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第3章〜夢見るために 第1話


 アリシア=エリス=アルカディアは、ハッと体を起こして飛び起きた。
「・・・あれ、まさかぼく寝てた?」
 この非常事態によく寝ていられるものだと自分を情けなく思ったが、反省も今は後回しだ。
 どうやら通信機が置かれている机に突っ伏していたらしい。
 軽く頭を振って、アリシアは通信機を作動させるべく操作を始めた。
 だが、何かおかしいような気がする。
 何か違和感を感じるのだ。
 不安げにぐるりと部屋を見まわしたが、特に異常はない。
 ガタン、と椅子から立ち上がって――そこで、気付いた。


 ・・・・・・・音が、ない。


 ここはアルカディア大陸にあるアルカディア王国の中心地――王城で、真夜中ならまだしもこの時間にここまで静まり返っているのはおかしい。緊急事態が起こっている今なら尚更だ。
 アリシアは、慌てて手近の扉を開けてみた。
 その瞬間、目に留まったのはあちこちに倒れている人々・・・・・・・。
「なに、これ・・・・・・・・・」
 アリシアは呆然とその光景を見つめた。
 違和感の正体はこれだったのだろうか。
「違う」
 出しかけた答えに、アリシアは首を横に振った。
 確かにこの静けさはおかしい。だが、アリシアが感じた違和感はこれとは別物だ。
「思い出せ、何が違う? ぼくは、なんで違和感を感じたんだ・・・・・・・?」
 瞳を閉じて、必死に思い起こす。
 今朝起きてから現在までの自分の行動を。


 朝・・・・・・・いつもと同じように起きて、着替えて、朝御飯を食べて・・・・・・・・・それから、昼前に気象調整装置の周辺で異変が起こっているという情報が入った。
 もともと魔法とは自然現象を歪めて発生させるものであり、強力な魔法を長期に渡って使用し続ければ世界に悪影響が出るのはわかりきっていたはずだ。
 だが、昔の豊かさを諦めきれない大人たちは気象調整装置の使用を止めなかった。
 最近はその歪みの影響で異常生物まで現れていたというのに、だ。
 そして今日、魔物とはまったく別の、異常事態が起こったらしいのだ。
 父王に進言しても無駄だと思っていたアリシアは、他の国々――ただし王ではなく、アリシアと同様の考えを持つ、アリシアと同じ立場の者たち・・・皇子や皇女たち――と連絡を取ろうと通信装置がある部屋へやってきたのだ。
 一瞬、アリシアの脳裏に、知っているはずのない景色が映った。



 ―― ― −--‐‐

 目の前に広がる水平線。



 ・・・・・・・・・どこまでも続く広い大地。


 ‐‐ - - − ― ――



 だがアリシアはそんなものは見た事がない・・・・・はずだ。だってアリシアは王城から出た事は数えるほどしかないし、この街から出た事は一度もない。
 しかし、一旦現れた記憶は薄れる気配すら見せず、さらに別の記憶を引き出した。


 それは、アリシアにとって決定的なものだった。


 ―― ― ― − −−--‐‐

 まるで空に溶けてしまいそうな――でも決して儚げというわけではなく、むしろそんな言葉とは正反対の空気を持つ少年。
 夕焼色の髪と、晴れた空の色の瞳を持つ少年。





「ヴァユくん・・・・・・・・・」
 ふっと、名前が浮かんだ。
「そうだ・・・・・・・・」
 彼の名前を思い出した瞬間、記憶は鮮やかな色を持って脳裏に甦った。


 あそこで・・・あの世界で・・・・アリシアは旅をしていた。
 ずっと夢見ていたそのままに、自由気ままな旅を。


「夢・・・・・・・・?」
 止まった人々。まるで現実のようにリアルな夢。
「違う。夢だけど、現実」
 そう、あれは現実だった。
 約束をした。
 探し出して会いに行くと。
 だが世界中が眠りについている今、この国の移動は困難を極める。
 アルカディアは何十もの島で形成されている。
 船がなければ国内の移動すらできないのだ。
 ヴァユは、ファレイシアのルーシアという港町にいると言っていた。
 だが、アリシア一人で船を動かすのは――ましてや、外洋を行くのは不可能と思われた。
「・・・・・・リィズ様に連絡がつけば・・・・・・・」
 ファレイシアはアルカディアと違い、一つの大陸がそのまま国の領地となっている。
 なんとか連絡をつけて、ヴァユと合流してもらえば・・・・・・。ヴァユならば、船さえあれば多少船員が足りずともなんとかしてくれそうな気がした。
「んじゃ、一丁行ってみますかっ」
 自分に気合を入れる意味も込めて、明るく宣言したアリシアは、早速通信機を作動させた。



