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 IMITATION LIFE〜番外・ちびラシェ編3 

 サリフィスと呼ばれる星(せかい)。
 その東大陸の北にある小さな村。村から少しはずれた場所に小さな家がある。そこには子供と、その祖父の二人が暮らしていた。
「おっはよーっ!」
 青い髪と赤と銀の瞳を持つ子供――ラシェルは、祖父フォレスの姿を見るなり元気に言った。
「おはよう、ラシェル」
 フォレスは優しく笑って応えてくれる。
 ラシェルは少し前までは滅多に家から出ず、家で静かに過ごす子供だった。だがしばらく居候していたルーンという女性のおかげで外に出かけるようになったラシェルは、それまでとは比べものにならないほど元気で明るい子供になった。
「今日も教会に?」
 教会とは、近くの村――ミレル村にある教会のことで、そこの庭は子供たちの遊び場になっているのだ。
 ラシェルは少し考えた後、ニッコリ笑って答えた。
「約束はしてないよ。じーちゃんは?」
 フォレスがこうやって聞いてくる時は、たいていどこかに出かける用事がある時だ。
 いつでもフォレスは突然に外出宣言を出す。だからラシェルは、絶対に約束はしなかった。どうせ遊び場は一つしかないのだ。約束なんかしなくても行けば誰かしらいるので、声をかけて一緒に遊べばいい。
 ラシェルの答えに、フォレスは穏やかに笑った。苦笑――しているようにも見える。
「久しぶりに主都の方に行こうかと思ってな。一緒に行くか?」
「行くッ!」
 即答したラシェルに小さな笑みを向け椅子から立ちあがった。
「なら、すぐ出るぞ」
 フォレスはテーブルの下から荷物を引っ張り出してくる。そこにはフォレスの荷物だけではなく、しっかりラシェルの荷物も用意されていた。
 ラシェルがフォレスから離れるわけがなく、フォレスはそのことをよくわかっていた。
 フォレスから荷物を受け取り、二人はさっそく出発したのであった。



 ミレル村は北の外れ。主都レアゼリスは大陸の中心近くだが、そこまでの道のりは徒歩しか手段がなく、途中には怪物が現れたりすることもある。
 そんなこんなで、二人が主都に着いたのは家を出てから約二週間後のことであった。
「うわぁー・・・・・・」
 フォレスに連れられて何度か来ていたが、やはりこの賑やかさはいつ見ても圧倒される。
 ほんのちょっと周囲に目を奪われていたあいだに、一歩先を歩くフォレスを見失いそうになって、ラシェルは慌てて駆け出した。
 フォレスは日々のほとんどをミレル村の家で過ごすが、もとが旅稼業であるためかミレル村以外にもあちこちに家を持っていた。ミレル村に次いで滞在期間の長い、主都レアゼリスにも当然家がある。
「あら、おかえりなさい」
 扉を開けた瞬間、出迎えたのは淡い緑の長い髪を後ろで一つに束ねた、濃い緑の瞳を持つ二十代後半の女性。
「半年ぶりかな、ルーン」
 フォレスはこともなげにそう言ってさっさと居間に荷物をおろした。
 だがラシェルはそうはいかなかった。
 彼女は、料理や効率の良い洗濯掃除の仕方などいろいろ教えてもらったある意味での先生だが、同時に散々玩具にされて遊ばれた思い出もある。
「・・・・・・・・・・・・・ルーンさん・・・・・なんで?」
 玄関口で固まったまま呆然と呟いたラシェルに、ルーンは不気味なくらいのぶりっ子笑顔で答えた。
「この前解析依頼した発掘品のことでね。ここのデータと機材を借りてるのよ」
 そうして彼女は、ついでに寝泊まりさせてもらってるのだと付け足した。
「あ・・・・そう・・・」
 冷や汗を流しつつ答え、急いで自分の部屋――たまにしか来ないにも関わらず、フォレスはきっちりラシェルの部屋も作ってくれたのだ――へと駆けこんだ。
 荷物をおろして一息ついて、
「なんでルーンさんがいるんだよぉ〜〜〜〜〜〜っ」
 頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 嫌いではない、どちらかといえば好きだ。だが、苦手な人物であることに変わりはなかった。
「ひどいなぁ〜ラシェルちゃん。おねーさん傷ついちゃう」
「げっ・・・・・・」
 部屋の扉を閉め忘れていたものだから、ラシェルの叫びはおもいっきり聞こえていたらしい。
 いつのまにやら部屋の前には、わざとらしいまでの泣き真似をするルーンの姿があった。
「・・・・・・性格変わってない?」
「そぉ? そんなことないわよ」
 唖然とするラシェルに軽い調子で答えたルーンはにっこりと、年相応の笑みを見せた。
 確かに、年にのわりに行動が若い――ソレを言うならフォレスも行動だけはとても若いが――のは以前からだった。
 それでも何かちょっと違う気がする。
 納得いかない表情でルーンを見つめていると、ルーンはクスリと笑ってぽん、とラシェルの頭を撫でた。
「浮かれてるのよ、久しぶりにあったから。それにこの前と違ってラシェルちゃんの扱いもわかってきたしね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 あんまりと言えばあんまりな言い草にラシェルは言葉も出なかった。
 つまり、ルーンはラシェルにどう接すればいいかわからなかったから大人しかっただけだ・・・ということだろうか。
「とりあえず荷物置いたら居間にいらっしゃい。とびっきり美味しい夕飯用意してあげるから」
「はーいっ!」
 美味しい夕飯という一言で機嫌を直したラシェルは、荷物を部屋に放り出したまま、ルーンの横を抜けて居間へと駆けて行った。


