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第2章〜失われたモノ 第7話


 アルカディアの首都の前で三人は――ちなみに、どうしても慣れないと言うヴァユの要望により、アリシアは船を下りた時点で男性体に戻っている――呆然とその場に立ち尽くしていた。

「・・・どうなってるんでしょう、これ」
「さあ。ぼくに聞かれても」
「っていうかさぁ、間違ってないよね、道」

 目の前に広がる光景。
 地平線まで見えるくらいに、すっきりとした・・・どう見ても街など存在しない、草原。
 地図に照らし合わせれば、ここに首都があるはずなのに、目の前にはなにもない。
 道を間違えたということも考えられなくはないが、あの港から首都まではしっかりと舗装された道があった。
 確かに何回か分かれ道はあった。が、分かれ道には必ず標識があった。

「えっと・・・・・・・・・・」
 逸早く復活したのはリセルだった。
 それでもまだ動揺を抑え込むには到らないのか、どこかぼーっとしている感じだ。
「どうしましょう・・・・・・・」
 誰に言うでもなく、口を開いた。
 だが、どうするというのだ。
「首都・・・・・・あるはずなんだよねぇ」
「まあ一応」
 冷めた口調で呟いたヴァユに、やっぱりまだ呆然としているアリシアが答えた。
「とにかく行って見ましょうっ!」
 まあ、結局のところそれしかないんだろう。
 見てて何がわかるわけでもなし。あまりにも見晴らしが良いから、本来街がある範囲全部見渡せてしまうのだが・・・・・・・。それでも、見るのとその場に立つのとではまた違ってくるだろうし。
「じゃ、行こうか」
 アリシアは、なんだか疲れた口調で言った。
 ヴァユはといえば、三人の中でただ一人一度も首都に来たことがないせいか、今の事態にあまり実感が沸かなかった。
(首都ってどんなところか興味あったんだけどなー)
 そんな呑気なことを思ってしまう。
 首都が消えたと考えるよりは、道を間違えたと思うほうがまだマシなのだ。
 ただ、それだと今自分たちが歩いてきた道がおかしいことになるが。
 目的のない道なんてないのだ。
 さっきまで歩いていた道は、あるところで唐突に、ぷっつりと途切れていた。多分、ちょうど街に入る地点で。
 道を見つめて考えに耽っていたヴァユは、先に歩き出した二人を見て慌てて後を追った。

「・・・・・・・・・?」

 道のあるところから、道の無い所へと入った瞬間――本来なら街に入る門をくぐったところになるのだろう――だった。
 誰かが、隣を横切ったような気がした。
 慌てて後ろを振り返るが、やはりそこには誰も居なかった。
「何やってんの。置いてくよー?」
「あ・・・うん」
 前方を歩くアリシアに声をかけられて、ヴァユは小走りに駆け寄った。
 だが、やはりおかしい。
 目で見る限り、そこには誰も居ないしなにもない。
 なのに、たくさんの人の気配がする。
 吹く風は、まるですぐそこに建物があるかのように動いた。

(おかしい・・・・・・・・・)

 どう考えてもおかしい。
 道か街か。どちらがおかしくなってるのかと聞かれれば、今なら街だと即答できる。
 あるはずの街が、見えていないのだ。
 風を操る――風の持つ属性の中で一番強いのは”伝達”だ――ヴァユだからこそ感じ取れたのかもしれない。
 見えない建物を。
 そこに歩く人々を。


 ヴァユは突如その場に立ち止まった。
「ヴァユくん・・・?」
「どうしたんですか?」
 二人が、不思議そうにこちらを見つめた。
「おかしいよ、これ。二人はなにも気付かない?」
 言われて、二人は顔を見合わせる。
「それはわかってるけど・・・・・・」
 首都がすっかり消えているのだからおかしいことはおかしいのだ。
「わかってない」
 きっぱりと断言して、言葉を続けた。
「違う。街が消えてるんじゃないんだ」
 アリシアは、困ったような表情を見せて眉根を寄せた。
 リセルは、ただ静かに、落ちついた表情でヴァユの次の言葉を待っていた。
「街はあるんだよ、ここに。なのに、オレたちにはそれが見えてないんだ」
「どういうこと?」
 そう、問いかけてきたのはアリシアだった。
 リセルは、何故か、不自然なくらいに冷静だった。
「さっきから・・・ずっと人の気配がするんだ。風も、何もないところを吹き抜けてるような動きはしてない」
 ヴァユの言葉を聞いて、しばらく考え込んでいたアリシアが、唐突に後ろを――街の中心地だと思われる方角を、振り向いた。
 ふっと力を抜いて、ここではないどこかでも見つめ、呆けたような、そんな声音で呟く。
「夢の中と似てる・・・・・・・・・・・・・・・・」
「え?」
「夢ってさぁ、いろんなことが矛盾してるのに、見てる時は気付かないの。そうして、起きた時に初めて矛盾に気付く。・・・・・そんなことってない?」
 言われて、そういえばと思い当たる。
 確かに、そうだ。
 夢ではよく、実際には起こりえないことが起こる。それなのに、夢を見ている最中は、それを当たり前の普通のことだと認識していることが多い。
 今の状況は、夢の中で、これが夢だと気付いた瞬間に少し似ていた。
 自分にとって都合の悪いことばかりが都合良く記憶から抜け落ちていることに、アリシアもヴァユも、まったく疑問を持たなかった。気付かなかった。
 ちょっと考えればすぐにでも思いつきそうなことばかりなのに。
「いつか夢は醒めるもの・・・・・そうですよね」
 何故だか、リセルが嬉しそうに笑った。
 そのリセルの言葉に、表情に・・・・疑問を持った。だが、それよりも頷くことの方が先だった。
 瞬間、
「なに?」
 アリシアの周囲が、歪んだ。
 ヴァユはそれが何かすぐに理解できた。
 空間の歪みだ。
 このままだと、歪みに巻き込まれてまったく別の場所に飛ばされてしまう。
「アリシアっ!」
 一瞬頭に過ぎったが、数秒後にはフェアリーの言葉が頭に浮かんでいた。
 あのフェアリーの言葉を信じるならば、在るべき場所とやらに帰れる可能性もあるはず。
 その”在るべき場所”というのが、何を指しているのかヴァユはいまだに理解していなかったが。
 静かにその場に佇んでいたアリシアは、ヴァユと目が合うと小さく微笑んだ。
 ヴァユが知るどのアリシアとも違う――女性的な・・・というよりは、皇女という言葉がぴったりと重なるような、気品と威厳に満ちた笑み。
 そうして、アリシアの視線がリセルに向けられた。
「ぼくは、自覚しちゃったから、もうここに居られないってわけか」
「・・・・・・アリシア?」
 リセルは何も言わない。アリシアの言わんとしていることをすでに理解しているような感じだ。
 ヴァユは、まだわからない、理解できない。だから、疑問の言葉を口にした。
 アリシアとリセル、二人の視線がヴァユに向けられる。
「夢を夢だと自覚して、それでも夢を見続ける人って少ないと思わない? たいてい、そこで目が醒めてしまうから」
「・・・・だから、何のことを言ってるのさ?」
「なんでこんなことになってるのかわからないけど・・・・・・今のぼくたちは、夢を見てるんだ。
 それも、この夢では、大人数が、共通の舞台で、同じ時間を過ごしてる。
 ・・・・・・・・・同じ夢を見てるんだ」




