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 IMITATION LIFE〜裏話・龍の住まう地 1話 

 ・・・・・・雨が降る。
 空には太陽が照り、雲一つない青空。そんな日でもこの町の雨が止むことはない。
 雲も無いのにどこから水が来るのか不思議だが、それがこの町の現実。
 伝説と言うには最近すぎる出来事。けれど現実と言われても若者たちには実感がわかない、遠い出来事。
 雨が降り始めたのは三十年ほど前。
 町を治める殿様の娘が一人の男に恋をした。その男は魔封士だった。
 魔封士とは、人々の生活を脅かす妖魔と対抗するための”術”を扱える者たちの総称だ。自分の身一つで術を行使できる”術師”と、道具を媒介として術を行使する”導師”がいる。
 どちらにしても魔封士は希少な存在で、それゆえに、妖魔から人々を守る役を引きうけて旅から旅の生活をする者が多かった。
 殿様は娘の恋愛に大反対し、男は強引に町を追い出され、娘はそれから泣き暮らした。
 その頃からだそうだ。雨が止まなくなったのは。
 娘は龍の血を引いていた。龍は雨と風を操る能力を持った妖怪。龍の血を引いた彼女もその能力を継いでいたのだろう。
 娘は心の病気になり死んでしまった。けれど雨は止むことはなく、今も降り続けている――。





「はた迷惑よね〜。その殿様」
 空を仰いでそう言ったのは青葉。この風龍(ふうり)の町に住んでいる少女だ。魔封士ではないが、妖魔とそこそこ渡り合えるくらいの実力は持ち合わせている。
 それに答えるのは秋夜(ときや)。青葉と同じ十五歳の少年。
「殿様? お姫様じゃなくって??」
「当然じゃないっ。お姫様は被害者なの! 愛する男と引き裂かれて、失意のままに死んじゃったんだから」
 青葉の剣幕にも慣れきっている秋夜は平然と問い返す。
「雨降らしてるのはお姫様なんでしょ?」
 は〜ぁ・・・・。
 青葉はこれ見よがしにため息をついて見せた。
「あんたバカ? これだから男は」
 そう言って呆れたように秋夜に目をやる。
「なんでバカなんだよ」
 穏やかな秋夜も流石にこれにはムッとしたのか、少しばかり口調が乱暴になっている。
「お姫様は好きで雨を降らせたわけじゃないのよ。お姫様はただ悲しかっただけなの。この雨はお姫様の涙雨なのよ!」
 胸の前で拳を握り、力をこめて言った。瞳はキラキラと乙女チックに輝いている。
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんなの!」
 秋夜の呆れ気味な言葉に青葉は思いっきり強気で断言した。
「こんなとこにいたの、青葉」
 突如後ろから聞きなれた声が響いた。振り向いた先には、青葉に少し似た面立ちを持つ二十歳前後の女性が一人。
「あ、こんにちは。琴葉さん」
 秋夜がペコっとお辞儀をする。
「おねーちゃん、なんか用事? わざわざ探しに来るなんて」
「そう。用事」
 琴葉はにっこりと笑って宿屋の方に視線を向けた。二人の視線もそれに合わせて移動する。
「宿屋になんかあるの?」
「なんだと思う?」
 ニヤリと唇の端を上げて楽しそうに笑う。青葉は考えこんでいる秋夜を後ろから引っ張って歩き始めた。
「ちょ、ちょっと青葉っ。待ってよ!」
「考えるよりも直接見に行った方が早いでしょ。どうせおねーちゃんは答え教えてくれる気ないんだから」


