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 IMITATION LIFE〜裏話・風の声が聞こえる 0話 

 西方大陸チェステリオン。その大陸中で一番魔法技術が進んでいる都市、クルニア。魔術都市と呼ばれることもあり、大陸最大の魔術学園がある都市でもある。
 街のはずれに街全体が見渡せる小高い丘がある。その丘には大きな樹が一本立っており、この街の名所のひとつとなっていた。
 そこに一人の少女がぶつぶつと何か言いながら歩いてくる。水色の髪と金の瞳。猫のような耳としっぱがあった。マルシリアと呼ばれる、獣の耳としっぽを持つ種族だ。様子からすると、どうやらかなり不機嫌のようだ。
 少女は樹に背中をかけて座りこんだ。空を見やりながらなおもぶつぶつと文句らしき言葉を繰り返している。
 と、その時。
 ビュオゥッ―−-・・・・。
 強い風が吹いた。少女は髪を抑えて目を閉じる。数秒の後、目を開くとそこには不思議な光景があった。
 風が少女の目の前で舞っている。くるくると小さな円を描きながら。つむじ風とはまた違った感じだ。そよ風のように穏やかな風が舞っている。
 突如風の中に人影が現れた。風は少しずつ弱くなっていき、最後には人影だけを残して消えてしまった。
 風が残していったのは自分と同じ十一,二歳前後の女の子。紫の髪というのもこの辺りでは珍しい色だが、しかしなによりも眼を惹いたのはその背中にある真っ白な翼。フェゼリアと呼ばれる種族だ。この翼は太陽光を反射して淡い虹色の光を見せる。その美しい色ゆえに心無い者たちに翼を奪うために殺されたり、愛玩奴隷として売買されたりして近頃ではめったに見なくなってしまった。すでに絶滅したとか、人里離れた山の奥に隠れ住んでいるとか言われているが・・・・。
「初めて見た・・・・本当に綺麗な色してるんだ・・・・・」
 しばらくの後、彼女が目を覚ました。少女はにっこりと笑って話しかける。
「こんにちは。うちアリア。いきなり現れたからちょっとびっくりしちゃった。君はなんて言うの?」
 しかし彼女は震えるだけでなにも言わない。アリアが彼女に近づこうとすると彼女も後ろに下がる。
「・・・・・・・」
 アリアは沈黙する。彼女がなにかに怯えているのは明らかだ。きっとその翼を狙う奴に襲われたんだろう。彼女から離れたまま、アリアはもう一度彼女に話しかける。
「あの、うちは君のこといじめたりしないから。その羽、すっごく綺麗だとは思うけど、それは君の背中にあるからすっごく綺麗なんであって・・・それが欲しいとか思わないから・・・その・・・」
 けれど彼女は首を横に振ってさらに後ろに下がる。これはどうしたものだろう。なんて言えば彼女を安心させてあげられるのだろうか。
 ググゥ〜〜〜。
 ・・・・・・・・二人の間に白い空気が流れる・・・・・・・。直後、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
「あははははっ、お腹空いてるんだ。ちょっと待ってて、何か持ってくるから♪」
 そう言ってアリアは街へと駆け下りていった。