 いつまでも呼び出し音だけが鳴り響く。
 ファレイシアの王城では誰も目覚めていないのだろうか・・・・・・・・・。
 だが諦めきれずに、何分も、何十分も呼び出し音を聞きつづけていた。
 いい加減諦めの気持ちが大きくなり始めた頃、通信機に一人の少女の姿が映し出された。
 アリシアのよく知る少女。
 リィズと同じ赤い髪、碧の瞳の少女。
 別に彼女になんの咎があるわけでもないが、あんまりにも幸せそうな寝顔に腹が立ってきた。
 見た様子からして、精神は身体に戻っているらしい。そうでなければ通信機の受信ボタンを押せるはずがない。
 だが、どうやらまだ寝ぼけているようで、いくら呼んでも起きる気配がなかった。
「ルーナ=ファレイシア! おきろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「はいいっ!!」
 思いっきり怒鳴り声をあげると、少女――ルーナは慌てて飛び起きた。
 目の前の通信機に映るアリシアの姿を見てニッコリと笑う。
「あ、エリス姉さま。あのねぇ、ルーナ、今すっごくいい夢見ちゃったです〜♪」
 彼女の呑気な性格は今に始まったことではないが・・・・・・・。
 アリシアは、疲れた表情で溜息をついた。
「ルーナ、今の状況よ〜っく考えてみな」
 言われて、ルーナはぐるりっと瞳を巡らせた。
「・・・・・そういえば、なんで通信室で寝てたんでしょう?」
「そうじゃないでしょ!」
 エリスは叫び、またわざとらしく肩を落としておおきく溜息をついた。
「まずここに来た理由を思い返してみろっての」
「理由〜?」
 ルーナは宙空を眺めてブツブツと呟きながら記憶を辿っていく。
「えっと〜〜。お昼食べたちょっとあとに、気象調整装置の周辺で異変が起こってるって大騒ぎになったです。
 で、母さまが他の大陸の人と情報交換をしに行くって言ったから通信室についてきたです」
 ちなみに、ルーナの母親はファレイシアの皇女で第一王位継承者、アカシャ=リィズ=ファレイシアである。
 出来ればアリシアは彼女に連絡を取りたいと思っていたのだが・・・・・・・。
「ん〜〜〜〜・・・・なかなか応答がなかったから寝ちゃったかなあ?」
 ある程度思い出して納得したのか、ルーナはぽわんっと可愛らしく――もちろん天然――笑った。
「違うってばっ! 相変わらず呑気だなぁ〜〜〜〜」
 なかなか話が先に進まない。
 相手が相手だから仕方ないが、いつまでもこの状態でいるわけにもいかない。
 どうしようかと悩んでいたところ、さっきの夢を思い出したのか、ルーナはまたニパッと呑気な笑顔を見せた。
「そぉそぉ。さっきすっごくいい夢見たです〜〜〜♪ あのねぇ、遊園地に遊びに行く夢!」
 ファレイシア王国には、世界でもたった一つしかない有名観光地『遊園地』なるものが存在する。
 魔法アイテムを駆使して造られた楽しい乗り物が盛り沢山の遊技場だ。
 だが城から出してもらえないルーナは当然遊園地など行ったことがなく、ルーナにとってそれは憧れの楽園――ちょっと言い過ぎかもしれない――だった。
「それが夢じゃないっつってんの!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 たっぷり数分間の沈黙、そして
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 ルーナは目を点にした。
 無理もない。
 アリシアだって、夢が夢ではないことを認識するのにしばらくかかった。
 いや、ヴァユと出会っていなければ、”良い夢を見た”と思って終わっていたかもしれない。
 アリシアは真剣な表情で、ルーナを見つめた。
「周りの状況確認して。リィズ様はどうしてる?」
「・・・・・・・母さま・・・・?」
 ルーナは曖昧な返事を返し、しっかりと頭を巡らせて部屋の内部を見渡した。
 瞬間、ルーナの叫びが響き渡った。
「母さまっ!」
 ルーナのすぐ隣で、リィズが床に倒れていたのだ。
 必死に起こそうとしているが、リィズは一向に目を覚ます気配がない。
「エリス姉さま・・・・・・」
 アリシアの言わんとしたことに予想をつけたらしい。ルーナは部屋の外へと飛び出していった。
 そうしてしばらくの後、ルーナは半泣き状態で通信機の前に戻ってきた。
 きっとルーナもアリシアと同じ物を目にしたのだろう。
 ひたすらに眠りつづける人々・・・・・・・どう見ても作業の途中で突然倒れ込んだような人々。
「エリス姉さまぁ〜〜〜」
「ルーナ。よく聞いて。
 原因は気象調整装置。長時間強力な魔法を使い続けた影響が世界中に広がったの。それで――」 
「あ、キャッチですぅ」
 だがしかし、半分も説明していないうちに、ルーナの呑気な声に遮られてしまった。
「はい?」
「んっとぉ、ちょっと待っててくださいです♪」
「ちょ、ちょっと待っ・・・・・――」

 止める言葉も虚しく。
 通信が、切れた。
 アリシアは、通信機の前で深い溜息をついた。
 誰も目覚めていないよりはずっとマシだが、それがよりにもよってルーナだとは・・・・・・・・。
 ルーナは現在七歳。年齢を考えればしっかりしている方だが、それでもまだ子供であること変わりない。


 とりあえず一刻たりとも無駄にしたくないアリシアは、ルーナが通信してきた時のために、必要なメッセージを通信機に残して、城を出発することにした。
 ファレイシアに辿り着くのは無理だろうが、それでも、せめて出来るだけファレイシアの近くにいたかった。

 多分リセルはこちらには来ていないだろう――来れるはずがない。
 アリシアは、リセルを知っていた。何度か顔を合わせたこともある。
 何故、思い出せなかったんだろう。
 それもあの世界の矛盾点の一つだったのかもしれない。


 リセル=マイラ。
 彼女は・・・・・・・・・もう、何年も前に死んでいる人間だ。


 アリシアは少しばかり落ちこんだ表情を見せたが、すぐに立ち直って部屋の外へと歩き出した。


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