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 IMITATION LIFE〜番外・ちびラシェ編1 

 そこそこ大きな遺跡の近くにあるそこそこ大きな街。
 現在、その街にある小さな宿屋に、少しばかり目をひく二人連れが滞在していた。
 一人は、外見のわりに行動や仕草が若々しい初老の男性。もう一人は、その老人の後ろをとことことついて回っている十歳前後の幼い子供。
 老人の名はフォレス・ノーティ。考古学者でありながらトレジャーハンターでもあり、世界一とも謳われる、その筋では超有名人だ。
 子供の名はラシェル。青い髪は肩より少し長いくらい。珍しい赤い瞳が印象的だ。
 二人の滞在理由はもちろん遺跡調査のため。
 とはいえ、まだ幼いラシェルはフォレスが遺跡に向かう時は宿に預けられていた。
 そして今日も、フォレスは朝から出かけている。
 ラシェルは、夕方には帰ってくるはずのフォレスを待って、宿の一室で一人遊びをしていた。



 バタンっ!
「やっと見つけたわっ!」
 唐突に扉が開き、そこには見覚えのない女性が立っていた。
 年齢は二十代後半、濃い緑の瞳。淡い緑の長い髪を後ろで一つに束ね、服装は至ってシンプル。動きやすさを優先させた服だ。
 ラシェルは驚きに目を丸くして突然の乱入者を凝視した。
「あら・・・・・・・?」
 ぐるりと辺りを見まわし、それからぽつりと呟いた。
 女性は、しばらく呆然としたあと、やっとこちらに気付いたらしい。
 女性はつかつかと歩み寄ってきて、ラシェルの目の前で足を止めた。
「君、だれ? フォレスさんはどうしたの?」
「じーちゃんなら夕方まで帰って来ないよ」
 一瞬、呆気にとられた表情を見せたが答えを返すころには、子供には似つかわしくない、感情のない表情をしていた。
「じーちゃん・・・って、きみフォレスさんの孫かなにかなの?」
「うん、そうだよ。血は繋がってないけど。おねーさんは?」
 ラシェルは、いちいち考えながら言葉を聞き、そして自分の言葉を確認しながらゆっくりと言う。
 ラシェルの問いに、彼女はにっこりと笑顔を作って答えてくれた。
「おねーさんはねぇ、トレジャーハンターなの」
「それじゃあ、じーちゃんのお仕事の知り合いの人?」
 ラシェルが、可愛らしく――本人意識してないが――首を傾げて問い返すと彼女はご機嫌取りですと言わんばかりの笑みで言った。
「そうなのよ。それでおじーちゃんに用事があるから帰ってくるまで待たせてもらっていいかな」
「うん、いいよ」
 ラシェルはにっこりと子供らしい笑顔で答えると一人遊びに戻ってしまった。女性がいくら話しかけても、時々ちらりと視線を寄せるくらいで、まったく返事をしない。
 祖父の仕事の都合上大人に囲まれる機会の多いラシェルだが、実は人見知り激しいほうだったりする。いつも祖父と一緒に行動しているものだから、祖父がいないとどう接すればいいのかよくわからないのだ。
 放っておかれる形になった女性は、仕方ないか、と小さく呟いてからベッドに腰掛けた。
 そうして、暇つぶしのつもりなのか一人遊びを続けるラシェルを眺めていた。



 窓の外が夕暮れに染まったころ、フォレスが宿に戻ってきた。
 ラシェルは満面の笑みでもって祖父を出迎える。
 そして、ラシェルの後ろから歩いてくる女性。
 女性は穏やかに笑ってフォレスの前に立った。
「こんにちは、お久しぶりです。フォレスさん」
 一瞬目を丸くしたフォレスの顔が、どんどんと笑みに変わっていく。
「ルーン! 久しぶりだな。どうしたんだ、急に?」
 彼女――ルーンは、にっこりと微笑んで発掘品だと思われる物を差し出した。
「つい最近発掘したものなんですけど、どうも私には荷が重いみたいで・・。フォレスさんにこれの解析をお願いしたいんです」
 発掘品をフォレスに渡し、早速渡された発掘品を調べるフォレスを見ながらルーンは言葉を続けた。
「これの解析は今の仕事が終わってからでかまいませんし、相応の報酬は用意します。お願いできますか?」
「ああ、もちろんだ。なかなか面白そうじゃないか」
 フォレスは目を輝かせて言い、それからすぐにラシェルに声をかけた。
 今やっている遺跡調査よりもこっちの方が面白そうだからすぐ村に戻るというのだ。
「ルーンはどうする? 君さえよければ一緒に来てほしいんだが。これを見つけた時の状況も聞きたいし」
 フォレスの問いかけに、ルーンは楽しそうに笑って答えた。
「ええ、同行させていただきますわ」





