■■ IMITATION LIFE〜大地の歌・巫女救出編 0話 ■■
信仰が支配するこの国の中心地。聖地とも呼ばれる土地――だが、そんな街にもスラムと呼べる場所は存在していた。
スラムの片隅に位置する小さな宿屋。
夜の暗がりの中で、灯りは小さなランプだけ。その薄暗い部屋にはひとつのベッドと、そして・・・・・・二つの人影があった。
一つは髪の長い女性の影。そしてもう一つは男性。
男の手が女に伸びる。だが女はその手を静かに受け止め、自分の体には触れさせなかった。
上目遣いに男を見つめて、妖艶に微笑んだ。
「ダァメ。アタシ、こう見えても気に入った男にしか身体は許さないタチなの」
男があからさまに肩を落としたのを見て、女はクスリと小さな笑みを浮かべた。
そうして、そっと男の肩へと両手をまわす。
「でも・・・そうね、これくらいならいいかな」
ゆっくりと男に近づき、唇を重ねた。女はその唇を離さぬまま、さらに深く口付けする。
男の視界から離れた瞬間、女の瞳が冷たく光った。
ほんの一瞬。
触れてから、ほんの数秒だった。
重なり合った唇が離れ、近づいていた身体も離れていく・・・・・。
女が手を離すと同時、支えを失った男の体がベッドに沈みこんだ。
「魔法はあなたたち神殿の専売特許かもしれないけど、魔法もどきの技術は神殿以外でも開発されてるのよ」
女はクスクスと笑いながら静かに言った。
耳元でそっと囁く。
「私、貴方に聞きたいことがたくさんあるの・・・教えてくれる?」
ふらりと、生気を失った瞳が女を見る。
男は女に聞かれるまま自分の仕事のこと、神殿のことを話し始めた。
女の態度と表情は男を誘惑する娼婦のものでありながら、瞳だけは、それとは全く異質の光を持っていた。
朝の光が眩しく部屋に降り注ぐ。
女はベッドに眠りこける男を、驚くほど冷たい表情で見つめていた。
「う・・・」
男がもそもそと起きだした。
「おはよう」
女は極上の笑顔を作って男を迎える。
「あれ? ・・・おれ、いつ寝たんだっけ??」
「やっだ、覚えてないの? 酔っ払って寝ちゃったんじゃない」
男は首をかしげて昨夜のことを思い出そうとしている。そんな男を尻目に女はサッと立ちあがった。
「じゃ、代金もらっていくわね」
女はそれだけ言うと、勝手に男の財布を漁りさっさと部屋を出て行ってしまった。
外に出てきた女は眩しそうに太陽を見つめて時間をはかると、しっかりとした足取りでスラムの裏路地を歩き出した。
薄暗い部屋の中ではわからなかった女の顔が太陽の光の下に照らされる。
女・・・・・・というよりは、まだ少女といった年齢。
服装と化粧で大人っぽく見せてはいるが、実際にはどう多く見積もっても十一、二歳程度だ。
夕暮れの麦畑を思わせる、腰近くまで伸びた鮮やかな金の髪と、いっぱいの陽を浴びた葉を思わせる緑の瞳。美少女とは違うが、かなりかわいい顔立ち。
歩いているそのあいだにも何度か男たちに声をかけられていたが、少女はそれをすべて笑顔でかわしていた。
少女は花街を離れ、小さな家が並ぶ通りへと向かっていた。その中の一軒のボロ屋の前で足を止める。
バタンッ!
「ただいまーっ!」
ノックもせずに勢い良く扉を開けた。
中にいるのは男が一人。短い茶髪に赤いバンダナをしていて、がっしりとした体つきをしている。
男は、少女を見るとニヤリと笑った。
「おかえり、シン。どうだった?」
「あとでね。おれ、徹夜だったんだぜ。昼まで寝るから起こすなよ!」
シンは男の返事を聞こうともせずに、そのまま奥の部屋へと入っていく。
一人残された男は呆れたように、小さなため息をつき、家の外へと出かけていった。
太陽が真上に昇った頃、男が家に戻ってきた。
シンがまだ起きていないことを確認するとすぐさま奥の部屋に向かう。
「起・き・ろ!! もう昼だぞ!」
「まだ寝る〜〜〜」
シンは布団をひっかぶったまま、いかにも眠たげな声を出した。商売のせいか、妙な色気までかもしだしている。
「・・・・・・昼までって言ったのはお前だろ! もう昼過ぎ! 起きろっ!!」
怒鳴りつけられてようやく、シンは布団から起き上がった。
その姿を見て男が一瞬沈黙する。シンはまだ商売のときの服のままだった。
「・・・・おまえそのかっこで寝てたのか?」
「着替えるの面倒だったから。すぐ着替えるよ」
「あ、ああ」
しかし男は部屋から出ようとする素振りは見せない。
「カイ・・・あんた、おれの着替えシーン見たいわけ?」
そう聞くシンの態度は男――カイを追い出そうとしていない。どちらかというと彼の反応を面白がっているような感じだ。
「男の着替えシーン見て何が楽しいんだっ」
