Web拍手 TOP幻想の主神様シリーズ

 神様が滅える日 3話 

 黒い空が出現した翌日。学校は、あの黒い空のことで騒然としていた。
 だがその正体を知っている絵瑠と結城は特にその騒ぎに加わることもなく、さらに翌日。
 今度は絵瑠と結城にも驚きの事態が起こった。
 たった一日・・・・・・それだけで、アレが消えてしまったのだ。
「あっかーねくんっ♪」
 教室に入った結城に、数人の女子が近づいて来た。
「ねえねえ、昨日のニュース見たぁ?」
 脳天に響く黄色い声に懐かしい思いを抱いて、結城は苦笑した。
「一応」
 そう答えると、少女達のテンションが一気にあがった。
「結局何がなんだかわかんなかったんだって」
「もしかして宇宙人の侵略だったりして〜」
「まっさかぁ。宇宙人なんていないわよ」
 すでに結城そっちのけで無責任な会話を繰り広げる――中には当たらずとも遠からずな意見もあったりしてけっこう笑える――少女達の輪からそっと外れて席に向かう。
 席につくと、結城の前の席でも、数人の男子が同じような内容の話をしていた。
 ふと、視線を感じてドアに視線をやった。教室のドアは開け放たれており、廊下で立ち話をする生徒の姿が見えた。
 その中に一人だけ、話に加わるわけでもなく、ただ突っ立っているだけの少女がいた。
「・・・・・・?」
 少女の視線は確実に結城に向いている。
 この星では珍しくない――というより、標準色の――黒い髪は、腰ほどまでの綺麗なストレート。
 どこかで見たような気はするのだが、どこで会ったのかは思い出せなかった。
 少女の瞳が、結城を呼んでいた。
 瞬間、結城は彼女に気づいてしまった。
「・・・・・・・長・・・?」
 確かに、長の気配がこの学校の中にあることはわかっていた。だが学校内は人が多いため、余程意識して探さないと、どこの誰が・・・・・ということまではわからなかったのだ。
 彼女は、にっこりと笑って見せた。
「結城くん、ちょっとお話があるんだけど・・・・・いい?」
 ・・・・・・逆らえるわけがなかった。
 彼女は――長は、結城に力を与えてくれた存在であり、ある意味での理解者でもあった。
 彼女の声には、明確な意思があった。
 ――従わなければこの場で殺す・・・・・・と。
 そして彼女は、それを出来るだけの力を持っているのだ。

