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 IMITATION LIFE〜番外・ちびラシェ編4 

「ちょっと、ラシェルちゃん。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だってば!」
 心配そうなルーンにそう答えるラシェルは、誰の目から見てもわかるくらいに緊張していた。
「ガッチガチじゃないの。・・・・・・フォレスさん、まだラシェルちゃんには早いんじゃありません?」
「最初は誰でも緊張するもんだろう」
 勢い任せに言い募るルーンとは対照的に、フォレスはのんびりとした様子で遠くを見やる。
 ここからは見えないが、その視線の先にあるものは容易に想像できた。
 この村から数時間ほど歩いたところに小さな遺跡があるのだ。

 半年前に冒険者資格を手に入れて以来、フォレスはラシェルを遺跡に連れて行ってくれるようになった。
 遺跡に行った経験こそなかったものの、フォレスから色々な話を聞いていたラシェルは、年に似合わぬ実力を見せた。
 それでフォレスは、ラシェル一人で遺跡に行ってもいいのではと提案してきたのだ。


「こんな状態で行ったら大怪我しますよ」
「だがいつまでもオレにくっついて歩くわけにはいかないだろう?」
 二人の言い合いが延々続いていた。
 盛り上がる大人二人を見上げつつ、ラシェルは小さく息を吐いた。
 ルーンはそれを見逃さなかった。
「ほら、ラシェルちゃんだって」
「僕――・・・・・・オレは、一人で行ってみたいって思ってるんだけど」
 ラシェルの溜息はあんまりにもラシェルを子供扱いするルーンに対してのものだ。一人で行く不安からではない。
 ・・・・・・不安がないといったら嘘になるが。
 フォレスは、ラシェルの実力を認めているからこそ、一人で行ってもいいと言ってくれたのだ。
 それなのに一人で行くのは不安だから嫌だなんて言いたくない。まあ、完全に一人というわけでもないし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ルーンはしばらく口を尖らせて不満げにしていたものの、最後には不承不承ながら納得してくれた。
 ラシェルの保護者であるフォレスが許可を出し、当人も行きたいと言っているのだ。
 部外者――と言いきるのは悪い気もするが――であるルーンがこれ以上口を挟むこともないだろう。




 ――数時間後。
 ラシェルは一人で遺跡の前に立っていた。
『・・・・・・行かないの?』
 音にならない声が――ラシェルにしか聞こえない声が、頭の中に響いてくる。
 物心ついたときからずっと一緒だった。だが、名前も姿も知らない彼。
 なにかあるといつも励ましてくれたり、また時にはいろいろな知識を教えてくれたりする。ラシェルにとっては頼れる兄といった感じだった。
「行くよ! お兄ちゃんは黙ってて」
 だがなかなか足が動かない。
 ひとつ、ふたつ・・・・・・深呼吸。
 そうしてやっと歩き出せた。
『ホントに大丈夫なのかなぁ』
 小声で呟かれた彼の言葉は聞かなかったことにして、ラシェルは遺跡の奥へと足を進めた。


