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 IMITATION LIFE〜裏話・狂気を宿せし銀の鏡 2話 

 ――朝。
 月華が目を覚ますと羅魏はすでに布団にいなかった。
「羅魏様?」
 部屋を見まわすが羅魏は見当たらない。とりあえず外に出てみようと廊下に出ると廊下側の窓から羅魏の姿が見えた。宿の裏は街の外と言っても差し支えない場所で、人通りも無く木々が茂っていた。
「羅魏様」
「あ、月華。おはよう」
「おはようございます」
 とりあえず返事を返したものの、なにか違和感を感じた。
「何をなさってたんですか?」
「ん〜・・・別に。ちょっとその辺散歩してただけ」
 会話を交わすとその違和感はさらに大きいものとなった。
「・・・・羅魏様? 何か昨日と様子が違いません?」
「だって昨日と別人だし」
 本気なのか冗談なのかわからない軽い雰囲気でそう言ってのけた。
「・・・・・・・・はい?」
「深く考えなくて良いって、どうせ混乱するだけだし」
「え・・・・でも・・・」
 月華が戸惑っているのを見てか彼は少し考えてからこう切り出した。
「二重人格って知ってる?」
 知らない言葉だった。少なくとも里では聞いたことのない単語だ。
「いいえ。二重人格とはどんなものなんですか?」
「一つの体に二つの人格がある・・・・って言えばわかりやすいかなぁ」
「・・・・・なんとなくわかりました。二つの人格・・・・ってことは今の羅魏様には別のお名前があるんですか?」
「ああ。ラシェル・ノーティってのがオレの名前」
「・・・? どのような字を書くんです?」
「普通に」
 普通と言われても月華にはさっぱりわからない。発音しにくい名前だ。
 月華が困っていると彼はさらりっと軽く言ってくれた。
「だから深く気にしなくていいって。オレの名前は発音しにくいんだろ? オレの時も羅魏で良いよ」
 彼の言葉通り、深く考えないことにした。
「羅魏様、とりあえず日が昇りきらないうちに出発したいと思うんですけど」
「ああ、じゃぁ用意しとくよ」
 そう言って彼は宿の方に戻って行った。


 そうして、二人はその街を出発した。
 次の街に着くまでに何度か妖魔にも会ったが二人の敵ではなかった。いや、その言い方は少し違うかもしれない。月華が一人でほとんど倒していて、彼は見ているだけのほうが多かったのだ。

 街に着いてから、彼は感心したように言った。
「月華って強いんだな」
「え? 羅魏様も強いじゃないですか」
 月華は月峰一族で一番の能力の持ち主だ。だから長に選ばれたのだ。その月華から見ても初めて会った時に見た羅魏の戦いぶりは見事なものだった。
 彼はちょっと悔しそうに答えた。
「ああ、羅魏はな。オレはそんなに強くないんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなの」
 月華はてっきり今の彼――ラシェルのほうが強いのかと思っていた。
 子供と大人では大人の方が強いに決まっている。そう思っていたのだ。羅魏はどう見ても子供にしか見えなかったが、彼はちゃんと年相応に見える。どこか子供っぽいところはあるものの、それは性格の問題であって彼の精神年齢そのものが幼いわけではない。


