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 神様が滅える日 1話 

「・・・・・なんでオレたちは学校なんかにいるんだ?」
 転校初日の昼休み。
 結城は、屋上――正確に言えば屋上の出入り口の屋根の上――で誰にともなく呟いた。
「裕がそうしろって言ったから」
 直接口にはしていないものの、絵瑠の態度はあからさまに「今更何を言っているんだ」と語っていた。


 きっかけは極簡単なことだった。
 羅魏の案内で、多分女王の生まれ変わりがいると思われる地へやってきた五人。
 だが、羅魏はこの辺りのどこかとしか言ってくれないため、絵瑠は自力で女王を探さなければならなかった。
 とりあえず適当にウロウロしてみようと考えていた絵瑠であったが、この星の様子を見た裕が、余計な一言――結城主観であるが――を言ったのである。
 この星は国としての体制が整っており、一部の例外地区を除けば、治安は良く、その他の制度もきちんとしている。
 ただ在住するだけならばその例外地区に行っても良いのだが、今回の目的は人探し。ある程度の限定は出来ているものの、それでも羅魏が示した範囲は広かった。
 そして、この国の教育制度に照らし合わせると、裕以外の全員の外見年齢はどう見ても学生以外ではあり得ない。――アルテナはなんとか誤魔化せないこともないが。
 とはいえ、絵瑠も結城もそういったことを気にする性格ではないから、学校がどうとか、下手すると補導されるかもしれないとか、そう言ったことは頭の隅っこにすらなかったのだ。
 だが、裕はそうではなかった。
 引っ越してきた当日、――さすがに寝泊りする場所はないと困るので家は確保した――裕は、学生以外の年齢に見えない四人に、学校へ行った方がいいんじゃないかと言ってきた。
 その言葉に対して四人は、
「羅魏くんが行くなら行きますの☆」
「やだ」
「裕がそう言うなら行くよ」
「絵瑠が行くなら行く」
 一瞬の迷いすら見せずに即答したのだった。



