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第2章〜失われたモノ 第3話


 魔物が出るという街に着いたその翌日。
 街ではほとんどめぼしい情報を得られてなかったため、三人は早々に情報収集を諦め森の中へとやってきていた。
 一人、数歩先を歩くのは妙に浮かれた様子のヴァユ。その少し後ろで、アリシアとリセルは、ヴァユの浮かれ様に苦笑していた。
「ホントに大丈夫かなー」
 言葉とは裏腹に、まったく明るい口調でアリシアが呟く。
 リセルは穏やかに笑って、カケラも不安を見せない声で答えた。この前の洞窟の時とは大違いだ。
「ヴァユさん、ああ見えても魔法使いですから」
「魔法使いっ!?」
 アリシアは、リセルが予想していた以上の驚きで返し、それからまじまじと前を歩くヴァユを見つめた。
 突然の大声に、ヴァユも驚いた表情で後ろを振り向く。
「そんなに意外ですか?」
 コクンと首を傾げて不思議そうに問い返すリセルに、アリシアはまだ興奮冷めやらぬ勢いでビッとヴァユを指差した。
 話の流れがわかってないヴァユはぽかん、と二人の会話を眺めるだけ。
「だって、まさか貴族の出じゃないでしょう?」
 しばしの沈黙。
 そして、リセルは唐突にポンっと胸の前で両手を合わせた。
「ああ、言い間違えました。魔法使いではなく、風使いですね」
「・・・・・・そうだよね。あー、びっくりした」
 胸を撫で下ろすアリシアに、今度はヴァユが疑問を投げかけた。
「それって何か違うわけ?」
「すっごく違う」
 そう答えたのはアリシアだが、説明してくれたのはリセルだった。
 これはヴァユも知っている事だが、魔法という学問は、基本的に王侯貴族の間でしか伝えられていない。例外として、貴族に近い権力を持つ大商人や、神職の中でも特に城仕えをしている者などがいるが、その程度だ。
 国外に――学問としての魔法が浸透しているレシェリアラに行けば、話は別だが。
「で、ですね。ヴァユさんも知ってると思うんですが、一般市民で魔法を使える者というのは、習わずとも自然にそれを身につけた――言いかえれば生まれつき魔法に向いた才能を持っている者だけです。
 ですが、本来魔法とは言霊と自らの意思、その両方の力を使って自然現象を歪めるものです。
 もともと魔法には属性があり、人それぞれ属性に対する相性があります。
 いくら才能があっても、言霊の力を借りずに魔法を扱うのは難しいのでしょう。理論を知らずに魔法を使う者は、たいてい自分と相性の良い属性の魔法しか扱えないんです。例えば、ヴァユさんが風属性の魔法しか扱えないように」
 リセルの説明が途切れ、アリシアがそのあとを続けた。
「学問としての魔法を習った人間ってのは、努力を怠った一部の人間を除けば皆が全属性の魔法を扱えるの。もちろん、得手不得手はあるけどね。
 対して、魔法を習った事のない人間は一属性しか使えない。
 その二種を区別するために、習った人間に対しては”魔法使い”って呼称を使い、一属性しか使えない人間に対してはその使える属性からとって”風使い”とか”水使い”って呼ばれるわけ」
「・・・・・・・へぇ、そういう呼び分けがあるんだ」
 感心したふうに言うヴァユに、リセルは口元に手をやって何か少し考えてから聞いてきた。
「ヴァユさん、仲間の方に能力のことを言われたことはなかったんですか?」
「んーー。特には。ま、便利ではあったけど」
 船上という閉鎖された場所で生まれ育ってきたヴァユは、ヴァユの能力のことを良く知っている人間にしか会う機会がなかったため、いちいちそれを説明する必要もなければ、”ヴァユ”と言う自身の名前以外で呼ばれる事もなかった。
 だから、風使いだとか魔法使いだとか・・・そういう呼び分けどころかその単語自体知らなかったのであった。
 ヴァユの事情を知らないアリシアは目を丸くしていたが、リセルはなんとなく予想がついたらしく小さな笑いを漏らしただけだった。
「あ、能力のせいってわけじゃないけど・・・――」
 能力のせいだけではないが、能力のおかげで持った役割に思い当たってヴァユはふっと視線を空へと向けた。
 だが、その言葉は最後まで言われることなく、唐突に会話は途切れた。
 ガサリと、風で起こるのとは明らかに違う音を聞いて三人は硬い視線を繁みに向ける。
 直後、
「あ〜〜もうっ、追っかけてくるなーーーっ!」
 繁みを掻き分けて現れたのは空飛ぶ小人。
「魔族!」
「うわ、フェアリーだぁ〜v」
 めいっぱい緊張の糸を張ったリセルとは対照的に、ヴァユは楽しそうな声をあげた。
 あまりにも対応の違う二人の態度を見て、アリシアは疲れたような溜息をついたが、すぐに表情を引き締めて再度正面に向き直る。
 とりあえず、リセルの言葉も、ヴァユの言葉も、一応、間違ってはいなかった。
