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第1章〜パーティ結成! 第5話


 波打ち際の岩場で、ヴァユとリセルはぐったりと座り込んでいた。
 顔をあげた瞬間互いの目が合い、ヴァユはキッとリセルを睨みつけた。恨みがましいその視線にリセルは苦笑いで後ずさる。
 ヴァユは数歩下がったリセルからぷいっと視線を逸らし、あらぬ方向を睨んで、拗ねた――というより、嫌味に近い口調で言う。
「魔法使うのってただでさえ疲れるのになー。誰かさんが大暴れしたおかげで余計に疲れたなー。
 オレ、大丈夫だって言ったのになーんでそんなに信用ないかなぁ〜」
 聞こえよがしに呟きながら洞窟に向けて歩き出したヴァユに、リセルも慌てて後を追う。
「でも、誰かと一緒に飛んだことはないって言ってらしたでしょう? それに・・・・・・・」
 リセルは申し訳なさそうに言って、さきほど下りてきた崖を見上げて立ち止まった。
「・・・それに?」
 ヴァユも足を止め、なおも不機嫌を露に聞き返してからリセルの視線を追って頭上を見る。
 風の魔法を操るヴァユには風が吹き荒れる様がよく視えた。
 今日に限ったことなのか、普段から風が強い場所なのかは知らないが、岩場を歩く二人のほんの少し上空では強い風が吹いていた。
 だからといって、飛んでいた時にバランスが崩れたとかそういったことはまったくなかった。
 それでも、足のつかない不安定なところで強い風に吹かれるのは、リセルにとっては充分な恐怖であったらしい。
「だって、本当に怖かったんです・・・・・・・・」
 リセルは俯いて、今にも消え入りそうな声で言った。
 そんなリセルの様子を見て、ヴァユはまた大袈裟に溜息をついて見せた。
(そんな顔されたらこれ以上怒れないじゃんか・・・)
 まるで虐めているような気分になって、困ったような瞳でリセルを見つめた。
 くるりと、なんの宣言もナシにいきなりリセルに背を向ける。
「ああ、もうわかったからさ。早く行こう」
 言うが早いかさっさと歩き出した。
「はいっ!」
 慌てたようなリセルの声。
 そして二人は並んで洞窟を目指す。
 目的地の洞窟はそこから三十分もかからない場所にあった。
 海賊のアジトらしく洞窟の入り口は少しわかりにくい場所にあり、言われていなければ素通りしていたかもしれない。
「へぇー、やっぱ中のほうは暗いんだ」
 外から洞窟内を覗き込んだヴァユは、しっかり準備をしてくれたリセルに感謝しつつ横にいるリセルに視線を向けた。
「え・・・ええ・・・」
「お姉ちゃん?」
 怯えたような態度を見せるリセルに疑問を抱いたヴァユは首を傾げて問いかける。
「・・・・・お姉ちゃん、どうかした?」
「いっ、いいえっ。・・・・・・・・なんでも・・・・」
 慌てて否定するもその声はどんどん小さくなっていく。
 そんなリセルの様子に、ヴァユは一つの可能性に思い至って、まさか・・・と冷や汗を流した。
「そういえばさぁ・・・・お姉ちゃん、新米だって言ってたよね・・・」
「・・・・・はい・・・・・・」
「もしかして、こういうところに来るの初めて・・・とか?」
 長い沈黙。
 そして、リセルは小さく頷いた。
「うっそだろぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 その回答にヴァユは頭を抱えてしゃがみ込む。
 テキパキと準備をこなしていたし、戦闘でも強かったし。新米とは聞いていたもののまさか本当に冒険初心者だとは思いもしなかった。
「言ったじゃないですか、新米だって。一人では不安だったから他の冒険者の方を雇おうと思ってあそこに行ったんです」
 リセルは言い訳がましくそう言ってから、拗ねたように口を尖らせた。
「そういうヴァユさんは怖くないんですか。こんな・・・・・」
 言って洞窟のほうに視線を向けた。
「べっつにー」
 ヴァユは軽い調子で言い返す。
 確かに洞窟内部は暗いし、崩れでもしたら一巻の終わりだ。
 だが、よほど暴れなければ崩れることなんてないだろうし、暗ければ灯りをつければいいだけの話だ。
 ヴァユにとっては嵐の海のほうがよほど怖かった。もちろん、怖いといっても今リセルが言っている怖いとは少し感覚は違うのだが。
「大丈夫だって。何かあったらすぐ逃げればいいし」
「逃げられなかったらどうするんですか」
 リセルは、さっさと歩き出したヴァユの後をおっかなびっくりついて行く。
 あまりにも後ろ向きな発言に、ヴァユは呆れた視線でリセルを見つめて小さく肩を竦めた。
「そんなことまで考えてたらどこにも行けないだろ」
 それだけ言うと、ヴァユはもうこの話は終わりとばかりに歩を早めた。


