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第2章〜失われたモノ 第5話


 まあ、運が悪かったと言えよう。
 フェアリー騒ぎの後、三人はさっそく近場の港町へとやってきた。
 だがその数日前、首都への航路に空間の歪みが発生。当然魔物も大量発生し、その影響で船という船が全て、出航を見合わせていたのである。
 定期船はもちろん、貿易船や商船までもが、全て運休していたのだ。
「・・・・・・・・・・・・どうします?」
 一通り港を巡った後、リセルは溜息とともに呟いた。
「どうするって言われてもなぁ」
 そう。どうしようもないのだ。
「船以外の方法なんてないし、待つしかないんじゃない?」
 アリシアの言う通り、船を使う以外に首都に行く方法はないのだ。ならば船の運航が再開するのを待つしかない。
 だがリセルは諦めが悪かった。
「ヴァユさん、なんとかなりません?」
「なんとかってもさぁ・・・・・・・」
 ヴァユが船乗りと知っての発言だが、頼りにされても困る。
 当たり前のことながら、ヴァユが自由にできる船があるわけでもなし。知り合いがいれば良いのだが、アルカディアには港町が多い――というか、港町ではない町のほうが少ない。
 ヴァユたちが船を捜しているこの時に、偶然にも同じ町で足止めを食らっている知り合いの船がいるかどうかは怪しいところだ。
 だがリセルの期待の瞳に見つめられ、ヴァユは苦笑しながらぐるりと周囲に目をやった。
「ま、運がよければ・・・・・・かな」
 二人のやりとりに、ヴァユの事情を知らないアリシアは不思議そうに首を傾げた。
 そうして、予想通りの質問を投げかけてきたアリシアに、ヴァユは自分の本業が船乗りであることを告げた。
「運任せかぁ・・・・・・・。でも待つしかないよりはましかな。
 んじゃ、もう一回りしてみる? もしかしたらさっきは気付かなかった知り合いを見つけられるかもしれないし」
 明るく笑って言ったアリシアに二人は頷き、三人は再度港を歩き出した。


 港には、足止めされた多くの船が停泊していた。
 だがやはり、ヴァユはこの数の船から知り合いを見つけるのは困難なように思われた。
 自分の家である父の船ならばともかく、そうしょっちゅう会うわけでもない知り合いの船の形などよく覚えていないからだ。
 船の身分証明とも言える旗印――所属する町の印と船の所有者を示す印が描かれている――ならば覚えているのだが、あれは出航と入航の時にその町に対して示す身分証明であり、普通は航海中にしか掲げないものだ。
 かといって乗組員などさらにわからない。ヴァユが直接に知り合いと言える人間は、船の船長もしくはそれに準ずるレベルの人間だ。それは父に会いに来るのがたいていそういう相手であるためで、一般乗組員と知り合う機会などほとんどなかった。
 そして、船長や航海士のような人間は意外と港には降りてこない。たいてい港は素通りして町のほうへ行ってしまう。何故なら、彼らの仕事は航路や次の仕事の決定であり、そのための情報収集をするには町へ行くほうがよいからである。町にいなければ船の中。どちらにしても、今ヴァユたちが歩いている場所ではない。
 だが、どうやら天はヴァユたちに味方してくれたらしい。
「あっれー? ヴァユくんじゃない?」
 上から降ってきた甲高い声に、三人はひょいと空を見上げた。
 ちょうどそこには一艘の船があり、甲板から身を乗り出してヴァユたちに視線を向ける女性の姿があった。
「姐(ねえ)さん!」
 ヴァユの口から飛び出た単語にリセルとアリシアは驚きの声を上げるが、当のヴァユはまったく聞いていない。
 止める間もなく風に乗って飛びあがったヴァユは、そのまま船の甲板に足を下ろした。



 残された二人は、ヴァユが上がっていった船を見つめてその場に立ち尽くす。
「姉さん・・・って・・・・・・・。ヴァユさん、お姉さんがいたんですか」
 意外そうに呟くリセルの横で、アリシアはぽかん、とその様子を眺めていた。
「ああもうっ、ヴァユくんってば相変わらず可愛いっ!! ホント、久しぶりねぇ。お姉さんは嬉しいわ〜♪」
 上から降ってくるのは賑やかすぎる女性の声。それに続いて、乗組員らしき男の声。
「姐(あね)さん・・・・・・。ヴァユが困ってるじゃないですか」
「えー? 別に困ってないわよねぇ、ヴァユくん」
「あーっと・・・・会えたのは嬉しいんだけど、抱きつくのは止めてくれると嬉しいなあ?」
 だが、続く声の様子から察するに、ヴァユの要望は受け入れられなかったらしい。
 困ったようなヴァユの声にアリシアがぶち切れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先、行く」
 低い――あまりにも、低い声音。まるでアリシアのまわりだけ暗雲が立ち込めているかのようであった。
 周囲を歩いていた人間が一斉に離れていったが、そんな空気の中でもリセルは平然と笑顔を向けた。
「行くのはかまいませんけど、邪魔するつもりならちゃんとヴァユさんに合わせてあげて下さいね。でないとヴァユさんが可哀相ですから」
「わかってる!」
 叫ぶように言い返して、口の中でモゴモゴと呟くアリシアの周囲に風が集まる。
「フライっ!」
 呪文の最後の一声とともに、ふわりとアリシアの身体が宙に浮かび、そのまま船の甲板の方へと上がっていった。
「さて、どこから乗ればいんでしょうねぇ、これ」
 それを見送ったリセルは、さして困った様子もなく、ぐるりと船の周囲に視線をやった。



