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第6話〜佐藤麻美(2)

 結城くん、大人しく待っててくれるかなあ。
 授業を全て終えた放課後。わたしは小走りに廊下を駆けて、図書室へと向かっていた。
 あの後、崩し的に面倒を見ることになっちゃったケド、授業をサボるわけにもいかないから、とりあえず図書室に隠れててって言っておいたんだ。
 今は都合の良い事に司書さんがいない――家の事情とかで急に辞めちゃったんだ――から、一般生徒立ち入り禁止である司書室に放り込んでおいた。
 前の司書さん、お菓子とお茶を常備してたし、バタバタしてたから私物はともかくお菓子やなんかまでは持ち帰ってないと思うんだ。だから結城くんが飢えてうろうろしてるってことはないはず……多分。
 ガラッと勢い良く扉を開けると、図書室はシンと静まりかえっていた。昼休みは暇つぶしとか夏だったらクーラー目当てでそれなりに賑わってるんだけど、帰りにまで寄ろうって人は少ないのよ、これが。
「結城くん。いるー?」
 生徒がいないのを確認してから声をあげたら。司書室のほうから声が返ってくる。
 ……予想通りと言うかなんと言おうか。
 司書室のテーブルにはお菓子の袋がしっかり置かれていた。
「ゴミくらい捨てようよ」
「ああ、悪い」
 ぜんぜん悪いと思ってない口調で笑う結城くんのちょうど真正面にあたる椅子に越し掛けて、私は結城くんに問い掛けた。
「家に連れていく前に、もうちょっと詳しいところを教えて欲しいんだけど」
 おおまかなところは推測できてるけど、それはあくまでも私の勝手な推測。間違ってるかもしれないし、答えを持ってる本人が目の前にいるんだもの。聞くだけ聞いておきたいじゃない。
 結城くんはこれと言って隠す必要性を感じなかったのか、しごくあっさりと教えてくれた。
「詳しいことって言っても……たいして話すこともないんだけどな。
 えーと、さっきも言ったとおり、俺は本の中の存在で、家出してこっちに来たんだ」
「なんでたかだか家出で異世界まで出てきたの?」
「ああ。相手が神様だから。別の世界に出るくらいしないと居場所がすぐばれるし、それじゃあ心配してもらえないじゃないか」
「……心配してほしいの?」
「うん」
 ……気持ちはわかんないでもないんだけどさあ……。
 朝の迎えが来るまで帰らない発言といい、お子様だなあ。ま、見た限り十二、三歳ってとこだし。お子様なのは年相応ってことかな?
「でもよく異世界に来る方法なんて知ってたね」
「ああ、その辺は……オレ、魔物だから」
「は?」
 まもの……?
 どっからどう見ても人間っぽいんですけど。
 魔物って言ったらもっとこー……化け物化け物してたり、明らかに異形の姿だったり…するもんじゃない?
「オレは人の魂を喰らう魔物で。でもまあ別に、喰わないと死ぬってわけじゃないけど。喰えば喰うほど自分の能力が上がるって感じかな。で、オレは今までに結構な量の魂を喰ってたから、魔物ン中でも実力はピカ一で。だから、力ずくでこっちに続く道を開けてこれたんだ」
「…………」
 人を、食べるの?
 生きてる人間じゃなくって、魂だけとはいえ。人を?
「あー…んな怖がらなくても…。どーやらこっちじゃ喰えないみたいだし」
「……そーなの?」
「うん」
「なんで?」
「魂を喰うからには、それが見えないと捕まえることもできないだろ? 元いた世界ではそーいうのが見えてたんだけど、何故かこっちじゃそれが全然見えなくて」
 ……どーしよ。なんか、危険人物に見えてきたんですケド……。
 家に連れてく言い訳も思いついてないのに。っていうか、これは見捨てた方が良いっていう天の啓示?
「……でも、向こうでは食べてるんだよね…人間を」
「いーや。今は全然喰ってない。力が必要ってわけでもないし」
「…そう」
 確かに、食べてないならその方が良いんだけど。でも、人の魂を食べるのになんのためらいも罪悪感もないっていうのがちょっと…。
 話してる雰囲気とかだけで見る限りは、悪い子じゃないと思うんだけどね……。
 その時。
 どかっ! って、大きな音が外のほうから飛び込んできた。
「何?」
 まさかまた誰かが…ってわけじゃないよねぇ。
 音が聞こえたほう――校舎の外に目を向けたけど、音の原因らしきものは見当たらない。
 きょろきょろと辺りを見まわしていたら、結城くんがばっと窓の外へと飛び出した。
「ちょっと、結城くんっ?」
 幸いにもここは一階。下の道はコンクリートで、上履きで行ってもそう汚れはしない。
 わたしも結城くんの後を追っかけて、上履きのままで体育館の方へと駆け出した。

