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第7話〜佐藤麻美(3)

 家の前で、わたしはじっと考えこんでいた。
「中、入らないのか?」
 ……誰のせいでこんなに悩んでると思ってんのっ!
 そう。
 結城くんを居候させるための理由付けである。一日二日ならまだしも――それだって、男の子である結城くんを泊めるって大変なことだと思うのに――無期限でしょ。結城くんはいつ帰れるのか全然わからないんだから。
 ……説得力のあるまともな理由が思いつかないんだよう。
 いっそのこと包み隠さず全部話しちゃおうかなあ。普通なら信じてもらえそうにない話だけど、今回の場合は結城くんという証拠がある。結城くんの実際の能力を見せたら、信じないわけにはいかないと思うんだ。
 チラリと。
 横目で結城くんを見る。
「?」
 結城くんは呑気な様子で、きょとんと視線を返してくる。
 ……くうっ。悩みのタネがああもお呑気だとなんだか腹が立ってくるわ。
「あのさあ……」
「待ってて。今言い訳考えてるんだから」
 まったく、誰のためにこんなに考えこんでるのかわかってるのかね、ホントに。
「いや、そうじゃなくて…」
 あーもう、うるさいなあ。
 結城くんのために考えてるんだからちょっとは静かにしててよう。
「麻美?」
「え?」
 ぱっと顔を上げると、母さんが居間の窓から顔を出して、不思議そうな表情でこっちを見ていた。
「結城くんっ、気付いてたなら言ってよっ」
「言おうとしたけど言わせてくれなかったんじゃないかっ」
 ……そー言われてみればそうかも。
「あははは……」
 乾いた笑いで誤魔化すわたしに、母さんの声がかかる。
「お友達なら上がってもらえば?」
「お友達……お友達、ねえ」
 歯切れ悪く答えた途端、母さんは妙に嬉しそうな顔で定番の台詞を口にした。
「彼氏?」
「違うっ!」
 わたしはもちろん速攻否定。
 まあそれはそれとして。……どうしよ。どっからどう説明したらいいんだか。
「……とりあえずさ、中、入らない? あの人も上がってもらえって言ってるしさ」
 うう……事情を知らない母さんはともかく、結城にまでそんな対応されたら、なんかわたし一人で悩んでるのがバカみたいになってくるじゃないの。
 でもまあ、結城くんの言うことにも一理あるので――居候の話は中に入ってからでもできる――とりあえず、中に入ることにした。
「ただいまーっと」
「おかえりなさい」
 母さんは玄関でしっかり待ち伏せしてた。
「さ、お友達もどうぞ」
 わたした男の子の友人を連れてきたっていうのが気になってるみたいだけど……。普通そういうのってあんまりあからさまにしないものじゃない?
 それ以前に、なんでこんな普通に対応できるかなあ。だって、結城くんの髪の色って蒼だよ、蒼。それに瞳は金色で、どう見たって日本人じゃない顔立ちで。それに年齢もわたしより下。少なくとも高校生の外見じゃない。どこで出会ったのかも気になるもんじゃない?
 でも母さんの態度見てると、そういう方面にはあんまり好奇心が働いてないみたいなんだよねえ……。
 うちの母さんは世間一般的母親とは微妙にずれてるみたいだから……まあ、その辺は今更って気もするけど。
「あの、さ……ちょっと頼みがあるんだけど……いい?」
 結城くんと一緒に居間に入ってから、お茶を出そうとしたのか台所に行きかけた母さんの服の裾を掴んで呼び止めた。
「頼み?」
 くるんっと体ごと振り返って、母さんは私と結城くんを見た。こういう状況だし――私個人だけの頼みだったらわざわざ友人の前で言う必要はないんだから――結城くんにも関係がある頼みだと予想したんだろう。
 大当りだけど。
「あのね、しばらく、結城くん……あ、この子の名前、結城って言うんだけど、その、結城くんを、うちに泊めてあげられない?」
 ふっ……いろいろ説得方法考えたのがバカみたいな速球勝負!
 絶対なんか言われるよね、きっと……。
「いいわよ」
「へ?」
 予想外の一発OK。
 っていうか、ホントにそんなにあっさりでいいの?
 うちの母さんは全般的にあまり物事を気にしないタイプだけど、それにしたって限度というものがあるでしょう。
「事情とか、聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
「……」
 別に聞かれて困るもんではないけど、普通に話したんじゃあ信じてもらえそうにないから面倒なのも確か。なんだけど……。
「別にいいんじゃない? 悪い子じゃなさそうだし」
 にっこりほんわか笑う母……っていうか、ホントにそれでいいいんですかっ!?
「どうもありがとう。…えっと……」
「麻紀よ」
「ありがとう、麻紀さん」
 ……あ、わたし一人で葛藤してる間になんか話が進んでるし。
 わたし一人で悩んでるのがバカみたいになってくるじゃないの、まったくっ。
「とりあえず、空き部屋に布団置いとくわね」
 わたしの葛藤なんか見事に無視して、母さんはおやつを出して、さっさと二階に上がってしまった。
「いいお母さんじゃないか」
「……あんたの都合にはねっ!」
「…あんた?」
 あ゙。
 思わず怒り口調のまま声に出しちゃった。
 あんた呼ばわりされたのが意外だったのか、結城くんはじーっとこっちを見つめてる。
 自分で言うのもなんだけど、わたしの普段の口調はけっこう大人しげなタイプだと思うんだ。だからこそ、結城くんもわたしがあんた呼ばわりしたのが意外で、こんな顔してるんだろうけど。
「あははは。うん、まあ、居候できてよかったねっ」
 適当に誤魔化して、
「とりあえず上に行こう。これからのことも話さなきゃなんない」
 おやつを持って結城くんを二階に促した。いや、とっとと話題を変えちゃおうと思って。

