広い樹海の入り口にマコト達四人は立っていた。
「・・・ここがシーグリーン」
マコトは放心気味に森を見つめた。
ラシェルがポンとマコトの頭に手を乗せた。
「んじゃ、行くか」
「うん♪」
四人は周囲を警戒しながら奥へ奥へと歩を進めていく。
しかしその森は警戒するのがばからしくなってくるほど穏やかな雰囲気が漂っていた。
「マコト、アルフェリアがどのあたりにいるかってわかるか?」
「わかんないけど・・・・アルフェリアってその森で一番年寄りの木のところに良く居るって聞いたことある」
「一番年寄りの木・・・・ねぇ。どうやって探すんだ?」
「歩き回って」
独り言に近いラシェルの問いにルシオが即答した。確かにその通りなのだがこの広い森のなかでたった一つの木を見つけるのは相当な労力を必要とする。
三人は同時にふかいため息をついた。ルシオだけがきょとんとした目でその様子を見ていた。
ふいに、ラシェルがあたりを見まわした。
「ラシェルさん?」
「・・・・いや、なんでもない」
周囲を警戒しながら言われても全然説得力が無い。しかし口に出さないということは全員で警戒するほどのことでもないのだろう。マコトはそう思うことにして、先を見た。広すぎるほど広い森。たった一人の人間を探すのはかなりの運が必要だと思った。
ザァッ―−‐・・・・。
強い風が吹いた。木々が揺れる。まるでその風に運ばれてきたかのように一体の怪物が姿を現した。全員、一斉に戦闘態勢に入る。しかし、
「げっ・・・なんで効かないんだ!?」
ラシェルが手にした銃から放たれた光球。それは確かに怪物の急所を貫いた。怪物は一瞬は霧のように霧散したのだが、その時また強い風が吹き、その風に運ばれて再度集まってきたのだ。
マコトは怪物を良く観察した。知識なら人一倍持っている。怪物に関する知識もだ。しかし今、目の前にいる怪物はまったく聞いたことが無いものだった。
フィズの手元から炎が発生した。それは怪物に向かって一直線に飛ぶ。しかし結果は先ほどと変わらなかった。
「どぉなってるのよ」
言いつつ怪物に再度魔法を放つ。何度やっても同じ結果になった。
「マコト」
ルシオがマコトを引っ張った。
「なに? どうしたの?」
マコトはルシオが見つめている方に向いた。けれど何も無い。
「あそこ・・・誰か居る」
「え? 誰かって・・・・・。ラシェルさんっ、フィズさんっ!」
マコトには誰も見えなかった。けれどここからは見えないだけかもしれない。二人に声をかけ、今ルシオに聞いたことをそのまま話す。
「よし、そっちに行ってみよう」
「こいつはどうすんの?」
「無視する。走れっ!!!」
言うが早いか駆け出すラシェル。フィズはこのノリに慣れているのかラシェルとほぼ同時に駆け出した。マコトとその肩に乗っているルシオは数秒遅れて二人の後を追う。
しばらく走ったところでまたルシオが言った。
「あっち。あっちの方角に誰か居るよ」
ルシオが指差した方向。そちらにはやはり誰も居ない。しかしルシオは確信を持っているようで三人が戸惑っているのを見るや一人飛び出していった。三人は仕方なくルシオの後を追いかける。
そうして数分ほど走った頃、フィズが立ち止まった。
「んもぅ、このままじゃキリが無いじゃない。ルシオ! その誰かってどのくらい離れたとこにいるの?」
「そんなに離れてないよ。追いかけるとその分離れるけど」
「わかった」
言ってフィズは何か唱え始めた。なにかの呪文だろうか。
直後、植物達が動き出した。
「えぇっ!?」
マコトは慌てて後ろに避ける。しかし周囲の植物と言う植物が全て動いているこの状態では避けられなくなるのは時間の問題だ。
ラシェルが焦った様子で怒鳴った。
「おいっ!? なにやったんだよ!!」
「結界張って逃げられないようにしたんだけど・・・・破られちゃった」
「で、向こうが反撃に出てきたわけか」
うねうねと動き回る植物達を銃で撃破しながら少しずつ後ろに下がる。
「マコト! 道作るからとにかくここから離れるぞ!!」
「うんっ!」
ラシェルの銃から次々と光が放たれる。植物が次々となぎ倒される。マコトはその光によってつくられた道を走った。
すぐ後ろから二人も来ていると思った。
だがしかし、気がついた時、そこにいたのはマコトとルシオだけだった。
