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 神様の居ない宇〜第1章・Bloody doll 1話 

 見渡す限りの草原と、雲一つない青い空。
 平坦な草原が広がる大地に一つだけ、人工物とおぼしき建物がある。
 淡いピンク色をしたクリスタルのような雰囲気を持つその建物に住まうは、この世界を創り出した――文字通り、無から創造した”女王”。
 この世界の住人からパレスと呼ばれているその建物は、どんなに遠く離れた場所から見ても、青と碧で染まったこの世界に鮮やかな彩りを添えていた。
「つっまんない」
 パレスから遠く離れた草原で、一人の少年が呟いた。
 少年は、自分だけの宇宙を創り、その宇宙を管理し、そこで生まれてくるある特殊な人種をこの世界につれてくる、”管理者”と呼ばれる役目を持っていた。
 ただしその役を負っているのは少年一人ではなく、そんな小さな宇宙――”箱庭”は数千以上にも及ぶ。
 だが、管理するなんて言っても実質やることは特にない。自分の箱庭をより良い方向へ導きたいと願って忙しく動いている者もいるが、少なくとも少年はそんな面倒なことをしたいと思ってはいなかった。
 ただ存在を維持させるだけならば何の労力もいらない。最低限の役目だけを果たせば、創った箱庭を放っておいてもなんの問題も起きないのだ。
「ほんっと、ここってなーんもないんだよね」
 パレスに背を向けて、少年は自分の箱庭へ繋がる道がある一角を目指して歩き出した。
 行ったとてやることがあるわけではないが、暇つぶしにはちょうどよい。
 箱庭の中に存在する星々には生物がいて、それぞれ独自の文化を築いている。
 そんな生物たちをからかって遊ぶのが、少年の唯一の娯楽であった。

 しばらく歩いてやってきたのは、少年が住んでいる街だ。街――と言ってもそこには建物などまったく存在せず、だだっ広い草原の中に、球状を保ったまま漂う真っ白い靄が並んでいるだけだ。
 その靄の一つ一つが、誰かが創った箱庭への入り口なのだ。
 少年はまったく迷うことなく、その靄の一つへと直進ていく。
 そして――少年の姿は、靄の向こうへと消えていった。




 少年が自分の宇宙へと遊びに出かけたのとほぼ同時刻。
 同じ街に住まう数名の男女が、道から少し離れた場所で雑談を交わしていた。
 彼らもまた少年と同じ役を持っている者たちだ。
「そこでおしゃべりしている皆様方、マリエルを見ませんでしたか?」
 ピタリと、雑談が止まる。
 振り返った先で見つけた人物に、彼らはペコリと礼を返した。
 やってきた人物は自分たちの長でありこの街の領主――命というものに不可欠な魂を作り出し、自身の領土内に存在する箱庭に魂を送り出す役を担う”女神”だ。
 ちなみにこの世界の住人は性別をあまり意識しない。”女神”というのは役職名で、外見上どこからどう見ても男にしか見えなくとも”女神”なのだ。
「さっき箱庭の方に行っちゃいましたよ」
 マリエルの本名は万里・絵瑠(ばんり・える)なのだが、本人が絵瑠と呼ぶことを許さないため、大半の者はマリエルと呼んでいた。
「・・・・・・そうか」
 変わらぬ調子で返された言葉に、誰かが首を傾げて問い返した。
「絵瑠に何か用事でもあったんですか?」
「用事ってほどのものでもないんだが、マリエルの箱庭で新たなる魂の気配を感じたから言っておこうと思ってね」
 女神は穏やかに微笑して言った。
「絵瑠ならすぐに気付いてそう」
 一人が、クスリと笑った。
 絵瑠はいつも箱庭にいる。確かに気付くのも早いだろう。
「そうだな・・・・それじゃあ戻ってきたら一応言っておいてくれるかな」
 そう言い残して、女神は自分の仕事場へと戻っていった。




