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 神様が滅える日 2話 

 確保した家は住宅地のど真ん中、十階建てマンションの最上階の角の部屋だった。
 羅魏は、自分の部屋の窓際に座って外を眺めていた。
「羅魏くん、何を見ているんですの?」
 一応ノックはしたものの、アルテナは返事も聞かずに部屋に入ってきた。
 だがこんなことはすでに慣れっこになっていた羅魏は、平然とした様子で窓の外を見つめたまま答えた。
「学校」
「学校? ここから見えますの?」
 アルテナも羅魏の後ろから窓から外を眺めてみた。
 ・・・・・・確かに学校らしきものは見える。だが、人を判別出来るような距離ではない。
「何かあるんですの?」
 アルテナは首を傾げて羅魏を見つめた。
「今日、お客さんが来るよ」
「はい?」
「さっき屋上で絵瑠と結城が話してたんだ。・・・・結城が余計なこと言うから」
 羅魏は不機嫌も露にそう言うと、静かに窓を閉めた。
「よく見えますのねぇ〜」
 アルテナの感心した様子に、羅魏は呆れた口調で言い返した。
「アルテナだって見ようと思えば見れるでしょ」
「そうですけど、でも羅魏くんはここの住人ですもの」
 この場合の”ここ”とは、箱庭そのもの――この宇宙を指して言っている言葉だ。
 アルテナはこの宇宙の創造者だ。・・・・・・普段のお呑気すぎる態度からは、そんなこと微塵も感じられないが。
「魔法を使えばたいして難しい事でもないよ。目の届く範囲ならね」
 淡々とした口調だが、表情は穏やかに笑っていた。
「アルテナちゃん、羅魏くん。お昼御飯できたよー」
 居間の方から聞こえてきた声にアルテナと羅魏は顔を見合わせる。
「別に食べなくても大丈夫だって何度も言ってるのに」
 そんなことを言いながらも、羅魏はどこか嬉しそうだった。
 アルテナはそんな羅魏を見て、嬉しそうに笑いながら羅魏の背中を押した。
「せっかく作ってくれたんですから無駄にするのはもったいないですの☆」
「わかってるよ」
 そうして二人は、静かに――穏やかに笑い合った。
 だが歩き始めた羅魏は、真剣そのものの硬い表情をしていた。
 アルテナは、そんな羅魏の表情に気づかなかったが・・・・・・。




「ただいま〜っ♪」
 陽が傾きかけた頃、絵瑠の明るい声が部屋に響いた。
「なんであんな明るいんだろ・・・・。気づいてないのかな」
 自室で本を読んでいた羅魏は、顔をあげてポツリと呟いた。
 まあ、絵瑠のことだから気づいても無視してるだけかもしれないし、もし気づいていないとしても教えてあげる義理はないのだが。
 パタン、と本を閉じてそのまま扉に視線を向ける。
 誰の手が触れる事もなく開いた扉の向こうでは、アルテナがきょとん、とした表情で立っていた。
 アルテナはしばらくぽけっとした後、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、羅魏くん」
「両手塞がってたらドア開けられないでしょ」
 羅魏は抑揚の少ない口調でそう言ったが、実際にはアルテナだって手を使わずに物を動かす事なんて簡単にできる。
 けれど羅魏に気づかってもらえたこと自体が嬉しいアルテナは、ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて、持っていた盆をテーブルに置いた。
「何の本ですの?」
 ひょいっと覗き込んできたアルテナに、本の表紙を見せた。
「・・・・・・羅魏くん、読めるんですの・・・・?」
 その本は、この星の書物だった。
「うん。ほとんどの言語はすぐ解析できるから」
「へぇ、羅魏くんってすごいんですのね」
 本気で感心するアルテナに、羅魏はま小さく苦笑した。
「アルテナもできるでしょ?」
「でも、私と羅魏くんじゃ立場が違いますの☆」
 アルテナは昼間と同じことを言って、それから窓に目をやった。
「そろそろ寒くなると思うんですけど・・・窓、閉めなくて良いんですの?」
「別に。僕は寒さなんて感じないし。それよりさ、見てみなよ」
「・・・?」
 首を傾げながらも羅魏の言葉に従い、窓から外を眺めたアルテナは絶句した。
 赤く染まった夕焼け。その一部で、黒い色がじわじわと広がりつつあるのだ。
「あれって本体なのかなぁ?」
 羅魏は呑気に呟くが、アルテナはもうそれどころではなかった。
 だが、慌てて絵瑠に報告に行こうとしたところを止められてしまう。
「なんで止めるんですの?」
 それでも、アルテナは声を荒げたりはしなかった。ただ静かに、穏やかに――けれど、低い声で聞いた。
「今、向こうにはお客さんがいるでしょ」
 アルテナはハッとして、考え込むように俯いた。不安そうに部屋の中を歩き回る。
「絵瑠はともかく結城は気づいてるだろうから大丈夫だよ」
「結城様が・・・ですか?」
「確か以前結城と同種の奴がそんなようなことを言ってた。同種の気配を辿るのは容易いって。”長”のも含めてね」
 羅魏にしては珍しく、どこか子供っぽい表情で笑う。
 アルテナはその笑みに安心したように、穏やかな笑みを見せた。