 二人はとりあえず宿をとり、その後は別行動になった。
 聞きたいことはたくさんあった。けれどあまり親密になりたくなかった。
 彼は良い人だ。話せば話すほど、一緒にいればいるほど彼に好意を持ってしまう。
 それではダメなのだ。
 特に見るものがあるわけでもなく、ボーッと考え事をしながら街を散歩していた。
 ぽんっと後ろから肩を叩かれた。
 慌てて後ろを見ると羅魏の姿があった。
「どうしたんだ? ぼーっとして」
「考え事をしていたんです・・・・・」
 暗い表情を隠しきれぬまま、月華はそう答えた。
 彼が何か言おうとした。多分自分が落ちこんでいるように見えたんだろう。しかしそれを聞かれるのは嫌だった。彼の言葉を遮って月華の方から口を開く。
「羅魏様は、何をなさってたんですか?」
 彼は自分の態度に気付いたのだろうか・・・・ほんの一瞬のことだが、彼の瞳は月華を捉えた状態で止まっていた。
「散歩。特にやることもないしな。なぁ、どうせだからここのこと教えてくれよ」
 笑顔で言う。楽しそうな、明るい表情。
 彼のそんな顔を見るたびに月華の心はますます重くなる。けれど、やめる訳にはいかなかった。
 世界全てを犠牲にしても良い・・・・・陸里に逢いたかった。
「ここ・・・って言われても、私もこの街は初めてですから」
「だからぁ、この街じゃなくてもこの世界のこととかさ」
 月華は簡単に、知っていることだけ説明した。
 この世界には大きく分けて三つの種族がいること、たいていの人は生まれた街で一生を過ごすこと、他の街との交流は全くと言っていいほど無い事、魔封士のこと・・・・・こうして並べてみると自分が住む世界のことをあまり知らないことに気付いた。
 特に地理だ。他の街との交流が少ないため、地図だって一つの街に二、三個ほどしかない。しかもその地図だって街の周辺しか書かれておらず、世界地図なんてものは見たこともない。
 月華はその都度、街の人間に近くに町が無いかを聞いたり、街の長のところで地図を見せてもらったりしていた。
「羅魏様が生まれたところはどんな世界なんですか?」
 そう聞くと彼は少しの沈黙のあと、語り始めた。
 彼が生まれた世界で過ごしてきた時間、彼の大好きな人達。その中で、彼の幼馴染だという女の子の話が月華の耳に残った。
 彼は懐かしそうに、楽しそうに話す。ふと、疑問に思った。
 どうして・・・・・・・・彼は自分の大事な人達がいるその世界から離れたのだろうか。
「・・・・・・なら、どうしてここにいるんですか?」
 何も聞くまいと思った。これ以上彼に好意を持ってはいけないと思った。けれど、自然と言葉が出ていた。
 彼は自嘲気味に笑う。
「どうしてだろうな・・・・」
 彼は自分の気持ちに嘘をついている・・・・月華にはそんなふうに見えた。
 二人の雰囲気が暗くなる。気付くと空も暗くなってきていた。
 二人は交わす言葉も無く、沈黙を保ったまま宿へと戻った。


 次の日、彼はいつもの彼だった。
 昨日の寂しげな瞳が嘘のような明るい表情。
 彼は、いつもこうやって自分に嘘をついてきたのだろうか・・・・・。
 月華も、自分に嘘をついている。だから彼の嘘に気づいてしまったのかもしれない。
 

 二人は互いに妙に空いた距離を保ったまま旅を続け、最初の月華の言葉通り、二週間ほどで里についた。
 約一月ぶりに見る月峰の里。
 あの時は暗かったせいか、それともしっかりと周りを見る余裕がなかったせいか・・・・・・明るい陽の光の下で見た里は、あの時以上に寂れて見えた。
「ここがそうなのか?」
「ええ、この里の中心近くよ」
「里のど真ん中に落ちたのか・・・・・・・・」
 彼は暗い表情で周囲を見ながら里の中心のほうへと歩いていった。
 里の中心にあるのは公共井戸。あの時、陸里が居た場所・・・・・・・。
「あの流れ星・・・・どこにいったんだろうな」
 ポツリと、彼が言った。それは彼にとっては他愛も無い一言だったろう。なんとなく出た言葉。月華が知っているはずもないと思って出た独り言。
 しかし月華は知っていた。流れ星の行く先を。
「知ってるわ、星の行方」
 月華がそういうと彼はくるりと振り返ってこちらを凝視した。
「どこだ?」
「その先・・・・・・・里の一番奥の長老の家・・・・・・・」
 彼は駆け出した。月華が指し示した方へ。
 嘘はついていない。だって陸里はそこに現れる。

 なぜなら・・・・―――――――。

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