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第2章〜失われたモノ 第2話


(五千万・・・・・・・・・・・って、何が?)
 やっぱりその言葉の意味がわからなくて、けれどあまりにも自信たっぷりに言うリセルに気圧されて。
 ヴァユは呆然とその場に固まった。
 その横で、アリシアが不機嫌そうに腕を組んでリセルに言い返す。
「えー、それ安すぎだって。もうちょっと高くてもいいんじゃない?」
「そうですか? では最低価格ということにしておきましょう」
 言われてしばらく考え込んだアリシアは、満足げに頷いて見せた。
「ん〜〜〜〜・・・。ま、そんなトコかな」
「だからなにがっ!」
 取り残されたヴァユはとうとうイラついた叫び声で二人の会話を中断させる。
 パッと、二人の視線がヴァユに集まる。
 一瞬の沈黙の後、アリシアが答えた。
「だからさ、ぼくの危険度の話でしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 たっぷり十数秒も考え込んでから、やっぱり意味がわからずヴァユは間抜けた返事を返した。
 なんで危険度の話で数字が出てくるのか。しかも価格がどうとか言ってたからあの数字は金額を示すものだろう。
 だけど、なんでそうなるのかがわからない。
「つまりですね、アリシアさんはパッと見の外見だけでも、見る人が見れば相場の数倍以上の値で売れることがわかってしまうんですよ。だから、その分狙われる確率も上がると言うことです。
 まあ・・・アリシアさんは可愛いですから、それ以外の危険もありそうですけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 言われたことを反芻して、もう一度考えてみる。
「・・・・・・・・・・・・相場? 売れる・・・・・・・・なにが?」
 やっぱりわからなかった。
「まあ言い方はいろいろあるけど、早い話人身売買ってヤツだね」
 ヴァユの様子に見かねたのか、アリシアが苦笑しながらズバリ答えを教えてくれた。
「ああ、そういうこと・・・・・・・・・って! なんでそういう方向に行ってるんだよっ!」
 そもそも、なんでリセルはこんな話に詳しいんだろう。それともヴァユが世間一般的な知識を知らなすぎるのだろうか。
 ヴァユの言葉に、リセルはさらっと穏やかに笑って答えた。
「一番例えやすかったからです。他の方向ですと・・――」
「言わなくていいっ!」
 アリシアが慌てた様子でリセルの言葉を止めた。
 リセルはまったく同じた様子もなくにっこりと笑顔で返す。
「そうですね。それでも今まで一人でやって来たってことはそれなりに良い腕を持ってるんですね、アリシアさんは」
 その声音も、表情も。面白がって、楽しんでいる事がまるわかりだった。
 しかしアリシアも負けてはいない。にっこりと笑顔で言い返す。
(・・・・・・・・・・ついてけないよ、コレ・・・・・・・)
 多分・・・たぶん、当人らはこのやりとりをそれなりに楽しんでいるのだろうが――というか、そうでも思わねばやってられない――とてもじゃないがヴァユについていけるような会話ではなかった。
 運良く集合していたのはリセルの側の部屋。
 いつのまにやら違う話題に移って楽しげに話す二人に一言声をかけて、ヴァユは自分の部屋のほうへと足を向けた。



