■■ IMITATION LIFE〜裏話・狂気を宿せし銀の鏡 4話 ■■
羅魏と離れてから数週間。
月華は遠くから彼を見て暗い表情をしていた。
あの時、里にやって来た男女。羅魏は彼らと行動を共にしているのだ。
・・・・・・・わかっている。
そんなもの偽善にしか過ぎない。それでも、月華は羅魏以外の人間はあまり傷つけたくなかった。
それからさらに数日が過ぎた頃、三人だった羅魏一行は、導師一人と水の龍神が加わって五人に増えていた。
「・・・・・・はぁ」
大きな溜息が月華の口をついて出る。
「どぉしよ」
半眼でぼやいて羅魏たちの行動を見つめた。
ふっと月華の視界が暗くなった。
誰かが月華の上にいて、太陽の光を遮っているのだ。
”誰か”はすぐに予想がついた。視線は羅魏の方に向いたまま、その”誰か”の名を呼ぶ。
彼はふわりと宙に浮かんで月華の正面に立った。
「ラシェルを倒してくれるんじゃないの?」
悪びれもせずに問い掛けてくる陸里をきっと睨みつけ、月華は強い調子でそれに答えた。
「関係ない人を巻き込みたくないの」
陸里は薄く笑って、そう、とだけ言うと羅魏たちの方に視線を向けた。
「陸里っ!?」
突然下に向かって降下し始めた陸里に驚き慌てて呼びとめた。陸里はチラリと一瞬だけこちらに振りかえったが、立ち止まる事はしなかった。
だがその一瞬――それだけで十分だった。
陸里は・・・・・・陸里の中に居る誰かは、早くしなければ陸里がどうなっても知らないぞと、そう言っていた。
そして、陸里はその場から姿を消した。
月華はとにかく様子を見ることしか出来なかったため、そのまま羅魏たちのほうを見つめていた。
そのうち、羅魏だけが彼らから離れた。水筒を持っているところを見ると水を探しに行ったのだろう。
チャンスだと、そう思った。
今まではこういう時があっても手を出さなかったのに、陸里と顔を合わせて焦っていた。
「空を翔けし自由なる風よ、我が身をかの地へ導き給え」
月華の周囲に風が集まってくる。その風を術で制御して、月華は羅魏を追った。
姿は見えないが、多分水の龍神も一緒だろう。
それでもかまわない。今回は羅魏を倒す気はなかったから。
・・・・・・羅魏が少しでも早く彼らと別れるように仕向ければいいのだ。
ほどなく、羅魏が向かう先に河があるのが見えた。あそこまで行かれるとまずい。
なにしろ羅魏には水の龍神がついているのだ。
「大地よ、我が意のもとに不動なるその身を変化せよ」
月華の術によって羅魏の目の前の大地が盛り上がり壁となる。
羅魏は慌てたようにキョロキョロと周囲を見まわしていた。
すぅっと、羅魏の横に一人の少女が現れた。
一見ただの子供だが、月華は彼女の正体を知っている。彼女こそこの世にただ一人の水の神。水の龍神だ。
「炎よ、我が意に従い我が示せしすべてのものを焼き尽くせ!!」
月華の周囲で炎が舞う。月華が一つところを指差すと炎はそれに従い勢いよく飛んでいった。
月華が指差した先は・・・・・羅魏!
