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 IMITATION LIFE〜裏話・狂気を宿せし銀の鏡 1話 

 その日、月華は里から少し離れたところにある湖に薬草を取りに行っていた。
 思ったより多くの薬草が見つかり、月華は上機嫌で里への帰り道を歩いていた。
 明るかった空に一瞬影が射す。
 雲だろうか・・・?
 月華は上を見上げた。ゆっくりと、里のほうに向かって落ちて行く黒い流れ星が目に入る。
 持っていた薬草の籠を放り投げ、月華は里のほうへと駆け出した。
 その道中、月華が見たのは里から立ちあがる黒い霧状のもの。
 柱のような形の――魔瘴とよく似た、けれどどこか違う気配を持った黒い霧が、すっぽりと里を包みこんでいた。



 月華は思いつく限りの名を叫び、呼びながら里を駆ける。だが、どこからも返答は返って来ない。
 ・・・・・・里には、誰一人いなかった。
 空には確かに太陽が輝いているのに黒い霧に遮られ、周囲は夜のように暗い。
――・・・月華。
 自分を呼ぶ声。その声には覚えがあった。自分の幼馴染――年の近い里の人間は皆幼馴染だが――にして最愛の人、陸里。
「陸里っ?」
 慌てて声の方へと向かった。
 陸里が居たのは村の中心。そこは小さな広場になっている。陸里は広場にある井戸の縁に腰掛けていた。右の手のひらの真上に、あの黒い霧が凝縮されたような球状のものが浮いていた。
「・・・陸里・・・?」
 陸里はニィッと唇のはしを上げて笑った。見ているこっちの気分が悪くなるような・・・そんな笑い方。
「――じゃない。あんた、誰。陸里を返してよ!!」
 陸里は笑う。クスクスと楽しそうに。
「嫌だなぁ、なに言ってるの? 月華。僕はここにいるよ」
「違う! あんたは陸里じゃない!! 里の皆をどうしたのよ!」
 ふっ、と陸里の瞳が冷える。無機質な笑み。
「あいつに負けて、能力もほとんど使えなくなって・・・。でも、一つだけいいことがあった。
 存在が小さくなったせいかな。簡単に器に入り込めるんだ。今まではなにか小細工しないと魂を持つ器には入り込めなかったのに」
「あなたは・・・・だれ?」
「初めまして、月峰月華さん。僕はむかーし、この星に魔瘴をばら撒いた張本人さ。ちょっと事情があって戻ってきたんだ」
 月華は俯いて黙りこんだ。その間も陸里はにこにこと笑顔を向けていた。
 抑えた声音で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「里の皆は・・・・?」
「僕の一部になってもらった。この陸里って器はずいぶんと高い能力を持ってるみたいだね。おかげで楽に魂を吸収できた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁに? 聞こえないよ」
「炎よ・・・我が意に従い、我が示せし全てのものを焼き尽くせ!!」
 術を行使する時にのみ使われる特殊な言語、”言霊”によって紡ぎ出された呪言に従い、月華の周囲に炎が出現する。
 最初、月華の周りで漂っていた炎は月華が一つところを指し示すと、収束して一本の矢のように飛んで行った。
 陸里は右手で黒い球を玩んだまま、左手を前に差し出す。
 炎は陸里の左手に届く前に掻き消されてしまった。月華の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「今・・・・呪言・・・・唱えてなかった・・・・」
「人間って不便だねぇ。そんな面倒な手続き踏まなくちゃ力が使えないなんて」
 そう言って肩の辺りから下に向けて、大きな動作で左手を動かした。
 月華は悲鳴を上げる暇も無く、陸里が生み出した風に押されて近くの家の壁に叩き付けられた。
 陸里がふわりと空中に浮かび上がる。
「ああ、言い忘れてたけど、この器を破壊したら陸里は本当に死んじゃうよ? せっかく生かしておいてあげたのに、最愛の婚約者に殺されるなんて可哀想な陸里」
「生き・・てる・・・?」
 呆然と上を見上げる月華。その視線の先には陸里がいた。陸里ではなくなってしまった陸里。
「うん。だからね、お願いがあるんだ。月華が僕の願いをかなえてくれたら陸里を返してあげる」
 痛む体をゆっくりと起こして、陸里を睨みつける。
「何? 願いって」
 陸里は満足げに笑った。








 それからニ週間――月華は一人森を歩いていた。
 この世界は深い樹という名前が示すように樹海が多い。街があったりして切り開かれている一部分を除いたほとんどの場所が、樹海で埋まっている。