 宿屋には人だかりができていた。とりあえずその辺の人に聞いてみることにする。
「ねぇねぇ、何かあったの?」
「導師さんが来てるんだよ。それで殿様が結界を張りなおしてもらえないか交渉してるのさ」
 秋夜が納得したように頷く。
「それでこんなに大騒ぎになってるんだ。たしか前に結界張ったのって五十年くらい前だったよね?」
「そうそう、よく知ってんなぁ」
「ぼくは青葉と違ってちゃーんと勉強してますから」
「ぶー。なによそれぇ」
「本当のことだよね?」
 口で青葉に勝てるチャンスなんてそうそう無い。秋夜はここぞとばかりににっこり笑った。
「・・・・・わざとやってるでしょ。その笑顔、なんか嫌味っぽい」
 そう言って青葉は不機嫌そうな顔をして見せた。唐突に秋夜を引っ張り歩き出す。
「わわっ、ちょっと何するんだよ。青葉ぁ〜」
「何って、導師さん見に行くの♪」
 秋夜を引っ張ったまま宿屋の裏に回る。いくつか窓があった。とりあえずその一つに狙いを定めて中を覗く。
 窓の近くに何本かの木が立っていたので、簡単に二階の窓に上がる事ができた。
「ビンゴっv」
 ラッキーなことに、最初に覗いた窓はずばり導師と殿様が交渉している部屋だった。


「結界のこと、ありがとうございます。それで・・・図々しいことは承知の上でお願いします。できるならばこの雨もなんとかしていただけないでしょうか?」
「龍の血を引く者によってもたらされた雨・・・ですか」
 導師は思っていた以上に若かった。もしかすると自分よりも下かもしれない。頭の上で纏めている長めの黒い髪。大きな薄茶色の瞳が印象的だった。
「龍は妖怪のなかでも最上級の能力の持ち主です。私などではとても・・・・やはり龍を探し出すのが一番かと思います」
「そうですか」
 導師の言葉に殿様はがっくりと肩を落とした。
「すみません、力になれなくて」
 申し訳なさそうに呟く導師の姿を見て、殿様は慌てて首を振る。
「いいえ、そんなことはありません! 結界を張っていただけるだけでも充分です。近頃妖魔も強くなってきているし、最後に結界を張ったのは五十年前。皆口には出しませんが不安に思っていたのです」
 導師はにっこりと笑って立ちあがった。
「それでは早速お役目を果たしたいと思います。祠はどちらになりますか?」
「街のはずれの・・・・いえ、誰かに案内させます。街の者なら誰でも知っておりますから」
「そうですか? それじゃぁ・・・・」
 導師は悪戯っぽく笑って、窓の外――青葉たちがいる方に目を向けた。
「先ほどからそこで覗き見しているお二方にお願いします」
 指摘されてさすがに隠れていることも出来なくなった二人は、ひょいっと窓から部屋に入りこんだ。
「いつから気付いてたんですか?」
「最初から。それじゃ、行きましょうか。場所、わかる?」
「もっちろん。秋夜、行くよっ」
 秋夜の返事を待たずにさっさと歩き出した青葉を慌てて追う秋夜。その後ろから導師が歩き出した。殿様に小さく会釈してから。


 
 
 
 三人は街のはずれにある結界の祠を目指して歩いていた。
「ねぇ、導師様。どうして私達に案内を頼んだんですか?」
 青葉は使いなれない敬語で導師に話しかけた。
「あ、それやめて」
 導師はさらっと言って手を振った。
「え?」
「魔封士って珍しいから行く先々で丁重にもてなしてくれるんだけど・・・結構うっとおしかったりするんだよね、そういうの」
 さっきまでとは全然口調が違う。驚いた秋夜がそれを指摘するとこれまたあっさりと導師は言った。
「だって相手は一応殿様だもん。ある程度は礼儀をわきまえないと。おねーさんたちなら年も近いし、気ィ使わなくっていいでしょ?」
 そういう基準で案内役を選んでたのか・・・・。
 青葉はクスクスと忍び笑いを漏らした。
「あーっ、そんなに笑うことないでしょぉっ? あたしだって魔封士っていったって普通の十二歳の女の子だもん。気を使う大人達と行くより気楽に話せる年の近い人と一緒のほうが楽しいもん」
「十二歳っ!?」
 青葉と秋夜、二人の声が見事に重なった。突然の大声に導師の方が驚いて微妙に下がる。
「う、うん。そんなに以外だった?」
「そりゃ・・・ぼく達と同じか、もうちょっと下とは思ってたけど・・・・」
「十二歳で一人旅ってのも凄いなって・・・」
「そぉ? 結構そんなもんだと思うけなぁ・・・・あたしがいたとこでは魔封士としてそこそこの能力身につけたら一人旅することになってるし」
「へぇ・・・そうなんだ」
 秋夜は感心したように呟いた。
「ねぇ、導師様はどんなところを旅してきたの?」
 導師はフゥと小さく息を吐いた。
「だぁかぁらぁ、その”導師様”ってやめようよぉ〜」
「え? あ、そっか。じゃぁなんて呼べばいいの?」
 はたと三人は顔を見合わせた。
「そういえばまだ自己紹介もしてないね」
「・・・あはははっ、やっだなんかマヌケ〜。誰も気付かなかったなんて」
 青葉が爆笑する。それにつられてか導師も大笑いをはじめた。