 結城は、暗い表情で立ちあがり、教室を後にした。









 ――昼休み。
 結城のほうのクラスと同様、突然消えた黒い空に騒然としていた教室。
 絵瑠はその騒ぎに加わることなく、席に座って考え事をしていた。
「かな、居るかー?」
 ひょいっと教室のドアから、紫の髪の少年が姿を現した。彼は一冊のノートを持って、堂々と教室に入ってきた。
 クラス章を見るに学年は一つ下。同じ学年でも違うクラスには入りにくいものなのに、なかなか図太い少年である。
「加奈絵なら今日は来てないよ」
 穏やかに笑って答えたのは窓際一番後ろの席に座っていた少年――確か、皇綺羅という名前だった。クラスの人間がよく彼のことを話していたので、運良く覚えていた――。
「えぇ? ったく、まさか逃げたんじゃないだろうなぁ」
 少年は拗ねたように言って、ノートを見つめた。
 綺羅は少年の様子を見て首を傾げる。
「優李・・・。なんでノート持ってきてるんだ?」
「昨日の依頼料なんです」
 優李と呼ばれた少年はさらりと言って加奈絵の席に視線を向ける。
「依頼料って・・・・それが?」
 唖然として言う綺羅に、優李はにっこりと笑った。
「はい。あ、でもかな以外の依頼はちゃんとお金とってますよ。ま、とりあえず・・・いないなら仕方ないから明日にでもまた来ます」
 そう言って、少年は立ち去ってしまった。
 なんとなく少年の姿を追っていた絵瑠の目に、ちょうど教室に入って来ようとしていた結城の姿が映る。
「ユーキちゃん、なんか用?」
 絵瑠は席から立ちもせずに問いかけた。
 なぜか結城の表情が暗い。
「ユーキちゃん・・?」
 結城はすたすたとこちらに歩いてきて、一枚のメモ用紙を差し出してきた。
「なに?」
「・・・伝言」
「誰から?」
「・・・・・・・・・」
 黙り込んでしまった結城を前に、聞くより見たほうが早いと判断した絵瑠はメモ用紙を開く。
 その手紙は、”滅びを望む者”が橘加奈絵を捕らえており、助けたくば羅魏を連れて来い、というものだった。
「・・・・・・ふーん・・・でも、なんで? 見捨てるとは思わないのかな」
 メモ用紙を一読し、絵瑠は首を傾げた。
 結城の表情は沈んだまま。ぽつりぽつりと呟くように言った。
「・・・・・だから、橘加奈絵が・・・・・・――」
 一度言葉を止め、さらに声を潜めて不安げな声で続けた。
「――・・・女王、なんじゃないのか?」
 絵瑠から視線を外して、俯いた。
 どうも結城の様子がおかしい。絵瑠は、問い詰めようと結城を睨みつけて――
「加奈絵がどうしたって?」
 唐突に乱入してきた声と共に、メモ用紙が勝手に動き出して宙を舞う。
 メモ用紙が飛んで行った先には皇綺羅が居た。
 綺羅の顔色が変わっていく。メモ用紙を読み終えた綺羅は、バンっと机を叩いて立ちあがった。
 大股歩きで絵瑠の目の前までやってくる。
「どういうことだ?」
 綺羅は静かな迫力をもって言った。
「そのままの意味だよ。ボクにもわけがわからなくて困ってるんだ」
 平然としているように見えるが、付き合いの長い結城は珍しく絵瑠が焦っていることに気づいていた。
 絵瑠は、裏から操作してそれらを他人事のように眺めるのが好きなわりに、実は綿密な計画というものにまったく向いていない。自分の楽しみに夢中になるあまり、周囲に対して気を配るのを忘れてしまったり、感情的になってしまったりするのだ。
 今も、話に集中するあまり、同じ教室内に他の生徒がいることをすっかり忘れていたのだ。
「ユーキちゃんは家に戻って羅魏に伝えてそのまま待機。どうせあいつとの戦闘じゃ役に立たないんだから」
 だが絵瑠はさっさと開き直り、綺羅の問いかけを完全に無視して立ちあがった。
「・・・・・・・うん」
 絵瑠の物言いに一瞬言い返したくなったが、役に立たないのは事実だから仕方がない。
 ”滅びを望む者”との戦闘で役に立てるのは女王の力を持つ者のみ――現時点では女王代理の絵瑠と、カケラとは言え女王の能力を受け継ぐ羅魏の二人である。
「おいっ、どういうことか教えろよ!」
「やだ」
 言うが早いか絵瑠は教室の窓から飛び降りた。
 綺麗に着地して、後ろを振り返りすらせずに歩き出す。
「待てよ、説明してくれないなら無理やりでも一緒に行くからな!」
 綺羅の行動も早かった。言いながらもすでに体は動き出していた。
 彼もまた窓から身を乗りだし、鮮やかに地面に着地する。
 一人残された結城は、晴れない表情で天井を仰いだ。


 ――どうもありがとね、”ユーキちゃん”――


 声が、聞こえてくる。結城は窓から外へ出、そのまま屋上へと飛びあがった。
 屋上には、一人の少女が居た。
 先ほど結城のクラスにやってきた少女だ。
「その呼び方はやめろ」
 睨みつけ、押し殺した声で言う。
 ちゃん付けだけならまだしも、発音まで絵瑠の呼び方を真似られては不機嫌になるなというほうが無理だ。
 だが少女は結城の怒りにもまったく動じず、クスクスと笑った。
「そう? ごめんねぇ、結城ちゃん。伝言ありがと」
 ふっと、少女の表情が変わる。
「・・・・・・・・・さよなら」
 哀しげな声音で言い、少女は姿を消した。
 結城は、少女の言葉の意味がわかってしまった。だから、何も言えなかった。
 どちらが勝っても、彼女は消えてしまう。
 彼女は、永遠の死を迎える為に、女王に戦いを挑むのだから・・・・・・・・・・・・。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主神様シリーズ