 ルーンは少しばかり驚いた様子で、駆けていくラシェルの後姿を見つめていた。
「・・・・・ずいぶん扱いやすくなったわねぇ」
 以前会ったときは大人しくて、フォレスだけが自分の世界の全てで・・・どこか子供っぽさが抜けているような子供だった。
 だが今ルーンの目の前に居るラシェルは、年相応のお子様そのもの。
「やっぱり同年代の子と遊ぶようになった影響かしらね」
 年の離れた弟を見つめるような瞳で小さく笑い、ゆっくりと歩き出した。


「ルーンさん、早く早くっ!」
 先に居間についていたラシェルは、そのまま居間を素通りして台所にいた。
 不思議そうな目をするルーンに、ラシェルはにっこり笑って答えた。
「僕も一緒に夕飯作る。いいでしょ?」
「そりゃかまわないけど・・・着いたばかりでしょ、疲れちゃうわよ」
「大丈夫。また新しい料理教えてよ」
 ラシェルの言葉に、ルーンはくるりと背後に振りかえりフォレスを見つめた。
「あのぉ、フォレスさん・・・・・」
「なんだ?」
 フォレスは荷物を整理する手を止めぬまま、顔だけをこちらにむけて答えた。
「もしかしてラシェルちゃんってば料理好きなんですか?」
 ルーンの問いに、フォレスは少しばかり考える仕草を見せた。
 そして淡々とした口調で言う。
「ああ。この前ルーンと一緒に料理作って以来だな。おかげでうちの食事がずいぶん豪華になったよ」
 フォレスの答えを聞いたルーンはくるっとラシェルの方に向き直って・・・・・・・・・。
 なんだか瞳がキラキラ輝いているように見えるのは気のせいだろうか。すごく、嬉しそうな笑顔を見せた。
「ラシェルちゃん、かっわい〜〜〜〜〜いっv」
「ええぇぇぇ?」
 ひしっと抱き着いてきたルーンにラシェルはただただ驚くだけだった。
「そっかー。お料理楽しかったかー、おねーさんは嬉しいな〜」
 そこまで言うと、唐突に身体を離して、視線の高さをラシェルと合わせて真正面から向かい合った。
「まかしときなさい、私のレパートリー全部教えちゃう」
「やったぁっ!」