 入ってからしばらくはそれなりの警戒をしていたが、あまりにもなにも起こらない道に、二人の警戒は徐々に薄れていった。
「罠とかあるっつってたよな、確か」
 手配書――正確には探し人だが――をくれたおじさんの言動を思い出して首を傾げる。
 リセルもしばらく考え込んで、それから自分を落ちつけるようにゆっくりとした口調で答えた。
「先に罠を解除されたんじゃないでしょうか? 情報が確かなら私たちより先にここに来ているはずでしょう、エリスさんは」
「ああ、そっか」
 言われてヴァユは納得して頷いた。
「んじゃ罠がないほうに行けばエリスに会えるのかな」
 ウキウキと弾んだ声で笑うヴァユとは対照的に、リセルの表情はやっぱり暗かった。
「さあ、それは・・・・・・」
 言いよどむリセルの答えに、ヴァユはつまらなそうに口を尖らせた。
「あーっそ。・・・・お姉ちゃんってばすっごい真面目」
「は?」
 実を言えばヴァユはエリスに会えるのを楽しみにしていたのだ。人相書きで見る限りはかなり可愛い子だったから。
 リセルの答えは慎重で正しいものなのかもしれないが、ヴァユにしてみればそんな淡い期待をすっぱり切られたみたいで気に入らなかったのだ。
「べっつにー。ほら、早く行こうよ」
 そんなヴァユの思いなど知る由もないリセルは、わけがわからいと言ったふうに短い問いを返してきた。だが、ヴァユはその声をあっさり無視して先に歩き出したのだった。


 それからさらに歩くこと数十分。
 やはり罠は一つもなく、二人は何の障害もなくここまで辿り着いていた。
「あとどれっくらいかなぁ」
 ヴァユは思いっきり伸びをして、退屈そうに呟いた。
 すると間髪入れずにリセルの声が返ってきた。
「ヴァユさんっ!」
「なに?」
 あんまりにも強い調子で怒鳴られてヴァユは目を丸くしてリセルに視線を向ける。
 リセルは額に手を当てて溜息を一つつくと、子供に諭すような声音で言ってきた。
「何もなくて緊張感が薄れるのはわかりますけど、何があるかわからないんです」
 子供扱いされたのが気に入らなくて、ヴァユの態度は自然と刺っぽいものになる。
「だから?」
 聞き返したヴァユに、リセルは思いっきり本気の怒鳴り声をあげた。
「だから、きちんと緊張感を保ってくださいって言ってるんです!」
「大丈夫だって、オレその辺の切り換え早いから」
 リセルの心配をよそに、ヴァユはケラケラと楽しげに笑って自信満々に言う。
「そういう問題じゃありませ――」
 何か動く物を目に止めて、ヴァユは怒鳴りかけたリセルを制止した。
「・・・ヴァユさん?」
 まだ気付いていないのか、リセルは不思議そうにヴァユの様子を見つめた。
(緊張感ないのはどっちだよ・・・・)
 ヴァユの態度の変化で何かあったことに気付いてくれてもいいだろうに、リセルはまったく気付いていないらしい。
 ヴァユはもう一度、そちらに目をやった。
 この道の先は十字路になっており、動くものが見えたのは右の道。
「あ、また」
 チラチラと目に映るのは緩やかに動く――多分、髪の毛。
「何が見えるんですか?」
 ヴァユほど目がよくないリセルは、ヴァユの目が何を追っているのかまったくわからないようだ。
 必死に目を凝らしていたが、すぐに諦めてヴァユに問い掛けてきた。
「さあ。行って見ないとわかんない」
 言うが早いかさっと歩き出す。
「せめて――・・・・・・・・せめて、足音を忍ばせるとかしてくださいっ」
 怒鳴りかけてから慌てて小声で言い直したリセルの忠告を無視してヴァユは十字路のところまでやってきた。
 相手に見つかることをまったく考慮していない、大胆な大股歩きで。
「お姉ちゃんってば心配しすぎだよ」
 ヴァユは歩きながらも軽く笑ってリセルに返した。
 まだ人が踏み込んでいない場所は罠だらけのはず。向こうに見つかったとしても、逃げようとするならば罠満載の通路を進むか逆にこちらに向かってくるか選択肢は二つしかないわけで・・・・。
(オレだったら相手に向かってく方選ぶよなァ)
 なんて思いっきり自分本意の論理できっとこっちに向かって逃げてくると思っていたのだ。
 こっちに向かって来てくれるならば好都合。道はそんなに広くないのだからすれ違いざまに捕まえればいい。
 もし向こうが罠を上手く避けつつ逃げれるだけの技術を持っていたらとか、自分の手におえないほど強かったらなんてまったく頭の隅でも考えていなかったのだった。
 そうしてひょいっと通路を覗き込む。
「みつけたーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 その道の先に人影を見つけ、ヴァユは思わず叫び声をあげた。
 突然の大声に驚いたのか人影は一瞬ビクっとして、――直後
「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 ヴァユにも負けない大音量で叫び返してきたのであった。


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