 まあ、リースと目が合った時点で、こうなる事は予測していた。
 上がらなければよかったのかもしれないが、もしそうしていたら彼女の方から降りてきただろうし、その場合に彼女がどれだけ不機嫌になるかは考えたくもない。
「あれ、でもヴァユくんがここにいるってコトは、キミたちも足止めくらったの?」
 ぎゅーっと抱きついてきているこの状況で、いきなり真面目な話題を振るのは止めてほしいと切に願ったが、どうせ言っても聞き入れられないのだ。
 彼女の名は、リース。ヴァユの父と同業者で、まだ十八を過ぎたばかりだが、この船の船長である。
 ヴァユはリースにかなり気に入られており、抱きつかれるのは日常茶飯事。そんなマスコット的な気に入られ方故に、会った時の第一声はいつも”可愛い”である。
「オレ、今船降りてんの。ま、足止めはくらってるんだけどさ」
 言って、これまでの事情を説明するために一度リースから離れようとしたその時。
 グイッと後ろから誰かに引っ張られた。
 痛いくらいに鋭いリースの視線が、ヴァユの後ろにいる人物に注がれる。
「どぉもこんにちわ、お姉さん」
(えーっと・・・なんか聞き覚えあるようなないような・・・・・)
 不機嫌になってしまったリースの動向を見守る方が優先で、後ろに視線をやる余裕はなかったが、その声には聞き覚えがあった。だが、少なくともこの船の人間ではない――そもそも、この船の人間ならばこんなことをするはずがない。
(ってと・・・誰だろう?)
 この状況で現れる、この船の船員ではない女性。
 ・・・・・・そんな女性など、ヴァユにはまったく見当がつかなかった。
 リセルの声でないのはすぐにわかったし・・・・・――と、ここでヴァユはどこで聞いた声なのかにはっきりと気付いた。
 アリシアの声に似ているのだ。もちろん、アリシアの声はもっと低いが。
「どちらさまでしょう?」
(ああぁぁぁ・・・・・・・・・・顔が怖いってば、姐(ねえ)さん・・・・・・・・・)
 思っても口に出すなど出来るわけがない。ふと見ると、まわりの船員達も皆同じような表情をしていた。
「アリシアと言います」
「へぇー、珍しい名前ねぇ。それで?」
「今、ヴァユくんと一緒に旅をしているんですよ」
 はたと、ヴァユの思考が止まる。
 後ろと正面ではひたすら女の戦いが続けられているが、今のヴァユの耳には届かない。
(アリシア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)
「え゙え゙えええぇぇぇぇっっ!!!!」
 ばっと、後ろを振りかえると、そこには確かにアリシアの顔があった。いや・・・よく見ると少し違う。
 髪の色や髪形、瞳の色はアリシアとまったく同じ。服装も同じ。基本的な顔立ちもアリシアとたいして差があるわけではない。が、明らかに違ってもいた。顔立ちだけではなく、体型もだ。
 そこにいるのは、確かにアリシアとそっくりだが、まったく違う姿を持つ少女だった。アリシアの双子の姉とか妹とか言われたら普通に納得できそうだ。
 いきなり大騒ぎを始めたヴァユに、アリシアもリースも船員も、唖然とした表情でヴァユのことを見つめた。
 しかしヴァユにはそんな注目の視線など関係ない大きな問題が立ちはだかっていた。
「エ、エエエ・・・・・・・・」
 皆が一様に怪訝そうな顔をする。
「エリスっ!? まじ、ホントに?」
 女性体となったアリシアを見た瞬間、ヴァユの脳裏に浮かんだのはアリシアの名ではなく、エリスの名だった。
「は?」
 あまりにも不可解な言葉に、船員達――ある程度はヴァユの驚きの理由を知っているアリシアも――は短い疑問の言葉を投げてよこした。
 アリシアもまさかこんな反応は予想していなかったらしく、しばし呆然としてから口を開いた。
「いや、ホントだけど・・・・・・・そんなに驚かないでよ」
 目を丸くして、唖然としながらも答えてくれたアリシアを、ヴァユは再度まじまじと眺めた。
「なんで?」
 なんでもなにもないだろうと、聞いた本人――ヴァユも思ったが、だが、そんな言葉しか出なかった。
「なんでって言われても・・・・・・・・」
 困った様子で、だけど何故か顔を赤くしてあさってのほうを見つめるアリシア。
 すでに収拾がつかなくなりつつある事態に終止符を打ったのは、いつのまかに船に上がっていたリセルであった。
「それはもう、焼きもちってやつですね♪」
 さらりと告げたリセルの言葉に、アリシアは赤い顔をさらに真っ赤に染めて俯いた。
「ヤキモチ? なんで?」
「ヴァユくんのことが好きだからでしょ?」
 あっさりとした口調で答えたのはリース。
 だがヴァユは、初めて会った当初は完全にアリシアを男だと思っていて――本人もそう言っていたし――あの”一目惚れ”の相手をてっきりリセルだと思い込んでいたのだ。
「えっと・・・・・・・アリシアの好きな相手って、お姉ちゃんじゃなかったの・・・・・・・?」
 アリシアを目の前に、思いっきりとんちんかんな質問を口にしたのであった。


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