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第5話〜春日雄哉(3)

 誰もいない体育館を不思議に思っている雄哉に、オレは思いっきり呆れて息を吐いた。こいつ……人の話を聞いてなかったんだな。来週から期末テストだから部活は全部休みだって言ってたのに。
 なかなかに良い動きをする――バスケとしてどうかは知らないが、素早くてキレの良い、見てて気持ちのいい体捌きだ――雄哉を内から眺めること十数分。
 そろそろ疲れたのか、雄哉は動きを止めて壁の方へと凭れかかった。
 ちょうどその時だった。
 見知った気配に、オレは首を傾げた。
 ……ここにも怪物、っているのか?
 魔物とかモンスターとか、地方ごとに微妙に呼ばれ方は違うものの、オレの住む世界には人を襲う怪物がいる。
 宇宙全部――『女王』風に言うなら幻想世界の全てを壊そうとしたやつが造った下っ端だ。宇宙を壊そうとしたそいつは今はもう封印されてるんだけど、そいつに造られた部下やさらに下っ端の怪物たちはまだ世界のあちこちに散らばってるんだ。
 で、だ。
 おかしいよなあ?
 アレは幻想世界を壊すために造られたんだ。そいつらがここ、現実世界にいる理由がないし、第一ふたつの世界を自由に行き来できるのは『女王』だけのはず。
 ガタンっと、気配の方から音が聞こえた。これにはさすがに雄哉も気付いたみたいだな。
 このまま放っておくと多分ピンチになると思うんだけど……。
 どうするかなあ。
 下手に声をかけて余計にパニクられても困るし。
 ダッと出口に向けて駆けて行く雄哉の様子を見るに、放っておいても自分でなんとかしてくれそうな気がした。この場合のなんとかってのは、無事にここから逃げ出すって意味だ。
 まあ、こいつらを野放しにするのもマズイから、そしたら夜にでもまた探しに来るか。見つからなかったら諦めるし、見つけたら倒しときゃいい。
 と。
『避けろっ!』
 考えるより先に、叫んでた。
 雄哉の――オレの視界には入らない背中からの攻撃だったけど、戦闘慣れしてるオレは気配でそれに気付いた。
 この怪物たちは、自らの爪を飛ばすっつー攻撃方法を持っていたらしい。ほんのついさっきまで雄哉がいた場所に、深々と怪物の爪が突き刺さっている。
「う…っそだろ……?」
 命のやりとりには慣れてないみたいで、雄哉は茫然と怪物の爪が突き刺さった床を凝視していた。
 気持ちはまあ、わからないでもないんだがな……。
『こらっ、茫然とすんのはあとにしろよっ!』
「んなこと言われたって、こんなの、驚くなってほうが無理……?」
 ビクンっと身体を一瞬竦ませて、雄哉はキョロキョロと辺りを探った。
 今更遅いぞって気もするが、ようやっとオレの声の出所に疑問を持ったらしい。
 でも今はそんな場合じゃないんだって!
『おいこらっ、止まるなーーっ!』
「え? ――うわあっ!」
 あ〜あ。これはもう逃げきれないぞ。
 雄哉が立ち止まってる間にニ体の怪物はすぐ後ろにまで迫ってきていた。この状況では、下手に逃げようとして背中を向ければ、すぐさま攻撃されるだろう。
 雄哉にもそれはわかったのか、身体全体に怯えの色を滲ませながらも怪物どもに向き直る。
 でも……無理だな。
 あーいう手合いは敵の空気を敏感に読むんだ。
『ったく、何やってんだか』
 溜息とともに呟いて、雄哉の返事を待たずに言葉を続けた。
『代われ。オレがなんとかしてみるから』
「え?」
『話は後だ、とにかく代われっ! あんた実戦経験なんてないだろ?』
「一般人にそんなもんあるわけないだろーがっ!」
 雄哉が動揺していたのが幸いした。本来この身体の持ち主である雄哉のほうが当然主導権は強いんだけど、ぐいっと思いきり引っ張って無理やり意識を入れ替える。
『うわっ!? なんだあ?』
 ただでさえ怪物と遭遇してパニクりかけてた雄哉だったが、突然の変化にさらに戸惑っているのがわかる。
 まあ、そこでならいくらでもパニクってていいけどさ。……うるさいけど。
 とりあえず騒いでる雄哉は放っておいて、オレは怪物どもと向き合った。
「銃が無いのは痛いけど……」
 相手はニ体。オレの体術でもなんとか相手ができる数だ。
 気配の変化に気付いたのか、怪物たちの動きがぴたりと止まった。明らかに、オレを警戒している。
 膠着状態ってやつだな。
 うーん……。オレの使う体術は後の先を取るっていうタイプ――言うなればカウンタータイプの体術だから、できれば向こうから仕掛けてくれるほうがありがたい。
 大概の人間は外見で侮ってくれるが、本能で生きる怪物たちは気配に敏感で勘も良い。強い者をすぐに見分ける。
 わざと隙を見せるような態度もとってみたけど、やっぱり向こうから動く気配はなかった。
 仕方がない。こっちから仕掛けるかあ。
 だけどさすがに素手で仕掛けに行く程無謀じゃない。武器らしいものと言ったらさっき怪物が飛ばしてきた爪くらいだが、ないよりはずっとマシだ。
 くそう……銃があれば苦手な接近戦なんかしなくて良いのにな…。ま、ないものねだりをしたって、ないものが出てくるわけがない。
 オレは気を取り直して、放置されてた爪に手を伸ばした。
 適当に持ちやすい位置を探して持って、そして――駆ける。