 さて、こうして依頼された発掘品の解析が終わるまでルーンが家に居候する事となった。
 当初、ルーンは宿に泊まるつもりだったが、フォレスは解析に一月以上はかかるだろうから・・・と家に泊まるよう勧めたのだ。
 そうしてノーティ家に居候する事になった彼女がまずクリアしなければならないのはラシェルのことだった・・・・。

「ラシェル!」
 フォレスが呼んでも視線すら向けないと言うのは珍しい・・・どころか初めての事だった。
 ルーンはおろおろとフォレスとラシェルを交互に見ている。
「あの・・やっぱり私宿に泊まりますから・・・」
 ルーンはそう申し出たが、フォレスは困ったような表情で首を横に振った。
「それだと滞在費が大変だろう。ラシェルはオレがなんとか説得してみるよ」
「あ、はい。すみません」
 ルーンは申し訳なさそうに頭を下げる。
 ラシェルはその光景を横目で眺めていたが、譲る気はなかった。
 祖父が仕事で忙しいのはいつものことだ、仕方がない。でも、そこに第三者が加わるのは嫌だった。
 仕事で忙しい祖父とは、ただでさえゆっくり話せる時間が少ないのにそこに別の人が加わったら余計に話す時間が減ってしまうではないか。しかもその人がまったく面識のない人間となればなおさらである。
「いったいどうしたんだ、ラシェル?」
「・・・・・・・・・・」
 すっかりへそを曲げてしまったラシェルはフォレスの言葉も聞く耳持たない。
「何が気にいらないんだ?」
「・・・・・・・家に居る時はいっつも二人だもん。僕のじーちゃんなのに・・・」
 そっぽを向いたまま、小声で、拗ねた口調で呟いたラシェルに、フォレスとルーンが顔を見合わせる。
 ここまで聞いて二人はやっと、ラシェルが拗ねている理由に気付いたのだ。
「私がここにいたほうがおじいちゃんのお仕事、早く終わるわよ?」
 ルーンがくすくすと笑いながら言う。そうして、パチンっとウィンクをして言葉をつけ足す。
「大丈夫、あなたのおじいちゃんを取ったりしないわよ。ね、仲良くしましょ?」
「早く終わるの?」
 ラシェルはどこか呑気な表情で聞き返す。
 二人が一緒に頷いて見せると、ラシェルはやっぱりまだ不満そうながらも、コクリと頷いたのであった。
 ――その翌日。
 フォレスは早速仕事を開始した。その間ラシェルはいつもと同じように家事をするつもりだった。とはいえ、ラシェルがやるのはあくまでも”手伝い”の範囲内。
 掃除洗濯あたりはまだしも、料理はやらない。・・・・というか、やれない。朝ご飯くらいのメニューならなんとかなるが、夕飯となるとラシェルにはちょっと手に余る。
 だからきっと夕飯時にはフォレスが部屋から出てくるものと思っていた。が!
 出てきたのはフォレスではなくルーンだった。
「・・・・・・・・・・」
 ドアの前で、思いっきり不機嫌な顔で出迎えられた彼女はびっくりしたのかドアの前で硬直したままラシェルを見つめた。
「・・・・・じーちゃんだと思ったのに・・・」
 恨みがましい目でそう言うと、ルーンは逆ににっこりと笑ってラシェルの前にしゃがみ込んだ。
「おじいちゃん今、手が離せないんだって。一緒に夕飯作ろっか」
「一緒に?」
「そう。一緒に。きっと喜ぶわよ、おじいちゃん」
 フォレスが喜ぶと聞かされてラシェルの顔がぱっと明るくなる。勢いよく頷き、二人で台所に向かうのであった。

 ちなみに、この日フォレスは、ラシェルが作ったと言う料理をべた誉めし、これがきっかけでラシェルは料理好きになるのだが――まあその辺の詳しい話はまたにしておこう。



 そんなこんなでルーンが居る生活にも慣れ始めたある日のことであった。
 フォレスは仕事にかかりっきりで、ラシェルは、ルーンと一緒に居る時間の方が多くなっていた。
「ラシェルちゃん、ちょっと来て〜v」
 すでに慣れてしまったその呼び方に溜息をつきつつ、ラシェルはルーンの部屋に向かった。
 ・・・・・・・・・べつにいいけどさ・・・
 時々いるのだ、男の子も女の子もちゃん付けで呼ぶ人が。
 今までにもそんな風に呼ばれた事はあったし、そういう人はたいてい言っても直らないのだ。だから、わざわざ注意したりはしなかった。
 だがこの日、ラシェルはルーンにそれを注意しなかったことを死ぬほど後悔した。