 大急ぎで必要なものを買い揃えると、アリアは全速力で丘に向かった。本当に彼女があそこで待っていてくれるか心配だったから。
 この街は大陸の中ではかなり治安が良い場所だ。他の人に見つかったとしても捕まえて売り飛ばそうなんて考える輩はあまりいないだろうが・・・・そんな人間がまったくいないとは言いきれない。
「待たせてゴメーンっ」
 彼女はそこで待っていてくれた。アリアは彼女の前に買ってきた食べ物と洋服を差し出す。
「その服ボロボロでしょ? 良かったら着替えなよ。あとこれ、好きなだけ食べて良いよ♪」
 彼女が近づこうとしないのを見て、アリアは服と食べ物を彼女の前に置き、そこから離れる。彼女はアリアの行動を警戒しながらゆっくりと手を伸ばした。
 アリアは彼女が服と食べ物を受け取ってくれたことを確認するとにっこりと笑った。
「うちいない方が良かったらどっか行くけど・・・・・・その方が良いかな?」
 彼女は目を見張ってアリアを見つめる。しばらくの後、彼女は首を横に振った。
「わかった。じゃ、とりあえず着替えちゃいなよ。それからお話しよう♪」
 その言葉を受けて彼女は木陰に入って行った。
 数分後、アリアが持ってきた服を着て彼女がアリアの前に姿を現した。
「かっわいいー♪ すっごく似合うよv」
 彼女はまだちょっと怯えているものの少しだけ笑ってくれた。
「名前。まだ聞いてないよね? なんて言うの?」
 アリアは彼女に近づくことはせず、その場で彼女に声をかけた。
 彼女は多少戸惑っていたものの小さな声で答えた。
「セシル・・・・セシル・ライト・・・・」
「そっか、セシルね♪」
 そこでアリアの言葉が止まる。聞かなければならないが、それを今聞くのは彼女にとって辛いことではないだろうか・・・・しかしこのままというわけにも行かない。多分彼女は行く場所が無い。
「えっと・・・・。セシル、これからどうするの?」
 アリアは彼女と目を合わせられなかった。彼女は一瞬硬直した。
「わかんない・・・どこへ行けば良いのかも、どうすればいいのかも・・・・・・」
「良かったらうちに来ない? 部屋はたくさんあまってるし、一人ぐらい増えたってどってことないよ」
 セシルは十数分ほども悩んでからちいさく頷いた。


 
 アリアとセシルが出会ってから数ヶ月が過ぎた。
 セシルはアリアの家に居候している。
「ふぇぇぇぇ〜〜」
 家の廊下の隅からセシルの半泣き声が響いた。
 いつも思うのだがこの家は広すぎる。アリアの家は中流とはいえ立派な貴族の血筋。しかも現在の当主がなかなかに頭の切れる人間で、収入も大きく敷地も広い。よって、家の中で迷うという情けない事態が発生するのであった。
 セシルの声を聞きつけてアリアが窓から飛びこんできた。
「セシル、また迷子になったの?」
「だって・・・・この家広すぎるよぉ」
 セシルの態度に怯えや恐怖はない。この数ヶ月でアリアにだけは心を開くようになっていた。
 とりあえずなぜ窓からという疑問が残るのだがそれは置いておこう。なぜかアリアは扉から出入りするよりも窓から出入りする方が多かった。そういうとき、なんとなくアリアの耳としっぽに目が行く・・・・やはり猫だからなのだろうか?
「で? セシルはどこに向かってたの?」
「中庭に行こうとしてたの」
 アリアはじーっとセシルを見つめて、不思議そうな顔をする。
「飛べばすぐでしょ? セシルの部屋から中庭は見えるんだから飛べば帰りも迷わないし」
 セシルは俯いた。セシルの様子を見てアリアはすぐに話題を変える。
「行こっか。中庭でしょ?」
 アリアはセシルの手を引き中庭へと向かった。途中何人かの使用人とすれ違ったがそのたびにセシルはアリアの影に隠れてしまう。セシルの対人恐怖症が治る日はまだまだ遠そうだ。
「アリアー」
 アリアが声のした方に振りかえる。声はアリアの母親のものだった。
「セシル、ここまっすぐ行って突き当たりを左。そしたらすぐ見えるから」
 アリアはセシルが頷いたのを確認してから声の方へと走っていった。
 セシルは言われた通りまっすぐ進み、突き当りを左に曲がる。そこは渡り廊下で、外が見えていた。廊下の右手に中庭が広がっている。
 中庭はこの家のなかで一番好きな場所だった。しかし、ほとんど毎日のようにここに来ているのになぜか道順を覚えられない。その原因の半分はアリアが毎度毎度違うルートで案内してくれるせいも少しあるかもしれない。いつもセシルが見当違いの場所で迷子になっているために違うルートにならざるをえないというのもあるが。
 庭の中心近くに休憩所がある。石造りの小さなテラスと椅子と小さな丸いテーブル。セシルはその屋根の上で空を見るのが気に入っていた。飛べたらどんなに良いかと思う。けれどまだ飛ぶことが怖かった。飛びたいけれど、飛ぶことによって”フェゼリア”という種族を狙う輩に目をつけられることが。
 アリアはこの街は治安が良いから、例えそんな風に考える輩がいたとしても実行に移せる確率は極めて低いと言っていた。しかし確率が低いというのは絶対に無いということではない。それが、セシルに飛ぶことへの恐怖感を生み出していた。
 