 ――数分後。
「落ちついた?」
「うん」
 まだ多少笑いが残っているもののとりあえず二人とも笑いは一応おさまった。改めて自己紹介をする。
「私は青葉。風龍・・・・って、こっちは言わなくてもわかってるか」
「そうね、青葉おねーさんはここの住人でしょ?」
「うん」
 お姉さんだなんてなんだかくすぐったい。青葉は照れ笑いをして、秋夜の方に目をやった。
「ぼくは秋夜。青葉と同じ十五歳だよ」
「あたしは水葉鈴音。お友達は皆、鈴って呼ぶよ」
「水葉? 聞いたことない街ね。ここから遠いの?」
「え〜っと・・・一年くらいかな? まぁあたしの場合は途中で結構寄り道したりしてるけど」
 寄り道の時間があるとはいえ徒歩一年・・・・・。この街から出たことすらない青葉と秋夜には、途方もなく遠い場所に感じられた。
 そんなふうに、他愛も無いお喋りをしながら歩くこと約一時間。前方に小さな祠が見えてきた。
「あれかぁ・・・・」
 鈴音はどうも気が進まないようだ。
「どうしたの?」
「ん〜〜・・・・ちょぉっと嫌な予感が・・」
 そう言って鈴音は目を逸らした。
「嫌な予感?」
 秋夜は慌てて周囲を見まわす。
「あ、違うの。そういうんじゃなくって・・・なんて言うか・・・めんどくさそうだなって」
 苦笑してそう言うと結界について説明してくれた。
 たいてい、術に使う導具を中心とした円状に結界は張られている。だからこういう祠も街の中心にあることが多いそうだ。
「え? でもそうすると・・・」
「最初にここの結界張った人ってきっと用心深い性格だったんでしょうねぇ・・・・」
 すでに目がどこか遠くを見ている。半分現実逃避といったところだろうか。
 言う間にも三人は歩きつづけて、祠に到着した。
 躊躇なく、鈴音が祠を開ける。そこには丸い鏡が置いてあった。鏡には一筆描きの星が描いてあって、三角形の一つが赤い色で塗られていた。
「うあぁ〜〜〜〜やっぱりぃ〜〜〜っ」
「なになに? どうしたの?」
 青葉は鏡から目を離さぬままにそう聞いた。鈴音は鏡を指差してぼやいた。
「これ・・・五枚一組になってるの・・・この街・・・他にも祠あるでしょう・・・」
「うん、全部で五つあるよ」
 秋夜が即答した。
「全部回らないと結界の強化ができないの。うう〜〜〜メンドイ〜〜」
 鈴音は頭を抱えてしゃがみこんだ。そのすぐ後ろで青葉と秋夜は苦笑した。
「とりあえず、ここをとっとと片付けちゃえば?」
 鈴音はコクンと頷いて立ちあがった。
「ま、難しいわけじゃないし、チャッチャと片付けますかっ」
 そう言って鈴音は懐から何かを取り出した。

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