 翌日。どうやら昨夜の話ですっかり意気投合したらしい二人は顔を合わせるなり晴れやかに挨拶を交わした。
 いったいどんな会話が交わされていたのかはあまり考えたくないところだ。
「とりあえずマジックショップと宝石店ですね」
 いつの間に手に入れたのか街の地図を眺めながらリセルがルートを確認しつつニッコリ笑う。
 それを受けてアリシアがさらに一言二言付け加えて。
 街中ではまったく物知らずなヴァユをおいて、二人の相談が続いていた。
 そうして午前中のうちに三人はアリシアの宝石と魔法道具を全て換金し、そのお金を銀行に預けてから冒険者支援所へ足を運んだ。
 アリシアは五百万くらいだと言っていたがとんでもない。
 きっとその半分以上はリセルの交渉の腕によるところだろうが、――端から見ていたヴァユは、思わず店主を哀れに思ってしまったくらいだ――実際に手にいれた金額は当初の予想を大幅に越えて七百万だった。
 これならば上手く仕事を選べばなんとかなりそうだと、三人は足取り軽く扉を開けた。
 当然のことだが、店の中は冒険者でいっぱいだった。
 リセルとヴァユはカウンターに向かおうとしたが、アリシアに止められてしまった。
「なんで止めるのさ。仕事、探すんだろ?」
 憮然とした様子で言うヴァユだったが、アリシアはどこか疲れた様子で溜息をついた。
「ま、そうだろうと思ったけどね。いちいちマスターに聞いてたんじゃ向こうも仕事にならないでしょ」
 言われてみればその通りだ。
 見たところ店のマスターの他にはウェイトレスが一人いるだけのようだし。
「ならどうやって探すんですか?」
 リセルの問いに、アリシアは壁のほうを指差した。
「賞金がかかってる魔物や犯罪者なんかの情報はああやって壁に張り出してあるんだよ。気付かなかった?」
 悪戯っぽく笑って歩き出すアリシアに少し遅れて、ヴァユも壁の張り紙のほうへ小走りに駆け寄った。
 壁にはいかにもな凶悪犯罪者の手配書や、賞金がかかっている魔物、それに混じって普通の探し人の張り紙なんかもあった。
「へぇ、いろいろあるんですねぇ」
 感心した様子で張り紙を眺めるリセル。
「あ、これなんかどう?」
 軽い調子で言ってヴァユが指したのは賞金百五十万の魔物退治だった。ちなみに、ヴァユが見た限りではここにある張り紙のなかでは一番の高額品である。
 別のところを見ていた二人も、ヴァユの声にひょいっとその張り紙に視線を向ける。
「高額なのはいいんだけど・・・・・・・それだけ強いってコトでしょ?」
 言いながらアリシアは手配書の備考欄を指差した。
 その魔物はここから内陸に三日ほど行った場所にある街の近くの森を縄張りとしていて、たいていその森にいるらしい。森の奥にいてくれるならばまだよいのだが、魔物はそうはしなかったのだ。
 ねぐらは森の奥にあるらしいのだが、魔物は時々食料を求めて街の近くまでやってきて畑を食い荒らすのだ。運悪くその時に畑に居合わせた者の中には怪我では済まなかった者もいるらしい。
 とうぜん街はその魔物に賞金をかけて魔物退治を依頼した。
 最初は相場より少し高いくらいの――二、三十万といったところだったのだが、魔物は予想外に強く、何人もの冒険者が返り討ちにあった。
 次第に魔物退治をしようという者もいなくなり、仕方なく賞金額をあげて・・・・・・その繰り返しでここまで高額になったらしい。
 しかし、そんな注意書きにもヴァユはまったく動じない。
「なんとかなるって。イザとなったら逃げれば良いし」
 ニッコリ笑って提案した。ヴァユ本人にしてみれば実力に自信があるからこその発言だが、それを残りの二人――特にまだヴァユとリセルの戦闘を見た事がないアリシア――がどうとるか・・・。
「逃げられなかった時が問題なんですけどね」
 あくまで楽観的なヴァユの様子に、まったく心配していない口調でリセルが言った。どうやらリセルも特別に反対しているわけではないらしい。
 そうすると残るはアリシアの意見だけで・・・・・・・・・。
「うーーーん・・・。じゃ、時間もないことだし行ってみる? 勝てそうになかったら逃げるってコトで」
 反対されるかとも思ったのだが、意外にもあっさり同意してくれた。
 やはりリセルの借金の返済期限のことが気にかかっているのだろう。あと一年とはいえ早いほうがいいし、返しに行く場所を聞いてはいないが、お金を返しに行く道程も計算にいれなければならないだろう。そう考えると、実際にはお金集めに一年もかけていられない。
「んじゃ決まりっ!」
 再度手配書を眺めて街の名前を確認した。
「徒歩三日ですか・・・・まあそんなもんですよね」
「馬で行こうよ。ぼく三日も歩きたくないし」
 リセルがぶつぶつと必要な物をあげていたその横で、さらっとアリシアがとんでもないことを言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさ・・・・・・アリシア、”冒険者”なんだよね・・・?」
 いったい何を言っているのかと、ヴァユは呆然と聞き返した。
 アリシアはいたって平然と答える。リセルも平然としていて、むしろヴァユの態度にこそ疑問を持っている様子だった。
「たいてい街から街への移動は船か馬でしょ。もちろん、遺跡とかに行く時は別だけど」
 確かに、馬はともかく船を使う事は多い。数々の島からなっているこのアルカディアでは船は必須だ。だが、島々の面積だってどれもたいして広くはない。おかげで乗り合い馬車などの料金もたいして高くならない。
 だから実は、冒険者に過剰な夢と期待を抱いてしまっているヴァユのイメージとは違い、ほとんどの冒険者が街と街の移動には船か馬車――もしくは馬――を使う。
 もちろんヴァユより少し早く旅を始めていたリセルもそのことは知っていて・・・
「ヴァユさん・・・冒険者のイメージ何か間違ってませんか?」
 リセルは、そう言って苦笑した。
「・・・そうなの?」
「そんなもんだよ。ま、正確には馬じゃなくて馬車だけどね」
「それじゃ私、買い物ついでにチケット買ってきます」
 心底楽しそうに申し出たリセルに、ヴァユとアリシアは困ったような嬉しいような微妙な表情で互いに視線を交わした。
 たぶん、リセルは値切って買ってくるんだろうな、と。
「頼むから、チケットは値切らないでよ」
「ええ、さすがに私もそこまでは」
「宿代ケチろうとしたくせに・・・・・・・・・」
 アリシアの忠告に素直に頷いたリセルだったが、ぼそりと小声でヴァユに言われて拗ねたような表情を見せた。
 そうしてその後、ヴァユはどう考えても一人歩きをさせられないということでアリシアと行動する事になった。
 夕刻・・・その日の最終馬車に乗ることを決め、リセルは買い物、アリシアとヴァユは出来る限りの情報収集をすることになった。


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