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第4話〜春日雄哉(2)

 あーもうっ、今日はまったくツイてないっ!
 ケチのつきはじめは今朝の寝坊。なんでか目覚し時計が止まっててチコク――でもぜーったい、おれは自分で止めてない! これでも寝起きは良いほうなんだ。
 母さんには怒鳴られるし朝めし抜きで腹減るし。ほんっと、最悪。
 ああ、きっと放課後、先パイたちに怒られるんだろーなあ。
 学校に着いた時には始業時刻寸前で、そのまますぐに教室に向かえば良かったんだろうけど、諦めがつかなかったおれは体育館に寄った。
 まあなんというか予想通りというか。体育館はもぬけのから。
 ちょぉっと落ちこんでるその間にチャイムがなって、部活どころかホームルームにも遅刻する始末。
 あーあ。
 とことんツイてない日ってのはあるんだよなあ……。
 ま、こーいう日は美味しい飯を食って気分を変えるのが一番。つっても、別におれは不良だとかサボリ魔だとかってわけじゃないから、ちゃんと昼休みまで待ってのことだ。
 授業中からずっと腹がグーグーなってたんだ。ここまで耐えた自分に拍手!
 …………。
 とりあえず、向かう先は屋上だ。屋上は生徒立ち入り禁止なんだけど、あそこ、鍵が壊れてるんだよなあ、実は。
 先生たちは鍵に安心しきってんのかロクに確認もしてないらしく、鍵が新しくなる気配はまったくのゼロ。生徒の間じゃ有名なサボリスポットだ。
 ぐーぐーと煩い腹を宥めつつ、いつもよりもちょっと多めに買った昼食を持って階段をあがろうとしたと時だった。
「春日くん」
「ん?」
 呼ばれて振り返った先には見知った顔――つっても特に親しいわけじゃない。数回顔を合わせた程度で、話だって全然したことがないし、名前も知らない。まあ、制服のリボンの色で、おれより一つ上の二年生だってのはわかるけど。
「春日くん、この前借りた本、まだ返してないでしょう?」
 基本的に彼女は大人しげな雰囲気なんだけど……。仕事関係だからか――彼女は図書委員で、おれが彼女と顔を合わせたのも図書室でだ――妙に迫力のある笑顔で言われておれは思わず視線を逸らした。
 おれはどっちかっつーと本とは相性が悪いんだけど、一ヶ月くらい前に国語の授業で読書感想文を書けって課題があってだな。おれは図書室で本を一冊借りたんだけど……なくしちまったんだ、その本。
 持ち歩いた覚えはないから家のどっかにはあるはずなんだ。母さんにも掃除ついでに探してみてって頼んでるんだけど、まだ見つからない。
 んで、返却期限が過ぎた今でも返せないでいるってわけだ。基本的に校風は自由で、校則も少ない学校なんだけど、そのせいか細かいところで規則が厳しい。
 たとえば……
「おれ、読むの遅くってさあ。もーちょっと待ってよ。読み終わったらすぐ返すからさ」
 何度も繰り返した言い訳に、彼女はひとつ溜息をついて苦笑した。それからわざとらしく怒ったような表情を見せる。
「最大貸出期間は半年間。期限を過ぎたら弁償ですからね」
 そう、これこれ。ケチくさいっつーかなんと言うか。この学校の図書室の本は貸出期限を過ぎても最大半年間は大目に見てくれる。が、それを過ぎると本代を弁償しなきゃいけないことになってるんだ。
「はーいっ」
「それじゃまたね、春日くん」
 実に素直なおれの返事に、彼女はくすくすと笑って廊下を歩いて去っていった。
 っと、思わぬところで時間を食ったな。ちゃっちゃと行かないと昼飯を食う時間がなくなるっ!