 靄の道を抜けた先は、見慣れた宇宙空間だった。
 なにか面白いものはないかと適当に星と星の間をうろちょろしていた少年――絵瑠だったが、なにか違和感のような物を感じて、フイと、その気配の方へと目を向ける。
 箱庭に住まう生命――女神の手によって創り出された魂を持つ生命――の中に、明らかにそれとは違う気配が感じられたのだ。
「ユーキちゃん・・・じゃないよね」
 何度も会ったことがある結城の気配ならばすぐにわかる。第一結城は、”女神”によって創られた魂を持つ者だ。いくら特殊な力を持っているとはいえ、こんな妙な違和感を感じることはない。
 ・・・・・・よく考えれば、絵瑠が創ったこの箱庭の中で、絵瑠の知らない気配なんてたった一つだけだ。
 絵瑠は、管理者になってからまだ一度も出会ったことはなかった。
 ”女神”の力の影響外で生まれた魂――”新たなる魂”を持つ生命と。
「へーえ、こんな気配なんだ」
 ニッと口の端を上げて笑う。
 箱庭のなかで生まれてくる、特殊な人種――”新たなる魂”を持つ者を連れていくこと。それが、全ての管理者に与えられた役目だった。
「待ってたよ、キミが生まれてくるのを・・・・・・」
 絵瑠は、クスリと笑って、その気配が在る星へ跳んだ。



 身体は星の上空に在るままで、視点だけを下へ降ろす。
 気配を感じたその場所には、二つの人影があった。
 一つは三十代後半ぐらいの女性。
 もう一つは・・・・・・明らかに異質な気配を放つ、だが見た目は十五、六歳くらいの少女。
 そして彼女らの生活は、少しばかり普通とはずれていた。
 部屋から一歩も出ない少女と、ひたすら少女と共にいようとする女性。
「う〜〜〜ん、もうちょっと早く気付いてればもっと面白かったのに」
 いくら創造主でもできないことは存在する。その一つが、時間の流れを操作することだ。
 終わってしまった過去や、未来を視ることはできないし、過ぎ去った時を変えることも出来ない。
 それでも、しばらく眺めているうちにだいたいの状況を把握することは出来た。
 気付いた瞬間、絵瑠の表情が一変した。
 まるで感情が凍ってしまったかのような冷たい瞳で、二人を見つめる。
「・・・・・・気に入らないな」

