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第2章〜失われたモノ 第4話


 服についた埃を払ったリセルは、あのフェアリーには目もくれずにさっさと歩き出そうとした。
 きちんと魔物を倒した証拠を持っている辺りがさすがにしっかりしている。
「ちょっと待ってよ、お姉ちゃんっ!」
 慌てて服の袖を引いて呼びとめたヴァユに、リセルはきょとんとした瞳を向けた。
「普通さ、こういうときって”だいじょうぶ”とか聞かない?」
 言ってフェアリーの方へと視線を向ける。
 ヴァユの視線を追ってフェアリーを見つめたリセルは、何故か冷たい口調で答えた。
「普通ならそうしますけど、相手は魔族ですもの」
「だから、なんでそうなるのさ」
「・・・・・・・・ヴァユさん、異常気象のことは知ってますか?」
「へ? まあ、一応。前触れもなし、法則性もなしでいきなり空間の歪みが発生して、その後には必ず神隠しと魔物の発生が起こるってやつだろ?」
 いくら物知らずのヴァユだって、このくらいは知っている。
 今、アルカディアを騒がせている一番の出来事だ。
 とはいえ、国の人間は意外にもソレに対してのんきに構えている。予測もなにも出来ないものだから、自然災害と同じようなレベルで考えているのだ。当然、出来うる限りの対策はしているが。
「魔物たちは、その空間の歪みを意図的に発生させようとしているんです。そんなことをしたら世界が崩壊してしまうというのに、ですよ?」
「でも、彼らには彼らなりの理由がある。むしろ彼らの行動の方が正しいと思うけどね」
 横合いから入ってきたフェアリーに向けて、リセルはキッと鋭い視線で睨みつけた。
 けれどフェアリーはクスクスと楽しげに笑うだけで、まったく動じない。
「どういう意味?」
 興味なさそげに、一応といった感じで聞き返したのはアリシア。
 リセルは相変わらずも怖い表情のままで黙りこくって――フェアリーの次の言葉を待っていた。
「魔物は、野生の獣の帰巣本能で。魔族は、自らの身に起こった事に気づいて――在るべき場所に帰ろうとしてるんだよ」
 ふっ、と・・・フェアリーの表情が変わった。
 先ほどまでの可愛らしい雰囲気が一瞬にして霧散し、替わりに現れたのは小悪魔を思わせる、無邪気で残酷な空気。
 フェアリーが何を言おうとしているのかわからない。
 三人は顔を見合わせ、フェアリーに向き直った。
「この星の異常気象は、他の星にまで影響しているんだよ。おかげで面倒な役目を押し付けられるし、ボクはこの星にとってイレギュラーだから大丈夫だと思ってたのにもろに影響浮けてこんな姿になるし。もうサイアク」
 大袈裟に溜息をついて肩を竦め、それからニッと不敵に笑った。
「空間の歪みに取り込まれた生物は、その影響で精神に異常をきたして他の場所へ飛ばされる。その結果が、魔物や魔族という存在だよ。
 けれど、運が良ければ精神は在るべき場所へ帰れる」
「精神って・・・・・・身体はどうなるんですか?」
 リセルの問いに、フェアリーは嫌な印象しか与えない――人の不幸を楽しむかのような笑みを見せた。
「キミたちは、ボクに会う事で気付く機会を得た。
 ・・・・・・・・・・早く帰ったほうがいい。でないと、本当に壊れちゃうよ?」
 ふいに、フェアリーの赤い瞳が血のように見えた。
 瞳だけではない。その髪も・・・・まるで血を思わせるような赤。今更ながら、それが妙に目に付いた。
「んじゃ、ボクはボクで帰り道を探すから。キミらも急いだ方が良いよ」
 去りかけて、くるりとこちらに振り返った。
「ヒント――じっくり話し合う事だね。そうすればわかるから。ここが、おかしいことに」
「おかしい・・・・・?」
 呟くような問いかけは誰が漏らしたものだっただろうか。
 フェアリーは、さっさと繁みの向こうへと消えてしまった。
 三人の間に沈黙がおりる。
 なにがなにやらわからない――そんなヴァユと違い、二人はフェアリーの言葉の意味をある程度は理解したようだった。ただ、その表情から察するに、その事実が真実か否か掴みかねていて・・・・・・・。
「とりあえずさ、ヒントの通りにしてみる?」
「私はなんか納得いかないんですけど・・・・・・・」
「魔族に嫌な思い出でもあるの?」
 魔物に対してなぜか拒否反応を示すリセルを見て、アリシアが不思議そうな顔をした。
 その問いに、リセルはぽかん、と口を開けて唖然とした表情を見せる。
「嫌なって・・・・・・・魔物は人間に害をもたらす者でしょう? 常識じゃないですか」
「・・・・・・・そうなの?」
「まあ、一応一般常識としては」
 一般常識の大半について無知であるヴァユの口から出た疑問に、アリシアは、やっぱり興味なさそうに答えたのだった。
 よくよく考えてみれば、アリシアは冒険者だし、ヴァユは船上しか知らない。だが、リセルはつい最近までは普通の町に暮らす住人の常識の中で生きてきたのだ。
 リセルは大きく息を吐いて肩を落とした。
「それでは、ヴァユさんの言う通り話してみましょうか」
「問題は何を話し合うのかだよな」
「・・・わからずに言ってたんですか?」
 呆れたようなリセルの声に、ヴァユはへらっと誤魔化すような笑いをして見せた。