「で」
「で?」
 わたしの部屋に落ちついての第一声。
「その、『本』についてなんだけど」
「うん」
 っもう、結城くんってばわかってるのかなあ、事の重大さを。
「もうちょっと情報を纏めてもらいたいんだけど」
「んー……そうだな、それじゃあ、いちから順番に行くか」
「うん」
 自分がわかってるせいか、結城くんの話って微妙にあちこちに飛んでて、予備知識ゼロのわたしにはちょおっとわかりにくかったけど、いろいろ質問も返して、そうしてようやっとわたしは現状を理解した。
 その日の夜は、一気に頭に入ってきた情報に多少混乱しつつ、色々と悩んでしまってなかなか眠れなかった。
 結城くんが住んでいる『本の世界』――結城くんたちは『幻想世界』って呼んでるらしいけど――は、この現実世界で生まれた人が創ったものだそうだ。
 ただ、完全にまったく新しい世界なんてそう簡単に創れるものではなくて、それで、その人は現実に存在している一冊の本を媒介に『幻想世界』を創りあげたらしい。
 『幻想世界』を創った本人が現実世界からいなくなって、現実世界には媒介となった『本』だけが残された。
 この『本』が、『幻想世界』と『現実世界』を繋ぐ道――だと、結城くんは思ってたと言う。
 でも実際には、結城が出てきた先には『本』はなく、また結城くんが開けてきた道を通ってきたはずの魔物も結城くんが出てきたのとは違う場所から出てきた。
 このことから、『幻想世界』と『現実世界』を繋ぐ道は『本』とは別の何かがあるってことはわかるんだけど……。まあ、道の出口については情報が少ないし、よくわからないから置いておこう。
 でもどちらにしても、道がわからなくなった現在、絶対に『幻想世界』と繋がりがあると言いきれるのは『本』だけなわけで……。
 結城くんが帰るためにはその『本』を探さなきゃいけないわけだ。
 ところが、結城くんは『本』のタイトルや装丁を全く知らない。けれど、『本』は『幻想世界』の出来事を記しているらしい。だから、本の内容から、それが目的の『本』であるかを知ることができるってわけ。
 結城くんが知っている『幻想世界』の住人の人数は本当に少なかった。
 ざっと名前だけ挙げて言ってみる。
 ――万里絵瑠、万里裕、羅魏、アルテナ、ラシェル・ノーティ……。 
 ふっ……これ聞いた時、思わず叫びたくなったね、わたしは。
 だって、話を聞いてる限り、その『幻想世界』には現実世界と同様何億人――星もたくさんあるって言うから、何兆人になるかもしれない――もの人間がいるんだよ?
 その五人を都合良く見つけられるなんてそんな幸運があるかーーーーっ!!
 何百分の一、何千分の一……あ、頭痛くなってきた。
 結城くんに文句を言ったら、「会ったことある人間は他にもいるけど、名前まで覚えてるのはこれだけ」って返事がかえってきてしまった……。
 しかももっと詳しく聞いてみると『本』は、読む時と人によって、内容が変わるらしい。
 本の世界に住まう数多くの人間の人生の一部分――それを見る事ができるのが、『本』なのだと。
 だからある意味では、『本』を開くたびに、『幻想世界』との道が繋がってるのだとも言える。こっちから一方的に見る(読む)だけだけど。
 その時によって繋がる場所も時間も違うから、本の内容も変わってくるわけだ。
 それ、ますます見つけられる可能性が低くなった気がするんですけど……。
 うちの学校の図書室の本はもう探したって言うけど、もしかしたら結城くんが『本』に気付かなかったって可能性も出てきたんだよね、これって……。
 わたしは、多分、うちの図書室にある可能性が高い気がするんだ。
 だって、もし結城くんと魔物が『本』とは違う出口から出てきたとしてもよ。その二人ともが同じ学校敷地内に出てくるってことは、この学校周辺自体が、それなりに『幻想世界』と近くなってるんだって考えられない?
 まあ、わたしや結城くんが予想してるより『本』から開いた道の範囲が大きくて、学校全体とかに道が開きっぱなしになってる状態ってのも考えられるんだけどね。
 まあどっちの場合にしても、『本』は学校内にあると断定して…良いと、思うんだ。多分。
 それじゃあなんで結城くんが『本』に気付けなかったかって考えると、きっとその時には結城くんの知り合いがいる場所に繋がってなかったから、結城くんにはわからなかったんじゃないかなって。
 まあ、わたしも同じ事をやる可能性は充分にあるんだけどね……。だって、たった五人よ、名前判明してるの。
 チラとしか出てこない名前にまで目を凝らしたって、掠りもしない可能性の方が絶対高いって!
 ……でもまあ。
 現実世界が魔物まみれになったら困るし……。結城くんを『幻想世界』に返すためには『本』を探すのが一番の近道みたいだし。
 やるしかないんだよねえ……。


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