「結城くん…?」
 扉を開けて中を見つめたまま固まってしまってる結城くんに、わたしはそっと声をかけた。だって、なんだか話し掛けづらい雰囲気なんだもん。
「……結城くん?」
 返事がなかったからもう一度。でもそれでも、結城くんからの反応は返ってこない。
 仕方がないから結城くんの隣にまわって、体育館の中を覗いて見た――
「なに、これ?」
 体育館の床に、大きな穴がたくさん開いていた。
 さっきの音はこれだったんだろうか?
「魔物だ」
「え? 魔物って……結城くんのお仲間ってこと?」
「うん。ただ、ここに現れたのは下っ端のヤツだよ。知性を持たない、暴れるだけが能のいかにも怪物って感じのやつ」
 ……どうやら魔物にもランク付けがあるらしい。
 考えてみれば、普通のファンタジー物語でもよくあるパターンだよね。カッコイイ敵役の魔物と、下っ端の使いっパシリの捨て駒魔物って。
「でもそれがなんでここに?」
 少なくともわたしは、生まれた時からこの街にいて、こんなものは見た事がない。
 それにさっき結城くんは『力が強いから、無理やり道を開けて来れた』って言ってたよね。で、結城くんは魔物の中でも特に強い力の持ち主だとも。
 だったら、これはおかしくない?
 下っ端の魔物が、なんでこっちに来れるわけ?
「……たぶん……」
 あ。なーんかイヤな予感。
 言いにくそうに低く呟いた結城くんの態度に、わたしはそんな予感を得てしまった。
「たぶん?」
「……オレの開けた道を通って来てるんだと……」
 ああああああ、やっぱりぃぃっ!!
「どうするのよ、それっ!?」
「多分…オレが帰れば……」
「それで、道は閉じるの?」
「絶対じゃないけど」
「なら、帰りなさい」
 ちょっと冷たいようだけど、元を正せば家出少年。帰りなさいって説得するのはごくごく普通のことだと思う。
「いや、帰れるもんなら帰るけど……」
「……」
 ちょっとちょっとお。
 まさかとは思うけど。っていうか、なんかもう確信しちゃったけど。
「帰れないの?」
 半眼呆れ目のわたしに、結城くんはこくりと申し訳なさそうに頷いた。
「それって迎えが来るまで帰らない、じゃなくて、迎えが来ないと帰れないって言わない?」
「そうとも言うなあ」
 ああああああもうっ、開き直らないでよそこでっ!
「どうするのよ、この怪物たちっ! これ、まだその辺に徘徊してるかもしれないんでしょ? よしんば倒しても、道が開きっぱなしだったらまた来ちゃうわけだし。っていうか、道開きっぱなしなのになんで帰れないのっ!」
「えーとー…色々と事情があるんだけど…聞く?」
「当たり前でしょっ!」
 思いっきり怒鳴りつけたら、結城くんはビクッと身を引いた。
 ……そんなに怯えられるとなんかショックなんですけど。それにピカ一の実力の魔物がこれってのも、なんか情けなくない?
「えーとだな、まず。出てくる出口の場所は、その時、本の世界と一番近い場所にできる」
「本の世界と一番近い場所?」
「うん。オレは、それって現実世界での『本』のところだと思ってたんだ、オレは」
「ないの?」
「うん。オレが出てきたあの図書室さ、麻美がいない間に探しまわったんだけど、全然それらしきものは見つけられなかった。って言っても、装丁もタイトルも知らないから、勘で探すしかないんだけどさ」
「………」
 なんつー、あばうとな…。
「『本』があれば帰れるってこと?」
「絶対じゃないけど……」
 なんか、やることいっぱーい。
 まず、本探しでしょ?
 それから、魔物のこともある。
 結城くんは『本』のところに出口ができるって言ってたけど、もし『本』の近くに現れるのだったら、魔物も結城くんと同じ場所――図書室に出てくるはず。
 そうでなければ辻褄が合わない。
 だから多分、『本の中の世界』と一番近い場所って、現実にある『本』の傍っていうのとは違う基準があると思うんだ。
「とりあえずはその本を探そう。それでなんとかなるとは限らないけど、このまま黙ってるよりは良いし」
「うん……ごめんな」
 なんだかとっても殊勝な態度に、わたしは思わずそんな結城くんを凝視した。
 わたしの視線に気付いて、結城くんはムッとした顔になる。
「なんだよ」
「そういうふうに素直に謝れるんだなーって思っただけ」
「……それ、エライ失礼だぞ」
「だって、そう言うふうに見えなかったんだもん」
 結城くんはますますむくれて、ふいっと顔を横にした。
「で、なにか…なんでも良いから、手掛かりっぽいの、ない?」
「うーん……その、本は、オレ達の世界の出来事を記してるんだ」
「うん、それで?」
「だから、オレは、そっちの、向こうの世界の人間を何人か知ってるから…」
「本を読んで、その登場人物がいるかどうか探す……ってこと?」
 何人か。広い世界の何人かを探す。
 気が遠くなりそうな作業だわ。
 それに、その人たちが関わる出来事が本に記されてなかったら?
 名前が出てなかったら探しようもないじゃない。
 でもまあ……今はそれしかないんだよね。
「わかった。でも今日はもう遅いから、明日から読書三昧しましょ。あとで、その『本の世界』の住人の名前。知ってる限りで良いから教えてね」
「うん。…どうもありがとう」
 わたしが子供向けの笑顔でにっこり笑うと、結城くんははにかんだような笑みで返してきた。
 うーん、やっぱりお子様って感じで可愛いわ。弟がいたらこんな感じなんだろうなあ、きっと。


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