Web拍手 TOP幻想の主LIFEシリーズ

 IMITATION LIFE〜番外・ちびラシェ編2 

 ルーンがノーティ家に居候するようになってから一週間。
 ラシェルの我慢は限界に訪れていた。
 べつに彼女が家にいる事はもう納得したので問題にはなっていない。
 仕事なのだし、彼女に料理を教えてもらうのはけっこう楽しい。作った料理を祖父に誉めてもらうのはとても嬉しかった。
 祖父は外では無敵だが、家庭内のことは案外苦手なのだ。
 彼女が来る前、家での食事はその大半がアウトドアも同然の料理だった。彼女が来てからはずいぶん一般家庭の食卓っぽい料理が出るようになった。
 それに、洗濯や掃除を手伝ってくれるのもありがたい。
 フォレスは見事なまでに身の回りに頓着しない。
 ラシェルが家事やるようになる前は一体どうしていたのだろうと疑問に思うほどだ。
 放っておけば、一月だって二月だって掃除をしないし、洗濯物だって貯めてしまう。
 今までそういった家事雑事のほとんどをラシェルが自主的に行っていたのだが、現在はその半分以上をルーンがこなしてくれている。
 空いた時間のほとんどを、ラシェルは読書で過ごしていた。
 が、一日に一度、たいてい朝イチで、彼女は必ずラシェルの部屋を訪れた。
 そして今日もやっぱり・・・・・・・・・・・・・

「ラっシェールちゃん♪」
 扉の向こうから響いてくる浮かれたルーンの声にラシェルは慌ててベッドを飛び降りた。
 着替える間も惜しんで窓から外に身を躍らせる。
「あら?」
 ノックもせずに扉を開けたルーンは部屋の中にあるべき住人の姿が見えない事に首を傾げた。
「うーん、逃げられちゃったか。せっかく可愛い洋服持ってきたのに。まあでも・・・思ったより早かったわね」
 逃げられたなどと言っているわりにルーンの口調は明るかった。
――逃げて当たり前だよ・・・・・・・・・・
 窓の外で中の声を聞いていたラシェルは、嘆息して上に視線を向けた。
 バタン、と扉の閉まる音を確認してからラシェルは部屋から見つからないよう、窓枠の外側に移動してから立ちあがる。
「・・・・・・どうしよっかな・・」
 ルーンの女装攻撃から逃げるためにとりあえず外に出たが、これからどうすればいいのかまったく見当がつかなかった。
 それでも今すぐ家に戻る気にはならず、ラシェルは適当な方向に向かって歩き出した。




 ルーンがラシェルに着せられなかった洋服を手にしたまま居間に戻った頃、ちょうどフォレスも部屋から出てきた。
 ルーンはにっこりと笑顔で挨拶をする。
 フォレスも挨拶を返し、それから辺りをぐるりと見まわした。
「ラシェルはどうしたんだ? この時間はたいてい居間にいると思ったんだが」
「ラシェルちゃんなら外に出かけましたよ」
「外に!?」
 ルーンの答えにフォレスは目を真ん丸くして、叫ぶような声で問い返した。
 子供ならば外に遊びに出かけるのは至極普通のこと。だが、ラシェルはそうではなかった。
 フォレスがここに戻ってくるのはたいてい調べものがある時である。よって、フォレスはここにいる間のほとんどを家から出ずに過ごす。
 フォレスから離れたがらないラシェルは、フォレスがいくら言っても決して外に出ようとはしなかった。
 初めてラシェルと会った時、ラシェルは言葉というものを理解していなかった。
 オウム返しに言葉を返すだけの彼に少しずつ言葉を教え、最近ではきちんと受け答えが出来るようになっているが、ラシェルはフォレスがいないと心細いらしい。フォレスがいないところではほとんど口を開かないのだ。
 フォレスは微笑し、呆れた口調で言った。
「もし狙ってたんならオレは君を尊敬するよ。オレにはとても真似出来ない」
 フォレスの言葉を受けてルーンがくすくすと笑う。
「やっぱり子供は外で元気に遊ぶのが一番、ですよね」
 そうして、大人二人は外で遊ぶ子供たちを頭に描き、とても楽しそうに笑った。




