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 神様の居ない宇〜第4章・次代の女王 最終話 

 女王は伏目がちに言葉を紡ぎ出した。その言葉も口調も、遠い昔を後悔しているようだった。
「その魂は、何度転生しても前世の記憶を持ちつづけた。前世の辛いことも、死の記憶も・・・・・・・」
 絵瑠はふっとラシェルのことを思い出した。忘れることで新しい幸せを掴もうとした人。
 でも、それが出来なかったらどうする・・・・・・?
「彼は何度となく転生を繰り返すうちに、完全な滅びを望むようになった。でもこの世界を消滅させるわけにはいかなかったから、仕方なく彼を封印したわ。本当なら彼の望む通り消滅させたかったんだけど・・・繰り返す転生の間に特殊な力を得た彼を消滅させることは出来なかったの」
(・・・あれ?)
 何かが、引っかかった・・・・・・なんだろう?
 それを考えている間にも女王の話は続く。
「また同じような事が起こるのを恐れた私は、それ以来、私たちの力とは無関係のところで生まれた魂の転生を禁じた」
 ――何に引っかかったのかわかった・・・。今まで、新たなる魂でないと管理者や女神にはなれないのかと思っていた。
 でも、違うのだ。
 新たなる魂は突然変異でもなんでもない。女王が創り上げた世界の法則からではなく、自然の摂理から生まれた魂だったのだ。
 魂を持たないものは感情を持ち得ない。けれど、感情を持たずに生まれてきた人工物であっても経験を積むうちに感情が生まれてくる事がある。その感情と共に魂が生まれ、成長していくのだ。
 新たなる魂でなくたって、女王に力を貰いさえすれば、女神や管理者になれる。逆に、女王から力を貰わなければ、新たなる魂でも創造能力は持てない。
「それ以来、新たなる魂はこちらに連れてくるか、力をつける前に消滅させることにしたわ。・・・・・・こちらに連れてくる口実として、箱庭を造ってもらってたのよ」
「でも、それももう必要なくなった」
 絵瑠が言葉を挟む。
 その言葉に女王は頷いた。
 ラシェルが身をもって証明してくれた。最初の”新たなる魂”が特殊だっただけなのだ。
 だってラシェルは、前世の記憶を持つことなく、普通に転生している。
 女王が小さく微笑んだ。そして、悪戯っぽい口調で言う。
「でも、もしもまたそんな力を持つ魂が現れたら・・・その時はよろしくね、絵瑠」
「うん」
 そこで会話が途切れる。言うべきことが終ったからだろう。
 さっきから黙りこくっていた結城を見遣る。結城は、青い顔で立ち尽くしていた。
「・・・・・もしかして、その消滅を望んでいた魂が、オレたちの長?」
「ええ、多分。封印してはいたけど・・・外に干渉して、魂に特殊な力を与えられるくらいだから、封印の力は相当弱くなってるみたいね」
「ええっ!? ちょっと待ってよ、ってことはそいつはボクたちで何とかしろってことっ?」
 絵瑠の叫ぶような問いにも女王は静かな口調で答えてくれた。
「ええ。封印が完全に解けるのはもう少し先だろうけど、もしもの時は頑張ってね」
 にこやかな笑みと共に女王は言った。
 ・・・・・・・なにがもしもだと言うのだ。確定事項ではないか。
 あとでアルテナに言って、ラシェルちゃんを守っておいてもらおう。
 世界を滅ぼそうとするなら、女王を狙うのが一番手っ取り早い。そしてその”女王”は今、自分の力も生まれも自覚せずに箱庭の中に居るのだ。
 もう用済みだと思っていた羅魏が、また必要になるだなんて思ってもみなかった。
「まぁいいや。頑張ってみるよ。・・・・・・ユーキちゃん、もう聞くことはない?」
「え・・・・・うん」
 結城は呆けた様に頷き、女王を見、それから絵瑠を見た。
「また知りたいことがあったら今度は絵瑠に聞けばいいし」
(・・・・・・・・)
 そんなに期待されても困るが・・・・・・。まぁ、世界の象徴であり本質である本を手に入れた今、この世界が出来てからのことならば何でもわかるから問題ないだろうけど。
 話が終ったことを確認して女王は笑った。今まで見たことのない、極上の笑顔。
「絵瑠・・・・・いろいろとありがとう。私、もう行くわ」
 女王は穏やかにそう言うと、その姿を少しずつ薄めていった。女王の向こうが透けて見え、最後には消えてしまう。
「もう帰ったのかな・・・・」
 結城が呟く。
「多分ね。さ、今度はボクの番だ♪」
 言うが早いか結城の手を引っ張りパレスの外へと駆け出す。
「何をするんだ?」
 結城の素直な問いに、絵瑠は見てればわかるとだけ答えた。
 それだけでは納得がいかなかったのか結城はなおも同じ問いを繰り返す。
 パレスの外に出ると、絵瑠はくるりと来た方向に振り向き、外からパレスを眺める。
「見てて」
 絵瑠はパチンっとウィンクをして、それからパレスの方に向き直った。