 ――・・・・・・・・・・・・こういうのを、フラッシュバックと言うのだろうか・・・・?
 多分、客観的な時間で見れば一秒にも満たなかっただろう。
 その短い時間で、ヴァユは、あの日のことを――家出を決行したあの日の出来事を思い出した。
 ・・・・それはまるで、あの日の出来事をそのままもう一度繰り返しているような感覚だった。


「別にいいじゃんっ! オレ、船の外も知りたいっ!」
「我侭もいい加減にしなさい」
 船が港に到着したその日、荷下ろしの真っ最中に甲板で繰り広げられる口論に、船員たちが苦笑した。
 陸(おか)を旅してみたいと言うヴァユの主張に対し、どうしても賛同してくれない両親。
 港に着くたびに、このやり取りが繰り返されているのだ。
「街に遊びに行くくらいなら許してやってもいいんじゃ――」
「貴方は黙ってて!」
 父は、旅には反対しているものの、毎回ある程度の譲歩をしてくれていた。
 だがしかし、母は助け舟を出してくれた父を一言のもとに沈黙させた。
 船長は父だというのに、船内で一番の実力者は父ではなく母だった。
「父さんもああ言ってるじゃん。せめて街中見物だけでもさー」
「私は、貴方の性格をよーく知ってるわ。父さんとそっくりだってこともね」
 ヴァユは要領良く父の言葉に便乗したが、それで誤魔化されるような母ではなかった。
「おいおい、そりゃどう言う意味だよ」
 父が明るく言って苦笑した。
 一瞬場が和んだが、それまでだった。
「そのまんまの意味よ。思いついたら即行動。周りのことなんか見えてやしない」
(そりゃ母さんもじゃないか・・・・・・・)
 思ったが、さすがにそれを口に出すほど考えナシというわけでもなかった。
 多分、ヴァユだけでなく、父も、周りの船員たちも同じツッコミを思っただろう。
 まあつまりは、両親とも思いついたが即行動派。そしてヴァユはその二人の性格をしっかり受け継いでいるということだ。
 ついでに言うとヴァユには前科もあった。
 以前父と一緒に街に出掛けようとした時。ヴァユは、興味の赴くままに行動した挙句、丸一日以上も行方不明になり、船の出航が大幅に遅れたのだ。
 迷子になって心細かったとか言うならまだいい。だが、本人は楽しかったと喜んでいるだけだからなお始末におえない。
「う〜〜〜〜っ」
「唸ってもダメ」
「・・・・・・母さんのドケチーーーっ!!」
 感情に任せて怒鳴りつけ、ついでに魔法もちょっと暴走させてしまった。
 ヴァユを中心に小さな竜巻が起こり、軽い荷が吹き飛ばされてしまう。
「だーーっ! 荷が飛ぶっ。落ちつけ、ヴァユ!」
 焦った父の叫びを聞いて、ヴァユはハッと我にかえった。
 周りの惨状を見、へらっと笑って誤魔化してみる。
 が、
 母の怒りは頂点に達する寸前だった。これは簡単に収まりそうにない。
「あ・・・あはははは・・・・・・」
 誤魔化し笑いが、引きつった笑みに変わった。
 怒りのオーラはまだ消えない。
「ご・・・ごめんなさーいっ」
 怒鳴りつけられる前にと、ヴァユはサッと中空に飛びあがり、そのままマストのてっぺんへと移動した。
「ヴァユ! 降りてきて片付けなさいっ!」
 その後ろから母の怒鳴り声と、それを宥める父の声が聞こえた。
 ヴァユは、小さな溜息を吐き出して、高く遠い空の向こうへ意識を向けた。


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