■■ IMITATION LIFE〜裏話・龍の住まう地 2話 ■■
鈴音が取り出したのは赤い紐がついた鈴。それは瞬時に色とりどりの房がついた剣へと変化した。
青葉と秋夜はドキドキしながら次の行動を待っていた。
鈴音が剣を構える。ちょうど、刀身に鏡が映るような位置に。
剣が淡く光り始めた。鈴音が言葉を紡ぎ出す。青葉達の知らない言葉だ。
光が一点に収束し、剣から鏡の方へ向かって放たれる――鏡は、その光をすべて吸収してしまった。
鈴音が剣を鈴の形に戻した。
「もう終わったの?」
「終わりだよ。これと同じことをあと四回やんなきゃいけないけど」
かったるそうに息を吐いて答えた。青葉はさっさと次の質問にかかる。
「ね、さっきのって呪文なの? 聞いたこと無い言葉だよね」
「うん、そう。術を使う時に使う言語で言霊って呼ばれてる」
「覚えたら私にも術使える?」
秋夜が呆れ顔で青葉に視線を向けた。
「無理。たしか言霊って力を持ってない人間が唱えてもなんにもならないんでしょ?」
「へぇ。秋夜おにーさんよく知ってるねぇ」
鈴音は感嘆の声をあげた。
「本読むのが好きなんだ。術に関する本も読んだことあるし」
「・・・・・・さっさと次いきましょ」
むんずと秋夜の服の襟を掴んでずるずると引きずって行く。秋夜が苦笑していた。
青葉は勉強嫌いなので、本とかそういう話題はあまり好きではないのだ。勉強関連の話題になるといつも不機嫌になる。
「ちょっと待った!」
一直線に行くのが一番早い。
そう考えた青葉が歩き出した方角に、秋夜の制止の声がかかった。
「なによ?」
「一度町の近くまで行った方が良いと思うんだけど・・・・」
結界は祠を頂点とした星の形をしている。直線で次の祠に向かおうとすると一度結界から出てしまうことになるのだ。
「大丈夫よぉ。鈴音ちゃんもいるし、私だって全然戦えないわけじゃないもん」
「ダメだってば。急がば回れ。安全な方に行こうよ」
青葉はジーっと秋夜を睨みつける。
「ダ・・・ダメだからねっ! 今回は絶対譲らないからね!」
珍しくきっぱりと言いきる秋夜を説得するのは諦めて、くるっと鈴音のほうを見る。
「ね、鈴音ちゃんはどう思う?」
「どっちでもいいよ。二人が良いと思うほうで」
鈴音はにっこりと笑って言った。鈴音の答えを聞いた青葉がニヤリと笑う。
「決・ま・り♪ 一直線に行きましょう!」
「え゙・・・・ぼくはいやだって言ってるのにぃ〜〜っ!!」
しかしその言葉は空しく響くだけ。すでに秋夜は青葉に服を引っ掴まれてずるずると引きずられていた。
キョロキョロと周囲を警戒しながら歩く秋夜と賑やかにお喋りしながら楽しそうに歩く青葉、鈴音。
「・・・・二人ともさぁ・・・もうちょっと警戒心ってものは無いの? いつ妖魔が出てきてもおかしくないような場所を歩いてるんだよ、ぼく達」
二人は秋夜を見て、
「ぜーんぜん、秋夜一人ぐらい守りきれるから心配しなくていいよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、妖魔が出てきてもあたしが守ってあげるから」
そうして、ねーっ♪と顔を見合わせて笑い合う。二人ののんきな態度に秋夜は焦るばかりだ。
てくてくと歩くこと数十分。
秋夜の不安が的中してしまった。もうすぐ次の祠というところで妖魔に出会ってしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
秋夜は大声をあげた。青葉がわざとらしくため息をつく。
「大丈夫だって言ってるのに」
妖魔の数は十体。対してこちらは三人。戦力外が一人いるから正確には二人だ。
しかし数の差などものともせずに、青葉は妖魔に向かって突っ込んで行く。
一番近くにいた妖魔に素早い動作で接近する。正確で素早い動作に妖魔はついていけず、一撃めが入った。
足元を蹴られて妖魔が大きく傾く。すかさず青葉は蹴りを入れた。
今度は相手の体勢を崩すためのものではなく、相手を倒すための一撃。
青葉の力では流石に一撃で倒すというのは無理だが、それでもそこそこのダメージは行ったようだ。続けて攻撃しようとした青葉が突如横に跳ぶ。ほんの少し前まで青葉がいた場所に黒い炎が飛んでいた。
「あっぶな。そういえば一体だけじゃなかったのよね、相手は」
ぐるりと周囲を見渡して再度確認する。鈴音は術を駆使して一人で半分を受け持っていた。秋夜は戦闘というより逃げの一手だが、それでも二体を引きつけていてくれた。
「私の相手は三体ってことか」
ひょいひょいと身軽に妖魔の攻撃を避けながら軽い口調で言う。
「ちょーっとツライかな」
言いながら自分が相手をするべき妖魔のほうへ向き直る。振り向きざまに蹴りを一発。
まだ立ちあがってくる。青葉は、懐から小刀を取り出した。
妖魔は大ざっぱに言えば人間と似た姿だ。二足歩行と二本の腕。だから、どこを狙えばいいのかもなんとなくわかる。
目の前にいる妖魔の多分首だろうと思われるあたりに小刀を刺し、そのまま横に薙ぐ。切り口から黒い霧のようなものが吹き出し、妖魔はみるみる小さくなり、最後には消えてしまった。
