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第3章〜夢見るために 第2話


「ん・・・・・・・・・・・・・・」
 小さな呻き声をあげ、ヴァユはゆっくりと体を起こした。
 頭に霞みがかかったみたいで、うまく状況が掴めない。
 それでも、ヴァユは静かに考えを巡らせてなんとか思考をまとめた。


 そして、ソレを思い出した瞬間、バッと勢いよくその場に立ち上がった。


 ―― ― −--‐‐ アリシアのこと。

 ・・・リセルのこと。

 ・・・・・・・・・・旅を、したこと。

 ‐‐ - - − ― ――


 精神のみが存在する世界で、自分が精神だけの存在と気付かずにいたことを。


 ちょっと視線を巡らせると、精神を引き剥がされ、意識を失ったまま倒れている人間がそこここに転がっていた。
 瞬間、脳裏に過ぎったのは家族でもある、大切な仲間たち。
「・・・・みんなっ!」
 その辺に倒れている人間には悪いが、彼らにまで気を回していられなかった。
 ヴァユを中心として風が渦巻く。
 その風に煽られて、近くに倒れていた人間が数名吹き飛ばされた。
 だがヴァユはそれらを無視した。
 空へと急上昇したヴァユは、そのまま港へ向かって猛スピードで飛んでいった。



 船はすぐに見つかった。
 出て行った時と同じ場所にあった。
 扉を開けるのももどかしく、焦っているためか逆になかなか開けられない。
 鍵などかかっていないのに。
「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜もうっ!」
 とうとうキレたヴァユは――あとで怒られるのは覚悟のうえだ――風で扉を吹き飛ばした。
 たいして丈夫でもない木の扉はあっさりと砕け散り、木々の破片が宙に舞う。
(あの時間なら多分父さんは船長室にいたはず)
 廊下を駆けた先の船長室の扉は開け放たれていた。
「父さん!」
 ほんの微かな希望を抱いて・・・・・・・けれど、やはり希望は叶えられなかった。
 確かに、船長室には父がいた。

 だが、倒れているその身体はピクリとも動かず・・・・・。


 首を振り、意識を切り換え、とにかく誰かいないか探しに走る。
 大半の船員は食堂に集まっていた。
 やはり、誰もいなかった。
 誰一人、動く者はいなかったのだ・・・・・・・。


 普段は鬱陶しいと思う事が多い母親も、風読みの知識を余すことなく教えてくれた最年長の船員も。
 いつもヴァユをからかってくる奴も、ヴァユの事を本当の弟の様に可愛がってくれる人も。
 誰もかれも、皆、昏々と眠りつづけていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」


 今にも泣き出してしまいそうだった。
 こんな孤独を感じた事など一度もなかった。
 零れ落ちそうになる涙を必至に抑えて、ヴァユは大きく息を吸いこんだ。

 吸い込んだ空気を、ゆっくりと吐き出す。


 そうすると、少しだけ・・・・落ち着く事が出来た。

 それでも、静かな船の上でじっとしているとまた涙が零れそうになってくる。



「泣いちゃダメだ。・・・・・・・・泣いてる場合なんかじゃない!」
 自分に怒鳴り声をあげて叱咤する。
 思いきり自分の胸に拳をぶつけて、それでなんとか涙を止める事が出来た。


 自分の部屋に戻ってベッドの上に腰掛けたヴァユは、これからどうするか・・・・・・一生懸命に考えた。
 人をアテにするみたいでちょっと情けないが、多分自分よりもアリシアのほうが状況打破の方法に詳しいだろう。
 だが・・・・・・・・・・
(どうやって行く?)
 アリシアは皇女――と呼んでよいのか微妙なトコだが――だ。
 きっと首都の王城にいるだろう。
 問題はそこへ行く方法だ。
 外洋を渡れるような船を一人で動かせる自信はまったくなかった。
 ならばもう少し小さなサイズの船を使うしかないのだが、それではもしも嵐にや魔物に遭った時に難破する可能性が高い。
 それでも・・・・・・・・・・、
 操る自信のない船を使うよりは、多少危険でも小型船で行ったほうがマシだと思えた。
 ある程度ならば魔法でなんとかできるだろうし。
「うん。・・・・・まずはアルカディアに行かないと」
 考えがまとまったところで、ポツリと、声に出した。
 周りに音がないせいか、その呟きは小声だったはずなのに、とても大きく響いたように聞こえた。
 それに気付いた瞬間、ぐにゃりと視界が歪む。
「う〜〜〜〜〜っ」
 ブンブンと思いっきり首を振って暗い気持ちを跳ね除けると、ヴァユはグッと拳を握って立ち上がった。

 とにかくヴァユはずっと賑やかなところで育ってきた。ゆえに、こんな静かな空間に―― 一人きりでいる事には慣れていない。


 それが、ヴァユの不安を――
 ・・・・・・・ずっとこのままなのではないかという恐怖を、増大させた。


(ああ〜〜〜もうっ。ヤダなぁ、オレってば情けない)

