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 神様の居ない宇〜第1章・Bloody doll 0話 

 アルテナ=L=紫音は、一言で言ってお嬢様だった。
 裕福な家庭に生まれ、両親からの惜しみない愛情を受けて育ち、有名な私立の学校に通うお嬢様。
 美人ではないが可愛い顔立ちをしているし、成績も優秀。運動神経は切れているがそれも愛嬌。
 穏やかで人当たりの良い彼女は当然男性陣からも人気があったが、どこか天然でのほほんとしている性格が幸いしたのか、同性からのイジメも無く幸せな毎日を過ごしていた。

 昨日と変わらず、同じように過ぎていく日々。
 アルテナにとってごく当たり前の穏やかで楽しい毎日。
 だが、そんなごく普通の日常は、ある日を境に唐突に打ち切られてしまう・・・・・・。



 ――朝。いつもと同じ時間、同じように家を出る。
「行ってきます、お母様」
 笑顔で家を出るアルテナ。母もやさしい笑顔でアルテナを送り出してくれた。
 いつもと同じように学校を過ごし、いつもと同じように家路に着く。

 その、帰り道でだった。

 道を歩いていたアルテナの右腕に突如痛みが走った。
 見ると腕に切り傷が出来ていて、血が流れていた。
 腕に向けた視線を前に戻すと、目の前にナイフを持った人影。深くフードをかぶっていて顔はわからないが、体格から見ると多分男性だろう。
 考える余裕などなく、直感的に思った。
(逃げなきゃ!)
 くるりと百八十度方向転換して走る。後ろから足音が追いかけてきた。
 まだ学校を出たばかりだった。後ろはすぐ校門で・・・・・アルテナはそのまま学校の敷地内に駆けて行った。
 校舎内に入ってしまってから気付いた。
 ・・・・・・自分がとってしまった行動の愚かさに。
 もう下校時刻は過ぎていた。校内にはほとんど人はいないのだ。
 学校は広い。運良く誰かに見つけてもらえればいいが、声をあげたって全く気付かれない可能性もある。見つけてくれた人まで襲われる可能性もある。
 それでもまだ救いがあったのは、おそらく自分のほうが校舎の構造には詳しいだろうということだ。
 アルテナは男を撒くように校舎内のあちこちを行ったり来たりした。
 しかし、もともとの足の早さの違いだろうか。足跡はすぐ後ろから聞こえていて、まったく差が広げられない。
 いや、むしろ少しずつ足音は近づいてきているようだ。
 後ろを振り向いて確かめたい衝動に駆られたが、確かめることが怖くもあった。
 後ろを向いて、もしもあの男がすぐ真後ろにいたりしたら・・・・・・そう考えると、とてもじゃないが後ろを見る勇気などなかった。今できることはとにかく逃げることだけ。
 本当はさっさと学校を出ていきたかった。けれど学校を出るためには広い校庭を横切らねばならない。多分、校庭を走っている間に追いつかれるだろう。ある程度男との差を広げないと校舎から出れないのだ。
 男との差を広げたくて、とにかくめちゃくちゃに走った。
 足がもつれる。
 そして三階の廊下・・・・・・そこでアルテナはころんでしまった。
 慌てて後ろを見ると、男はちょうど階段を昇り終わったところだった。
 立ちあがろうとするが、どうやらころんだ時に足をひねったらしい。鈍い痛みに襲われてしゃがみこんでしまう。
 それでも、逃げなければ殺される。アルテナは、必死に足の痛みを堪えて立ちあがった。
 アルテナの様子を見て逃げられないとふんだのだろう、男は悠然と歩いてこちらに向かってくる。アルテナは近くの扉を開けて中に飛びこんだ。ありがたいことにそこは準備室で、簡単に中から鍵をかける事が出来た。
 教室に繋がる扉は普段から鍵が閉まっている。念の為にそちらの扉も確認したが、予想通り鍵がかかっていた。
 職員室は別棟。職員室に行かなければ鍵は無い。とりあえず一息つけるということだ。
「どうしよう・・・・。せめてここが一階なら良かったのに・・・・・・」
 一階ならば窓から出れた。しかしここは三階。それは変えようのない事実だ。
 外は静かだった。しかし扉のすりガラスにはしっかりと人影が映っている。
 男は外で待っているのだ。
 せめて教室側の扉で待ち伏せしてくれればもう少し逃げやすかったのだが。
 ・・・・・・アルテナは、覚悟を決めた。
 教室を出たらすぐに職員室に向かう。下校時刻は過ぎているがまだ日暮れ前。数人は必ず残っているはずだ。
 ゆっくりと、音をたてないように教室側の扉の鍵を開ける。足の痛みは続いているが努めて無視した。職員室くらいまでならなんとかなるだろうと自分に言い聞かせる。
 準備室から離れた方の扉の前で耳を澄ましてみたが、物音はしない。人影も見当たらなかった。
 大きく深呼吸してから勢い良く扉を開けた。すぐに階段に向かう。
 男は準備室の扉の前で待ち伏せしていた。こちらに気付いて走ってくる。
 アルテナは、一直線に職員室へと向かって行った。
 しかし怪我のせいでただでさえ遅い足がさらに遅くなっている。あっという間に追いつかれてしまった。
 階段の踊り場――逃げようと思った。けれど震えてしまって動くに動けない。
 声を出そうと思った・・・・・が、それがこんなに難しいことだと思わなかった。
 男はゆっくりとせまってくる・・・・・・・・・。
 そして、男の手が振り下ろされた。


 ――テレビから響く、アナウンサーの声。
 そのニュースでは数日前に起きた殺人事件を報道していた。
 殺されたのは一人の少女。犯人の動機は逆恨み。
 以前少女が通っていた学校の生徒にナンパして手酷くふられたことがあったそうだ。
 犯人はあの学校の女子生徒なら誰でもよかったと供述している。


 彼女は、焦点の合わぬ瞳でテレビを見つめていた。
 その手にあるのは、娘とそっくり同じ姿の人形。
 娘の遺体と離れようとしない彼女を見かねて、彼女の夫が作らせたものだ。
 彼女は、信じたくなかった。たった一人の大事な娘が、もうこの世にいないなどとは。
 人形を抱いて彼女は思う。
 娘のことを。
 何日をそうやって過ごしただろうか・・・・・・彼女はふと、祖母のことを思い出した。
 彼女の家は魔女と呼ばれた血筋を持っているらしい。
 けれどこの時代、魔法などは迷信でしかなく、彼女も祖母の言葉を現実のものとしては見ていなかった。
 何でも良かった・・・・・・例え上手く行かなくとも、試すだけは試してみたいと思ったのだ。
 彼女は、人形を抱えて地下へと向かった。
 地下には書庫がある。遠い先祖の時代からあったという魔術やらの妖しげな書物が置いてあるのだ。
 広い部屋を埋め尽くす本の数々。
 時間はいくらでもあった。
 彼女はその一冊一冊をゆっくりと確認していった。

 ――数週間の探索の後、彼女はとうとう目的の物を発見した。
 それは、死者を蘇らせるための魔術が載っている本。
 べつに魔法などというものを信じていたわけではない。
 ただ、何かに縋りたかっただけだ。
 死者が蘇るわけはない・・・・・・・そんなふうに思いながら、彼女はそれを実行した。

 本の通りに魔法陣を描き、呪文を唱える。
 魔法陣が輝く。窓もない地下室に起こるはずのない風が吹いた。
 彼女は息を呑んでそれを見つめた。
 人形が、ゆっくりと、立ちあがる・・・・・・・・・・・・。

 人形は優しく笑った。まるで娘のように―――「お母様」と。

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