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第2章〜失われたモノ 第1話


 洞窟を出た三人は、とりあえずそこから一番近い街に向かうことにした。
 アリシアの話によると、リセルとヴァユが出てきた街とは逆の方角に二日ほど歩いたところに、かなり大きな街があるというのだ。
 アリシアは自身の荷物から大陸地図を取り出して二人に見せてくれた。
 リセルが買ったものよりずっと見やすく、細かいところまで詳しく載っていて、二人はなんとなく感心させられてしまった。
 感嘆の息をつく二人に、アリシアは呆れたような視線を向けた。
「こんなんで旅をしようなんてよく思いついたね」
 言葉こそキツイもののその声は呆れたと言うよりは楽しげで。
「事情が事情でしたから」
 そんなアリシアの様子に、リセルは苦笑いで返していた。
 一方、完全に趣味と好奇心でロクな知識もないままに旅を始めたヴァユとしては、アリシアの言葉が本気でないにしても耳に痛い事には変わりなく、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 頬を膨らませ、沈黙でもって応える。
 子供らしいヴァユの仕草に、リセルとアリシアがくすくすという楽しげに笑う。
 そんな二人にヴァユはますます膨れっ面をして見せるのだが、それはさらに二人を楽しませるだけだった。
 これ以上なにをやっても無駄だと悟ったヴァユは、笑いつづける二人を置いてさっさと歩き出した。



 そうして荒野を歩くこと二日。なんとかその日の日没までには街に着くことが出来た。
 意外なほど近くに街があったことにヴァユは驚きの表情を隠せなかった。
 ヴァユは今まで海路を使った港町と港町の行き来しかしたことがなく、また街から出た時に見た荒野のイメージが強くて、てっきり内陸部には街は少ないものと思い込んでいたのだ。
 二人に聞いてみると、王城がある大陸は別としても、その周囲の島にはもともと街が少なく、その街のほとんどは港町。
 実を言えばこの街も海に面した港町なのだそうだ。
 感心した様子で物珍しげに辺りを眺めるヴァユを見て、アリシアは苦笑して言った。――そのわりに口調そのものはかなり楽しそうだが。・・・・・いや、ヴァユの反応を面白がってるだけかもしれない・・・。
「まずは宿を探さないと・・・」
 日没前とはいえ、実際にはもうほとんど陽は地平線の下に隠れかけている。
 アリシアはほんの少しキョロキョロと街の様子を眺めただけで、なんの迷いもなくさっと歩き出した。
「あのさー、宿の場所とかわかってんの?」
 初めての街だというのに自信を持って歩いていくものだから逆に不安になってしまう。
 まさか間違った道を自信たっぷりに歩いていないよな、と思いながら聞いてみた。
 少しだけヴァユに視線を寄せたアリシアは何にも知らないんだなとでも言いたげな、呆れたような表情を見せて、
「どこも同じようなもんでしょ。冒険者向けの宿は冒険者が集まるところにあるってね」
 そう言いながらぐるりと辺りに視線を巡らせた。
 あわせて同じように視線を巡らせたヴァユは、周囲の人間の雰囲気に気付いて納得した様子で頷いた。
 道行く人々に冒険者らしき服装の者たちが増えていた。逆に、普通の街人らしき服装の者は減っている。
 つまり、アリシアは周囲の通行人の様子を見つつ、冒険者が集まっていそうな方向に向かっていたと言うことだ。
「へぇ・・・・。アリシアさんは旅慣れてるんですね」
 リセルも同じように気付いたのだろう、感心した様子で言ってにっこりと笑った。
「まーね」
 当然のことのように言って返してきたアリシアは、ふいと視線を横の道に向けた。
 後を追ってそちらを見ると、その通りは完全冒険者向けといった感のある通りで、両脇に並ぶ店はそのほとんどが武器屋や宿屋など、冒険者向けの店ばかりだった。
 当然宿屋も何軒か軒を連ねていて・・・・・・・・・・・・・・。
 ヴァユは、嫌な予感がして怖々と後ろのリセルに目を向けた。
「あのさ、お姉ちゃん・・・・・・・」
 先に牽制しておいたほうがいいかと思ったのだが、リセルはまったく聞き入れる様子はなかった。
「安くて、なるたけ質の良い宿に泊まりましょうね♪」
(だめだ・・・・・・・完ッ全にやる気になっちゃってる・・・)
 利き手で額を抑えてうめくように息を吐くヴァユを見、きらきらと瞳を輝かせるリセルを見て、アリシアは怪訝そうに首をかしげた。
「それは確かにそうだけど・・・・・・」
 そう言いながら、アリシアの視線は、説明をしろと言っていた。
 もちろん、話を聞きそうにないリセルにではなく、ヴァユに向けて・・・だ。
「お姉ちゃんってさぁ・・・値切りとか得意なんだよ・・・」
 そう前置きをして、市場での出来事を一部始終話して聞かせた。
 アリシアは心なしか青ざめたような面持ちでリセルを見つめて小さく呟いた。
「・・・・・・まさか宿代を値切ったりしないよね・・・・?」
 まさかとは思うが頷かれても怖いし、しっかりと聞くことはできなかったらしい。ヴァユも同じ気持ちだった。
 ・・・・・・・・・・・普通は、やらない。
 だが、あの様子を見ているとやってもおかしくないと思える辺りが恐ろしい。
「まさか。ただたんにちゃんと損しないレベルの宿屋を見繕うだけです」
「 ! ・・・・・・」
「あはははは・・・・・・・・・・聞こえてた?」
 どうやらしっかりこちらの言葉を聞いていたらしいリセルに、アリシアは驚きと沈黙で、ヴァユは乾いた笑いでもって答えを返した。
 リセルはにっこりと穏やかな笑みで言う。
「お二人はこの辺で待っていてください。良さそうな宿を探してきますから」
「ちょっと待てって! 女の人一人じゃ危ないだろ」
 ヴァユは、すぐにも歩いて行ってしまいそうなリセルの服の裾を掴んで慌てて引きとめた。
 行動こそ起さなかったものの、アリシアもヴァユと同意見らしく、横で頷いている。
 だがリセルは何故か不思議そうに首を傾げた。
「そうですか? 私よりアリシアさんやヴァユさんの一人歩きのほうがよっぽど危ないと思うんですけど」
「なんで」
「・・・・・・・・・」
 不機嫌そうにアリシアは言うが、ヴァユは心当たりがあるだけに強気な態度には出られなかった。
 なにしろ初めてリセルと会った時、ヴァユは街の中で迷子になっていたのだから。
 今もやっぱり街中を歩くのはまだ苦手で、二人がいなければあっという間に、街の出口すらわからない迷子になっていただろう。
 自分は一人歩きが出来ないという事実に溜息をついて、これ以上この話題で会話をすることが嫌になっていたヴァユは別の疑問を口にした。
「それよりさぁ、なんでわざわざ一人で行くのさ。みんなで行けばいいじゃん」
 至極もっともな意見にリセルはうっと言葉に詰まった。
 答えを促す二人の視線を受けて、ボソボソと小声で答える。
「・・・だって・・・さっきの話聞いたあとでは値切りなんて出来ないでしょう・・・・?」
 今度こそ、アリシアとヴァユはぐったりと肩を落として沈黙した。
 まさか本気で値切るつもりだったとは。
「当たり前デショ」
 ポンっとリセルの肩に両手をおいて、アリシアは精神的疲労のためか、俯いたままに言った。
「もうぼくが決めるからね。反対意見は却下。露店じゃないんだから値切りなんてしないでよ・・・」
 アリシアの顔が赤いのはきっと夕陽のせいではないだろう。
 ヴァユだって宿屋で値切りなんてされたら恥ずかしくて仕方がない。
 その辺、どうやらリセルは違う考えを持っているようでしきりに残念がっていたが、今回は多数決と言うことで納得させた。