 別に慣れた行程だ。
 いつも祖父と一緒に行っている場所と大差ない造り――いや、もっと簡単かもしれない。
 だが、
『・・・・・・七回目』
「いちいち数えてないでよぉぉっ!」
 緊張しているせいだろうか。ラシェルは、普段ならば発見も解除も簡単な罠に、ことごとく引っかかっていた。落とし穴やら警告音やら隔壁やら・・・・・・。
 で、今はガーディアン・ドールと対戦中だ。
 ラシェルの武器は、祖父からもらった光線銃。ドール相手でも充分に戦える――・・・・はずなのだが。
 祖父がいない不安と緊張の中での戦闘。
 ・・・・・・手が、震えていた。
 そのせいでほとんど命中しない。
 練習では命中率百パーセントだというのに。
「ふえぇ〜〜・・・・・・。倒れてくんない〜っ」
 いくら撃っても倒れない――当たってないんだから当たり前だが――ドールに、泣きが入った悲鳴をあげる。
『ラシェルっ!』
 叫ぶような声に、慌てて意識を引き戻す。
 その時には、敵はすでに目前にまで迫ってきていた。
(間に合わないっ!)
 そう思って目を瞑った。
 だがその直後、聞えてきたのは銃声。そしてドサッという何かが倒れた音。
 目を開くと、ラシェルのすぐ前で、ドールが倒れていた。
「ガキがこんなところでなにやってんだぁ?」
 ふっと、後ろに――声が聞えてきたほうへと目が向いた。
 そこに居たのは二十代前半くらいの男。多分、この男も遺跡探索に来たのだろう。
「ほら、とっとと帰れ。ここはガキの探検ごっこには危なすぎる」
 しっしっと手を振って、男は呆れたような口調で言った。
 その物言いに、ラシェルはムッと頬を膨らませた。
 確かに自分はまだ子供だが、だけどちゃんと資格も持ってる冒険者なのだ。
「探検ごっこじゃないよ。僕・・・――オレ、トレジャーハンターなんだ」
「は?」
 男は、ずいっと差し出された資格証明証をまじまじと見つめ、目を真ん丸くしてラシェルを見つめた。
「・・・・・・マジ?」
「そうだよ」
 ぷぅと頬を膨らませたままで、頷く。
 男はしばらくポカンとしていたが、唐突に笑い声をあげた。
「なんだよ、なんで笑うんだよっ!」
「ひゃはははっ・・・だって、おま・・・あっはははは」
「笑うなよっ!」
「これが笑わずにいられるかよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
 男の笑いは、なかなか止まりそうになかった。
「ムカつく」
「・・・・ん?」
 ぽつりと言った言葉に、男は笑いすぎて涙目になった瞳でラシェルに視線を向けた。
「ムカつくって言ったんだよっ! ぜーったい、あんたは奥まで行かせてやんない!!」
 言うが早いか、くるりと男に背を向け。
「おいっ、そんな走ったら危ないっ・・・――」
 だが男が心配したようなことにはならなかった。
 一度すっかり頭に血が昇ったおかげで、逆に緊張がほぐれていたのだ。
 いつものラシェルならば、こんなちゃちなトラップなんて走りながらでも簡単に避けられる。
 ラシェルがすんなり走って行ったために油断していたらしい。
「うっわぁっ!」
 慌てて追ってきた男は早速罠に引っかかっていた。
 驚いたような声が聞えたが、ラシェルはまったく振り返らなかった。
 ――目指すは、セキリュティコントロールがある部屋だ。


『なんだ、やればできるじゃない』
 あっという間だった。
 罠という罠を見事に回避し、ラシェルは最短距離でコントロールルームに辿り着いていた。
「そりゃぁ、僕だってやればできるさ」
『あれ? ”僕”て言うのは止めるんじゃなかったの?』
 クスクスと笑われて、ラシェルは顔を真っ赤に染めた。
「ゔ・・・・・・間違えたの!」
 言いながらも手は止まらない。
 小さな子供の手にはちょっと大きいコントロールパネルを、鮮やかに操作している。
 数分後、モニタに遺跡中の映像が映し出された。
「パーフェクトっ♪」
『で、何を持って帰るの?』
 普通ならここに収められている研究データ。
 もちろんそれは持って帰るつもりだが、ラシェルはその前にやることがあった。
「ここのデータ。でもその前に・・・っと」
 楽しげな笑みを浮かべながらパチパチと操作を続ける。
『・・・・・・ラシェル?』
「見てろよ〜」
 ぽんっと、最後の操作を終えた、次の瞬間。
「なっ、なんだぁ〜〜?」
 モニタの向こうから、さっきの男の声が聞えてきた。
『・・・なにしたの』
 多分、ラシェルが何をしたのか予想はついてるんだろう。呆れた声で問われた。
「笑われた仕返し〜♪」
 ラシェルは、ここのセキリュティレベルを弄くって、最高レベルに設定してしまったのだ。――ちなみに、さっきまでのセキリュティレベルは標準だった。
 ラシェルの操作のせいで、この遺跡内の罠が増えたり難易度が上がったりしていた。
 事情のわからない男は遺跡の急な変化にただただ戸惑うばかりである。
『帰らないの?』
「だって、ちゃんと見てないと。死なれたりしたらヤだし」
 なんて言いつつも、ちゃっかりデータ収集を始めているが。


 それから待つこと約一時間。
「原因はてめぇか〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 ボロボロになった男が、とうとうコントロールルームにまで辿り着いた。
「うんっ。あ、ついでに言っておくけど、ここのデータ、もうぜ〜んぶ消去しちゃったから」
「なっにぃーーーーーーっ!?」
 男はラシェルの横を駆け抜け、慌ててパネルに触れた。
 だがいくらやってもデータは呼び出されない。
 本当に消去するのはヤバイと思ったので、実はプロテクトをかけておいただけだが、よほどの・・・・・・祖父やルーン――つまり、一流レベルの機械知識がなければ解除は不可能だろう。
「じゃーねー♪」
 自分の緊張をほぐしてくれた男にちょっとだけ感謝して。
 呆然とする男ににこやかな笑みを送りつつ、ラシェルの初めての単独行動遺跡探索が終わった。



「おっもしろかった〜♪」
 無事フォレスの元に戻ってきたラシェルは上機嫌でそう告げた。
 何が、面白かったのか。
 それは言わないほうがいいだろう・・・・・・・・・・・・・・。

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