「さすがにあんた達みたいなの相手に素手で勝てると思うほど自惚れちゃいないのよね、私も」
これで一体。残りはニ体。
同じような要領で残りニ体も片付けた。周囲を確認すると鈴音はすでに五体を倒し終わっており、今は秋夜の前にいたニ体の相手をしていた。加勢しようかと思ったが、青葉が向かう前にその戦いも終わってしまった。
「すごーいっ」
鈴音の方へと小走りに走りながら感嘆の声をあげる。
「導師って本当に強いのねーっ♪」
「青葉おねーさんのほうが凄いよ。術なしで妖魔三体も片付けちゃうなんてさv」
妖魔を倒したことで更にテンションも高くなり、二人のお喋りも賑やかに続く。
秋夜一人が、不安げに周囲を見ていた。
「やっと帰って来たよ〜」
町と外との境目付近で情けない声をあげているのは秋夜。
最初の祠についてから約六時間後のことである。
「なによ、情けないわねぇ」
呆れ顔で秋夜のほうを見やる青葉。鈴音は二人のやり取りを眺めているだけで何も言ってこない・・・・というより口を挟む隙がないんだろうと思われる。
宿屋の前で鈴音と別れて、二人はそれぞれの家に帰った。
二人は興奮覚めやらぬ表情で会話を交わしながら歩いていった。その雰囲気を見るに、始終不安げな顔だった秋夜も実はワクワクしていたようだ。
二人は今まで一度も町の外に足を踏み入れたことがなかった。町の周囲にある祠を巡ってくる、ただそれだけのことでも、二人にとっては充分に珍しい冒険となったのだ。
でも、本当の冒険は、これから・・・・――。
鈴音と共に祠に行ってから数日経ったある日のこと。
秋夜に言われてしぶしぶではあるが、珍しく家で勉強をしていた青葉は、外の様子がなにかおかしいことに気付いた。
「ねぇ、秋夜。なんか外が騒がしくない?」
「ダメだよ、そんなこと言ったって。これ終わらせてからじゃないと遊びに行っちゃダメだからね。困るのは青葉なんだよ?」
「そうじゃなくって・・・・・とにかく行こう」
秋夜の言葉なんて聞いちゃいない。秋夜の手を引っ張って、半ば引きずるように外に出た。
外は大騒ぎになっていた。皆の視線はある一点に集中している。そちらを見ると、森の向こうに黒い霧のようなものが見えた。魔瘴とよく似ている。
――魔瘴とは、憎しみなどの負の感情を吸収して成長する黒い霧。魔瘴に取り込まれた人間や妖怪は妖魔となって人を脅かす存在になる。そうでなくとも、成長した魔瘴は実体化して人を襲う。だが、これを浄化することができるのは魔封士のみ。見つけた時に近くに魔封士がいればいいが、そうでなけば・・・・・・。
ずいぶんと遠いみたいだからこの街まで来る事はないだろうが、それでも不安は拭いきれなかった。
「何があったの?」
とりあえず近くにいる人に声をかけたが、黒い霧を見つめるばかりで何も答えてくれない。
諦めて琴葉か鈴音を探すことにした。
琴葉はどこにいるのかわからないが、鈴音は多分宿の近くにいるだろう。
そう思って宿屋に向かうと、宿の屋根から霧の方を見つめている鈴音を見つけることができた。
「鈴音ちゃん!」
鈴音がこちらに気付く。手で上がって来るようにと合図してきた。
「え゙? これ・・・上がるの?」
「当然でしょ。木登りとそうかわんないわよ」
後ずさりする秋夜を無理やり説き伏せ、屋根に上がる。
「何があったの?」
「流れ星が落ちたの」
「流れ星!?」
鈴音の答えに二人の驚く声が重なる。
「黒い流れ星が落ちてきて、そのあとあの黒い霧が広がったの」
「あれ・・・魔瘴に似てるね」
「うん。大丈夫かなぁ」
心配そうに霧の方向を見つめる鈴音。青葉は軽い口調で言った。
「大丈夫よ。あんなに遠いんだもん。ここまでは来ないって」
「そうじゃなくてね、ちょうどあの辺りに村があるの。月峰の里って呼ばれてるとこ」
「え?」
鈴音は尚も心配そうにそちらを見つめる。唐突に頷いて立ちあがった。
「決ーめたっ」
「決めたって・・・もしかしてあそこに行くつもりなの?」
「うん。知り合いがいるってわけじゃないけど・・・・でも、同じ魔封士の村だから気になるの」
魔封士と言う言葉に秋夜が反応した。
「魔封士の村・・・・ねぇ、鈴音さんのほうが危なくない?」
「え? なんで? 鈴音ちゃんとっても強いじゃない」
「もしも・・・もしもだよ? そこがもう全滅しちゃってたら? それってその村の魔封士全員でも敵わないってことでしょ?」
鈴音は苦笑した。
「わかってる。でも、魔封士ってあたしにとっては仲間だから。気になるんだ」
魔封士は希少な存在。だからこそ、同じ魔封士の人達の安否が気にかかるのだろう。
「そっか・・・気をつけてね、鈴音ちゃん」
「うん。ちょうど朝方だし、すぐ出発する。青葉おね―さん、秋夜おにーさん。またね」
そう言って鈴音は手を振った。屋根から自分の部屋に入り、荷物を持って窓から下に飛び降りていった。
走り去る前に、もう一度こちらを見て、手を振ってくれた。
青葉と秋夜も同じように手を振った。
二人は彼女のことが心配だった。けれど、自分達が行っても足手まといにしかなれない事もわかっていた。