■■ IMITATION LIFE〜第4章・二人の…… 6話 ■■
わざわざ未練は無いか確認してくるということは、一緒に行ったらもう戻ってこれないということなのだろう。
まぁ、別に戻ってこれないからってどうという事はない。未練がないのは確かだから。
フィズはもういない・・・たとえ生き返ったとしても、そのフィズはもうラシェルの知るフィズとは別人だ。
フィズと同じ顔と同じ声の、別人を見るのは辛い。フィズならいつまでも一緒に居てくれると思ったから帰ってきたのだ。
(・・・・・・・・?)
(いつまでも一緒に?)
ふと、自分の中の矛盾に気付く。
なぜ、そう思ったのだろう。だってその時はまだ、フィズがドールだなんで知らなかった。
レオルは言った。
――あなたは知ってるはずですよ? 私の正体も、この世界の歴史の全ても――
自分の考えに没頭しかけたラシェルの耳に、アルテナの声が響いた。
とりあえずアルテナの方を見る。
ふと、アルテナの表情に迷いのようなものがあることに気付いた。もしかしたら気のせいだったかもしれないが、さっきの妙に冷えた瞳がその迷いを打ち消すためのものだとしたら?
けれどそれを直接聞く気にはならなかった。その替わりだとでもいうように、ラシェルは別の質問を口にした。
「どうしてオレを誘うんだ?」
「以前言いましたの。”新たなる魂”は特殊な能力を持っているって。それがラシェル君を迎えに来た理由ですの☆」
「羅魏は?」
「羅魏君も確かにそうかもしれません。でも、ラシェル君のほうが能力は強いんですの☆ 一人連れていけば事は足りますから」
「その特殊能力ってのはなんなんだ?」
次々と質問を繰り返す。アルテナはその一つ一つに丁寧に答えてくれた。
「それは箱庭を造る能力です」
「箱庭?」
「はい、ですの☆」
アルテナは右の手のひらを上にしてみせた。そこに映像が現れる。それは星だった。
「箱庭は世界であり宇宙。そうして、私達は自ら作った箱庭を管理しているのですわ♪」
「じゃあ・・・・・オレがそこに行くってことは」
「箱庭の管理者。それはすなわちその世界の神ですの」
間髪入れずに怒鳴り返した。
「冗談じゃない! 絶対行かないからな」
アルテナは微笑した。ラシェルの答えはどうやら予想済みだったようだ。
「どうしてですの?」
アルテナは穏やかに聞いてきた。
「今と何が変わるんだ・・・・結局オレより先に死んでいく人達を見なきゃいけないだろ」
アルテナは小さく笑って息を吐いた。
「・・・ラシェル君は・・・・・人間みたいですのね」
小声で呟く。聞こえないように言ったつもりだったんだろう。でも、ラシェルの耳にしっかりと届いてしまった。
「どういう意味だ?」
「・・・そのままの意味ですの。新たなる魂はその世界の人間の手によって造られた身体にしか生まれませんの。例えば、ラシェル君が兵器として生を受けたように・・・・。そのせいでしょうか、他人の死に対して淡白な者が多いんですの。そうでなければ管理者なんてできませんけどね」
声が、出なかった。
どう答えればいいというのだ。
けれど妙に納得する自分もいた。確かに、羅魏にはそういう部分がある。
「一緒に来るのは嫌だと言うなら、残る選択肢はあと一つ。・・・・・・・・魂の消滅。新たなる魂は転生が許されていません。器が死ねば魂も消滅しますの」
「でも、オレは・・・・・・」
ラシェルは俯く。
自分には寿命というものが存在しないも同然、ラシェルの能力では自分を殺すことすら出来ない。フィズが死んだと聞かされた時、ラシェルの中の生きたいという思いは薄れていた。
だが、滅びたいわけではない。
アルテナはこともなげに言ってみせた。
「ラシェル君が望むなら死を与えることはできますの」
パッと顔を上げてアルテナを見る。ラシェルが望むなら死を与えることはできる・・・・・・言い換えればラシェルが望むならラシェルを殺すということだ。それを表情一つ変えることなく、まるで世間話のようにさらりと言ってしまうアルテナに背筋が寒くなった。
このまま生き続けるのは辛いだけかもしれない。けれどアルテナと共に行くのは嫌だった。ならば、残る選択肢は・・・・・一つ。
わかっているはずなのに答えが見つからない。
「今すぐ答えを出す必要はありません。時間はいくらでもありますの。・・・・・・・また、来ますわ」
「まった!」
去ろうとするアルテナに手を伸ばす。
「アルテナ・・・・あんた、レオルと協力関係にあったって本当か・・?」
先ほど、レオルの話を聞いたときは嘘だと思った。けれど今の話を聞いて、アルテナは目的のためなら多少の犠牲は気にしないタイプのように思えた。
「ただ、利害が一致しただけですの」
アルテナの動きが止まった。哀しげな瞳・・・・・。
その瞳の中に何かを見つけて、何も言えなくなってしまった。
そんなラシェルを前にしてアルテナは言いたいことだけ言って消えてしまった。
ラシェルは呆然とその場に立ち尽くしていた。
羅魏は、ラシェルを追って街を出ていた。なんとなくだがラシェルの居場所はわかるのだ。
「そこまでですのっ!」
ラシェルを追ってきた羅魏の目に見覚えのある少女の姿が映った。そして、それと同時にレオルの姿が霧散した。
レオルは黒い霧になって、周囲に散り、消えていった・・・・この世界に住まう怪物たちが死んだ時と同じように。
ほんの一瞬前までそこにレオルがいた。その事実さえ嘘だったかのように、さっぱりと何もなくなっていた。
死体さえ残らない・・・・・・。
ラシェルはこちらに背を向けていて羅魏には気付いていない。アルテナがゆっくりと振り返った。
アルテナと、目が合ったような気がした。
「ラシェル君・・・・お久しぶりですの☆ 迎えに来ましたわ」
彼女は、にっこりと笑顔を見せてそう言った。
(あれ・・?)