 同日、夜――。
 裕が作ってくれた夕食を前に五人が居間に揃った。
 だが何故か空気がめちゃくちゃに険悪で、とてもじゃないが楽しい夕食にはなりそうにない。
 ちなみにその空気を作り出している原因の大半は羅魏にあった。
「あのぉ、羅魏くん・・? もう終わったことですしあまり根に持つのはどうかと思いますの」
 アルテナが必死にフォローしようとするが、羅魏は聞いちゃいない。ギロリと結城を睨みつけるだけだ。
 もともと羅魏も絵瑠に負けないくらいの自分中心主義者なのだ。
「ハイハイ、オレが悪いって言うんだろ? わかってますよ、でも謝る気はないからな」
 羅魏の不機嫌の原因は突然やってきた客――たしか加奈絵とかいう名だった。絵瑠と同じクラスらしい――だった。
 加奈絵が帰ったあと、結城と目があった瞬間から羅魏はずぅっと不機嫌な態度を崩さないままでいた。
「あのっ、それよりも、アレを解決した方がよいのでは・・・」
 火花でも散りそうな雰囲気に耐えきれなくなったアルテナが話題を逸らそうとした。
 アレとは、夕刻見た黒い空のことである。アルテナにはすでに見慣れた物であり、結城と同種の精神体だ。
 あのくらいの力では本人が星に降りてくることは出来ないだろうが、モンスターを降ろしてこの星の住民を襲わせることは充分に考えられる。
「ほっとけば」
 絵瑠は食事をしながらキパッと言い放った。
「でもさあ、あれがきっかけで”滅びを望む者”の完全に封印解けるかもよ」
 絵瑠が会話に入ってきた途端、結城はあっさり羅魏を無視して絵瑠の会話に加わった。
「封印が解けるとなにかあるんですの?」
 アルテナの問いに結城はピッと人差し指を立て、見事なまでに話の深刻さに似合わない軽い口調で言った。
「オレも全部を知ってたわけじゃないから推測が混じるんだけど・・・。
 女王に封印されたあとも、長は他の魂に特殊な力を与えることが出来た。ただし、条件付でね」
「へえ、条件なんてあったんだ」
 いつの間にやら羅魏はあっさりと会話に加わっている。相変わらずも感情の切り換えが早い。
「その条件とは、死の瞬間に世界に対して強い憎しみを持っていること。・・・・・世界を滅ぼしたいって思うくらいの」
 一瞬、裕の表情が暗くなった。一人会話についていけずに外れているが、結城の言葉の奥にあるモノに気づいたのだろう。
「でだ、そうやって”特殊な力を持ち、肉体を持たずに行動出来る魂”を造ることはできても、自分に対してそれは出来なかったと思うんだ。だって、自分の死の瞬間は力を行使できないし――」
「魂だけの状態じゃ生存的な本能――転生先を探して宿ることしかできないから能力は使えない」
 結城の言葉を遮って絵瑠が口を挟んだ。
 いきなり言葉尻を持って行かれてしまった結城はパクパクと口を動かして絵瑠を見つめていたが、すぐに立ち直って言葉を続けた。
「今まで封印されてたせいで転生はできなかった・・・けど、これはオレの勘なんだけど、多分長はこの星のどこかに転生してる。
 ところが、まだ封印が解けきってないせいか、長の気配は感じられる時と感じられない時がある。
 これって封印の影響でまだ意識が完全には覚醒してないか、封印が解けきってなくて力が不安定になってるせいだと思うんだ」
 そこまで言って、結城はふいっと上を見上げた。視線の先は天井ではなく、それよりさらに上。
 あの、黒い空だ・・・・・・。
「でもさあ、ここでアレが思いっきり力使ったら、絶対影響されて覚醒しちゃうと思うんだよね、オレは」
「だからさ、ほっとけばって言ってるの」
 絵瑠はこともなげに――というか、いかにも面倒くさそうに呟いた。
 さすがの結城も怪訝な表情で絵瑠を見つめ返す。
 アルテナはあからさまに不安そうな表情をしているが、羅魏はいたって平然としていた。
「でもさ、オレらの目的は女王を守ることだろ? 覚醒されたら守りづらくなるんでない?」
「覚醒してもらって、こっちから見つけて倒す方が早く終わる」
 この言葉には結城もアルテナも唖然として沈黙した。
 ちなみに、やっぱり話についてこれない裕は話の深刻さも無視して穏やかな笑みで御飯を食べている。
 ついでに言うと、羅魏はやっぱり平然としていて、傍目にはこの話の内容を理解してるんだかしてないんだかわからなくなってきそうだ。
「あのぉ〜〜・・・でも、初代の女王様でも倒せなかったんでしょう?」
「だから? 先代がどうであろうと、ボクが倒す」
 どきっぱりと断言されては反論の言葉も思いつかない。
「さすがに女王が二人もいればなんとかなるでしょ」
「二人?」
 さらっと言った絵瑠の言葉に、裕を除く全員の疑問の声が上がった。
「二人」
 そう言って指したのは絵瑠自身と、羅魏。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで」
 長い長い沈黙の後、羅魏はブリザードが吹き荒れそうなほどに冷たい声で呟いた。
「カケラだろうが、破片だろうが、女王の魂の一部を持ってるわけだし・・・頑張ってね♪」
「それ、さっきの発言と矛盾してる」
 まるで他人事のような声援を送る絵瑠の言葉に羅魏はすっかり抑揚の消え去った声で言った。
「ボクが倒すとは言ったけど、ボク一人で倒すとは言ってないもーんっ」
 絵瑠は言葉と共にパッと立ちあがると、おもむろに裕のほうに顔を向け、可愛らしい笑みを浮かべた。
「ごちそーさま。裕、あとでプランター見に行こうね♪」
 言うが早いかさっさと自室に戻ってしまった。
 こうして、なんとなく宙ぶらりんなまま、話し合いのようなものは終わってしまった。

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