 どうしても拭えない不安と、恐怖。
 止めても止めても、また落ちそうになる涙。

 一度は気合を入れて立ちあがったものの、肩を落として溜息をつく。
 それでも、立ち直りも早かった。
 落ち込んでいたって何も変わらないのだ。
 自分がなんとかしなければ、本当にこのままになってしまう。
(無断借用になるけど、今回ばっかりは仕方ないよなー)
 残念ながら自宅の船は大きな商船で、ヴァユ一人で操れるようなシロモノではない。
 さすがに緊急用のボートで外洋を渡ろうとするほど無謀でもなかった。


「ただここって、外洋船ばっかだからなー」
 パタパタと船を駆け下りたヴァユは、小走りに港を見てまわった。
 船はたくさんあるのだが、もともとここはアルカディアとの連絡船が食料の補充などをする港で、停泊している船はみな通りすがりの商船ばかり。
 とりあえず一周してみたが、やはりヴァユ一人で操れるような船は見当たらなかった。
「さてどうする?」
 一人きりの淋しさゆえか、ふと気付くといつもなら声に出さないような思考まで口にしている。
 ヴァユは、そんな自分に気付いて苦笑した。
(きっと一人暮しの人が独り言多いってのも同じような理由なんだろーなー・・・)
 そんなとりとめもないことを考えつつ、念のためにもう一度港を一周してみた。
 だがやはり、何度見ても結果は同じ。
 ヴァユはぱっと周囲の地図を頭の中に描いた。
 ヴァユの頭に入っている地図は海岸付近のものだけだが、今はそれで充分だ。
 この町の近くで、適度に小さい船がありそうな町・・・・・・。
 漁業を営んでいる町か、もしくは国内を航行する船が出ている町。
「徒歩五日ってとこかな」
 確かこの町からもうすこし東に行ったところに、漁業で栄えている町があった。
 沖へ出る漁船を借りれば・・・小型船では多少の不安は残るが、魔法でフォローすればなんとか外洋に出ていけるだろう。
 意気揚々と歩き出した直後、
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・」
 あることに思い至ってヴァユは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 五日間の旅。
 街道を行くつもりではあるが、毎日宿で泊まれるわけではない。
 今の状況では、たとえ宿に着けてもやっぱり無断で泊まらせてもらうことになってしまうが。

 まあとにかくだ。
 食料を用意する必要があった。
「家の・・・・・・でいいかなぁ」
 一旦自宅に戻ってきたヴァユは、遠慮がちに倉庫の扉を見やった。
 減っていたらあとですぐにばれてしまうし、第一、現在倉庫にある品は全て商売品だ。
「港に着くからって、食料使いきったばっかだったんだよなぁ〜」
 船員用の食料なら勝手に持ち出してよいというわけでもないが、商品に手をつけるのは躊躇われた。
「でもお店のを持ってくのも・・・・・・なあ」
 家の商売品を持っていくか、それともその辺の店の商品を貰っていくか。
 道は二つに一つだ。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
 考えた挙句、どっちもどっちだという結論に達したヴァユ。
「その辺のお店の貰ってこーっと」
 家のを持ち出せばバレた時が怖いが、その辺のお店のならば怒られる心配はない。
 なんとも手前勝手な思考だが、怒られる要因は少ないにこした事はないのだ。





「ごめんなさーい・・・・」
 街に出たヴァユは、カウンターの奥で倒れている店の主人に小声で謝り、念の為に七日分の食料を持ち出した。
 目撃者がいるわけでもナシ、堂々としていたってなーんの問題もないのだが、そこはやはり罪悪感というかなんというか。
 お金を払わずに勝手に商品を持ち出していくのはあまり気持ちの良いものではなく。
 ヴァユはこそこそと店に入り、こそこそと商品を持ち出して店を出ていこうと・・・・――

 チリン、チリン――。
 店のドアを開けた瞬間、来客を知らせる鈴がなって、ビクっと身を竦ませて挙動不審にキョロキョロと辺りに目をやった。
「誰もいないんだよな、誰も。気にする必要・・・・・いや、気にしないのはまずいんだけど。
 えっと、だから・・・・・・・」
 言い訳をしかけてハタと気付いた。
「誰に言ってんだよ、オレ」
 深い溜息をついて苦笑した。

 町にいるから――本来なら多くの人が居るべき場所だから――余計に淋しさが増すのだ。
 外に出ればまた少しは違ってくるだろう。

 食料を手にしたヴァユはもう一度自宅に戻り、荷物の整理をした。
 そうして、一通りの用意を終えたヴァユは船の甲板に出た。
 船から降りると、くるりと後ろを振りかえって船を見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・」
 街中よりはまだここのほうが落ちつけた。
 ここには波の音があるから。
 ヴァユは、大きく息を吸い込んだ。

 そして・・・・・――
「いってきますっ!」
 元気な笑顔で言って、今度はもう、振り返らなかった。
 まっすぐ前を――行くべき道を見つめて、誰もいない町を歩き出した。


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