 そんなこんなで宿を決めた三人は、二部屋に分かれて泊まることにした。
 もちろん女性であるリセルが別部屋だ。
 夕食後、三人はこれからのことを話し合うために一部屋に集合した。
 リセルの必要額は一千万。アリシアから貰った分があるから残りは半額。
 だが、アリシアに聞いたところ、あの五百万も一年以上かけて集めたもので、返済期限を考えると同じ方法では難しい。
 とにかく片っ端から仕事をするしかないというなんとも単純な答えに行きついた三人は、まず明日朝一でアリシアに貰った分を換金して、その後冒険者支援所に行って仕事を探すことにした。
 話が一段落したところで、ヴァユはさっきから疑問に思っていたことを口にした。
「あのさぁ、さっきお姉ちゃんが話してたのが妙に気になるんだけど・・・」
「さっき?」
「ほら、オレやアリシアの一人歩きのほうが危ないってやつ。まあオレは街に慣れてないからともかく、アリシアはこの中でも一番経験豊富な冒険者だろ?」
「・・・ああ、あれですか」
 ヴァユの言葉にしばらく考えてから――多分自分の言葉を思い出してたんだろう――リセルは自分の前でポンっと手を叩いて明るく笑った。
「だって、いくら強くたって多勢に無勢って言葉もあるでしょう?」
「ならぼくだけじゃなくってリセルさんもヴァユくんも一緒じゃない」
 憮然とした様子で切り返すアリシアに、リセルはにっこりと笑って見せた。だが、目だけは笑っていない。
 リセルの持つ静かな迫力に、アリシアは心なしか後ろに引いて彼女を見返す。
 一人言葉の意味がよく掴めないヴァユは、二人のやり取りに首を傾げた。
「オッドアイって珍しいですから。それにアリシアさんは顔立ちも可愛いですし。ナンパは撃退できても、もし組織的に狙われたら逃げきるのは難しいでしょう?」
 何故、アリシアが組織的に狙われなければならないのだ。
 わけのわからない答えに、だがアリシアは心当たりがあるらしい。
「ああ、そういうことね」
 茶化すように言って、苦笑いをする。
「・・・・・・・・・えっと、だから・・・・。どういうこと?」
 一人意味がわからずにポカンとしているヴァユに、リセルはピッと人差し指を立てて、どこか楽しげな様子で一言、簡潔に言った。
「五千万」


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