 さて、行くアテもなく歩き出したラシェルではあったが一応その進行方向には村があった。
 ミレル村と呼ばれる、人口五十人程度の小さな村だ。
 フォレスがたまに買出しにこっちに来ているのは知っているが、ラシェルは一度もこちらに来た事はない。
 ミレル村に出かけた場合、たいていフォレスは一時間もせずに帰ってくる。
 だから、一緒に行くよりは帰りを待っているほうが気が楽だ。家に帰ってきた時は、家の敷地から一歩も出ずに過ごすのが常だった。
 村が見えてきたあたりでラシェルの足が止まる。
 このまま進むと村に入ってしまう。
 フォレスといればわからない言葉があってもフォレスがフォローしてくれる。が、今は一人なのだ。助けてくれる祖父はいない。
「やっぱ戻ろうっと」
 森で適当に時間を潰してから家に帰ろうと方向転換した直後だった。
 服の裾を、ぐいっと誰かに引っ張られた。
 ラシェルは慌てて後ろを振り返る。
 そこには自分と同じくらいの、桃色の髪とアメジストの瞳を持った少女がいた。
「ねえ、あなたこの辺の子じゃないわよね? 見たことない顔だもん」
 ラシェルは思わず横を見て、フォレスがいないことを思い出した。
 ・・・どうしよう。
 そう思ったが、落ちつけ、と自分に言い聞かせて少女の言葉を頭の中で反芻する。
 これはまだ言葉がほとんどわからなかった時にできてしまった癖だ。
 ほんの数ヶ月前まではゆっくり考えないと教えてもらった単語の意味が出てこなかった。
 最近はすぐに言葉の意味を理解出来るようになったが、それでもやっぱり不安で、ラシェルは聞いた言葉を反芻して、確認してから答えを返すことが多かった。
「家はあっち」
 ラシェルが家の方角を指差すと、少女はぽんっと手を叩いた。
「ああ、フォレスさんとこの子なんだ」
「知ってるの?」
 意外な少女の返事にラシェルは目を丸くする。
「フォレスさんは知ってるわよ、有名だもん。あ、そうだ! ねぇ一緒に来てよ。フォレスさんのこと聞かせて」
「じーちゃんの・・?」
 聞いてどうするんだ。
 それが、ラシェルの率直な感想だった。
 たいていの人にとってフォレスは世界一のトレジャーハンターというものすごい人であるが、ラシェルにとっては凄い人でも何でもない”ごく普通のおじいちゃん”なのだ。
「フォレスさんって滅多に村に顔出さないんだもの。それに、孫のあなたから見た”世界一のトレジャーハンター”ってどんなものか聞いてみたいわ」
 少女はものすごい勢いで言葉を続ける。そして、言いながら歩き出す。
 ラシェルは断る暇もなく、少女に引きずられる形で村に入る事になったのであった。


 少女に連れられてやってきたのは村の中心ちかくにある教会の敷地内の小さな広場。
 そこには、二十人近い子供がたむろして遊んでいた。村の規模を考えるとこの人数はけっこう多いと言えるだろう。
 子供らは少女に気付いた瞬間、わらわらっとこちらに向かって駆けて来た。
 ほとんどの子供はまだ五歳にも満たない幼児だった。
「あ、フィズちゃんー!」
「フィズお姉ちゃん、お帰りなさーいっ」
 どうやら少女の名はフィズというらしい。
 フィズと言葉を交わし、それから子供らの注目はラシェルに移った。
 自分と同世代以下の子供と関わった事など一度もなかったラシェルは思わず後ろに下がったが、途中でフィズにがっしと腕を掴まれてしまった。
 涙目でフィズを見るが、フィズはまったく相手にしてくれなかった。
 不思議そうな表情でラシェルを見る。
「どうしたの?」
 よしっラッキー!!
 聞いてくれたのは幸いだった。人と接するのが苦手だと、言うチャンスが出来たのだから。
 フォローしてくれる人はいない。
 その思いも手伝って、ラシェルはかなり慎重に、言葉を選びながら言った。
「あの・・僕、あまり人に慣れてなくて・・・。いつもじーちゃんと一緒だし、いないときは、いつも一人で待ってるし・・だから・・・・」
 フィズはぽかんっと口をあけてラシェルを見つめた。
 僕、なんか、言葉・・間違えたかな。
 ラシェルは焦ってさっき口にした言葉を頭の中で反芻した。多分、言葉は間違えてないと思う・・けど・・・じゃあ、彼女の反応はなんだろう。
「意外・・・逆かと思ってた。フォレスさんにくっついてあちこち行ってるなら、人に慣れてるのかなって」
 呆然としたまま言い、そして唐突に笑い出した。
 今度はラシェルが呆然とする番だ。
 そうしてフィズは、ひとしきり笑ったあと可愛らしい笑顔を見せた。
「そっか、ラシェルっておじいちゃん子なのね。で、人見知りが激しいと。うん」
「・・・ひとみしり?」
 知らない単語が出てきたために、ラシェルは、ついいつもの調子で聞き返してしまった。
 相手はフォレスではないのに。
 ラシェルは言ってから、しまった、と思ったがフィズはきちんとラシェルの問いに答えをくれた。そうして、ラシェルの手をとって言う。
「じゃ、これから慣れましょ。一人で待つより皆と遊んで待つ方が絶対時間は短いから」
「ホント!?」
 祖父を待つ時間が短くなる。
 その言葉に、ラシェルは目を輝かせて聞き返した。
 フィズは一瞬目を丸くして、それからくすくすと小さく笑った。
「本当よ」
「じゃあ、慣れる」
 ラシェルの世界の全てはフォレスを・・・祖父を中心に回っている。
 祖父とはなるたけ一緒にいたいし、祖父を待つ時間は短い方がよいに決まっている。


 実はどうして時間が短くなるのかまったく理解していないラシェルだったが、それから数日の内に理解はせずとも体験はできた。
 彼らと一緒に過ごす日は、日没がとても早いのだ。
 ラシェルが、村の子供たちと仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。

<<前へ  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主LIFEシリーズ