 こうして、その日の夕食は当初の予定以上に豪華なものとなった。
 賑やかな夕食の最中、ルーンが突然思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。ラシェルちゃん、冒険者の資格試験受けないの?」
「資格試験?」
 知らない単語に困ってフォレスのほうを見ると、フォレスは丁寧に説明してくれた。
 通常、十五歳以下の子供は仕事させてもらえないし、宿に泊まるのも親の許可がいる。だが、資格を持っていると十五歳以下でも大人と変わらない扱いをしてもらえるのだ。
 もちろん、それ以外にも特典は多い。たとえば一般立ち入り禁止の遺跡などに入る許可が出るのも普通より早いし、ほとんどの宿や冒険者向けの商店は資格所有者を対象とした割引を実施している。
 そうやって話してくれるフォレスの言葉にいちいち頷きながら聞いていたラシェルは、フォレスの話が途切れた途端、
「受けるっ! 受けたい!」
 がたんっとその場に立ちあがって意気込んだ。
「ねぇいいでしょ、じーちゃん?」
 上目遣いにフォレスを見上げて尋ねる。
 フォレスはいともあっさりと頷いてくれた。
「ああ。それじゃあ明日は受験登録に行くか」
「でもじーちゃんの用事は・・・?」
 一緒に行ってくれるのは嬉しいのだが、そうするとフォレスの用事ができなくなる。
 フォレスだってもともと仕事で来ているわけだし・・・・・・。
 そのことに思い当たったラシェルは申し訳なさそうな表情で言った。
 フォレスは優しく笑って、ラシェルの頭をなでてくれた。
「大丈夫。無理だったら一緒に行くなんて言わないさ」
「ホント?」
 まだ不安げに聞き返すラシェルであったが、今度は後ろから抱き上げられて後ろに視線を向ける。
「っもう、フォレスさんが大丈夫だって言ってるんだから信用しなさい。お子様がそんないろいろ気ぃ遣うもんじゃないわ」
 言葉こそたしなめるようなものではあったが、その表情はラシェルが可愛くて仕方ないといった感じだ。
 ラシェルはしばらくじーっとルーンを見つめて、それからコクンと頷いたのであった。


 ――翌日。その日は朝一番で役所に行き、登録を済ませた。
 試験実施日はまだ先だと言うことで、ラシェルはそのままフォレスの用事について行くことになった。
 街中での用事ということは、何か人と会う約束があるということだ。
 一緒に行って邪魔にならないかと不安になったが、家にはルーンもいるしダメならばはっきりダメだと言うはずだ。
 そう自分に納得させて、先に歩くフォレスに視線を向けた。


「ふえーー・・・・」
 ラシェルは呆然として目の前の建物を見つめた。
 大きさとしては見たことがないレベルではない。ただ、それは古代の遺跡であったり、公共の施設であったりするものだ。
 どう考えても街の一区画以上をまるまる占有しているしているこれが、全部個人の敷地だというんだから驚きだ。
「どうした?」
 フォレスが、面白そうに笑っている。
 わかっていて聞いているのだろう。
 ラシェルは興奮した様子でフォレスの方に向き直った。
「だって、すっごい大きい。これ、個人所有の建物なんでしょ?」
「ああ、そうだ。大陸一の大会社の社長宅だからな、ここは」
「へぇー・・・」
 言葉にこそしないものの、ラシェルは尊敬に満ちた瞳でフォレスを見つめた。
 そんな偉いヒトと会えるなんてすごいことだと思ったのだ。
 フォレスがチャイムを押し、しばらくすると誰も触れていないのに、勝手に門が開いた。
 さすがに自動扉自体はたいして珍しい物ではないが、ラシェルは門の向こうに見えた敷地の広さに呆然としていた。
 まず目に付いたのは一面の草原と、その向こうに見える小さな森。
 門のところからまっすぐに道があって、その先には小さく屋敷が見えた。
 だが何故かフォレスは歩き出そうとしない。
「じーちゃん?」
 不思議に思ってフォレスを見上げると、フォレスはにやりと楽しげに笑ってある一点を指差した。
 道は、一番太い道がまっすぐ伸びている他にも少し細い道が左右に伸びている。フォレスが指していたのはその右側の道だ。
 ひょいとそちらに目をやると、車がこちらに向かってきているのが見えた。
「・・・・・・・・家の中で車使うんだ・・・・」
 確かにこの広さを徒歩で行くのは難儀だが、まさか個人宅の敷地内で車に乗ることになるなんて思ってもみなかったラシェルは、唖然とした様子で呟いたのだった。



