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 IMITATION LIFE〜裏話・狂気を宿せし銀の鏡 3話 

 月華は黙って羅魏が走っていくのを見送った。
 その姿が見えなくなったことを確認してから精神を集中させる。術を使うために。
「――我が身我が心は風となり、我の望みし彼の地へ行かん」
 少しずつ月華の姿が透けていき、最後にはそこから消えてしまう。
 月華は意識だけの存在となり宙を駆ける――羅魏の元へと。
 羅魏は長老の家の前に来たところだった。
 自分の姿は羅魏には見えていない。月華は呪を唱える。
「――我が力、我が手に集いて刃とならん」
 月華の手にどこからともなく刀が現れた。どこか現実感の無い、存在感のぼやけた刀。
 彼は目の前にいる。彼は自分に気付かない。
 月華の手がゆっくりと前に差し出される。同時にその手にある刀も。
 刀は羅魏の左胸に深々と刀が刺さっている。しかしそれは物理的な力を持っていないため、羅魏の体が傷つくことはなかった。
 刀を通して彼の意識にもぐりこむと、そこには二つの意識が存在した。
 一つは、外に意識を集中しているためかこちらには気付いていない。
 そしてもう一つは・・・・・・・・・・・。
「・・・あなたとは最初の日に逢って以来ですね」
 羅魏は目を丸くしてこちらを見つめている。多分、ここに自分たち以外の存在がいることへの驚き。
 羅魏が行動に出ないうちにと月華は次の行動に出た。
「我が力に触れし精神(こころ)、石と化して永劫の眠りにつかん」
 目の前の、羅魏の姿が術によって作り出された結界の内へと沈んでいく。
 羅魏は結界の中で静かに眠りに落ちる。月華が術を解かない限り、絶対に覚めることのない眠りに。




 彼の表情が変わった。戸惑い、焦った表情。
 彼は呼ぶ。もう一人の自分の名を。けれど答えが返ってくるはずもない。
 なぜなら、すでに彼の内にあるもう一つの心は月華の術によって封印され、眠りについてしまったから。
 術を解いて彼の前に姿を現す。その身が現実に戻ると同時に、手にある刀も現実になる。
 彼には自分が突如目の前に現れたように見えただろう。彼は驚きの表情を浮かべている。
 刀は先ほどと同じように彼の左胸に突き刺さっている。違うのは、刀はすでに物理的な破壊力を持っているということ。
 彼の左胸から血が滲み出す。
 剣を引き抜くと同時、それまでとは比べ物にならない量の血が、流れ出した。
 そして――彼は、その場に倒れこんだ。
 床が、血で染まっていく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・これで、いいんでしょ?」
 誰もいない空間に向かって言った。





 ――あの時・・・・・陸里は言った。
「うん。だからね、お願いがあるんだ。月華が僕の願いをかなえてくれたら陸里を返してあげる」
 月華は聞き返した。
「何? 願いって」
 陸里は満足げに笑って言った。
 願いは”器”だと。
「新しい器をくれたらこの器は用済みだ。キミに返してあげるよ」
「うつわ?」
「もうすぐね、この世界に異世界からの客人が来るんだ。青い髪と赤い瞳の男のコだよ。彼が、欲しいんだ。死体でも良い。死んでいても器として使うには問題ないから」
「つまり、その人を殺せばいいのね」
 陸里はにっこりと笑った。
「そういうこと。よろしくね、月華」
 その言葉を最後に陸里の姿は消えた。同時に、里を包んでいた黒い霧も・・・・・・。