「・・・・・どぉしよっか・・・・」
「どうしようもないんじゃない? とにかく歩き回ろうよ」
呆然と呟くマコトに対してのんきな口調で言うルシオ。ある意味遭難とも言えるこの状況。歩き回るのは危険かもしれないがただ待っているもの怖かった。ルシオの意見を採用し、二人はとにかく歩き回ることにした。アルフェリアが居るだろう場所。
この森で一番古い樹を探して・・・・・・。
「こっち・・・」
ルシオが指を指す。最初はさっきのやつかと思ったが違うみたいだ。
さっきのは動いていたが今度は動いてないらしい。一体ルシオが何を見ているのかマコトにはわからないが、フェリシリアという種族は植物と繋がりが深い種族だ。マコトにはわからない何かを感じているんだろう。
ルシオの誘導にしたがって数時間も歩いた頃・・・・・ぱっと目の前が開いた。そこには小さな泉があり、そのすぐ横に大きな樹が生えている。
二人は声もなくそれを見つめた。木々に覆われ空は見えないが葉の隙間から太陽の光が射し込んでいる。なんとも言えない不思議な感じがする光景だった。
いつのまにか、ルシオが樹のすぐ前にいた。
「ルゥ?」
マコトの言葉はルシオには聞こえなかったらしい。あまり大声を出す気分でもなかったのでマコトもその大木に近づいていった。
「ルゥ・・・・」
マコトはもう一度ルシオの名を呼んだ。ルシオがくるっと振り向く。
「この樹がここの長老なんだって。僕達がここに来た理由を話したんだけど、協力してくれるって♪」
どうやらルシオはこの樹と話していたようだが・・・・マコトは大木を見上げた。
マコトにはなにも聞こえないが、協力してくれると言うならお礼は言っておいたほうが良いだろう。マコトは一歩後ろに下がるとぺこっとお辞儀をした。
「どうもありがとうございます、長老様」
枝が揺れた。風もないのに・・・・・・。
マコトが驚いて見つめているとルシオはにっこりと笑った。
「マコトのこと気に入ってくれたみたい。良かったね、マコト♪」
「うん・・・・・」
半ば呆然としながらもマコトは笑顔で答えた。
突如背後に気配が現れた。驚いて振り向くとそこにいたのは一七、八の女の人。茶色い髪が足元近くまで伸びている。
彼女はぷいっと横を向いて不機嫌そうに話した。
「長老様があなたのこと気に入ったみたいだから協力してあげる。本当は人間ってあまり好きじゃないんだけどね」
その言葉だけで、マコトには彼女の正体がわかってしまった。
森に暮らし、森と共に生きる種族――アルフェリア種族。多分、さっきの怪物や動く植物も彼女の仕業だろう。
マコトは元気いっぱいの笑顔を彼女に向けた。
「ありがとう♪ あたしマコト・ルクレシアっていうの。お姉さんはなんて言うの?」
彼女はちらりとこちらを見て微笑した。
「アデリシア・アルフェリア。シアでいいよ。まずは君のお友達を連れてこないとね」
言って視線を逸らした。その視線の向こうに突然ラシェルとフィズの姿が現れた。
二人は状況が理解できないらしく、キョロキョロとあたりを見まわしてたが、マコトの姿を見つけるとこちらに歩いてきた。
「良かった、無事だったんだな」
「うん♪」
「一体どうなってるの?」
フィズの問いにはマコトではなくシアが答えてくれた。
「君達に協力したげる。私はなにをすればいいの?」
ラシェルはまだ状況を理解できていないようだ。多分あの植物と格闘してたところをいきなり飛ばされてきたんだろう。誰も状況を説明してないのに理解しろというほうが無理な話だ。
「あのお姉さんはアルフェリア種族なの。あたし達に力を貸してくれるって」
マコトは簡潔に言った。ラシェルは驚いたようにシアを見つめた。
「なぁに?」
シアはきょとんとラシェルを見つめ返した。
「あ・・・いや。アルフェリアは人間を嫌うって聞いたから。こんな簡単に協力してくれるなんて思わなかったんだ」
「協力するつもりは無かったよ。あの怪物もどきも、植物も私がやったことだし」
「それじゃなんで?」
シアはにっこりと笑った。
「マコトが気に入ったから」
あの大木の前に五人で座っている。フィズが一通り話し終えたところだ。シアはフィズの問いかけに即答した。
「無理。私の力じゃサリスには行けないよ」
「「えぇ〜〜〜っ!?」」