 アリシアは、小さく息を吐いてから口を開いた。
「でも実際、異常気象についてここで話したところでなにが得られるわけでもなし、あれが言ってた”在るべき場所”だって話してわかるものでもないでしょ?」
 冷静に言ったアリシアに、だがリセルは何か案があるらしい。にっこりとわらってアリシアに向き直った。
「まずは、情報を全部出しちゃいましょう。それで何が変わるわけでもないですけど、王家に繋がりが出来れば少しは違うでしょうから」
「は?」
 突拍子もないリセルの言葉に、アリシアとヴァユ二人の声が重なった。
 リセルはにこにこと悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ね、アリシア=エリス=アルカディアさん?」
 その単語の意味――ヴァユは思わずアリシアを振り返った。
 アリシアは呆然と自分を指差し、再度、
「・・・・・・・・は?」
 言葉を漏らした。
 そして、しばらく間を置いたのち、
「ちょっと待ってよ。アリシア=エリスまではいいとして、なんでそこに”アルカディア”がくっつくの」
 慌てた様子で言う。
 が、ヴァユにはアリシア=エリスというその部分すら理解できなかった。
「ええぇぇっ? なんでアリシアとエリスが同じなのさ!」
 リセルは至極落ちついた様子で二人に答えた。
「オッドアイの瞳は、両性の人間に必ず表れる特徴です。
 それと、私、首都の生まれなんですよ。何度か皇女を見た事があります。最初は似てると思っただけだったんですけど・・・・アリシアさんって食事する時にしろ、ただ歩いているだけにしろ、そのいちいちが妙に優雅なんですよねー、結構目立ってたんですけど・・・気づいてませんでした?」
 アリシアはぽかんとその言葉を聞き、しばらくしてからやっと、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「まあそれにしては賞金かけて探すって言うのはおかしいなーとも思ったんですけど・・・・」
「そうだよ。普通皇女が行方不明なんてコトになったら秘密裏に探すでしょ。それに、ぼくは普通の一般階級の出だってば」
 ヴァユは、あれ? っと首を傾げた。さっき聞いた魔法の話と矛盾しているからだ。
「呪文を使う魔法って・・・・王族とかにしか伝わってないんじゃなかったっけ?」
 ほんのついさっき、アリシアは魔法で――しかも、呪文を用いるタイプの魔法で――ヴァユを助けてくれたではないか。
 アリシアの瞳が、不安げに揺れる。
「・・・・・・でも、ぼくはそんな覚えない。・・・普通の家に生まれて、普通に育って、それで・・・趣味で旅を始めた」
「普通って?」
「え? えーっと、だから・・・・・・・」
 言いかけて、口をつぐんだ。
 リセルは何も言わない。だから、ヴァユもそれに倣う事にして、アリシアの言葉を待った。
 たっぷり数分も考え込んでから、アリシアはやっと口を開いた。
「あーもう、わかんないっ!」
 唐突なその物言いに、リセルとヴァユは驚きに目を丸くした。
 アリシアは何故か怒ったように――けれど瞳だけは怒っていなくて・・・。
「父さんや母さんがどんな人かとか、家族の雰囲気とか、そう言うことははっきりと覚えてるの。でも、具体的に父さんがどんな仕事をしていたかとか、どんな家に住んでたかとか、そういうことが全然思い出せない」
 しばらく沈み込んだかと思ったらばっと顔をあげて、びしっとリセルに指差した。
「なんで今なの。気付いてたのに気付いてないフリしてたわけ?」
 それは、半ば八つ当たりにも近いものだった。
「いえ、今――というか、正確にはさっき・・・・気付いたんです」
 今までの流れからしてあっさりあしらってしまうかと思ったが、意外にもリセルは困った様子でそう答えた。
「今? あれだけの情報に、今、気付いたの?」
 それもなんだかおかしい気がする。驚きに、いつもより少し高い声が出た。
 ヴァユの問いに、リセルは首を振って、やはり彼女もどこか不安げに答えた。
「両性のことも、皇女と似てる事も、所作が優雅であることも、前から気付いてました。
 だけど、それが、繋がらなかったんです。あの魔族の気配に気付いた時・・・あの時、いきなり、点でしかなかった出来事が、一つにまとまったんです」
 フェアリーは言った。自分に会う事で気付くきっかけを得た、と。
「そういうこと・・・・・なのか?」
 何故、きっかけになり得たのか。それはここで考えてもわかることではなかった。
 あえて言うならフェアリーが言っていた”イレギュラー”という言葉。あの意味を掴めば・・・・・・・。
 だが、それとてここで答えを出すには情報が少なすぎた。
「さあ」
 まだどこか怒ったような口調でアリシアはあさってのほうを見て相槌を打った。
「とにかく、首都に行ってみませんか?」
 リセルの提案に、二人はすぐにうなずいた。
 ”おかしい”何かの全てを探る事はできずとも、とりあえずアリシアのことを解決させる手掛かりにはなりそうだから。


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