Web拍手TOP幻想の主・目次碧原の故郷・目次碧原の故郷


第3章〜夢見るために 第3話


 出立から六日。
 順調に行っていればもう目的地に着いている日数。
 だが、ヴァユはやっと行程の半分を来たところだった。
 街道から少しばかり脇に逸れて地面に座り込んで荷物を確認しながら、ヴァユは情けない声を上げてがっくりと頭を垂れた。
「まっずいなー・・・・・・」
 何度確認しても同じ。
 何度見たって残量は変わらない。


 当初五日もあれば――実際、普通ならばそれで充分行けるはずなのだ――着くと思われたのだが、現実はそう甘くはなかった。
 人も、家畜の大多数も眠りこけているというのに、何故だか魔物は・・・野生の動物たちは目覚めている者が多かったのだ。
 あの夢の世界で出会った赤い髪のフェアリーの言葉を借りるならば、帰巣本能ってやつなんだろう。
 人間なんかよりもずっと早く異常に気付き、精神世界から脱出し、自らの身体に戻ってきたのだ。
 それが悪い事だとは言わないが、今のヴァユにとってはとても都合が悪かった。
 何度も魔物に襲われ、大幅に旅の進行速度が遅くなってしまったのだ。


 そして・・・・・・・・今に至る。
「あと二日かー」
 増えない荷物を見つめて、ヴァユは大きく溜息をついた。
 食料の残りはあと二日分。
 だがしかし、どう考えてもあと二日で辿り着くのは無理だ。
 一日くらいならば食事を抜いてもなんとかなるだろうが、それが三日四日となったら・・・・?
 想像するだに恐ろしい。
 実を言えば、食料が足りなくなるだろうとわかった時点で、ある程度節約してみたり、食料の補給を頑張ってみたりしたのだ。
 だが食べ盛り育ち盛りのヴァユの節約ではあまり意味がなかったし、まさか異常生物となった獣――魔物を食べる気にはなれない。
 かといって通常の獣と出会う機会はまったくと言っていいほどなかった。
 街道を外れて森や草原の方に出れば獣はいるだろうが、眠っている者を襲うのはなんだか気が引けた。
 とはいえ、ヴァユは通常ならば寝込みを襲ったりすることにたいして罪悪感など持たない。食うか食われるかの世界に生きていて警戒を怠る方も悪いのだ。
 だが今は状況が違う。人間たちの都合で世界のバランスを崩し、そのとばっちりを受けて目覚める事が出来なくなっている――そんな状態の獣たちを襲う気にはなれなかった。
 一番手っ取り早い――つまりは、ヴァユにとって慣れた方法ということだが――のは魚を捕まえる事だが、こちらもやはりまだ眠っている者が多いためか、一時間以上も糸を垂らしてそれでやっと一匹という程度。
 街道沿いなんだから宿屋の一つや二つ・・・と思ったのも大きな間違いの一つだ。

 ・・・・・・・・なかったのだ。
 一つも。

 なんでなのかは知らないが、ルーシアの町と目的地の町の間の街道沿いには、今のところ宿屋らしき建物――というか、建物自体見当たらなかったのだが――はまったくなかった。

「・・・・あ〜あ、どぉしよお」
 とはいえ、いつまでも座り込んでるわけにもいかない。
 とりあえず残っているパンの一部を口に放り込んで立ちあがった。
 その、直後だった。
「――っ!」
 突然頬に走った痛みに顔を歪ませ、慌てて周囲に目をやった。
 ぐるりと視線を回したが魔物らしき姿はない。
 頬に手をやってみると、指先に血がついていた。
 どうやら切ってしまっているらしいが、原因が掴めなかった。
 滅多にあることではないが、たまに、自然現象でかまいたちが起こることはある。
 だがそれならヴァユにはすぐわかるはずだ。
 ヴァユは警戒を解かぬまま、もう一度、今度はさっきよりも慎重に辺りに視線を巡らせた。
 周囲は見晴らしの良い草原。
 何かいればすぐにわかるはず・・・・・――
 と、そこまで考えたところでヴァユはパッと真上に顔を向けた。
 そういえばさっきから左右前後は見ていたが、上はほとんど見ていなかったのだ。
 今度は、すぐに気付けた。


 ヴァユの真上。

 宙に浮かぶ、白い姿。
 よく見なければ雲と同化してしまって気付かないかもしれない。
 目が合った瞬間、魔物は大きく羽ばたいた。
 途端、数枚の白い羽根がこちらに向かって勢いよく落ちてくる。
 ヴァユは風を使って、向かい来る羽根を吹き飛ばした。
 多分、さっき頬を切ったものの正体はこれだろう。
 ヴァユは半眼で魔物を見つめ、小さく息を吐いた。
 今日だけでも、もう三度目の遭遇なのだ。
 なんでこんなに多いんだか。
 いや、多いだけならともかく、なんでこんなにしょっちゅう襲われるんだか。
 本当は面倒だからさっさと去りたいところだが、応戦しなければこちらの身が危ない。