 ルーンに呼ばれて部屋に行くとそこには大量の買い物袋があった。
「・・・どうしたの、それ?」
 部屋を埋め尽くす・・・とまではいかないにしろかなりの量だ。
「この前ラシェルちゃんの洋服洗濯してて気づいたんだけど・・・なんか服少ないみたいだったから」
 そう言って、ルーンはにっこりと笑った。
「・・・別にいいのに」
 ラシェルは口ではそう言っているものの顔は嬉しそうに笑っていた。
 あまり人にプレゼントしてもらう機会がないものだから、余計に嬉しかったのだ。
「可愛いでしょ〜。うち男系家族だから男の子ばっかりで。妹って欲しかったのよねェ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・え゙?」
 袋から出されたのは可愛らしい、女物の洋服・・・・・・。
「あの・・・なんか勘違いしてない? 僕、男・・・なんだけど・・・・・・・・・」
 部屋の中を冷たい風が吹いていく。
「え゙・・・・・・」
 よほどショックだったのか、ルーンは呆然と呟いている。
 ラシェルもショックといえばショックだったが、とりあえず言う事は言わねばなるまい。
 勘違いされた原因はいくつか思い当たる。
「後ろは自分じゃ見れないから切ってないの。ここんとこじーちゃん急がしかったから」
 普段は祖父に髪を切ってもらっているが、忙しい時はなかなか切ってもらえない。それでも前髪は邪魔だから自分で適当に切るが、さすがに後ろを自分で切るのは無理だ。
 口調・・・は、一人称は”僕”だがまあ聞きようによっては女だととれなくもないかもしれない。
 だが、誤解を招いた最大の要因は名前にあった。
 ”ラシェル”という名前は男女どちらでも使われるが、聞くと彼女の故郷では女の子の方が圧倒的に多いそうなのだ。
 ルーンには可哀相だが仕方がない、洋服は返品するなり他の人にあげるか売るなりするしかないだろう。
 しかし、ルーンの次の言葉はかなり予想外のものだった。
「・・・・・・・・そう、仕方ないわね。でもせっかくだからちょっと着てみない?」
「だから、僕男の子だってば!」
「わかってるわよ。でもラシェルちゃんに似合うようにって買ってきたんだもん、大丈夫よv」
 一体何が大丈夫なんだか・・・――
 慌てて部屋から出ようとしたが、逃げ切る事は出来なかった。
 結局、洋服どころか髪まで可愛く結ばれてしまい、しかもけっこう長時間騒いでいたらしく、居間に誰もいないのを不思議に思ったフォレスが部屋の方に来てしまったのだ。
「・・・・・・・何の騒ぎだ?」
 半ば呆然としているフォレスを前に、ルーンは楽しそうに笑った。
「実はラシェルちゃんの性別勘違いしてまして。でもせっかくだから。結構可愛いと思いません?」
 ほぼ半泣き状態のラシェルを見、ルーンを見て、フォレスは感心したように言った。
「けっこう似合ってるじゃないか、可愛いぞ」
「・・・・・じーちゃん・・・・・・・」
 冗談めかして言うフォレスに、がっくりと肩を落としたラシェルの声がかかる。
 まあもともと助け舟を期待してはいなかったが。
 こう言う事に関してはとことん鈍いのだ、フォレスは。
 フォレスの言葉を聞いて、ルーンは嬉しそうに言った。
「ホント、可愛いですよねェ。うちの弟どもなんてもう、こんなのさせてくれないですもん」
――もしかして、自分の弟にもやろうとしてたんだ。
 もう、と言ってたから”やろうとしてた”ではなく”やってた”のかもしれない。 が、追求しない方がいいような気がして、ラシェルは心の中でだけ呟いた。
 その予感は見事に大当たりだったが、無駄だった。
 ルーンの言葉に続けてフォレスが言う。
「たしか一番下の弟がもう十六、七だったっけ?」
「ええ。昔はよく遊んでたんですけどねー。あの子で」
 最後に付け足された言葉が、回答だった。
――やってたんだ・・・・・・・・・
 疲れたような表情でルーンを見るラシェルに、フォレスの追い討ちが入った。
「ま、せっかく買ってきたんだしな。家で着る分には使えるんじゃないか?」
「ええっ!?」
 フォレスは着るものには頓着しないタイプだ。気にするのは動きやすさくらいだが・・・・まさかここまでとは。
 ラシェルは抗議の声を上げたがもう手遅れだった。
「あら、いいんですか?」
 ルーンの言葉は疑問だが表情はもうしっかりやる気に見えた。


 それから約一ヶ月。
 フォレスの仕事が終わり、ルーンが家を出るまでの間。
 ラシェルは思いっきり遊ばれてしまい、ほぼ毎日女の子の格好をするハメになったのであった。

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