 この世界では人間とも動物とも違う、異形の者すべてをひっくるめて魔物と呼ぶが、その中でも特に人語を話す者を魔族と呼び分ける。だから、どう見ても異形の者でしかない、それでいて言葉を喋ったソレは魔族に間違いなかった。
 だが一方で、お呑気極まりないが、ヴァユの物言いも間違ってはいない。
 実際に存在するわけではないが、絵本や物語の中ではあんな感じの人種が描かれていることがある。その呼び名は、ヴァユの言ったとおり”フェアリー”。
「そんなことよりボクの後ろ。あっち!」
 飛んで来たフェアリーは言うが早いかさっとヴァユの頭に飛び乗った。
 それから数秒の後、今度はバキバキという枝を折る音が響き、そして・・・――
「もしかしてあれかな」
 なぜか呑気な態度で言って、ヴァユは現れた巨体の魔物を指差した。
 太い四足でがっちりと大地を踏みしめるソレは、明らかに異形の姿を持っていた。
「もしかしなくてもそうでしょうね。聞いた特徴通りです」
 いつのまにやら手配書を手元に持って、そこに描かれた特徴を見ながらリセルは楽しげに頷いた。
「ちょっと二人とも呑気すぎない?」
 そういうアリシアの口調も充分に呑気だが。
 魔物は三人の姿を目に留めると、威嚇のつもりか低い唸り声を発した。
 その声が合図だとでも言うように、三人は一斉に戦闘態勢に入る。
 リセルは魔法剣を手にし、ヴァユはいつでも魔法が使えるように意識を集中する。そして、アリシアが手に持ったのは二本の短剣だった。
 ヴァユはあの巨体相手に短剣などで大丈夫なのかと思ったが、それを声にする暇はなかった。
 魔物は、とりあえず一番手近にいたヴァユに向かって鋭い爪で切りつけて来たのだ。
 それなりに速い動作ではあったが、それでも、ヴァユにとってはずいぶん遅く見えた。
 ヴァユを中心として小規模の竜巻が発生し、魔物の腕を押し戻す。
 魔物の動きが止まった瞬間を狙って、横からリセルの剣が伸びてきた。
 だが、魔物は残るもう一本の腕の爪でリセルの剣を弾き返す。勢いに圧されてリセルが地面に倒れ込んだ。
 魔物の注意がリセルの方へ向けられたその一瞬を狙って、ヴァユの風が勢いを増す。
「いっけぇぇっ!」
 ビュっと、ヴァユの周囲を取り巻いていた風が突然方向性を変えた。収束した風に魔物がたたらを踏む。
「げっ」
 吹っ飛ばされるだろうと思っていたヴァユは、予想外の事態に反応が遅れた。
 だが魔物のほうもすぐに体勢を立て直すことは出来なかったらしい。爪で切りつけようとする替わりに体ごと突っ込んできた。
 慌てて横に避け、直後、魔物に向けて今度はかまいたちを放った。咄嗟の行動だったため、たいした威力にはならなかったが、魔物の体のあちこちに裂傷ができる。
 傷と風によろめいた魔物に向かい、アリシアが駆け出した。懐に入り込んだアリシアは、下から上に向けて魔物を切りつける。
 間合いが近かったためか、魔物は爪ではなく腕でそれを受け止めたが、さすがに武器として使っている爪ほどの硬度はないようで、その腕から血が流れ出した。
 とはいえ、とうてい致命傷に届く傷ではない。手負いの獣となって暴れ出した魔物に、その場に居続けるのは不利だと判断したのか、アリシアは大きく後ろに下がった。
 魔物と至近距離にいたヴァユもまた、このままでは危ないと判断して後ろに下がろうとした。だが、いまだバランスの悪い体勢から立ち直れないでいたため、すぐに動く事ができない。
 魔物はヴァユの姿を目に留め、再度突進してくる。その距離と自分の体勢とを意識し、避けきれないと悟ったヴァユはしっかりと魔物を見据えた。
 不敵に笑った瞳とともに、ヴァユの周囲で風が舞う。
 だが、そんな余裕の笑みとは裏腹に、頭の隅では、間に合わないかもしれない・・・なんて思っていた。
 予想以上に体格のよい魔物に対して、咄嗟におこせるような風では足止めにすらならないこともわかっていた。
 あっという間に間合いを狭めて、眼前に迫った牙に、それでもヴァユは瞳を閉じる事はしなかった。
(間に合わないっ!)
 そう、思った。だがそれでも、ヴァユはまだ諦めていなかった。
「エア・カッターっ!」
 響いたのはアリシアの声。
 と同時に魔物が苦痛の声をあげて足を止める。
「よっしゃあっ! 今度こそ――」
 バッと立ちあがって、ひとつ息を吸って、
「ふっとべぇーーっ!」
 ゴウっと吹き荒れる風にさしもの魔物も耐え切れず、風に押されて背後の木にしたたか背を打ちつけた。
 まだ動こうとする魔物に最後の一太刀を浴びせたのはリセル。
 さっきまで地面にコケていたはずだが、いつのまにやら復活していたらしい。
 ヴァユはぽかん、とその光景を見つめ、それからぷうっと頬を膨らませた。
「お姉ちゃんばっか、美味しいところだけ持ってくなよ」
 両手を腰に当てて拗ねた声で言うヴァユのあまりにも子供らしい仕草に、アリシアとリセルは顔を見合わせ、楽しげな笑みを漏らした。


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