 ――もう、パレスは要らない。


 その意思に反応して、パレスが、どろどろと溶けるように消えていく。
 替わりに、パレスがあった場所には一軒の家が出来ていた。
 絵瑠の感覚の中ではこじんまりとしていて、でも多分普通の一般家庭から見ればすこし大きい家だろう。
 屋根は平ら。屋上があって、地下室もあって・・・・・・・。
 そこで過ごしたのは短い時間だったが、今でも昨日のことのように思い出せる。
 その家がどんな間取りになっていたか。どんな部屋があって、部屋にはどんなものが置いてあったか。
 みんな、みんな、とてもよく覚えている。忘れるはずがない。
 ずっと取り戻したかった居場所。
 ・・・・・・奪われた幸せ。
 奪われさえしなければ、その幸せはささやかで至極普通な望み。
 ただ、大切な人と一緒に、穏やかで暖かな日々を過ごしたかっただけ。
 それがささやかな願いではなくなってしまったのは、大切な人が死んだ瞬間。
 でも、今の自分にはそれが出来る。そのために、そのためだけに女王の力が欲しかったのだ。
「・・・・・・・・来て・・・・・・・。ここに、来て・・・・」
 絵瑠が呟く。その声に誘われて一つの魂がどこからか現れる。
「それ・・・・・誰の魂?」
 結城が聞いてくる。
 絵瑠はにこっと外見相応の可愛らしい笑みを見せた。結城が一瞬で顔を赤くする。
「ボクの一番好きな人」
 魂が絵瑠の手から離れ、家の中へと入っていった。
「行こう、ユーキちゃん」
 声をかけたが、結城がちゃんとついてきているかなんて確認しなかった。
 後ろを見る余裕なんてなかったから。
 ゆっくりと歩を進め、扉の前に立つ。
 おおきく深呼吸。
「・・・・・・絵瑠?」
 結城が後ろから覗き込んでくる。
「ん、ちょっと緊張しただけ」
 言いながら、扉に手をかけた。
 この扉の向こうに、待ち人がいる。
 緊張の面持ちで、ゆっくり、ゆっくりと扉を開けていく。
 突然、扉が中から開けられて、絵瑠はバランスを崩して前につんのめった。
 転びかけた絵瑠を支えてくれたのは、ずぅっと待ち望んでいた人。
 待ち人は、昔とちっとも変わらない笑みで絵瑠を迎えてくれた。
 絵瑠は敢えて待ち人の記憶を弄ったりはしなかった。
 待ち人は知っている。
 自分が一度死んでいることを。
 転生し、新たな人生を歩んでいた魂を絵瑠が無理やり引き寄せたことも理解している。
 それでも、昔と変わらない笑顔で迎えてくれたのだ。
 嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうになった。
 絵瑠は、思いっきりの笑顔で、待ち人を見つめた。
 長い髪が、ふわり、と髪が風になびく。
 後ろから結城の驚きの声が聞こえた。
(そういえば・・・ユーキちゃんはボクのこの姿は知らなかったっけ)
 ほんのちょっとだけ視線を結城に向けて、そんなことを思う。
 彼は言ってくれた。穏やかな、優しい声音で。
「おかえり、絵瑠」
 絵瑠は答えた。元気一杯の、とても幸せそうな声で。
 それが、絵瑠にとっての合図だった。
 幸せを取り戻し、新しい生活が始まった合図。
 絵瑠は裕に思いっきり飛びついて、彼の腕の中で、言った。

「ただいまっ、裕!」

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