 こういった流れにより、絵瑠と結城の二人は学校に通う事になった。
 いつまでも溜息をつき続ける結城に、絵瑠は呆れたような表情を浮かべた。
「来る前は機嫌良かったのに」
「だって、なんで絵瑠と違うクラスなんだよぉぉぉっ!!」
 泣きが入りそうな結城の叫びを、絵瑠は冷めた目で見つめた。
「外見年齢が違うんだから仕方ないでしょ。ボクと同じ年に合わせれば良かったのに」
「出来るんならやってるよ」
 結城は拗ねたような口調で言った。
 外見を合わせるということなら絵瑠が結城に合わせるという方法もあるのだが、自分中心主義の絵瑠がそんなことをするわけがない。
 そもそも、そんなことをするくらいなら学校に行く必要のない年齢に姿を変えるほうが良い。
「なに、ユーキちゃん出来ないの?」
 絵瑠は心底意外そうに目を丸くした。
「できないよ。子供の自分ならまだしも、大きくなった自分なんて想像つかない」
 本来、結城は肉体を持たない意識のみの存在だ。だからこそ滅多な事では死なないし年もとらない。だがそれゆえに他者の感情の影響を受けやすく、実体を持たなければ星に降りられないという欠点もある。
 結城と同種でも、力のない者は他人の体を乗っ取って行動するが、結城の場合は自分の能力で擬似体を造り出している。
 つまり理屈では、結城も絵瑠と同様に自由に姿を変えられるはずなのだ。
 だが、絵瑠のように生まれつきそういった能力を持っていたわけではない結城は、まったく別人の姿をする事に抵抗があった。
 そのため、結城は力を与えられた時の年齢――人間としての結城=茜が死んだ年齢でもある――の姿にしかなれないのだった。
「なら仕方ないね」
 無常にも絵瑠はさっさと話を打ち切ってしまう。
「クラスの人間の相手するだけでも面倒なのに、これ以上面倒事なんてやってられないよ」
 そう言ってから、絵瑠は唐突に表情を変えた。表情そのものはさっきと変わらず呑気なものだが、瞳の光が違う。
「あいつ、いつになったら来るんだろ。待ちくたびれちゃうよ」
 あいつとは勿論結城の長――絵瑠たちの間では”滅びを望む者”と呼ばれている輩のことだ。
 まだ来て一日だというのに、絵瑠は本気で飽きはじめているらしい。
「いるよ、すぐ近くに」
 絵瑠の何気ない呟きに結城が答えた。
 あまりにもあっさりとした雰囲気で。
「・・・え?」
 思わず頷きかけて、慌てて結城の方へと向き直った。
 結城は変わらず穏やかな雰囲気で言葉を続ける。
「近くにいるのはわかるんだけどさぁ、なんかヘンなんだ。ぼやけてるっつーか・・・・。
 長はオレたちと違って、実体を持って何度も生まれ変わってる。
 先代女王の頃には封印されて、転生できなくなってたけど、今はどっかに転生してるんだと思う。
 でも・・・・多分、まだ封印が解けきってないせいだと思うんだけど・・・ぼやけてるんだ。
 まったく感じられない時があったり、感じられる時があったり・・・・」
「気配を隠してるわけじゃなくて?」
「絵瑠たちにならともかく、オレには隠せないよ。完全封印されてる時だって気配だけは掴めたんだぜ?
 あ、もしかして転生して実体持ったから逆に気配掴みにくくなってるのかもなぁ」
 珍しく優位に立てた優越感からか、結城は得意満面に胸を張って言った。
 絵瑠は不機嫌そうに視線を外して・・・・・・――目が、合った。
 瞬間、彼女はにっこりとハイテンションに笑った。
 確か同じクラスだったような気がする。長い髪を黄色いリボンで二つに纏めている少女。
「やっほ〜♪ やっと見つけたぁっ」
 絵瑠は渋い顔で彼女を見返す。
「なに、面倒とか言いながら結構仲良くやってるじゃん」
 絵瑠の後ろから彼女を見つめて、結城が何故か楽しげに言った。
 絵瑠は大きく溜息をついて後ろを振り返る。
「そういうわけじゃなくってさあ。ボクはどっちでもいいんだけど、この子の方から近づいて来るんだもん」
「へぇ・・・・・・」
 結城は感嘆の呟きを漏らして彼女を眺め、どこかほっとした雰囲気で息をついた。
 小さく笑って言う。
「オレは結城=茜・・・・・――」
 途端、ギロリと絵瑠に睨まれた。
 この星と結城が生まれた地では苗字と名前の表記が逆だ。結城は、つい、いつもと同じ調子で言ってしまったのだ。
 結城は横目で絵瑠を見つめて、言いなおす。
「茜 結城」
 彼女は興味津々の表情で結城をじっと見つめてきた。
 普通、初対面の人間にこんな不躾な視線を送るものではないと思うのだが・・・。ま、彼女の年齢から考えれば礼儀より好奇心が先に立つのはそんなに珍しくないことなのかもしれない。
「マリエルちゃんの知り合い?」
「居候。同居人。それで納得いかなきゃ便利やさん」
 彼女の問いに、絵瑠はあっさりとした口調で、当たり前のことを言うかのごとく言い放った。
 多少は予想していた返答だが、まったく考える間もなく言われるとは・・・。
 大袈裟に泣いて見せる結城をまったく無視して、絵瑠は少女に醒めた視線を送っている。
「えっと・・・なんか茜くんが後ろで泣いてるんだけど・・・」
 少女の視線は絵瑠を通りこして結城に向けられていたが、
「ああ、気にしないで。いつものことだし」
 たった一言で、少女の興味は絵瑠に戻ってしまった。
(女って冷たい・・・・)
 心の片隅でそんな風に嘆いている結城の心情など気づいてもくれない絵瑠は、とても楽しそうに笑っていた。ただし、よく裕に向けられる”可愛らしい”笑みではなく、”小悪魔的”で意地悪な笑み。
「ね、どの辺に住んでるの?」
 少女は少しばかりブリっ子が入った、可愛い口調で尋ねてきた。
 絵瑠は、少し考えてから住宅区の方を指で示す。
「昨日会ったとこから一分かからないよ。あの近くのマンションの十階、最上階のとこ」
「昨日?」
「昨日買い物に行った時に会ったの」
 結城の問いに絵瑠は簡潔に答えた。
 少女は絵瑠が示した先を見つめ、しばらく考えてから、パッと視線を戻した。
「ああ、あそこね。今度遊びに行ってもいい?」
「さあ、ボクに聞かれても」
 絵瑠はたいして困っていない様子で首を傾げて結城を見た。
 結城は本気で困った表情をして見せた。
 絵瑠が”友人”を連れて行けば裕はとても喜ぶだろう。だが、他の二人・・・特に羅魏は思いきり不機嫌になるに違いない。
「オレに聞かないでよ。裕は喜ぶだろうけど――」
「別に良いよ」
 結城の言葉も終わらないうちに、絵瑠はあっさりと答えてくれた。
「あのさ・・・今の話、最後まで聞いてた?」
 半ば諦めた口調で言った結城の言葉に、絵瑠はしっかりと頷いた。
「そうだよねー。ボクに友達が出来たって言ったら裕は喜ぶよね、きっと」
「やった。んじゃ早速今日学校終わったら遊びに行くからv」
 絵瑠の了解を得た次の瞬間、少女は早口でまくし立てた。
「・・・ちょっと待て! せめて他のやつらにも言ってから・・・――」
 だが、少女は結城の言葉など聞いていなかった。
 去り際にくるりと振り返って言う。
「あ、そうそう。もう昼休み終わるから教室に戻っといたほうがいいと思うよ」
 そうして、彼女はさっさと屋上を出て行ってしまった。
「んじゃ、ボクも戻るよ。せっかく忠告してくれたしね」
 言うが早いかニッと笑って立ち上がる。
 最後に残った結城は、一人がっくりと肩を落としていた。

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