ラシェル、そしてフィズもそれなりに期待していたのか意外そうに聞き返してきた。その様子にシアはひとつため息をつくとサリスに行けない理由を話し始めた。
「いくらなんでも一度も行ったこと無い場所には飛べないよ。風と相性の良いフェゼリアだったらそういうこと出来る人もいるかもしれないけど・・・」
ラシェルは大きなため息をついてがっくりと肩を落とした。シアは苦笑して言葉を続けた。
「西大陸になら行けるよ。あそこならフェゼリアがいるんじゃないかな」
その言葉を聞いてラシェルはぱっと顔を上げた。嬉しそうに問う。
「ほんとか!?」
あまりにも素直な反応に思わず笑みがもれる。それはマコトだけではないらしく、シアとフィズもクスクスと小さく笑っていた。
「よし! 今すぐ行こう!!」
いきなりラシェルはその場に立ちあがった。
「はいはい、今すぐね。・・・・突然で悪いんだけど・・いいかな?」
フィズはそんなラシェルの行動に戸惑うこともなく、ゆっくりと立ちあがると顔だけシアの方に向けて言った。
「かまわないよ」
シアはいまだクスクスと笑いつづけている。
三人のあいだで話がまとまるとラシェルたちの視線はマコトとルシオに注がれた。
その視線の意味はすぐに理解できた。少しだけ、考えるような仕草をしてから顔を上げた。ちょっと視線を上にあげるとちょうどラシェルと目が合った。
「あたしは、行かない」
マコトはもともと西大陸に行きたいと言っていた。サリスではなく。ルシオがマコトの目の前で静止した。不思議そうに問いかける。
「どうして? 行きたかったんじゃないの?」
マコトは息を吐いて笑った。
「うん。行きたい。でも今はまだ行けない」
それだけ言うとラシェルとフィズのほうに視線を移して言葉を続けた。
「あたしね、一人でなんでも出来ると思ってたんだ。大人よりもずっとたくさんお金稼いでるし、学校だってちゃんと卒業した。でも旅に出てわかった。
あたしはまだ父さんと母さんに守られてないとダメだって。父さんたちはあたしがどこに行っても困らない様にちゃんと準備しておいてくれてたの。もしそれがなかったらあたしは旅なんて出来なかったと思う。
だから、まだ父さんたちの目の届くところにいなきゃいけないと思うの。父さんたちの手を借りなくても大丈夫になるまで。あたしがもうちょっと大きくなるまではこの大陸を旅して、それから西大陸に行く」
少し、視線を横にずらして今度はシアを見つめた。
「ねぇ、その時は力を貸してくれる? シアさん」
シアは優しく笑った。
「マコトならいつでも大歓迎♪ 待ってる。マコトがまたここに来る時を」
「ありがとう、シアさん」
にっこりと笑ってお礼を言ってから、もう一度ラシェルたちのほうに視線を戻す。
「いってらっしゃい。がんばってね♪」
元気良く言って手を振った。ラシェルはニッと口の端を上げて笑った。
「あったりまえだ。マコトもがんばれよ」
フィズはにこにこと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「またね、マコトちゃん。お互い、がんばりましょ♪」
「うん!!」
極上の笑顔で返事をした。一歩二歩。マコトは後ろに下がった。
シアがこちらに背を向けている。シアの目の前にラシェルとフィズが並んで立っていた。
ラシェルとフィズはこちらに視線を向けて小さく手を振った後、真剣な表情でシアの方を見た。
直後、二人の姿が消える。
くるっとシアがこちらに振りかえった。
「これで終わり。二人とももうあっちについてるはず」
「・・・・うん」
ルシオがいつもの定位置からマコトを見上げる。
「やっぱり一緒に行きたかったんじゃないの?」
「行きたかったけど・・・・でも、ダメ。もっともっとしっかりしなきゃ」
いつのまにかシアがすぐ目の前にいた。
「森の外まで送ろうか? それとも、もうちょっとここにいる?」
「んーー・・・・ここにいる! シアさんが知ってるいろんなこと教えて。その後また旅に出るから」
「それじゃ、とりあえずマコトの寝床をつくんなきゃね」
それからシアは付け足すように言った。
「あ、そうだ。ルシオって言ったっけ? この森にはフェリシリアも住んでるけど・・行ってみる?」
二人は顔を見合わせた。そしてほぼ同時にシアを見る。息もぴったりに頷いた。