 振り下ろされた腕を横に一歩移動して避け、すれ違いざまに真横から薙ぐ。怪物の一体が、傷口から黒いもやのようなものを吹き出した。
 ああ、やっぱりオレの世界にいる怪物らと同じものだ。彼らは闇より作り出されし者。倒され、実体を保つ力を失うと、あいつらは闇に還る――つまり、死体は消滅するんだ。
 オレに脅威を感じたのか、少なくとも仲間同士ではなかったはずのニ体の怪物たちが、ほとんど同時のタイミングで襲ってくる――タイミングを合わせたわけではなく、多分偶然だろうけど。
 だけどオレにとってはこっちの方が好都合。
 来るとわかってる攻撃を避けるのはそう難しくないし、攻撃の後には絶対隙ができるもんなんだ。
 ついでに言うと、同時に来てくれる方がオレとしては楽だったりする。微妙な時間差でこられると態勢を整えるのが間に合わなかったりするし。
 打ち出されたニ体分の爪を交わし、すぐさま生えてくる爪の様子を眺めつつ、オレは待った。
 ニ体は、ほぼ同時にざっと腕を振り下ろす。
 普通なら後ろに下がって避けるところだろうけど、オレはあえて、前に向かって突っ込んでいった。
『うわあああ、何やってんだよ、死ぬ気かおまえはっ!!』
 いやそんなわけないから。
 あーもう、煩い。
 でも答える余裕はなく、オレはニ体の怪物の間をすり抜けつつ、とりあえず右側にいた怪物に斬りつけた。
 だが傷はできても致命傷にはならない。こういうタイプの武器の技術を持たないオレの攻撃では、中傷程度までの傷しかつけられなかった。
 だけどチリも積もれば山となる。何度も何度も斬りつけられて、次第に怪物たちの動きが鈍くなっていた。
 そしてとうとう、ニ体の怪物が倒れ、黒い霧となって姿を消した。
 ちなみに、こっちはほぼ無傷。傷らしい傷といえば、爪を掴んでいた右手にちょっと血が滲んでるくらいか。
『なあ…どうなってるんだよ、これ……』
 戦闘が終わった途端、雄哉がそんなふうに声をかけてきた。なんだか元気がないみたいだ。
「さあ?」
『おいっ!』
 オレの気のない返事に、雄哉はすぐさまツッコミをいれてくる。
 でもオレに文句を言われてもなあ……。
「オレも気付いたらここにいたんだ。何がどうなってるかなんて、こっちが聞きたいくらいだ」
 ……どうにも気まずい沈黙が流れる。
 二人とも、状況をわかっていない。
 だけど、それぞれ相手にはない情報を持ってもいる。
 雄哉はこの世界についての情報を。
 オレは怪物についての情報を。
『でも…あのモンスターについては知ってるんだよな?』
 オレの戦う様子をみてそう判断したらしい。質問というよりは確認の口調で雄哉が言った。
「ああ」
 嘘をつく必要もないので、オレは素直に頷いて答える。
『じゃあ、お互い知ってることだけでいいからさ。情報交換しないか?』
「賛成」
 はー…なんかどっと疲れた。
「んじゃ、どこで話す? ここってわけにもいかないだろ」
『おれの部屋でいいと思うけど』
「……そうだな」
 ふっと自分の意識を奥に落とす。
「お?」
 雄哉が、自由に動かせるようになった体をわきわきと動かした。
「あー、すっきりした。なんか自分の体が勝手に動いてるってのは落ちつかなくてさ」
『普通はそうだと思うぞ』
 オレの場合は元二重人格だから多少慣れてたけどさ。自分が二重人格だと自覚したばかりの頃、同じ体を共有するもう一人の存在を知ったばっかの頃は、今の雄哉が感じたような違和感を感じてた。
「んじゃ、おまえは普通じゃないのか」
『まあ、ある意味』
 不本意ながら事実ではあるので頷いた。
「ふーん…」
 興味なさげに言いながら、雄哉はぐるりと体育館を見まわした。雄哉の視界を通して物を見ているオレにも、体育館の様子が見える。
 怪物の死体はもうない。跡形もなく消えてしまった。
「片付けの必要は……」
 言い掛けた台詞が、ぴたっと途中で中断された。
『どうしたんだ?』
「床……」
『ああ』
 さっきの戦いで爪が突き刺さった床に、いくつか穴が空いている。爪自体は、怪物が消えたことで一緒に消えてしまったが。
「なんか言われる前に帰るぞ」
『その方がよさそうだな』
 雄哉の様子を見るに、怪物ってのは、本来この世界に存在しないものと思って間違いないらしい。
 存在しないはずの存在を説明してわかってもらうのは難しい――つまり、この床の穴の理由を説明するのも難しいってことだ。
 見つかって何か言われる前に立ち去るほうが良いだろう。
「あ、そういえば」
 上着を羽織ってカバンを手にした雄哉は、歩きながらふと声をもらした。
『ん?』
「名前、聞いてなかったよな。おれは春日雄哉。あんたは?」
 ……まさかここで普通に名前を聞かれるとは思ってなかった。こいつ、案外適応力高い?
『ラシェル・ノーティ』
 ぴたりと。
 雄哉が足を止めた。
「ラシェル・ノーティ……?」
『なんだよ?』
 問いには答えずしばらく黙り込んだままでいた雄哉は、ふいに首を横に振った。
「あー。いや。後ででいいや。うちに帰ってからゆっくり話そう」
『……まあ、いいけどさ』
 あとで話すというなら今は気にしないことにして。
 オレたちは雄哉の家へと帰って行った。


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