カイは即答した。その答えを聞いてシンが爆笑する。
「あはははっ。それもそうだな」
「ったく」
カイはどかっと椅子に座りこみ、真剣な表情でシンに問いかけた。
「で? 収穫はあったのか?」
「ああ。あいつなかなか落ちなくてさぁ。こんなもんまで使っちまったよ」
言って小さな瓶をカイに投げた。その瓶には液体が入っている。カイにはこれが何かすぐに予想できたはずだ。これは魔法もどきの技術――”魔術”を使う際の道具のだった。
その瓶を見て、カイは楽しそうな笑みを浮かべた。
「へぇ。珍しいな。シンのテクで落ちないなんて」
「しかもさぁ、あいつ全然飲み食いしないでやんの。おかげでキスまでする羽目になっちまったし」
ぶつぶつ文句を言いながらシンは紙を広げた。慣れた手つきで何かの建物の見取り図を書いていく。
「これが、神殿の見取り図と警備体制だ」
カイが口笛を鳴らした。
「よくここまで調べたな」
「ここ一ヶ月、毎日神官相手に色気振りまいて聞き出したんだ。ちょろっとその気にさせて焦らしてやればす〜ぐ教えてくれるからな。簡単な仕事だったぜ」
シンが書き出した見取り図には極秘とされている個所・・・・宝物庫や最下層の玄室まで描かれていた。
「で、この玄室にお宝があるって話だ」
「玄室? 宝物庫じゃないのか?」
「おれが狙ってるのは守護神の化身と言われる水晶。その辺のお宝と一緒にすんなよ」
「金目当てなら宝物庫のお宝でも充分だろうに」
カイは苦笑して言った。シンがムキになって答える。
「おれが欲しいのはその辺でも手に入るような宝じゃないんだ。それに、見てみたいじゃないか。守護神の化身ってやつをさ」
その物言いに、カイはけらけらと笑い出す。
「そっ・・・そうか。で? いつ決行するんだ?」
笑われたことが気に入らないシンは、憮然とした声で答えた。
「今夜」
「へぇ、今夜・・・・・・・・・・・・・・・・・こっ! 今夜ぁ!!!!?」
驚くカイを尻目ににっこりと笑うシン。
「そう。今夜。早い方が良いだろ? こういうことは♪」
「早いって・・・大丈夫なのか?」
「だから今まで寝てたんだ。これから準備して日が暮れたら神殿に行く。んじゃ、おれもう行くから。今まで世話になった。ありがと」
てきぱきと見取り図を片付けて、荷物をまとめ、シンは家を出ようと扉に向かう。
カイが、慌ててシンを止めた。
「ちょっと待てよ。世話になったって・・・・・・もう戻ってこないつもりか?」
シンはそれが当然のことであるかのように涼しげな表情で返した。
「ああ。神殿に盗みに入るんだ。しばらくはこの街に戻ってこないほうがいいだろ?」
「そりゃぁ、そうかもしれないけど・・・・・・じゃ俺も一緒に行くよ。シンを一人で放り出すなんてしたくない」
シンは大きくため息をついた。
「あのなぁ、おれの仕事は盗賊だけどカイの仕事は違うだろ? あんたがいなくなったらあんたんとこの女たちはどうすんだよ」
カイの仕事は娼婦たちに仕事を斡旋することが。
娼婦には大きく分けて二つのタイプがある。店で客を待つタイプと、自分が客の家に行くタイプ。カイは後者のタイプの仕事の斡旋をしているのだ。カイのところには現在十数人の女たちがいる。カイがいなくなれば、この女たちが路頭に迷う可能性が出てくるのだ。
カイもそのことはよくわかっているはずだ。
「わかってるよ。だけど・・・・・」
カイが俯く。カイはこういう仕事を仕事をしている人間にしては珍しく、お人好しで優しい性格だ。
シンはいつも思う。カイみたいなお人好しなやつがよくこんな仕事やっていけるな・・・・と。もちろんカイが好き好んで裏街道に近しい仕事をしているわけではないことはシンにもわかる。
ポンっと、カイの肩に手を置く。ニッと笑って見せた。
「だーいじょうぶだって。おれはこの街に来るまでもずっと一人だったんだ。また一人になるだけだ」
そう言うと扉に向かって歩き出した。
「シンっ!」
カイの声が聞こえるがそれは無視した。
多分いくら言ってもカイは納得してくれない。・・・・・・シンが一人になることに。
カイは、シンにとって初めての友達であり、一ヶ月ほどとはいえ家族みたいなものだった。
本音を言えば別れたくない部分もあるが、盗賊をやめるのはイヤだ。しかし、自分のゴタゴタにカイを巻きこむのもイヤ。
ならば選択肢は二つ。
盗賊をやめてカイと暮らすか、盗賊を続けてカイと離れるか。
そしてシンは、後者を選んだのだ。
夜――シンはこの街の中心にある神殿の前にいた。すでに警備体制などは確認済みだ。
周囲に人がいないことを確認してなかに忍びこむ。
シンにとって一世一代の大仕事が始まった・・・・・・・・・・。