 静かな森が、突如喧騒に包まれた。
 どこかで誰かが妖魔と戦っているらしい。音の大きさから考えるに、あんまり遠い場所ではない。
「行ってみようかな」
 戦闘の現場は本当にすぐそこだった。二分ほど歩いただけで戦闘が見える場所についたのだ。
 戦っているのは青い髪の十五、六歳の少年。青い髪は珍しいと言えば珍しいが居ないわけではない。それはいいとしよう。問題は赤い瞳。妖魔や妖怪でなら見たことはあるが、人間で赤い瞳というのは聞いたこともない。
 そして、もう一つ気になったのは服装。月華は里から出たことがない。もしかしたら他の土地ではああいう服もあるのかもしれないが・・・。
 突如少年の動きが変わった。先ほどまでとは比べ物にならない強さ。苦戦していた戦闘があっという間に終わってしまった。
 月華がその場に立ち尽くしていると少年がこちらを見た。目が合ってしまった。
「こんにちは」
 少年はにっこりと笑ってこちらに歩いてきた。
 月華は警戒を崩さぬまま、挨拶を返した。
 少年は世間話でもするような雰囲気で話しかけてきた。
「ここってああいうの多いの?」
「え? え、ええ。そうね・・・・・・あなたはどこから来たんですか?」
「別の世界から来たんだ」
「そう・・・・別の世界から」
「うん♪ 羅魏っていうんだ。あなたは?」
「あ、申し訳ありません。こちらからばかり質問してしまって。私は月峰月華と申します」
 自然と出てくる言葉使い。月華は将来里の長になることが決まっていた。子供の頃から長としての礼儀や言葉遣いを教えこまれていたのだ。
「羅魏様はどちらに向かってらっしゃるんですか?」
「ん〜・・っと、黒い流れ星って知ってる?」
「ええ、私は流れ星が落ちたところのすぐ近くに住んでいましたから」
 羅魏が驚いてこちらを見る。羅魏が次の言葉を発する前に月華が口を開いた。
「よろしかったらご案内しましょうか? そこまで」
「いいの?」
「ええ、私も目的地などありませんから。旅は道連れと申しますし」
「ありがとう、すっごく助かるよ」
 羅魏はまるで子供のように無邪気な表情で笑った。
 月華の胸に一瞬痛みが走る。しかしそんなことにかまってはいられなかった。
「ここからだと二週間ほどです。途中でどこかの街に寄ることになると思うんですけど・・・・・・・」
 そう言って月華は羅魏の瞳と服を見た。
「え? 何か変なの? ん〜〜確かに服は結構違うけど・・・・そんなに目立つかなぁ」
「いえ、服はごまかせるのですけど・・・・赤い瞳の人間というのは・・・・」
「ああ、目の色ね。・・・・・どうしよっか」
 羅魏はのほほんとした表情で笑った。あまり真剣に困っているようには見えない。
「ではこうしましょう」
 月華は懐から小さな石がついた指輪を取り出し、それを手のひらに乗せて呪を唱えた。
「それ、どうするの?」
「幻術を込めたんです。つけてみてくれます?」
「うん」
 羅魏は言われた通りにそれをはめた。その直後、彼の髪と瞳の色に変化が現れる。青い髪は黒に近い藍色に、赤い瞳も黒い色に変化していった。
「ハイ、どうぞ」
 月華は持っていた手鏡を羅魏の前に差し出す。
「・・・・・・・うわぁ・・・・」
 彼は驚いたように鏡に映る自分を見つめていた。
「つけた人間の髪と瞳の色が変化して見える様に術をかけたんです。はずしたら術の効力は届かないんで気をつけてください」
「すごいことができるんだね」
「そんなことありません。初歩の術ですから」
 彼の素直な賞賛に照れ笑いをする月華。
 少し話をして、二人はとりあえず近くの街に行くことにした。
 一番近くの街までは2時間ほど。
 街に着いた月華は、まず一人で街に入り、服を買ってもう一度外に出た。
「ごめんね、いろいろ手間かけさせちゃって。ありがとう、月華さん♪」
 まだ出会ってからほんの二時間ほどだが、どうも羅魏には調子が狂う。
 その行動、仕草、表情・・・・・外見にそぐわないのだ。外見こそ十五、六だがどうも十才程度にしか見えない。
 いろいろと話たいことはたくさんあったが、もう日が暮れかけていたので、その日はすぐに宿に泊まることにした。

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