 ――空中と地上では分が悪い。
 そう考えたヴァユは風を操りふわりと空に浮かび上がった。
 まさか上がってくるとは思っていなかったのか、一瞬魔物が動揺したのがわかった。
 その隙を見逃さず、魔物に向かって強い風が駆け抜ける。

「いっけぇーっ!」
 思いっきり振った腕の先で風が発生し、風はその身に真空を纏って魔物のもとへ抜けていく。
 その風をマトモに受けた魔物は、真っ白な体のあちこちを赤い色で染められた。
 魔物はバタバタと翼をはばたかせて体勢を整えようとしているが、そんな余裕をやるつもりはなかった。

 今、ヴァユはとっても機嫌が悪かった。
 食料不足に頭を悩ませ、しかもお腹も減ってるし。
 そんな時にこんな運動をさせられるのは迷惑以外の何物でもない。
「ただでさえ腹減ってんのに・・・・・・・」
 普段のヴァユならばすぐに真上の魔物の気配にも気付けたかもしれない。
 だが今は、空腹のおかげで集中力も少しばかり削がれていた。
 魔物との戦闘に意識を集中させようとしても、どうしても頭の隅っこには”腹減った”の一文が浮かぶのだ。
「余計に腹減るような事させんなよっ!」
 食べ物の恨み――この場合はちょっと語弊がありそうだが――は怖い。
 ヴァユはギッとものすごい勢いで魔物を睨みつけた。
 その一種異様な迫力に、魔物はビクっと身を竦めたが、それで退散していくほど根性無しでもなかったらしい。
 ギャーギャーとやかましい鳴き声をあげてこちらに突っ込んできた。
「だからさぁ・・・」
 言って通じるわけがない。それは自分でもわかっている。
 だが、
「ビクつくくらいならさっさと逃げろよぉ」
 向こうにも意地とプライドくらいあるのかもしれない。
 だがまあ魔物の思考パターンなんてわからないし、そんなものはどうでもいい。
 ただヴァユは、さっさとこれを終わらせたいだけだ。
 ヴァユは、向かってくる魔物を見て大きな溜息をつきつつ、とりあえず防御用に自分の周囲に風をまとわせた。
 ヴァユを中心に小規模の竜巻が発生する。

 バンっ! と、大きな音を立てて、魔物は風の壁に激突した。
 地上でこれをやると砂埃が巻き込まれて風の向こう側が見えなくなってしまうのだが、ここは空中。
 魔物の動きが良く見えた。


 魔物は諦め悪く、何度も竜巻に体当たりしてきていた。
「飛べるなら上からまわりゃいいのに」
 竜巻と言うからには中心部は無風状態。
 ヴァユが呆れた口調で言った感想は正しいのだが、この魔物にそこまでの知性があるのかどうかは怪しいものである。
「もうオレ疲れたー。さっさと諦めろよー」
 思いっきりやる気ゼロ、だ。
 だが相変わらず魔物は諦める気配が無い。
「あんまり疲れることしたくなかったんだけどなー」
 だがこのまま長引いたら疲労度数はどっちもどっち。
 そんなふうに考えて、ヴァユは一度竜巻を止めた。
 好機とばかりに魔物が突進してくる。
 だが、
「おりゃあっ!」
 なんとなくマヌケな調子の掛け声とともに、ヴァユはラケットを振るような動きで大きく腕を振った。
 なんの細工もないただの風。
 だが、強い突風。
 すぐ真正面にまで来ていた魔物にはそれを避けることはできなかった。
 吹き飛ばされて大きく後退し、それでもまだ向かってこようとする魔物に、ヴァユは第二撃を繰り出した。
「飛んでけぇーーっ!」
 先ほどとは比べ物にならないほどの強風を前には、体勢を立て直すことも、こちらに向かってくる事も不可能だった。
 強い風に翻弄され、吹かれるままになっている魔物に第三撃を繰り出して、今度こそ、魔物は遙か遠くに吹っ飛ばされたのだった。


「・・・・・・・・つっかれたぁ」
 ゆっくりと地上に降りたヴァユは、地面に足がつくなり座り込んだ。
 強い風を吹かせるにはそれだけの強い意思がいる。
 かまいたちや竜巻なんかを発生させるよりも、ただただ強いだけの風を吹かせることの方がキツイのだ。




 しばらく休憩してから、ヴァユは地面に置きっぱなしになっていた荷物を持ってその場に立ちあがった。


 だが・・・・・――

 歩き出そうとする間もなく、後ろから突き飛ばされた。
 前につんのめって、そのままコケてしまったが、とにかく後ろに何かがいる。
 ゆっくり立ち上がっている暇はなかった。
 横にくるりと転がって後ろに顔を向けた。
 目の前に、四足の獣――いや、魔物が、迫ってきていた。


<前へ ■ 目次 ■ 次へ>

Web拍手TOP幻想の主・目次碧原の故郷・目次碧原の故郷