 いつのまにか日が暮れかけている。セシルは今度こそ迷わないようにと気合を入れて屋敷の中に戻っていった。
 帰りはなんとか部屋に帰りつけた。夕食の少し前の時刻にアリアが迎えに来る。いつもと同じように他愛のない会話をしながら食堂へ向かう。
 食堂にはアリアとセシルの二人だけだった。これもいつものことだ。
 父親は仕事第一で家にいることのほうが少ない。母親と姉は見栄っ張りで贅沢なその性格からたいてい外食、しかも高級レストランばかり。母親はすでに育児を放棄した部分があり、アリアにとっての母親は血の繋がった母ではなく、育ててくれた乳母のほうだった。
 食事をしながらアリアが口を開いた。
「あ、そーだ。うち今度魔術学園に入るんだけどセシルも一緒に来ない?」
「え? がっこう??」
 突然の申し出にセシルはぽかんと口をあけて返事を返した。アリアはにっこりと笑って後を続ける。
「そ、学校。学校入ったら寮に行くつもりだから。セシル一人ここに残していくのもなんかヤダし・・・・」
「で、でもっ・・・学校って人がたくさんいるんでしょ?」
「大丈夫だよ。うちが一緒にいるから」
「でも・・・・なんでわざわざ寮に入るの? 家すぐ近くなのに・・」
「うち、この家嫌い。だから家を出れるチャンスがあるならそうしたいの。・・・・・セシルはやっぱり学校イヤ?」
「・・・・・・・・」
 セシルは考え込んだ。人がたくさんいる場所はあまり好きではない。
 この家にいる限り、この家の住人以外の人間に会うことは無いし、特に家を出る必要性も無いけれど、その少数の人達と話すことさえ出来ない今の状態ではアリアがいなくなるのは嫌だった。
 ふと、昔のことを思い出した。昔と言ってもほんの数ヶ月前のことだ。村にいた頃はどちらかというと目立ちたがりやで好奇心旺盛なタイプだった。
 すぐにアリアとうちとけられたのは、風がアリアのところに自分を運んでくれたから。それはアリアを信用して良いということだと思っていた。けれど違ったのかもしれない。もしかしたら、それはアリアが以前の自分とよく似ていたから・・・・・・・。
 長い沈黙の後、セシルはまっすぐにアリアを見つめた。
「うん。一緒に学校に行こっ」
 アリアの表情がパッと明るくなった。
「本当? やったぁ♪ ありがと、セシル。絶対セシルと同室になれるようにするから安心してていいからね」

 こうして、二人は一緒に学校に行くことになった。どうやったのかは知らないがアリアの宣言通り、寮では同室になれた。
 学校に行って世の中には悪い人ばかりではなく、優しい良い人もたくさんいるということを知ることが出来たのが良かったのかもしれない。少しずつではあったがアリア以外の人と目を合わせることも出来なかった対人恐怖症も治ってきた。セシルは、飛ぶことを思い出し、笑顔を見せることができるようになった。


 そして、一年後・・・・・・・・・・・・。

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