 通されたのは屋敷の客間。
 部屋で数分ほど待たされたのち、中年の男の人が入ってきた。
 どうやらこの人がフォレスの用事の相手らしい。
 遺跡がどうとか言う話ならばラシェルも喜んで聞くのだが、今回の話はそれとは少し違うようだ。
 よくよく聞いていると、フォレスが持っている数々の特許や、それに絡む利権――まあ平たく言えば金の話らしい。
 そういった話に興味のないラシェルはだんだん飽きてきて、次第にきょろきょろとあちこちに視線を巡らせた。
「よかったら家の中を探検してくるかい?」
「えっ?」
 いきなり声をかけられて慌てて姿勢正しく座りなおしたが、すでに彼にはお見通しだったようだ。
 普通は家の中を”探検”などとは言わないだろうが、この屋敷の広さならば探検というにふさわしい。
「・・・・・・・」
 だが、どう返事をしていいのか判断がつきかねたラシェルはフォレスに視線を向ける。
 フォレスはいつもの優しい笑みで頷いてくれた。
 ラシェルの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございますっ!」
 そう言ってお辞儀をし、駆け足で部屋を出ていった。

 ――のはいいのだが・・・・・・・・。
「・・・・・どこだろ、ここ」
 足の向くまま気の向くままにうろうろしていたらしっかり道に迷ってしまったのだ。
 ちょっとその辺に目をやれば使用人さんの姿が見えたし、イザとなったら聞けばいい。
 そう思っていたおかげで焦ってはいなかったけれど。
 とりあえずまだ行ってないところに向かおうと歩き出した時だった。
 ラシェルよりももうちょっと年下だろうか・・・部屋の中からこちらを窺う女の子と目が合った。
 黒髪と黒い瞳。多分五、六歳といったところだろう。彼女はラシェルと目が合うとにっこりと可愛らしい笑みを見せてくれた。
「・・・・・こんにちわ」
 以前よりはずいぶんマシになっとはいえ、やっぱりまだ人見知りの治っていないラシェルは、照れくさそうに笑ってペコリと頭を下げた。
 彼女はダダっとこちらに駆けより、何がそんなに楽しいのかと聞きたくなるくらいの笑顔で言う。
「こんにちわ。ねぇ、お兄ちゃん、フォレスさんの孫でしょ?」
「なんで知ってるの!?」
「だって、父さんが言ってたんだもん。今日フォレスさんが来るよって。でもお兄ちゃん、どう考えてもフォレスさんの子供って年じゃないし。
 あたし、フォレスさんとお話したかったんだけど、仕事の話をしに来ただけだから邪魔はダメって言われちゃったの」
 ラシェルの驚きに、彼女は最初は自慢げに答え、それからぶすっと怒った口調で言った。
 ころころとよく変わる表情に忍び笑いを漏らしたところでいきなり彼女に腕を掴まれた。
 もしかして笑っているのがばれたのかと一瞬焦ったが、どうやらそうではないらしい。
「仕事の話が終わるまでまだ時間あるでしょ? フォレスさんのこと聞かせてよ! そのかし家ん中案内したげるから。ね♪」
「う・・・・・・うん」
 半ば勢いに押されるかたちで頷くと、彼女は早速ラシェルを引っ張って歩き出した。
 どうして女の子ってこうなんだろう・・・。
 なんとなくフィズやルーンのことが思い出されて、ラシェルは疲れたような溜息をついたのだった。

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