「「うん!!」」
シアはクスクスと笑って二人を案内してくれた。
*** 呼び声・・・〜番外編〜 ***
外の人間は嫌い・・・・。
だって聞かないんだもの。植物だって言葉を持ってるのに、その声が聞こえないから言葉を聞かない・・・・。
怪物たちはもっと嫌い。意味もなく、ただただ破壊を繰り返す。
最近気づいたことがある。私も、外の人達の声を聞いていなかったってこと。
・・・・外の人間にも好きになれる人がいるってことに気づいた。
それはあの子のおかげだ。
「シアさーんっ♪」
木々の合間を縫ってマコトが駆けて来る。ルシオも一緒だ。
シアの目の前で立ち止まると、息を整えてから顔を上げてシアとを合わせた。
ずいぶん急いできたようで、マコトは汗だくになっていた。
「大丈夫?」
「うん。・・・・・あのね、あたしそろそろ帰ろうかと思うんだ」
「帰る? どうして?」
マコトがここに来てからニ週間。
マコトの言葉はシアにとって意外なものだった。てっきり西大陸に行くと言い出すのかと思っていたのに。
「ちょっと調べたいものがあるの。家に戻らないと設備が足りなそうだから」
「家って・・・・確かユーリィって言ってたよね」
ユーリィ。
そう言ってみたもののマコトに名前を聞いただけでそこがどんな場所なのかシアは全く知らない。シアは森の中の外のことはほとんどわからなかった。
「うん」
マコトがいなくなるのは少し寂しい。けれど自分のわがままで引きとめるのも嫌だった。
「送ったげる。ここからユーリィまで歩いて帰るのも大変でしょ?」
マコトが嬉しそうな笑顔を見せた。
「本当? ありがとう、シアさん」
シアは笑った。・・・・にっこりと笑ったつもりだった・・・・・けれど、
「シアさん?」
マコトが心配そうに顔を覗きこんだ。
次に出てきた言葉は自分でも信じられないようなものだった。
「私も、一緒に行っていい?」
マコトの表情が一瞬固まった。まずいことを言ってしまったのだろうか・・・・・・でもそれは杞憂だった。
マコトは笑う。とても、嬉しそうに。
「シアさんも一緒に? シアさんが家に来てくれるの? やったぁ♪」
マコトはルシオを巻きこんで大喜びしている。
「・・・・マコト・・・?」
あまりの騒ぎようにどう声をかけていいものかわからず、とりあえず名前を呼んでみた。
マコトはパッと顔をこちらに向けた。
「だって、シアさん外の人嫌いって言ったでしょ? シアさんが街に行くなんて言ってくれると思わなかったもん♪」
マコトが落ちつくのを待って、すぐに出かけることにした。出発の前に長老様に挨拶に行く。
そこはいつも穏やかだった。ここがシアにとって一番落ちつける場所。
「長老様、私マコトと一緒に行きます。でも、すぐ帰ってくるから」
大木が揺れる・・・・それは長老からの言葉。
シアはにっこりと笑うとマコトを連れて空中に浮かび上がった。
上へ、上へ・・・・・長老の背よりも高く。
「マコト、ユーリィってどこ?」
「えっと・・・・・あっ、あそこ!」
シアが質問するとマコトはキョロキョロと辺りを見まわしたあと、一つの街を指差した。
「あそこね・・・・んじゃ、行くよっ♪」
次の瞬間、三人はユーリィ上空にいた。いきなり街に下りる気はしなかったので街のすぐ外に足を下ろす。
シアはぽかんと街を見上げた・・・・・街の周囲には高い壁があった。多分怪物に備えてだろう。その壁よりも、木々よりも高くそびえる建物。少ない緑色。
「行こう、シアさん」
マコトは呆然としているシアを引っ張って街中へと入って行った。
街の中は珍しいものばかりだった。外からも見えていた高い建物。その狭間にもうしわけなさそうに建っている家。広い道とそこを歩く人、人、人・・・・。道の両脇には等間隔で木が立っているが、いくら耳を澄ませてみても言葉が聞こえない。
マコトを引っ張って立ち止まり、木に触れてみた。小さく、声が聞こえる・・・・・けれど言葉になっていない。言葉が聞き取れなかった。
「シアさん、どうしたの?」
「・・・ここの木々は・・・・なんだか寂しそう・・・・」
ポツリと言葉を漏らした。
「行こう?」
マコトはしばらく押し黙っていたが小さく言ってから歩き出した。シアもそれに続く。
前方に壁が見えた。街の外から見たやつだろうか・・・・?