しかし炎は羅魏に当たる前に跡形もなく消滅する。
見ると、炎の進行方向に手を翳している水の龍神がいた。炎は彼女の術でかき消されてしまったのだろう。
水属性の者は炎が苦手なはずなのに・・・・。
月華は小さく舌打ちして空中に留まった。
羅魏もこちらに気付いたようだ。こちらに視線を向けた羅魏と目が合った。
羅魏は攻撃する気配は見せなかった。替わりに一つの問いを投げかける。
「月華! どうしてオレを殺そうとするんだ?」
「大事な人がいるの」
月華は羅魏の視線をまっすぐに見つめ返し、強く短い言葉を放った。続けて炎を羅魏に向けて飛ばす。しかしその炎は、やはり先ほどと同じように龍神によってかき消されてしまう。
「なら、これでどうっ? ――大気を揺らす風たちよ、汝が前に集いて凝固せよ!」
周囲に強い風が吹き荒れた。風は一つの位置に向けて収束する。その中心にいるのは龍神。相手を結界の中に封じ込める術だ。
しかし龍神は落ち着き払った様子で風を切り払うように手を振った。
「わしも甘く見られたものじゃな。人間の術など効かんというに」
収束しかけていた風は一瞬にして散らされた。
月華の動きが止まる。龍神は自分から攻撃をする気はないらしく、動こうとしなかった。そして羅魏も・・・。
その沈黙を破ったのは、焦ったような龍神の声。
羅魏が慌てて龍神のほうを見ると、龍神は陸里の結界に閉じ込められていた。
「これで一対一」
陸里は、結界のそばに腰掛けて呟いた。
羅魏はこちらを無視して陸里の方に向かおうとしたが・・・・。
「違うだろ? 君の相手は月華」
陸里の周囲に空気の壁が造られる。羅魏もそれに気付いて足を止めた。
羅魏の瞳がこちらを見る。
「・・・・どうしても戦わないといけないのか?」
月華の心に重石がかかる。戦わずにすむならそれが良い。けれど陸里を人質にとられているのだ。月華にとっての最優先は、陸里の命だった。
羅魏の問いかけの答えは言葉にはならず、その代わりゆっくりとした動作で小さく頷いた。
月華は、羅魏との間合いを詰めながら術を唱える。
「風よ、全てを切り裂く疾風となりて吹き荒れよ!」
今度は龍神の助けはない。羅魏は横に避けようとしたが、月華の術でによって発生したかまいたちは月華の制御に従い羅魏を追う。
羅魏の衣服が裂け、羅魏の身体にいくつもの裂傷ができる。
月華は羅魏の正面へと降り立った。
「月華・・・・・・」
今だ羅魏の心は戦いたくないという方向に向いているようだ。戦わなければ殺されるというのに。
「炎よ、我が意に従い我が示せしすべてのものを焼き尽くせ」
月華の周りに炎が出現する。それでも、羅魏は動かなかった。
そんな羅魏の行動に月華の決心が揺らぐ。陸里を取り戻したい、けれど羅魏と戦うのも嫌だ。そんな風に思い始めていた。
ぎゅっと目を閉じ、羅魏がいる方向へと炎を放った。
その直後、月華の背筋を冷たいモノが走った。
術への集中が途切れ、炎が消える。慌てて周囲を警戒したがそれらしき者はいなかった。
陸里はニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべてこちらを見ているだけだし、龍神は動きを封じられている。突如術が消えたことに羅魏の方も驚いているようだ。目を見開いてこちらを見つめていた。
そう、誰もいない・・・・・・・・・ならばさっきの悪寒は一体何・・・?
月華は確かに視線を感じた。憎しみでも憎悪でもない。悪意すらない、ただ寒気だけを感じさせる気配。
「くっ」
月華は消えてしまった術を再度唱えなおした。
炎を羅魏に向かわせるために羅魏の方に視線を向けた。
・・・?
羅魏の様子がおかしい。まるでこちらを見ていない。羅魏の視線はうつろで、どこにも向いていなかった。
陸里の声が聞こえたような気がした。今がチャンスだと。
月華は炎を羅魏に向かわせた。このままいけば確実に直撃する。
炎が羅魏に当たる寸前、羅魏の視線がこちら・・・炎を見た。
炎が止まる。
羅魏を除く全員から驚きの声が上がった。
炎を消すとかならばまだわかる。けれど炎はユラリともせずに宙に留まったままだ。
一番最初に冷静に戻ったのは龍神だった。
陸里が呆けているその隙に結界を解き、羅魏の元へと移動する。
月華もそれに気付き慌てて止めようとしたが実力が違いすぎる。すべての術は散らされてしまった。
「羅魏!」
龍神が羅魏の名を呼ぶ。羅魏は手で龍神に止まるように示し、炎に視線を向けた。
炎が逆回転をするかのようにこちらに向かってきた。
先ほど羅魏の方へ向かったのとまったく同じ進路を通って。
月華は瞬時に結界を作り上げその炎を避けた。
「ここで終わりにせぬか? おぬし、この戦いは本心ではないのであろう」
龍神は落ち着いた表情で月華を見つめた。
図星だっただけに月華は何も言い返せなかった。
最後に、一言だけ。
「羅魏様・・・・・・次は他の方も巻き込むかもしれません」
羅魏は何も言わない。こちらの声が耳に入っていないようだ。
替わりに、龍神が小さく息を吐いて頷いた。
「わかった」
月華は転移の術でその場を離れた。
とりあえず風龍の街を過ぎるまでは羅魏に手を出さないことに決めた。
陸里・・・あいつにも文句は言わせない。