 昼を腹一杯きっちり食って、何事もなく午後の授業を終えて、そして放課後。
「……なんで?」
 体育館には人っ子一人いなかった。よくよく見れば体育館だけではない。校庭にも人が全然いなかった。
 校舎を見ればちらほらと人が動いているのは見えるけど、やっぱいつもより全然人は少ない。
「今日って、なんかあったっけ……?」
 しばらく考えてみたけど全っ然思いつかねえ…。
「ま、いっか」
 勝手知ったる体育館。せっかくきたんだからちょっとくらいボール持ちたいよなあ。
 バスケ部員――つっても一年だからまだ補欠なんだけど、これでも経験は長い。小学生の時からミニバスやってたからな。
 倉庫の鍵はかかってなかった。着替え…はしなくていっか。面倒だし。
 ブレザーの上着だけ脱いで、ボールを一個拝借する。
「よっしゃあっ!」
 ダンっ!
 静まり返った体育館にボールの弾む音と、靴音だけが大きく響く。
 賑やかな体育館も良いけど、たまにはこーいう静かなのもいいな。なんかこー、世界を一人占めって感じが気持ちイイ。
 考えながらでも体はきっちり動いて、最後に決めるはダンクシュートっ!
 背はそんなに高くないんだけどジャンプ力があるからできちゃうんだなあ、これが。初めて会ったヤツとかはおれのダンクシュートを見ると大概詐欺だとか反則だとか言うんだけどな。くっそ、失礼だよなあ、そりゃあ背は……高くないけどさ。
「にしてもなあ。なんで誰もいないんだろ」
 めいっぱいに動かした体を休めて体育館の壁にもたれつつ、やっぱりそれが不思議で思わず口をついて出た。
 そのまましばらくぽけーっとしてたんだけど……。
「ん?」
 なんか気配がしたなと思ったら、ガタンっと大きな音がした。
「誰かいるのか?」
 音がしたのはちょうど舞台の袖のあたり。声をかけてみても返事はない。
 ……しゃーない。こっちから様子を見に行ってみるか。
 だけど――おれが歩き出したのとほぼ同時、
「え゙…?」
 ジャッと、舞台袖の幕が見事にバランバランに切り裂かれた。
「は……?」
 な、なんだ?
 何がどうなってるんだ?
 裂かれた幕の向こう側に、なにかがいる…。人間じゃあ、ない。絶対。
 シルエットからして違う。
 逃げた方が良い――絶対にそうだってわかってるのに、足が動いてくれない。
 袖奥から出てきたそいつの姿は、どっからどうみても怪物の一言。ロールプレイングゲームのモンスターそのものだった。
「うわあああああああああっ!?」
 ほとんど反射的に叫んだけど、それが良かったらしい。床に張りついてた足がぱっと動き出した。
 一目散に舞台に背を向けて、目指すは出口っ。全力疾走っ!!
 どーなってるんだよ、これはっ!
「げ」
 いつの間にやら入口のところにもう一体。どっから沸いてきたんだ、こいつら……。
 でもそんなことより重要なのは、これで逃げ道が塞がれたってことだ。
「…どーするよ、これ……」
 前門の狼、後門の虎…だっけか? いや、逆だっけか?
 ああああいやいや。今はそんなことはどうでもいいんだ。
 我ながら動揺してるなあ……つうか、これで動揺しないヤツなんて人間じゃな……あ、いや。一人いるわ。動揺しなさそうなのが。
 直接の面識はないけど、オカルト研究同好会の部長ならいろいろ妖しげな噂もあることだし――って、違うだろーがっ!
 現実逃避してどうするよ、おれっ!
「えーっと、えー……」
 逃げ道、逃げ道……。
 幸いというか、二匹のモンスターはそう焦る気はないらしい。獲物を追いつめたからあとはゆっくりってとこだろうな――じりじりと近寄ってくる。
 ああああもうっ。
 確かに今日は運が悪かったさっ!
 でも運が悪いにも程があるだろーがっ!!
 くっそー……。
 と。
 ある程度距離が詰まった所で、いきなりモンスターたちがそのスピードを上げた。
「わあっ!?」
 バスケで鍛えた敏捷性でもって辛うじて横に飛び退ったけど……。
 お?
 またすぐに襲ってくるだろうと思って警戒してたんだが、なんかこいつら、仲間ってわけじゃなさそうだな。
 ニ体で睨み合ってるモンスターたちを刺激しないよう、こっそりとその場を離れて行った。
 けど、世の中そんなに簡単にはいかないらしい。
 離れて行くおれに気付いたモンスターどもはさっきの喧嘩なんてすっかり忘れたみたいで、一直線におれを目指してきた。
 おれの事なんか気にせず仲良く喧嘩してろよてめえらはっ!
「おらあっ!」
 転がってたボールを投げつけてみたけど、うわあ……スピード落ちさえしやがらねえ。
 すぐさまくるっとモンスターに背を向けても一度全力疾走!
 とりあえず入口のとこはノーマークっ、今ならなんとか出れるかもしれない。
 ……そのあとどうなるかは考えたくもないが。
 放っておいたらなんかいろいろ被害出そうだけど、まず自分の命がいちば――
『避けろっ!』
 反射的に。
 横に、飛んだ。
 直前までおれがいた場所に、モンスターの爪が突き刺さっていた。
「う…っそだろ……?」
 遠距離攻撃も持ってたとかそんなことより、本気で、命の危機だってのをなんか今更実感した。
『こらっ、茫然とすんのはあとにしろよっ!』
「んなこと言われたって、こんなの、驚くなってほうが無理……?」
 って、待てよ。
 この声……どこから聞こえてるんだ?
 キョロキョロと辺りを見まわす。けど、体育館にはおれとモンスターどもだけ。
『おいこらっ、止まるなーーっ!』
「え? ――うわあっ!」
 いつの間にかモンスターが真後ろにまで迫ってた。
 つーか、これだけ至近距離にこられたらただ走るだけじゃあ逃げきれないぞ!?
 おれは観念して、モンスターに真正面を向けた。
 うううっ、なんでこんなことになってるんだよぉ〜。
『ったく、何やってんだか』
 溜息混じりの声が聞こえる。
 どこから?
 不思議に思うけど、でもそれを追及してる暇はなかった。
 モンスターは走るスピードはおれと大差ない。ただ、腕が長かったり爪を飛ばして来たりするわでこっちから攻撃するのは難しそうだ。
 あいつらの攻撃を避けてたら、ぜーったい、こっちの攻撃当たる間合いに入れないって。
 だからどうするっつーと…まあ、避けて避けて避けまくって逃げる隙を探すしかないんだけどな……おれ、体力持つかなあ。
『代われ。オレがなんとかしてみるから』
「え?」
『話は後だ、とにかく代われっ! あんた実戦経験なんてないだろ?』
「一般人にそんなもんあるわけないだろーがっ!」
 バスケ一筋できたおれの場合、実は喧嘩の経験もほとんどない。
 でも、代わるってどういうことだ? そう聞こうと口を開き掛けた時――誰かに腕を引っ張られて、おれは、思いっきり後ろにコケた……気がした。


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