「ねぇ、このまま進んだら外に出ちゃわない?」
マコトはにっこりと笑って答えた。
「ああ、あれは外壁じゃないから大丈夫。あの壁の向こうがあたしん家なの♪」
手を引かれて壁の向こうへと入ると、中は驚きの広さだった。
さすがにシーグリーンほどの広さはないがこの街の他の建物に比べると段違いだ。
まず目に付くのは緑。一面に草原が広がっている。正面には遠くに大きな屋敷。右手の方に林が見える。左手側にはいくつかの建物が建っているのがわかった。正面の屋敷まで普通に歩いても一時間くらいはかかるだろう。
「あそこでいいんだよね?」
正面の屋敷を指差して確認する。マコトは大きく頷いた。
二人を抱えて屋敷まで転移した。先ほどまで遠くに見えていたその屋敷は一瞬で目の前に移動していた。
「さっすがシアさん♪」
そう言ってマコトが抱きついてきた。
「マコトお嬢様!?」
上から声がかかった。見るとベランダから女性が一人、こちらを見ている。マコトは手を振ってそれに答えた。
「ただいま、シリスさん」
女性は慌てて顔を引っ込ませた。しばらくして扉が開く。
「お帰りなさいませ、マコトお嬢様」
女性は深々と頭を下げて挨拶をしてからパッと顔をあげて嬉しそうに笑った。
ふとこちらを見て問いかける。
「マコト様、こちらの方は?」
「あたしの友達でアデリシア。しばらくウチに泊めるから♪」
「初めまして、アデリシア様。マコトお嬢様、アデリシア様のお部屋はどうしますか?」
シリスはにっこりと笑って挨拶をしてからマコトのほうに顔を向けた。マコトは浮かれた感じで答える。
「あたしの部屋の隣! んじゃよろしくね。いこっ、シアさん」
「え? いいの? お手伝いしなくて」
自分が借りる部屋なんだから準備を手伝わなければ。シアはそう思った。けれどマコトはシアとは違う考えみたいだ。
「うん。シリスさんは家のお掃除とかしてくれるお手伝いさんの一人。他にもそういう人いっぱいいるよ」
マコトはそう説明してくれたがやはりシアにはよくわからない。とにかく、手伝う必要はないという事だけは理解できた。
家はとても広かった。マコトが案内しながら大まかな造りを説明してくれたがとても一度に覚えられるものではない。今一人で外に出ろと言われても多分迷って玄関は見つけられないだろう。
いくつもの廊下を横切り、階段を昇り、一つのドアの前で立ち止まった。マコトはバッと芝居がかった動作で扉を開けた。
「はいっ、ここがあたしの部屋でーすっ」
ベッドと机と大きな本棚。机の上は本やらノートやらで埋め尽くされている。そこそこ広い部屋なんだろうが本と遺跡からの発掘品であろう機械群のせいでかなりスペースが狭まっている。
雑然とした部屋の中に、額に入れて飾られている押し花を見つけた。壁にかけられているその周辺だけが、綺麗に片付けられていて、この部屋の雰囲気からは浮いているように見えた。
「これ、どうしたの?」
その花は光茜花(こうせんか)と呼ばれる花。綺麗な茜色の花びらをしていることからそう呼ばれている。暗いところでは淡く光る性質を持っている花で、栽培はとても難しいらしい。
らしい・・・・というのはシアは実際に育てたことなんてないからだ。けれどその花が咲く環境はとても限定されたものであることは知っている。広いシーグリーンでも咲いている場所はほんの少ししかない。
「お父さんの友達の植物学者さんに種をもらったの。その花からルシオが生まれたんだよ。だから記念にとっておいてあるんだ♪」
「へぇー」
シアはその押し花をしげしげと見つめた。
「シアさん、こっちこっち♪」
いつのまにかマコトが部屋の奥のほうにいた。マコトの後ろには大きなモニタがある。昔――正確には自分ではなく、何代か前の”アデリシア”だが――見たことがある。遠く離れたところと話が出来たり、複雑な計算が出来たりする機械だ。
「何やってんの?」
マコトは機械に向かってパチパチとボタンを操作している。
―−−‐-ヴンッ。
小さな音を立ててモニタになにかが映った。
「やぁ、マコト」
「キリト!?」
モニタに映ったのは金に近い薄茶の髪とその髪よりもう少し濃い茶色の瞳。二十五、六歳前後の青年の姿。シアはこの青年に見覚えがあった。
「やぁ、久しぶりだね。アデリシア」
「なっ・・・・・・なんでマコトと知り合いなの!?」
「一年くらい前になるかな? マコトが私のところにアクセスしてきたんだよ」
「ねぇ、シアさんはなんでキリトさんと知り合いなの?」
マコトが下からこちらを見上げている。まっすぐに相手を見つめる瞳。
「ずぅっと前の話なんだけどね、キリトにちょっと頼まれたの」
「何を?」
シアはキリトに目をやった。
(話してもいいの・・・・・・?)