 ――死んでしまった少女、アルテナ。
 その事実を受け入れられず、少女そっくりの人形に命を吹き込んで自分を誤魔化している母親――。
 命を冒涜しているとか、そんな馬鹿なことを言う気はない。
 ただ、気に入らないのだ。
 大事にされるために造られ、愛され慈しまれている人工の命が。
 かつての絵瑠と同じ、籠の鳥――だがその籠を見つめる瞳に、大きな違いがあった。
「・・・・全部、壊してあげるよ」
 どんな手段を使っても、最終的に”新たなる魂”を――この場合は、アルテナ=L=紫音の姿をした人形を――連れていけば良いのだ、”女王”が住まうあの世界へ。
 残酷なまでに冷たく澄んだ瞳が、アルテナを見つめる。
「――・・・クスクスクス」
 静かな笑みが、誰も居ない宇宙空間に響いた。
 その、ほんの数瞬後。
「いってぇーーーーっ!!」
「え?」
 突如聞えた賑やかな声に絵瑠は、アルテナの居る場所に向けていた意識を自分のところに引き戻して、声が聞こえたほうへと移動する。
 そこには予想通りの人物がいた。
 綺麗な蒼の髪と金の瞳を持った少年――結城=茜だ。
 外見こそ絵瑠とそう変わらぬ年だが、当然ながら中身は絵瑠のほうがずっと上だ。
 彼はこの世界に強い恨みを持って死んだ魂。この箱庭の中で生まれ、”女神”によって与えられた魂を持ちながら、”女王”と敵対している者に味方している。
 死後、”女王”と敵対するソイツに力を与えられ、この世界の魂を喰らい、精神体で活動する者となった。
 ソイツの正体は、絵瑠もよくは知らない。
 何故、”女王”と敵対しているのか。何故、魂に特殊な力を与えられるのか。
 結城はその話題になると言葉を濁してしまい教えてくれないのだ。
 ただ、結城本人は”女王”や世界をどうこうしたいとは思っておらず、今では絵瑠とは良好関係にある。
 昔はこの宇宙の創造者・・・・・この箱庭の住人から見れば神である絵瑠に憎しみと恨みを抱いて襲ってきていたのだが、いつのまにやら仲良くなってしまった。
 なんでこんなことになったのかは今もって不明、である。
「なにやってるの?」
 絵瑠がきょとんっとした瞳で彼を見つめた。
「なんで結界なんか張ってるんだよ・・・・」
 結城は恨みがましい目で絵瑠を見つめ返してくる。
「ここを壊されるとまずいから」
 絵瑠はにっこりと笑った。
「だったらいつもみたいにこの星はお気に入りだから壊さないでって言えば良いだろ?」
 結城の怒りの声も絵瑠にはなんの効果ももたらさない。
「だってぇ、ここには”新たなる魂”がいるんだもん」
 悪戯っぽい瞳で結城を見つめる絵瑠。
 小悪魔的な魅力とでも言おうか、そんな瞳に見つめられて結城は一瞬呆然とする。
「でっ・・・でもっ、オレ、女王に”新たなる魂”を渡すなって言われてるんだ」
「ボクは女王に”新たなる魂”を連れて帰れって言われてる」
 絵瑠の答えに結城は俯いて沈黙する。その結城に絵瑠の一言がとどめをさした。
「ボク、ユーキちゃんと戦うのはイヤだなぁ」
 結城はコクリと小さく頷いた。
 そんな結城を見て、絵瑠は嬉しそうに笑う。
「ね、ユーキちゃん、お願いがあるんだ♪」
 絵瑠の表情はいつのまにかおねだりモードに入っていた。
 上目遣いで彼を見つめ、胸の前で可愛らしく手を組んでみせる。
「あのね・・・・壊してほしい星があるの」
「またぁ? 絵瑠の頼みで星を壊すのってこれで何回目だよ。それに、前に壊してからまだ千年も経ってないじゃないか。そんなんだから絵瑠の箱庭にはなかなか”新たなる魂”が生まれないんだよ」
 ”新たなる魂”がどうして、どうやって生まれてくるのか、絵瑠は知らない。けれど同じ管理者の仲間から聞いたことがあった。
 ”新たなる魂”は人工の命にしか宿らない。
 それが魔法で創られたにしても、機械で造られたにしても、ある程度星の文明が発展しなければ人口の命など創られない。絵瑠は星が発展するのを待たずして次々と星を破壊しているのだ。
 説教じみた結城の言葉に絵瑠は口を尖らせて反論する。
「だって戦争って嫌いなんだもん」
 それだけ言うと絵瑠はくるっと結城に背中を向けた。


「・・・絵瑠っ」
 結城は、言いすぎたかと感じて慌てて絵瑠に声をかけた。
 呼ばれて、絵瑠は、顔だけ結城の方を向く。
 その表情は先ほどとは別人の様に冷たく、瞳には狂気の色が宿っていた。
 けれど結城は驚かなかった。結城は何度も絵瑠のこんな表情を見たことがあったから。
 小悪魔的な魅力が可愛く、少しばかり子供っぽい絵瑠。
 ”戦争”というキーワードに応じて表れる憎悪と憎しみが冷たく光る表情と狂気の瞳。
 結城にとっては両方が絵瑠であり、両方ともが愛しい存在だった。
「一回目は見逃してあげる・・・・・・二回目は天変地異を起こすの♪ でもね・・・・三回目は許さないんだ・・・」
 絵瑠はクスクスと笑って結城の手を引いた。
 上手く話題をずらされてしまった。そう自覚していても、結城は大人しくそれに従う。
「こっち・・・・・・・」
 絵瑠の能力で、一瞬にして、跳ぶ。
 目の前には先ほどとは全く違う星があった。
 結城は絵瑠の協力もあってかなりの力を得ていた。だから、一瞬で星を破壊するのも簡単だった。
 器を失った魂が次の器を求めてさ迷い出る・・・・・・結城はその全てを自らの中に喰らい、自分の力へと変えた。

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