彼女の背中の後ろで黒い粒子が動いていた。確かに一度は消滅したと思われたレオルの黒い霧。
アルテナはそれに気付いていないようだった。
霧が移動する。アルテナから離れる方向へ。羅魏は霧が向かっている先を見つめ、先回りしようと転移魔法を使った。
「なんで嘘をついたの?」
どうやってか知らないが、しっかり再生しているレオルを前に羅魏は問うた。
ラシェルとアルテナが話しているところよりも少し離れた場所。結局先回りはできなかったが、レオルを引き止める事は出来た。
「なんのことですか?」
レオルはしらっと聞き返した。
けれど、羅魏は確信している。
この人はレオルじゃない・・・・・・・・・・。
「ラシェルは騙せても僕は騙されないよ。貴方はレオルさんじゃない・・・・貴方は誰?」
レオルはフッと鼻で笑った。そしてそれはクスクスという笑い声に転じていった。
「ま、キミはボクの同類だもんね。ラシェルちゃんとは違うか☆」
その言葉と共にレオルの姿が変化していく。羅魏の目の前には、血のような赤い色の髪と瞳を持った少女・・・いや、少年だろうか・・? とにかく、その人物は十二、三才くらいの子供の姿をしていた。
その子供はクスっと笑って言葉を続けた。
「言っておくけど、嘘はついてないよ。・・・・・・そうそう、言い忘れるとこだった」
「なに?」
羅魏は警戒を崩さない。何者かわからないその子供にあからさまな警戒のまなざしを向けている。
「・・・・・キミの役目は、もうすぐ終わるよ」
その言葉を終えた時、目の前の子供の雰囲気が一変した。明るい、子供らしい表情から暗い闇を思わせる表情に・・・。
この変化は、何?
ラシェルと一緒にいることで、嬉しいとか楽しいとか言う感情は感じるようになった。けれど、強大な力を持つ羅魏は恐れや恐怖などと言った感情とは全く無縁だった。
その羅魏が、初めて感じた”恐れ”という感情・・・・・。
自分とあまり変わらぬ年代の子供の姿をしている目の前の存在。これは一体何なんだろう・・・。
羅魏の表情に見え隠れする微かな恐れに気付いたのか、子供はクスリと笑った。
そして、こう付け足した。
「・・・・・・・彼を守ることが、キミの存在意義なのだから・・・・」
「え・・・・?」
話の流れからして彼とはラシェルのことだろう。しかし一体誰がラシェルを狙うと言うのだ。レオルはもう居ないのに。
驚き、考え込んでいる羅魏を前にその子供は笑った。いかにも悪巧みしていますといった感じの笑みだ。けれどどこか憎めない、嫌な感じのしない笑みだ。いたずらを考えている子供のような・・・・。
「・・・・どういう意味?」
「さぁ? 自分で考えれば?」
その言葉が終わるとほぼ同時に子供の体がふわりと宙に浮かんだ。足元から姿が薄くなっていき、最後には完全に消えてしまった。
子供は姿を消し、クスクスという楽しげな笑い声だけが羅魏の耳に残った。
「・・・あれ?」
羅魏はハッとした様にキョロキョロと周囲を見渡した。
「僕、ラシェルを追いかけてきたんだよねぇ・・・・」
なのに、何故まったく違う方向に来ているのだろう。
自分自身の行動に疑問を抱きながらも、羅魏はその場を離れ、ラシェルの元へ向かった。