何を問いかけているのか、キリトは理解してくれたようだ。キリトはにっこりと笑って言った。
「マコトは全部知ってるよ。アクセスしてきた時に羅魏のデータを全部コピーしていってくれた。私の記憶の中にしか無いデータまで。本当にマコトはすごい技術者だよ」
「凄いだなんて、そんなことないよぉ」
マコトは照れ笑いをした。
「で、頼まれ事って?」
そう聞いてきたのはルシオ。みんなが話から脱線しているときでも、なぜかルシオはいつもぱっと話を元に引き戻すような発言をしてくれる。
「時間稼ぎ」
「時間稼ぎ??」
「そう。確か・・・・・千年くらい前だっけ。瑠璃ってドールが来てね、私のところに通信機を置いてったの。その通信機で何度かキリトと話をしたわ。それでね、画像データを見せて、もしこの人がサリスに行きたいって言ってきたらできるだけサリスに来るのを遅くして欲しいって言われたの」
「よく協力したね」
ルシオの不思議そうな表情を笑い飛ばしてシアが言う。
「ああ、違うの。マコトに逢うまではキリトに協力する気なんてさらさらなかったもの」
「えっ!?」
それに慌てたのはキリト。
「私、協力するって返事したことは一度も無かったよ?」
勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべてキリトを見つめた。マコトがくいっと服の裾を引っ張った。つられて視線もマコトのほうに向く。
「どうして協力する気になったの?」
「んー・・・・なんとなく・・・かなぁ。まっ、その時の気分ってやつね」
「・・・・・・って、もしかしてシアさんサリスに行けるの?」
「行けるよ。もちろん。・・・・これから行ってみよっか」
「「はぁ!!?」」
二人・・・いや、三人の声が重なった。
「何を言っているんだ!?」
「あ、一つ言っておくね。もうすぐラシェルたちそっちに着いちゃうよ。フェゼリアなんてそう簡単には見つからないと思ったのに、向こうに着いてすぐにフェゼリアと出会ってるんだもん。運が良いんだか悪いんだかわかんないよね」
キリトの表情が重くなる。
「もうすぐってどのくらいだ?」
「早ければ二週間後ってとこかな」
「・・・・・・マコト、アデリシア・・・・・こっちに来てくれないか。協力して欲しい。羅魏は強い・・・策は一つでも多い方がいい」
シアは羅魏がドールであるということくらいしか知らない。その言い方だとまるで羅魏が敵みたいではないか。羅魏は怪物を倒すために――人間の味方として――造られたのではなかったのだろうか・・・?
マコトがにっこりと笑いかけてきた。
「あたし、ちゃんと知ってるよ。向こうに着いたらキリトさんも説明してくれると思う。行こうよ、サリス島に」
「よし、いこっか。キリト、ちょっと待ってて。すぐにそっちに行くから」
言うが早いかつかつかと窓を開けて風が入ってくるようにした。風に乗せて自分の意識を、遠く・・・遠くまで飛ばす――飛ばした意識の目にサリス島が映る。
「マコト、ルシオ。行くよっ」
「うんっ♪」
三人の姿が部屋から消えた。
その直後には三人はサリス島の中心、かつて世界最先端の技術を誇った研究所にいた。
「いらっしゃい。マコトさん、アデリシアさん」
そう言って三人を迎えてくれたのは青緑の髪と青と紫のグラデーションの瞳を持った女の人だった。案内されて奥に向かうとキリトのほかにさらに二人の女の人がいた。
そして、マコト・ルシオ・アデリシアの三人は運命の分岐点で世界の未来に関わることになる。三人はまったく自覚していないが・・・