染めないのか所在無さげに辺りを見まわし、マコトの様子を見つめていた。
「・・・・止めなかったのね」
アクロフィーズが小さく言った。
羅魏が頷くと、マコトは羅魏の目の前まで来て何か言いかけた。怒鳴ろうとして・・・実際に声を出す前にやめてしまった。そして大きく息をついた。
「とりあえず、中に入りましょ。ここでこうしていても仕方ないわ」
アクロフィーズに言われるままに、羅魏は歩き出した。
それから数日後・・・・・・・・・・。
フォレスの墓の隣にもう一つ、小さなお墓が加わった。
ラシェルがどこかに生まれ変わることを知っているせいだろうか?
羅魏には、それが妙に現実感を持たないように見えた。
「らーぎっ♪」
羅魏を気遣ってか、ここ数日アクロフィーズは毎日のように訪ねてきてくれていた。
羅魏も、この数日の間にはそれなりに気力を取り戻し、アクロフィーズの声に笑顔で答えるくらいは出来るようになっていた。
家に閉じこもってばかりでは体に悪いと、いつもリディア都市に引っ張って行かれた。
実際には家に閉じこもってなんていないし、やることもやりたいことも特に無いのでぼーっとしているだけだ。
自分でも気付かなかったが、他の人にはどこか元気が無いように見えるらしい。
アクロフィーズだけではなく、キリトも気をつかってくれていた。
一方のマコトはというと、これ以上ないくらいに落ちこんでしまっていてまだしばらくは浮上してきそうにない。
その日も、羅魏は半ば無理やりに中央研究所に引っ張り出されていた。
「別に・・・体に悪いとか言われても不調になることなんて無いし・・・・・」
ぶつぶつと文句を言ってみるがアクロフィーズはまったく取り合ってくれなかった。
いつものことながらアクロフィーズは色々と羅魏の世話を焼きたがる。以前は弟みたいで好きなどといっていたがあの行動はどちらかと言うと過保護な母親と言った感じだ。
もともと騒がしいものはあまり好きではないが、嘆息しながらもアクロフィーズに付き合っていた。どうやっても力では敵わないことはあって、アクロフィーズがその一つだ。
彼女の強引さと言うか煩さというか・・・まぁ雰囲気ってやつだろう、それがどうも逆らい難いものなのだ。
羅魏はその日何度目になるだろう溜息をついた。
誰かと一緒に過ごすよりも一人でぼーっとしている方が楽なのに。
空を見て、それからもう一度息を吐く。
「何?」
羅魏のあからさまな溜息にアクロフィーズがちょっとばかり不機嫌そうな声をあげた。
「僕、そろそろ帰りたいんだけど・・・・・・」
アクロフィーズは退屈な仕事の合間の話相手が出来て――実際にはアクロフィーズが一方的に話しているだけだが――良いかもしれないが、こっちは暇なだけだ。
一人ならばその暇な時間を心地よく過ごせるのだが、人がいるとあまり落ちつけなくて、心地よい時間をすごすなんて無理だ。
「えーーっ? もう帰っちゃうの? もうちょっと居てよ」
アクロフィーズがわざとらしいまでに可愛く言う。
「帰る。じゃあね」
短く言うと部屋を出た。後ろからアクロフィーズの不満声が聞こえてくるが、無視だ。
研究所内の扉はほぼ全てが自動ドアなのだが、アクロフィーズの好みでこの部屋は自動ドアじゃなかった。表に出ようとして羅魏が扉に手をかけた時――その部屋に変化が生じた。
「ただいまですのっ♪」
突如現れた人影に飛びつかれて、羅魏は一瞬目を丸くした。
「アルテナっ?」
そして、驚いたように彼女の名前を口にしたのは羅魏ではなくアクロフィーズ。
「知ってるの?」
羅魏の問いにアクロフィーズは昔隣に住んでた子だと言った。
「そう言えば羅魏は会ったことなかったわねぇ・・・」
多分昔に記憶を掘り起こしているのだろう、少しばかり視線を宙に漂わせながら言った。
それよりももっと疑問に思うことがあるのでは? と羅魏は思ったが、敢えて口には出さなかった。言えば数倍の言葉になって帰ってくるのは目に見えていたから。
しかしその疑問を持ったのは羅魏ではなかったらしい。アルテナが遠慮がちに口を開く。
「あの・・・私の外見が変わってないこととか・・疑問に思わないんですの?」
そう言われてアクロフィーズはその視線をアルテナに向けた。そしてにっこりと笑う。
「言ったでしょ、精神体で羅魏のことを見てたって。レオルとの戦いの時のことも見てたもの♪」
アクロフィーズの瞳が悪戯っぽく光った。
アルテナは安堵したように息をつき、明るい・・・・・・けれど穏やかな笑顔を見せた。
「これからまた宜しくお願いしますのv 私、羅魏君のところにお世話になりますから☆」
アクロフィーズに向かって折り目正しくお辞儀をして言う。アクロフィーズはそれを平然と聞いていたが、
「えっ!?」
羅魏は思わず声をあげた。
アルテナは羅魏のほうもを見て、それから小さく笑った
羅魏も笑顔を返す。
ラシェルがいなくなってからずっと感じていた寂しさが、少しだけ和らいだ気がした。
そして、気付く。
きっと自分は”同じ”人がそばに居ないとダメなのだと。
自分と同じ核をもって造られた存在であるラシェル。
自分と良く似た想いを持っているアルテナ。
「帰りに買い物していこうよ。うちは女の人のものなんて何も無いし」
驚くほどあっさりと言葉が出た。
まさか自分がこんなことを言うなんて思ってもみなかった。
アルテナは嬉しそうに笑って頷いた。