 何もない空間から声が聞こえた。陸里の声だ。
「ラシェルの人格も封じてくれるとありがたかったんだけどな」
「無茶言わないで。何人もの人間の精神を一度に封じるなんて無理だわ」
 陸里はクスクスと笑う。楽しそうに。
 月華にとっては気に障るだけの、嫌な笑み。
「そうだね、一つだけでも封じてくれたんだからそれで良しとしようか」
 陸里は倒れている羅魏に手を伸ばした。
 陸里の体の周囲に、黒い霧がまとわりついているのが見える。
 霧は、羅魏に触れている手のほうへと少しずつ移動していく。
 陸里から霧が完全に離れ、それはすべて羅魏の体へと移動し、消える。
 ゆっくりと、彼の瞳が開かれていく。
 そして・・・・・・陸里の体は力を失って、床に倒れこんた。
「陸里っ!」
 駆け寄る。陸里の元へ。
 陸里が生きていることを確認してから、羅魏のほうを振りかえった。
 残忍な色を湛えた赤い瞳がこちらを見つめていた。
「約束通り陸里は返した」
 彼の手に闇が集まる。
 それは予想済みのことだった。
 最初に会った時に言っていた。彼は人を殺してその魂を吸収することで自分の力とするのだと。
 陸里の魂も、自分の魂も、彼にとっては獲物の一つ。
 しかし大人しく殺されてやるつもりなどない。陸里が傷つかない様に結界を張ってから、立ちあがった。
「風よ、全てを切り裂く疾風となりて吹き荒れよ!!」
 月華の唱えた呪に従い、発生したかまいたちが彼に向かって飛んでいく。しかし彼は、指一本も動かさずに風を止めてしまった。
「さすがは無限の魔力を持つ器だ。そいつなんてこの器に比べたらクズだね。
 ・・・・・・・・でも、元の力を取り戻すためにはクズの魂でも必要なんだ」
 彼の髪が風に舞う。月華は慌てて結界を張ろうとした。
 だが――途中で集中が途切れた。
 彼の意外な声によって。
「・・・・くっ・・・・」
 彼が苦そうに顔を歪めた。
 月華にはその原因はわからない。けれど逃げるには絶好のチャンスだ。
 さきほど大きな術を行使したばかりの今の自分では、陸里を守りながら彼を倒す自信はなかった。
 彼の体から黒い影が現れ、吹き散らされる。彼は床に倒れこんだ。
 そして陸里が眼を開く。
「陸里!?」
 しかし、それは月華が求める陸里ではなかった。
「どうして・・・」
 結界を張っていたはずだ。なのにどうやってあいつは陸里の体に戻ってきたんだろう。
 陸里はわざとらしく、大きなため息をついた。
「ラシェルはよっぽど僕を嫌ってるみたいだね。ねぇ、月華・・・・・羅魏の心を封印したみたいにラシェルの心も封印してよ。君なら出来るだろ?」
 陸里は短距離転移をして月華から少し離れた位置に移動した。
「出来ないなんて言わせない。陸里が一番大事なんでしょう? この世界と天秤にかけても・・・・」
 月華は陸里を睨みつけた。怒りと憤りのこもった瞳で。
 陸里がクスクスと笑う。まるで人が苦しんでいるのを見て楽しんでいるみたいだ。
「嘘はついてないだろう。新しい器を手に入れたら陸里を返すという約束だったんだから。ラシェルが居ると、邪魔なんだ・・・・・・」
「わかった、でも今すぐは無理よ」
「ふーん・・・まぁいいや。楽しみに待ってるよ」
 そう言って陸里は消えた。
 そして、残ったのは陸里を取り戻せなかった悔しさに涙を浮かべる月華と、左胸に傷を負って倒れている羅魏。
「今なら、殺せるかしら」
 月華は感情を押し殺した瞳で羅魏を見つめた。でもどうやれば殺せるのだろうか。刀は確実に急所――心臓を突いた。なのに、彼は死ななかった。
「力が回復してから封印するほうが確実かしらね」
 ここにいても仕方がない。もう彼と旅をすることは不可能だと思うから。


 外に人の気配を感じた。月華は耳を澄ます。二人・・・・だろうか、男女の声。
「誰もいないね・・・」
「鈴音ちゃん、もうここにはいないのかなぁ」
「そうかもしれない。だって鈴音さんの方が早くこっちに着いたはずだし、もう別の場所に行ってるかも」
 最初は歩いてここから離れようと思っていた。けれどあまり人に見られたくはない。転移術でここから離れることにした。
「我が身我が心は大気となり、我が望みし彼の地へ行かん」
 月華の姿がその場から消える。
 次の瞬間、月華は里から少し離れた森の中にいた。
 俯き、沈黙する・・・・・・・・・・・・・そして彼女は歩き出した。


 陸里の体を乗っ取っているモノに荷担することはこの世界の破滅を助長しているようなものだとわかっている。
 けれど、月華にとって一番大切なのは陸里であり、そのためなら世界の一つや二つ犠牲にしても良いと思えてしまうのだ。

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